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奈落の闘い

四人は何もない白と灰色の大平野にポツリと佇む不思議な建物を見上げていた、高さはせいぜい二階建ての宿と変わらない高さだ、だが入り口が一つだけで窓は一つもない、そして白い板のような地面と同じ質感の物質でできていた。


様子見で中を覗き込んでいたルディが振り返った。

「階段がある、アゼル、ベルいけるか?」

「もう大丈夫だよ」

「だいぶ落ち着きました」


ベルも入り口から中を覗き込む、確かに入り口から下に降りる長い階段があった、階段の幅は2メートル程で篝火も照明らしき道具も見当たらない。

だが壁や天井がほのかに光を発し白く朧気な光に照らされていた、階段はどこまでも真っ直ぐ下っていてその先は見えない。


「殿下これは深いですね」

アゼルの声がベルの後ろから聞こえて来る、誰かに後ろに立たれたく無いのでベルはスルッと一番うしろに移動した。


『汚い下着なのです!!』

『我が鳥一族の恥さらしですわ、ウフフフ』


足元から耳障りな声がした、それはカラスとヒヨコの声だ。

ニ羽の鳥は間抜けな顔で足元からベルを見上げている、ベルは黙ったまま足でカラスを掬う様にひっかけるとそのまま遠くに足で放り投げた。

柔軟に鍛えられたベルの片足が高く空を指した。


『うぎゃ!!ぼうりょく反対!!』

『ピヨピヨ、目がまわるのです!!』

ベルに蹴られた二匹は喚きながら空高く飛んで小さくなって遠くの地面に落ちて伸びた。


「ベルさん過激なのです」

「なぜかアイツラに思いっきりムカついたんだ、コッキーそう思わない?」

「そうです、私もつぶしたくなります」


「二人とも行くぞ!」

階段を降りかけたルディが後ろでおしゃべりに興じている二人に声をかけた。


「あの変な鳥のせいだ行こう」

「ほんとそうなのです!」

ベルも最後尾について階段を降った。




階段は何処までも続いていた、単調で同じ光景が繰り返されると、次第に同じ場所を繰り返している、そんな疑念が湧き上がってしだいに強くなって行った。

幽界に落ちた時も同じ場所を堂々巡りさせられた事を想い出した。

ベルは前の三人の様子をうかがう。


突然ルディが急に立ち止まり後ろを振り返った。


「誰か目印になる物を下に落としてくれないか?」


どうやらルディも同じことを感じていたらしい、ベルはドレスのポケットの中を探った。


「使用済み触媒があります」


アゼルがローブに手を入れて小さな布の袋を取り出して中身を階段にこぼす、黒く変色した触媒が下に落ちて砕けると使用済み触媒の独特の焦げ臭い臭いが広がる。


「たしかに何時までたっても階段が終わりませんからね」

四人は再び階段を降り初める、そしてしばらく降ったところでルディが叫んだ。


「クソ!!使用済み触媒が落ちているぞ!!」

全員いそいで触媒のある場所まで降りる、ルディは数歩触媒の先まで降り、振り返って腰を屈めて階段の上の触媒を調べ始めた。


だがベルは信じられない光景に驚愕していた、ルディから数段下で階段が終わりその先に通路が続いていたからだ。

さっきまで先まで見通せる階段があったはずだそれが消えていた、コッキーが息を呑む音が聞こえる。


ルディはアゼルの使用済み触媒を簡単に調べて顔を上げてから表情が変わった、仲間達の異変に気づいたようだ、剣の柄に手をかけて一気に振り返ってそして固まってしまった。


「なんだ!!さっきまで違っていたぞ!?」

「ルディ、ここ幽界と同じ…」

「そうだな今は考えても無駄か、とにかく進もう」


階段を降りるとその先に真っ直ぐ通路が伸びている、階段と同じ様に壁や天井がほのかに光を発し通路の中は白く照らされていた、その先は遠くて様子がわからない。

ベルは内心うんざりしながら最後尾を進んでいく、その時後ろの方から小さな足跡が聞こえてくる。

僅かに精霊力を後ろに放つが何も反応が無い、驚き後ろを振り返ると、少し離れたところからカラスがヒヨコを載せてトコトコと後を追いかけて来た。


「やっぱり命の輝きが見えないと思ったけど精霊力にも反応が無いのか」


「ベルさんどうしました?」

コッキーも後から鳥たちが付いて来ている事に気がついた、機嫌がみるみる悪くなっていく。

コッキーの顔は何か過激な事を考えている顔だとベルは密かに思った。


何か話そうとしたベルの耳に先頭のルディとアゼルの緊迫した会話が入って来た。

「なんだ行き止まりだぞ!?」

「壁ですね、詳しく調べましょう」


背後で聞こえた声に思わずベルとコッキーが顔を見合わせた、二人は慌ててルディ達に追いつく、その理由はすぐ解った通路の先が壁で塞がれて行き止まりになっている。


「ルディ行き止まりなの?」

「扉とかありませんか?」


「扉はありませんが、壁の真ん中を見てください」

アゼルが指した場所は壁の真ん中に描かれている正方形の図形の部分だ、図形の大きさは50センチ四方程ある。

精密に加工された板が隙間なくはめ込まれている様にも見える。


ルディは軽く壁を叩き音を確かめていたが、音は重く硬く反響音も無い。

「空洞はなさそうだ、取っ手も鍵穴も無い、これは押すしかないのか?」

ルディはその四角の真中に両手を押し付けると体全体で押し始めた、彼の精霊力が高まりその力の余波が伝わってくる。


「そうだベルさん、あれを呼ぶのです!!」

ベルは先程の事を思い出して彼女を睨みつけた。

「絶対にダメ!!それにまだ呼べそうな気がしない」

ベルは背中に手を回して飛び下がった。


そして近づくとコッキーの耳元に口を寄せてそっとつぶやいた。

「さっきはしょうがなかったけど、同じことやったら許さないからね?」

コッキーも何か言い返しそうになったが場の空気が変わった。


「壁が動きそうだ!!ベル手伝ってくれ!!」

「わかった!!」

壁の四角い部分が僅かに奥に引っ込んでいる、どうやら四角い部分がそのまま動く仕組みになっていたようだ。

ルディが少し場所を開けたのでベルも四角い部分に手を押し付ける。

二人が同時に力を解放すると、重い壁はゆっくりと奥に押し込まれていく。


「力でなんとかなるのですね」

ベルの背後からコッキーの呟く声が聞こえた、ベルはもし自分達でなければ先に進めないと思った、この石材はかなりの重さがある、やがて急に軽くなると一気に奥に動く、重いものがゴトリと落ちる音がして前が開けた。


「穴が空いたぞ、俺が偵察してくる」

ルディはその穴を抜けて向こう側に行ってしまった。


「みんなこっちに来てくれ」

すぐにルディの声がする、アゼルが穴を抜けコッキーがそれに続き最後にベルも通り抜けた。

抜け穴の深さは30センチほどもあった、指先で壁の表面をなでて感触を確かめた、壁の表面は磨かれた様になめらかで手入れの行き届いた刀身の様だ。


通路を抜けた仲間たちはもの珍しげに辺りを見渡していた。


「ベル前は大きな穴になっている気をつけろ」

ふと足元を見るとすぐ先が真っ暗闇の奈落になっていた。


「なんだここ?」

初め直径30メートルほどの円形の部屋に出たと思った、だが部屋の中央に大きな竪穴がある、通路からもれる光が周囲を僅かに照らしていた。


その大穴の内壁に螺旋状に階段が設けられ上下に伸びている、階段は壁に埋め込まれた長方形の幅広の石材のような板で作られ階段の幅は1メートル半ほどだろう。

竪穴の壁の表面は巨大な岩をくり抜いたように滑らかだ、だが良く見ると外の世界と同じ白い材質の巨大な板を組み合わせて造られていた。


上を仰ぎ見ると青白く輝く天井が丸い空のように見えた、井戸の底から空を見上げればこうなるのだろうか。

下は暗黒の闇で何も見えない、穴の底から唸り声とも風の音ともつかない地の底から響くような音が聞こえてくる。


「殿下ここはもしや」

「ああ、一度来たことがあるかもしれん」

ルディはアゼルと見合わせてから足元の抜け穴を塞いでいた石材を観察していた。


「ならば下に向かおう、予想があたっているならこの先に愛娘殿がいる」


アゼルが魔術を唱え始めた。

「『セイレンの涙の輝き』」

白い光の玉が空中に浮かび上がり辺りを照らした、そしてルディを先頭に階段を降りて行く、その彼らの後ろからカラス達もひょこひょことついて行った。


しばらく進むと壁に先程の抜け穴によく似た細い線で描かれた正方形の石板が埋め込まれているのが見つかる。

ベルがそれに何気に触ろうとしたがその前にアゼルが警告する。


「皆さん壁の図形には触れないでください、以前危険な黒い液体が出てきた事があります」

「ひえっ!」

ベルは慌てて手を引っ込めた、ベルは後ろを振り返りカラス達を睨みつけた。


「絶対さわるなよ?触ったら潰す」

何となく理由ははっきりとしないが彼らが余計な事をしそうだと思ったからだ。


『ワタシはいいヒヨコなのです、はなつまみモノのカラスといっしょにしないでクダサイなのです』

ヒヨコが怒り小さな羽でカラスを叩いた。

『うざいコイツここらへんでステタイ』

カラスも不格好な羽でヒヨコを叩いた。


ベルはカラス達を無性に踏み潰したくなったが、精霊魔女アマリアの使い魔らしいと聞いていたので思いとどまる。


そこからどのくらい進んだろうか、ふと奇妙な違和感を感じた、それはほんの僅かな目眩の様な感覚だった。

更に数歩進んでから異常に気がついた、いつの間にか階段を昇始めていたからだ。

前を進む仲間たちも異常事態に気がついたのか立ち止まっている。


「ルディさんへんなのです、階段を昇っていますよ?」

「前にもこれがあったな」

「ええ殿下、覚えています」


『無事ここまできたか』

玉虫が再び話し始めた。

「愛娘殿か、この道でよかったわけだ」

『うむ、もうす…』


だが激しい風切り音とともに黒く太い鞭の様な物体が上から伸びてルディを激しく叩いた、ルディは壁に叩きつけられる。

そして黒い鞭は素早く上に引き上げて行く。


「殿下!!」

「ルディさん!」

ベルはその鞭の元を精霊力で探る、だがそこにあるのは虚無だった、生けるものは仲間達以外何も見えない感じない、そして遥か頭上に精霊力を通さない巨大な何かがある。

アゼルとコッキーがルディに駆け寄る、ベルはグラディウスを抜き放ち階段を駆け上ると前に出て敵に備えた。


精霊力を放つが瘴気すら感じられない、カラスやヒヨコの様に反応が無い、まるで無機質の物の様に。


「アマリアさんがいません!!」

コッキーが叫んだ。

「玉虫は扉の鍵です」

アゼルの声からも動揺が隠せない。

どうやらルディの胸に止まっていたアマリアの玉虫が今の衝撃で外れ跳んだ様だ。

「下に落ちたのでしょうか?」


だがベルは上を探った、目を凝らし暗闇の中の敵の姿を確認しようと足掻く。

「まだ敵がいる気を付けて」

ベルは皆に警告する。


「おれは大丈夫だ問題ない、少し頭をぶつけただけだ、太い鞭の様な物に襲われた」

ルディの声が聞こえて来る、落ち着いた口調から無事の様だが、ベルには何かに耐えているような違和感を感じた。

「ベルあの黒い物に触れるなよ!!」


そこに漆黒の鞭がベルに襲いかかって来た、それを躱しつつ咄嗟に薙ぎ払うとあっけなく真っ二つに切り裂く。

思わず手のグラディウスを見詰めてしまった、刀身からアゼルが付与した冷気は既に消え去っている。


こいつ普通の剣でも切れるのか?


「ベルすまない、俺は大丈夫だ!」

今度は立ち直ったルディが前に出て来た、ベルは後ろに下がりアゼル達の護衛にまわる。


アゼルが魔術の詠唱を初めベルの剣に水属性の力を付与した。


今度は数本の鞭が上の暗闇から現れ襲いかかって来た。

二本はルディに襲いかかり無銘の魔剣で切り刻まれた、二本はコッキー達に襲いかかる。

それを纏めてベルが切り落とす。


だが次々に黒い鞭が襲いかかってくる、それを総て撃退していく。

「元を断たねば負ける!ベル!!」

階段の上からルディの叫びが聞こえる。


「コッキーあとはお願い」

ベルはコッキーを振り返りもせず階段を駆け上がった、ルディも一気に加速し階段を突進していく、ベルも後を追いかけた。


上から長い鞭の様な腕を伸ばして攻撃をしてくるが、敵の大元が何処にいるのかわからない。

「もっと上か?」


ベルが上を見ると暗闇の中に沈むように何かがいた、赤く輝く小さな星が無数に煌めく星空の様に、天井に張り付くように何かがそこにいた。



それが漆黒の鞭の正体だった、天井いっぱいに広がった漆黒の体に暗く赤く輝く無数の赤い点、その体から鞭が伸びては攻撃をくりかえす。

切り払った鞭の切れ端はなぜか落ちずに、天井に舞い戻ると融合し溶け込んでしまう。


「本体を殺るぞ!!」


ルディは更に駆け上がる、襲いかかる鞭を切り払った直後、鞭が戻るのを追うように化け物に向かって飛び込む、そのまま天井の化け物を切り裂いてそのまま反対側の螺旋階段に着地した。

そして化け物の動きが止まる、ベルは機会と見たが黒い液体が豪雨の様に穴の底に向かって降り注いだのを見て躊躇した。

だが黒い雨はすぐに止まり化け物はすぐに動き始めた、そしてすべての鞭をルディに向かって叩きつけた。


ベルがその機会を見逃す訳がない、ベルは怪物に向かって大きく跳躍してグラディウスで切り裂く。

反対側の螺旋階段に着地した時、背後で雨の様に黒い液体が降り注ぐ音がした。

振り返るとその化け物は一回り小さくなっていた。




二人は戦いに慣れ敵は次第に弱体化していく、アゼルとコッキーが階段を上がって来た時、最後の欠片が崩れて黒い雨となって奈落の底に落ちて行くところだった。


「最後はあっけなかったのです」

「そこがアマリア殿の研究室の扉だ」


『下から見ると丸見えなのです』

ベルはカラスとヒヨコを無視する事にした、とりあえず全員が集まったのだ余計な者が居るけど。


ルディが螺旋階段の一番上を指し示す、そこには魔術の光に照らされ扉が見えた。


「あそこだ」


階段を上まで登り扉の前まで到達した。


その扉は緑色に輝く金属の枠と一見木製の様に見える未知の材質でできていた、真ん中にダイヤ型の緑色の金属の板がはめ込まれ、その金属の板の中央に小さなくぼみが見える。


「前はここに玉虫を嵌めたのだが」

「アマリア様が中から開けてくれるかもしれません」

「そうだなノックでもして見るか…」


そこに背後から小さな足音が聞こえてくる、螺旋階段を駆け上がる小さな足音だ。

全員が警戒態勢に入った。


『かわいくないいきものがクルのです』

ヒヨコが耳障りな声で叫んだ。


アゼルの魔術の光の範囲にいきなり飛び込んできた、それは体長20センチ程の白い小さな猿だった。


「エリザベス!?」

アゼルの叫びは喜びより驚きに満ちていた。


エリザはカラスとヒヨコを踏み台にしてアゼルの肩に飛び乗る、何かが潰れたような呻き声がしたが誰も気にしない、そしてエリザは口に加えていた物をアゼルの手の平の上に落とした。

驚愕したアゼルが見たものは美しい緑のオーロラの様に輝く玉虫だった。


『何が起きたのかよくわからんが見つかったようじゃな、これが無いと面倒な事になる、まあとにかく中に入るのじゃ』


玉虫が再び言葉を発した。







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