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閉鎖領域

丘を登ろうと蠕いている得体のしれない人影の群れにベルは切り込む、この状況でこれだけの群衆だ、まともな人間では無いと覚悟は決めていた、邪魔するならグリンプフィエルの鞭で薙ぎ払うつもりだった。


だがそれは予想を遥かに越えていた。


接近するにつれて群衆の姿が明らかになっていく、彼らはまさしく死者の群れだった、剣で切り捨てられ血塗れの者、槍で突かれ傷口から臓物がはみ出た者、焼け爛れ崩れかけた者、やせ衰え骨と皮と化した者、そんな無数の声無き死者が分厚い壁となり無言で丘を這い登って来るのだ


それとまともに対面したベルは嫌悪から足がすくんでしまう、そして彼女の喉から悲鳴があふれようとしていた。

その瞬間ベルの横を黒い大きな影が凄まじい速度で通り過ぎて行く、おぞましい死者の群れに突入していった。

無数の死者の群れを『無銘の魔剣』が切り裂く、剣が切り裂き剣の腹が亡霊を打ち砕いていった。

亡霊の群れは切り裂かれ分断され切り刻まれて霧散しながら道を譲って行く。


「クソ!!手応えが無い水を切り裂いているようだ!!」


ルディが吠えた、だがそれでも十分に損害を与えていた、ベルも本物の死体が動いているのではないと理解して行く、腐臭も無く腐肉が飛び散る事もなかった、彼女も次第に冷静さを取り戻しはじめた。

冷静になるとベルの背後の要塞の上から何かとてつもない大きな力が集まり動き始めたのを感じる。


「後ろから何かくる!!」


その直後すぐ後ろに精霊力の奔流を感じる、無数の氷の礫が宙に生じ周囲の死者の群れに降り注いだ。

氷の礫で無数の亡霊が切り裂かれ霧の様に消えていく、だが今際の苦痛と恐怖を貼り付けた亡者の群れは止まることもなく無音でヒタヒタと押し寄せてる。

ベルが振り返るとアゼルが魔術の術式を行使した直後だった、彼のローブから反応した触媒の紫煙が立ち上る。


「コッキー、何か武器になりそうな物はありませんか?出してください」

アゼルが立ち呆けているコッキーに呼びかける。

「…」

呆然と亡者の群れを見ていた彼女はアゼルの呼びかけに反応しない。

「コッキー!!」

「あっ、はい、ええ、水筒ぐらいしかないのです!」

「それに水属性を付与します、それで振り払ってください!!」

コッキーが慌てて背嚢の中から水筒を取りだした。

「アゼルさんこれですよ!!」


「亡者どもに触れるな!!気力を失うぞ!!」

その時足に絡みつく亡霊を吹き散らしたルディが警告を上げた。


その間に気を取り直したベルが鞭を振り回しながら亡者の群れに突っ込んで行く。


「城下を突っ切り東の街道から出るぞ!!」

隣で亡霊を切り裂き散らしながらルディが叫ぶ。


「すこし僕から離れていて」


ベルは5メートルを越える長い鞭の半ばを握りしめ残りを輪にして肩にかける、

そして頭の上で回転させ始めた、はじめは鞭に振り回されていたが鞭の回転速度が上がるにつれて安定していった、そして風車の様に鞭を旋回させながら前に出る。


「ベルに続け!!」

ルディの号令が背中に聞こえた。


「す、凄いですベルさん」

ベルの後ろからコッキーの声援が聞こえてきた、回転するグリンプフィエルの鞭が亡霊をまとめて薙ぎ払い道を切り開いて行く。


「私達も行きますよ」

アゼルの叱咤と共にベルとルディの後ろを走りはじめた、ルディは全体の様子を見るとふたたび殿(シンガリ)につくと二人を追いかける。

横から後ろから襲いかかる亡霊はルディの魔剣が切り裂き、コッキーの水筒が鈍器の様に打ち砕いて行く。


強引に市街地を埋め尽くす亡霊の群れを切り裂き道を作り出し、ドルージュ城下から沼の上を東に抜ける街道の入り口にたどり着く、だがここも沼から無数の亡霊が際限なく湧き上がってくる。


「うわぁ!後ろを見て!!」


立ち止まり背後を確認したベルが悲鳴の様な叫びを上げる、それに釣られて全員要塞の方向を見てしまった。

要塞の正門付近から、暗く緑色に輝く巨大な雲の様な不定形な何かが溢れ出ようとしていた、その霧の中に薄緑に輝く光の塊が無数に浮いている。

それは次第に丘をかけ降りこちらに向かってくる。


「なんだあれは!?」

豪胆なルディの声も震えていた。


「殿下!!ここまで来たら一気に脱出できます、急ぎましょう!」

ベルがそれを合図に街道上の亡霊を凄まじい勢いで刈り払いながら東に向かって霧の中を疾走する。







「あれ?」

風車の様にグリンプフィエルの鞭を回転させて亡霊を薙ぎ払っていたベルが、間抜けな声をあげて立ち止まった。


「…なんだ?」

「あり、なのです!?」

霧の中を突き進みそろそろ反対側の森が見える頃だと思っていた彼らの目の前に、ドルージュの城下町の廃墟が立ちふさがっていた。

いつのまにか彼らは街に戻っていた、だが街並みと丘の位置から街の西側にいる事がわかる、いつのまにか街の反対側に出ていたのだ。


「そんな…」

ベルのつぶやきは弱々しかった。

その間にも亡霊達がヒタヒタとせまってくる、声無き苦悶の叫び声を上げながら、声無き彼らの苦悶と恐怖の声が聞こえてくるようだ、

むしろ声が聞こえたほうがまだよかったとベルにそんな想いがよぎる、両手で耳を塞ぎたくなる。


そのときベルの両肩に大きな手の平を感じた、それはごつごつとして固くそして暖かかった、それは昔から良く知っているルディの大きな手の暖かさだった。


「ベルもう一度反対側に行こう、そうすればわかる!!」


ルディの声でまた落ち着きを取り戻していく、しかし幼馴染には何がわかると言うのだろう?

その疑問に答えを出す前に、街の反対側から暗い緑の光が膨らんでくる、あの緑の光がこちらに向かってくる。

ベルは反対側に向きを変えると街道上の亡霊を風車の様に刈り払いながら全速で霧の中に再び突入していった。








「ここはどこだ?」

ベルの足元が頼りなく沈む、何か湿った様な水と泥が跳ねる音がした、先程までブーツの底から感じていた石畳みの堅い感触が消え柔らかい何かを踏みしめていた。

グリンプフィエルの鞭が落ちて泥を打ち水がはねる。

いつのまに周囲の亡霊も消えている。


「何が起きた?」

ルディの声がそれに続く。


「べとべとしています!!足が泥に!!!」

悲鳴の様なコッキーの叫びが上がる、彼女はサンダルのような木と皮革製の靴を履いていたから泥が直接肌に触れたのだ。

ベルは自分の革のブーツにこびりついたヒルのような生き物を見つけた、バーレムの森から革製の長ブーツを履いていたので気づかなかった。

普段なら大騒ぎをするところだが今はそれどころではない。


「殿下!!前に!!」


恐怖に怯えたアゼルの声につられて前を見上げてまた呆然となった、眼の前にドルージュ要塞の丘と威圧的な城壁が聳えたつ、丘にはまばらに枯れ果てた樹木が白骨の様に枝を伸ばしていた。

上空は厚い雲に覆われ星も月も見えない、天を覆う雲は光を照り返し薄く白く輝いていた。


「また同じところに戻って来ているのです、なんなんですか?」

震えるコッキーをなだめながらルディが口を開く。

「皆聞いてくれ、もういちど脱出できるか試そう、それが駄目なら戦うしかない」

ベルは戦うと言っても相手の事を何も知らない、それは皆同じはずだ、桁違いに強大な敵だと直感が告げているだけだった。

何かルディに秘策でもあるのだろうか?

ベルも頭を高速回転させ初める、罠やいたずらを仕掛ける事に関しては子供の頃から天才と呼ばれていたのだから。



やがて要塞の丘の向かって左手側が次第に緑色に明るなっていく、濃霧が緑色に照り返される、アレがここに向かってくる兆しだ。


また周囲の霧の中から滲み出る様に亡霊の影がゆっくりとせまって来る、そしてあの歌が再び聞こえてくる。

「ああ!?またあの歌が聞こえるのです!」

コッキーがまた呻くように声を上げる。


アゼルが身体強化の術を自分に上書きする。

「殿下!!準備できました」

「ベル大丈夫か?」

「…いける!!」

「右手にまっすぐ走るぞ!!」

四人は泥まみれになりながら丘の麓にそって緑の光から逃れるように全力で走る、彼らの速度は人では不可能な速さに達していた、それにも関わらず背後から迫る緑色に輝く光の群れを振り切れない。

再び彼らは不気味な濃霧の中に突入していく。







「まただ!!どうなってるんだ!?」

ベルの声は彼女の呆れと心の疲れを感じさせた、肉体より精神の疲労が蓄積されていた。

ベルの眼の前に前にまたドルージュの城下町の廃墟が広がっていた、あの緑色の光は丘の反対側にいるのか姿が見えない。


「どうしても霧の外にでる事ができないようだな、このままではこちらが疲れ果ててしまう」


「ねえアゼル、アイツから姿を隠せる?」

「何をするつもりだ?ベル」

「僕が囮になる、ルディはあの城の門にこれを張って!!」

グリンプフィエルの鞭をルディに押し付ける様に手渡した、そしてドルージュ要塞の門がある城郭を指差す。


門には巨大な扉の金属の錆びた枠が残っていた、最初にあそこを通過した時にベルは見た記憶があった、奥の門は幅が狭くグリンプフィエルの鞭を横に渡す事ができるかもしれない、正門がだめでも内部に小さな門やアーチが幾つも残っていた。


「ベルお前を信じていたぞ!!かならず何か思いつくと思っていた」

ルディがとても良い笑顔で微笑んでいる、ベルの顔から血が引いて行った、まさか自分が何か考えつく事を当てにしていたのだろうか?



「上位の隠蔽魔術を使ってみます、あれに効くかは未知数ですが」

「やってみるか…真っ二つにできるかもしれん、アゼルの術の中に入り身を隠してやり過ごす、そしてベルがあれを引きつける、それでやってみよう」

「僕は準備ができるまでアレをひきつけて丘の周りを回る」

全員それにうなずいた、だが本当にひきつけられるのかベルに確信はなかった。

「準備ができたら私が魔術で合図を送ります」

「うん、わかった」


「最後に隠蔽術が効かない場合はすばやく散ってください、あの緑の雲の速さは人の走る速度を遥かに越えています」

コッキーが大きくうなずいた、アゼルはエリザをローブの内側にいれる。


「ベルこれを預ける、亡霊共が厄介だこれが必要になる」

ルディは無銘の魔剣をベルに手渡した、ベルはその魔剣を受け取りその重みを感じた、ルディの愛剣を預かるその意味はわかっているつもりだ、ベルの表情が僅かにこわばる。


「任せて」

ベルは無理に微笑んだ。


全員で湿地を駆け抜けて城下街の西寄りの少し広い場所に移動する。


「いいですか、上位の高速移動の術を私にかけてから上位の隠蔽魔術を使います、私から離れないでください!」


「奴が来たぞ!!」

丘を回り込む様に暗く緑色に輝く光の雲が現れた、ベルはそいつの注意を引きつける為に雲に向かって駆けた。


「『蛟龍の淵から駆け昇る者、その名はデルピューネ』!!」

後ろからアゼルの詠唱が聞こえ強い精霊力の奔流を感じた、ベルはアゼルがこれほど強力な魔術を使うところを初めて感じた。


そして振り返る事も無くその緑の雲に向かって廃墟の路地を抜けながら全力で接近していく、とにかくアゼル達と距離をとらなければならない。


丘を回り込みながら暗い緑色に輝く光の雲が全貌を現した、その中に明るく輝く緑の光点が無数に宙を彷徨う。

この距離ですらあの大きさに見えるなら雲の大きさは20メートル以上あるとベルは推理する。


しだいに恐怖が心を塗りつぶして行く、それを意思の力でねじ伏せた、だが囮を果たすため距離を詰めようと更に踏み出そうとしてその足が止まる。


「何だアレ?」


緑に輝く雲の中を緑色に光り輝く巨大な半透明な髑髏が宙を浮きながらこちらに向かってくる、その周囲に数体の一回り小さな髑髏が彷徨い、それを取り囲む様に無数の淡く緑に輝く光球が追従してくる。


ベルは目を瞠り体が震え足が震えはじめた、その瞬間背中の腰の辺りに熱いヌメるような何かを感じた。

一瞬だけ漏らしたかとあせったが何かが違う、それは腰骨の奥のどこかで熱い何かが渦を巻き暴れはじめたのを感じた、その瞬間体が解放された様に軽くなる。


恐怖が遠ざかる、意識が一歩だけ自分から離れ、自分自身を少し離れたところから見ているような不思議な感覚に捕われた。

そして前にもこれと似た様な事があったような気がするが想出せない。


いける!!


ギリギリまでアレを引きつける、ベルはアレがうまく引き寄せられる事を聖霊王に祈った、もっとちゃんとお祈りしてお開けば良かった、子供の頃教会のお供え物を盗んだ事を深く後悔しながら。


眼前に緑に光輝く半透明な巨大な髑髏が迫る。






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