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塔の上の人影

要塞の全貌をつかむ為まず城壁の上を一回りした。

「ルディガー様、あれは雨水を貯める貯水槽の跡ですね」

アゼルは足元に見えた石材を精密に組み合わせて作られた巨大な水槽を指差す、頑丈な柱で支えられた石の水槽の中に濃い緑色の水が溜まっている。


周りの柱の跡から屋根のある建物の中にあったはずだ。


「あれも毒じゃない?」

ベルが顔を顰めると、ほかの三人は沈黙をもって肯定した。


「そろそろあそこに行こう」

ひとまわりをした処でルディがあごで要塞の中央に聳え立つ巨大な城郭を示した。


ドルージュ要塞のほぼ中央にある堅固な建物は、一辺が50メートル程の正方形で、三基の塔と北西の角に聳え立つ巨大な大塔の間を城壁が連結している。

大塔は北西の城壁の上からさらに天高く聳えたっている。


「要塞の指揮中枢だな、城主の居城かもしれんが」

ルディの興味深げな声で大塔に見入っていたアゼルは我に返った。


城壁を下りて城郭に向かう事になった、石造のアーチや崩れかけた石壁が行く手を遮り、ガレキが足元に積み重なり歩くのに邪魔だ。

それでも近づくにつれて中央の城郭の荒廃が明らかになってきた、胸壁の一部が崩れ古い火災の跡が無残にも残っていた。



『お母様』


アゼルの前を進むコッキーがつぶやいた、それは普段のコッキーからかけ離れた口調だった。

普段のどこか舌足らずで自信なさげな声ではない、短いながらもどこか毅然とした人格から生まれる口調だった。


その声に先頭を進んでいたベルが振り返り、驚きで彼女の薄い青い瞳が見開かれた、そして素早くコッキーの目線の先を追ったべルが叫ぶ。


「塔の上に誰かいる!!」


ベルの声は何時になく緊迫している、彼女が指差す先ははるか頭上を指していた。

アゼルもその指の先を見た、指先はあの巨大な塔の上を指している、だがそこに人の姿は無い。


「いや、誰もいないぞ?」

ルディの不審に満ちた声が上がる。


「本当に見たのですか?ベル嬢」

「白いドレスの女の人がいた、すぐ見えなくなった!」


「とにかく進もう、誰か居るならいずれわかる事だ、本当にいればな」

「生きている人間はいない、今探査したんだ」

ベルの声には僅かに怯えの響きがある。


「コッキー大丈夫ですか?」

先程から固まって身動一つしないコッキーに声をかける。

「すみませんアゼルさん、ぼっとしてました…」

ゆっくりと振り返ったコッキーは弱々しくどこか媚びるような申しわけなさそうな顔をしていた。



四人はまた城郭に向かって進み始めた、もう城郭は眼前だ。

だが中に入った全員が愕然となった、期待に反して内部は屋根も天井も床も崩れ落ち吹き抜けになっていた、上に赤みがかかった青い空まで見えていた。

内部は崩れかけた石造のアーチで幾層にも仕切られ、これらが柱として各層の床と天井を支えていたのだろう。

床には黒い炭化した木材と崩れた石材が無秩序に足の踏み場もなく散乱していた。


石壁の高さや構造から三階立ての建物だったようだ。


アゼルは術式陣があるとするならここの地下が怪しいと考えた。

「地下室がありませんか?そこに何かがあるかもしれません」


「わかった皆で手分けして探そう、アゼルは俺と行動してくれ」

「…わかりました」

この中で一番脆いのが自分だと自覚している、上位魔術師だが接近戦に脆い事は変わりなかった。



「ここに階段がありますよ!!」

すぐにコッキーが階段を見つけたらしい、全員そこに集まる。

階段らしき段差が瓦礫に埋もれていた。


「どうするどかしてみる?」


「そうだな、先にベルが白いドレスの女性を見た塔を見てみよう」

ルディが指差すどの先に塔の入り口らしきアーチ門があった。

そのまま瓦礫の上を苦労して北西の隅をめざす、そして塔の内部に入り再び驚く事になる。


塔は外壁だけを残して、内部の階段も屋根も床も全て失われていた、赤みを帯びた丸い空が高く遠くに見えていた。

壁には梁を差し込む窪みだけが虚しく残っているだけだ。


まるで煙突の底から空を見上げている様だ。


「この上に人がいられるわけないよね」


ベルの声は注意深い者でなければ気づかない程に震えていた。


「そうだな、今日は階段の掃除をして引き上げよう」

ルディは暮れかかった空を見て素早く決断した。


ルディとベルとコッキー三人がかりで瓦礫をとりのぞいて行く、疲れ知らずで剛力の三人だが、階段の幅があまり広くなくその実力を発揮できない。

重い瓦礫を軽い荷物のように手渡しリレーで排除していく、だが効率が悪くなかなか作業が進まない。

それでも常人ならば数倍の時間と交代要員を含めて数倍の人員が必要になった事だろう。


アゼルは全体を見守っていたがふと何かの気配に気づいた。

エリザが僅かに興奮して声をたてる。


「何かありましたか?エリザベス」


アゼルの視界の隅を何か小さな影が素早い速さで瓦礫の山の上を走り抜けて消えていった。

野良犬かリスのような小動物と思ったがもうその影は見つからない。


「先があるぞ!!」

階段の下からルディの声があがった。


「ほんとです真っ暗です」

「よし瓦礫を取りのぞいてしまおう、アゼルそろそろ灯りを頼む」


これでアゼルの注意は再び階段に向いてしまった。





魔術の光で青く照らされた階段のそこで最後の瓦礫を排除していく。


「退路を確保するぞ、できるだけ広く開ける」


この中にまともに生きている者がいるはずもなく、ルディガーが警戒している何かを想像して皆が緊張を高めた。

ルディ達は一気に作業の速度を上げていった。


それにしても僅か30分程で階段を埋めていた大量の瓦礫を取り除いてしまった、だが三人は疲れを見せていない、アゼルは改めて幽界帰りの力を再認識させられた。


「中の様子を見たら引き上げよう」

アゼルがふと慌てて上を見ると、空は暗い青にかわり星が見え始めていた。


「殿下、日が落ちました」

「急ごう!ここはまずい場所だと僕の感が言っているんだ!」

アゼルはつい白い目でベルを睨みつけてしまった。


「アゼル下にき…」


その瞬間の事だった、チェンバロの音色が響き渡る、その音は建物の壁に反響して不気味なまでに美しい。

三人は階段から飛び出し警戒体制をとる、アゼルを囲むように円陣を組んだ。


ルディガーは『無銘の魔剣』を抜き放った、ベルも麻袋の口に片手を突っ込むと無理な姿勢から強引に巨大な鞭を引き抜く。


「どこから聞こえるんだ!?」

「強い気配を感じない、アゼルわかる?」

「私にもわかりません」

どこにもチェンバロも奏者の姿も無い、だがアゼルにはその曲に聞き覚えがあった、そのカノン進行の典雅な趣きのある曲は、それほど古くはない時代の王侯貴族の公式行事で使われた楽曲だった、だが誰がどこで演奏しているのかまったくかわからなかった。

肩の上のエリザが怯えている。


「アゼルさんあそこらへんですよ!!」

コッキーが空中を指差した、彼女の顔は今にも泣き出しそうだ。

「何も見えませんね?」

「私には音が見えるのです…」

アゼルは思わずそれに目を剥いてしまった。


「引き上げよう、やはり舐めていたか、もっと早く引きあげるべきだった」

相手が人間の盗賊や破落戸ならともかく姿も形も無い相手では分が悪い。

「賛成!!」

アゼルが身体強化の術を素早く詠唱した。

「行きましょう」


「よし行こうか」

ルディを先頭に正門に向かおうとした、だが廃墟の建物と瓦礫が邪魔で簡単に進めそうに無い。


「城壁に上がるぞ、俺たちなら余裕で飛び降りられる」

「解りました私も大丈夫です、エリザベス私から離れないでください」


再びベルを先頭に城壁を昇る階段に向かって走り始めた、瓦礫も障害物も乗り越えて城壁に向かってかける。

チェンバロの音色は次第に背後で遠くなって行く。


城壁を昇る階段を駆け上がるべルが軽口を叩く。

「楽器のお化けは追って来ないみたいだ…」

そのベルが城壁を登りきったところで固まった。


不審を感じながらも他の三人も階段を登りきると同じ様に固まってしまった。


城壁の外が分厚い濃霧の壁で囲まれていたからだ、要塞が築かれた台地の付け根あたりから濃霧の壁が立ち塞がっている、

空を見ると夜空も徐々に濃霧に覆われていく。

その霧の向こうから無数の瘴気が徐々に迫りくるのをアゼルでも感じることが出来た。


「霧の向こうから歌が聞こえる…」

「ベル嬢、歌ですか?」

「私にはわかるのです、これは、これはテレーゼの国の歌ですよ!!」

コッキーは震えていた、強大な力を秘めているはずの彼女が震えている。


その時の事だ、後方から白い光に照らされ城壁が薄い白色を帯びた。

四人が慌てて振り返ると、中央城郭の大尖塔の上が白く輝いていた。

その白い光の中に黒い人影が見えた、その人影はドレスを着ている様にも見えた。


「あれだ!!」

ベルが叫んだ今度こそ全員がその人影を見ることになった。


そして中央城郭の城壁の上に朧気な緑の光が七つ生まれ出る。



「後ろを見て!!丘を何かが昇ってくる、すごい数だ!!」

ベルの緊迫した叫びでアゼルは我に返った。


まるで軍勢が城に攻めかかる様に、無数の数え切れない程の黒い人影が霧の壁を乗り越えてのろのろと丘を昇って来た。

「なんだこれは!?」

さすがのルディからも当惑と混乱が伝わって来る。


再び中央城郭を見ると先程の緑の光がその輝きを強めながら、巨大な渦を捲くように集まりだしている。

その緑の渦にさらに濃密な瘴気が集まりその力が更に強大化して行った。


「わかる、あれは手に負えない!!」

ベルの緊迫した声が警告を上げる。

「同感だ!外側を突破したほうが容易い、俺の直感だがな」

「僕が切り開くからついてきて!!」


そのときアゼルはコッキーが呆然としたまま中央城郭を身じろぎもせずに見詰めているのに気づいた。

その彼女の視線が大尖塔の一点を見詰めている。


『お母様…』


それは彼女の小さなつぶやきだった。


アゼルは不安になりコッキーに声をかけたが反応が無い、意を決し彼女の肩を掴んでかるくゆする。

「コッキー行きますよ!?」


我に返ったコッキーが周囲を見渡した。

「あ、アゼルさん大丈夫です」


「東の街道から沼を切り抜けて東に脱出する、ついて来て!!」

ベルを先頭に四人は城壁の上を北に向かって凄まじ速度で走り始める、市街地を見下ろす位置までくると城壁から飛び降りて、そのまま丘を昇ってくる不気味な蠕く群衆の中に突っ込んで行く。






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