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ドルージュの廃墟

ゲーラの南門の役人が開門の鐘を鳴らすと、それを待っていた二人の下役人が城門を開き始めた。

すぐに他の城門の開門を告げる鐘の音が遠くから幾つも聞こえてくる。

だがゲーラ南門の前で待っている旅人は少ない、ここと比べるとリネインは開門を待つ商隊や旅人で賑わっていた。


30年以上も昔に南のドルージュが失われてからここを通る旅人も少なくなり、ゲーラの支配者もラングレーに至る街道やリネイン=ハイネ街道の維持に注力して南方はおろそかになっていた。

南への街道は旅行者も少ないがその少ない旅行者を狙う小悪党が出没し危険な状態となっている。


ルディはふと門の上の鐘楼台を見上げた、薄曇りの朝の空が目に入って来る、今日は過ごしやすい一日になりそうだとなんとなく思った。


前を見るとベルが先頭をどんどん進んでいく、いつのまにか偵察役として彼女が先頭を進むのと暗黙の決まりになっている。

彼女はグリンプフェイエルの猟犬の尾が入った大きな麻袋を背負っていた。

使い勝手が悪いと彼女は文句を言っていたが、この世の常の武器で破壊できぬ物を破壊できる精霊変性物質の武器は彼らの切り札だ。


その後ろからコッキーがトコトコとついて行く、見た目は華奢な幼い容姿の美少女で荒事にとても役に立ちそうには見えないが恐るべき破壊力を秘めていた。

彼女も背嚢(ハイノウ)に詰め込めるだけ荷物を詰め込んでいる、みたところ重そうだが幽界帰りの彼女は重さをものともしない。

その後ろを進むのがアゼルだ、彼は魔術師で体力は普通の人間だ、彼に合わせて休息をとるのが暗黙のルールになっていた、肩の上のエリザが時々ルディを振り返り愛嬌を振りまいている。


殿(シンガリ)はいつの間にかルディの定位置になっていた、後方に注意を払いながら仲間を見守る役割はベルにはあまり向いていない、殿(シンガリ)はいざと言う時には味方を逃すための盾となるのだ。

彼は大きな野営用の装備を背負い予備の剣をくくりつけていた、すべてゲーラで買い足した物だ。


彼らの行動方針は、まずドルージュの廃墟に慎重に接近する、ドルージュから少し離れた場所にキャンプを設けて廃墟の調査を進める、ドルージュの廃墟は要塞本体から麓のドルージュの城下町をふくむ広い地域を含んでいた。

さすがの彼らも不気味な噂のあるドルージュの廃墟で野営する気にはなれなかった。


ベルがゲーラの南門を出てしばらく進むとさっそく異変に気づいた。

「みて、瘴気の流れの様なものを感じる」

彼女がその指差す先の森の木立のあいだを縫うように空気がゆらめいていた。


「私には、わかりませんね」

アゼルが正直に応えた。


「コッキーにも何か見えるような気がします、でもベルさんに言われないと気づきませんでしたよ」

「近くに墓地でもあるのか?ベル」

「僕にも森が邪魔でわからない」


そのまま小休止を挟みながら順調に南下していった、薄曇りの空はやがて晴れ渡り爽やかな風が頬をなではじめる、この季節のテレーゼは快晴が続き空気は乾燥し過ごしやすい。

空を見ながら故郷のエルニアに思いをはせた、海が近くバーレム大森林を抱えたエルニアはここよりずっと空気が湿潤で気候の変化が激しかった。


街道の両側まで森が迫りあまり路面の整備が行き届いていない、路面はところどころ石畳が持ち上がり砕けていた。


太陽が真上に上る頃、街道の路肩にみなで腰掛けて簡単な昼食をとった、美味くはないが滋養を考えられたレーションをかじる。

いわくのあるドルージュの廃墟に向かっているはずだが、それを忘れてみんな遠足気分になっていた。


「でもぜんぜん人がいませんです」

コッキーが久しぶりに口を開いた、彼女は朝から大人しく口数が少なかった。


「この時間だと行き違うのは騎馬の旅人かドルージュ近くで野営した旅人でしょうね」

地図を取りだし確認していたアゼルがそれに応えた。

「そうなんですね、ありがとです」


ベルが急に立ち上がり周囲にいきなり探査の力放つ。

全員それで身構えた、ルディは精霊力の感触から彼女が何をしているのかわかるようになっていた、コッキーもアゼルもその力を感じた。


「…特に何もいない、でも空気が嫌な感じだ」

ベルがつぶやいた。


はっきりとはわからないが、ルディも汚れた空気を吸っているような僅かな違和感を感じた、だがそれはごく僅かなものだ。

風の流れが変わるとそれはたちまち霧散していく、風が街道を吹き抜け(コズエ)を揺らし心地よい音をたてた。


「これは瘴気なのか?」

ルディは首を傾げてベルを見上げた。

「僕にもわからないよ」


「アゼル、あとどのくらいだ?」

「この地図ですと二時間程でドルージュ湖沼地帯の北の端に出ますね」

はるか南の空を眺めたが、森が続いてドルージュの街も要塞も樹々に隠されて見えない、だが南の空がわずかに(カゲ)る様に感じられた。


先程から小鳥や動物の気配がしなかった、ルディは美しい緑の森のかなたを眺めた。







森が急に開けると広大な湿地が眼前に広がる、小さな沼や池がいくつも連なりまばらに樹が生えている、小さな林が湿原の中に点在していた、その遥か向こうに切り立った丘が見えその上に壮大な要塞が見えた。

その麓にも町並みらしきくすんだ灰色の影が見える。


街道はその湿地の真中を盛り上げた堅固な土台の上を街に向かって伸びていた。

これでは軍の展開や機動がさぞや困難だろうとルディは苦笑した。


「これがドルージュ要塞か、周囲を湿地と沼に囲まれているな、難攻不落と言われただけはある」

ルディは遥かかなたに見える要塞を眺めた、この距離では要塞や街の荒れ具合まではわからない。


「ルディガー様この近くに野営しませんか?」

アゼルは湿地を憂鬱そうに眺めていたが意を決して口を開く。


「湿地の真ん中で野営すると虫に刺されますよ」

コッキーが体を震わせた、ベルも沼地にいる不気味な生き物を想像したのか呻いて震えた。


「この先で瘴気が街を取り囲んでいる様な感じがする」

べルは遠くを見るように背伸びした。


四人は街道から少し離れた林の中を野営地に定める、ルディとベルが周囲を剣であっと言う間に切り開いてしまった、コッキーがその合間に林から燃料になりそうな物を拾い集めた。

疲れ知らずの三人はたちまち仕事を終えてしまった。


「水の確保はおまかせください」

ベルとコッキーのアゼルを見る目が尊敬に変わる、ルディはアゼルがテレーゼに来てから万全な状態で野営した事がなかった事に気づいた。


「そうか、この国に来て野宿をするのは初めてか?」

「いえ、ジンバー商会から逃れて森に潜んだ事がありましたが、その時には触媒が無くて水を呼び出す事ができませんでした」

「ああ!そうだったんですねアゼルさん」

コッキーが納得したように声を上げた。


「さて、落ち着いたら街を偵察しよう、日が沈むにはまだ時間が有るからな」





四人は貴重品と最低限の物を持つと湿地を貫く道を進み始めた、アゼルが野営地に簡単な錯視の魔術を設置した、気休めだがこれで遠くから野営地が見えにくくなる。



街につながる街道の路面は荒れていたが土台はかなりしっかり築かれているようだ、その道をドルージュの城下町に向かって進んでいく。

次第に街の様子が見えてきた、城下町には城壁が無ない、周囲が天然の堀に等しいからだろうか。

城壁が無いのは費用の問題なのか地盤が弱いからなのかはわからなかった。

街並みは建物の石壁だけが残り、屋根も床も抜け壁も木材の部分が全て失われていた、戦火によるものなのか年月に依るものはわからない。


しだいに重苦しい空気になり誰も口を開かなくなった、廃墟の気落ちさせる光景と、薄い瘴気の中を進んでいく感覚が心と体を重くした。


この街もかつては多くの人々が生きていたはずだ、あのアマリア魔術学院の廃墟にははじめから生活の臭いが乏しかったが、この廃墟は人々の生活の痕跡がその空虚な喪失感を見るものに強く訴える。


街がよく見える場所まで近づくと、街全体がしっかりとした土台の上に建設されている事がよく分かって来た、沼地の水面から数メートル盛り上げられ石垣でしっかりと補強されていた。


一行は街道を渡りいよいよ城下町に入っていく。


「変だね濃い瘴気が溢れていると思ったけど」


ベルは周囲を慎重に観察しながら呟いた。

後ろを振り返ったルディが最初にそれに気づいた。

「後ろに瘴気の壁があるな」


「あれを通りぬけたのです?」

コッキーが崩れかけた番小屋の人の背丈より高い石壁の上にぴょんと飛び乗り背後を観察した、彼女もしだいに精霊力の使い方に習熟しているようだ。


「とにかく街を調べて丘の上に行くぞ」


市街地に入ると石壁に戦火の後が残っていた、激しい炎に包まれた爪痕が残っている、下には炭化した木材の破片が残っていた、幸いな事に今の処は人の骨などは見つからない。

ベルはコッキーが心配になったのか時々彼女を振り返った。


「皆さん、大丈夫なのです!」


そんな言葉を裏切るようにコッキーの声は明らかに動揺と不安を感じさせるように震えていた。


「無理はしなくても良いのですよ?」


コッキーのすぐ後ろにいたアゼルが声をかけた、アゼルの肩の上のエリザが心配するかのように小さな鳴き声を立てた。


「心配おかけしますアゼルさん、ここに来て火事の事を思い出したのです…大丈夫なのです」


街のところどころに焚き火の後が見つかる、焚き火は明らかに廃墟を生んだ大火の後のものだ、近くに朽ちた背嚢や錆びた武器や防具などが残されていた。

盗賊か旅人の野営の跡地だろう、荷物が残されていると言うことは何か不慮の事態に巻き込まれた可能性が高い。


「野盗に襲われたのか?」

「わかりません、しかし遺体がありませんね」

一行は中央広場に到達する、正面に要塞のある丘に登る道と階段が見えた。

道は丘を蛇行しながら丘を昇り、狭い階段が二筋まっすぐ要塞に向かって伸びていた。


そのまま東に向かうと東側に湿地を渡る街道が見つかった。

「見てあそこに馬車がある」

ベルが町外れに半壊した馬車を見つける、いそいでそこに向かって移動する。


そこには壊れた馬車だけがあった、人馬の姿も死体も無く比較的新しい、馬車の車軸が折れて傾き積荷が石畳の上に撒き散らされていた。

荷物は何かを詰め込んだ頑丈な麻袋と、ワイン樽が幾つかころがっていた。

ワインの銘柄を見るとテレーゼでも有名などこでもおなじみの安物のワインだった。


ルディがワインの樽の栓を試しに開けてみる、その瞬間凄まじい刺激的な悪臭が撒き散らされた。

それは腐臭とはちがう正体不明な臭いでまるで何かの薬品のようだ。


「な、なにこれ?」

「涙が出るのです!!」

ベルとコッキーは鼻をつまみながら逃げ出した、エリザも廃墟の屋根に登り様子を見ている。


「皆離れろ!!」

樽の中から濃い緑色の液体が溢れだして石畳に広がって行く、石畳みの石の色が黒く変色していく。


ルディは以前ドルージュで遭難した商隊の荷物が毒に変わったと聞いたことがあった。

「毒に変わるとはこの事か、これを毒に変えた何かがいると言う事か」

「ルディガー様、たしか宿屋のセリアさんが言っていましたね」


4人は風下を避けて馬車から離れた、毒ならば空気を吸うのも危険かもしれない。

「他を調べてから丘に登ろう」


四人はここが単なる廃墟ではないと次第に自覚して行く。


探検を進めるにつれて城下町の全体像が次第に明らかになっていった、街は要塞の立てられている丘の北側に接した半径150メートルほどの切り取られた様な半円形をしていた。

ここから四方八方に街道が伸び、かつてここは交通の要衝だった事を思わせる。


そして4人は要塞への狭い階段を登り始めた、丘は巨大なテーブル状の岩山で湿地から丘の上まで約30メートル程の高さがあるようだ、その台地の上にに要塞が築かれていた。

下からは見上げると要塞の胸壁が威圧するように迫って来る。


だが近づくにつれ城下町と同様の荒廃の跡が見えてくる、木造の部分はすべて失われ、寒々とした石壁だけが城壁の向こうから頭をのぞかせていた。

城壁の高さは6~8メートル程度だが、切り立った丘の上に立てられているため見かけより堅固だ、攻城兵器を城壁の側までよせる事もできないだろう。


登るにつれて正面に塔が迫って来た、ここを登る敵はまともに塔から矢を浴びる事になる、よくみると周囲には身を隠すものがまったくなかった。

左右に城壁から突き出すように立てられた塔から交差するように矢を浴びる事に気づいた。

この様子だと要塞全体がこうなっているに違いない。


「凄いお城なのです」

コッキーがつぶやいた。


4人が階段を昇りきると石壁が行く手を塞いでいた、そこを迂回するとその壁が巨大な馬出(ウマダシ)の城壁だと気付いた、階段はこの塔に正面から向かっていたのだ。

馬出しには麓からの大きな道が丘をうねりながらここまで昇ってきていた。


その馬出(ウマダシ)の城門の扉は失われていたが、その内部は兵を待機させることができる小さな中庭になっている、その曲がった奥に更に狭い正門があっただがそこも扉は失われていた。


馬出(ウマダシ)が城の正門の前に砦の様に立ちふさがる構造になっていた、城から軍を出す時この馬出(ウマダシ)に兵を溜めて一気に出撃できる様にしているのだ、そしてこの砦が弱点である正門の防御を補っていた。


「城壁に登り要塞全体を見るぞ」


今度はルディを先頭に正門から中に入ると城門近くの城壁の階段を登りはじめた、そこから城下町を見下ろすことができる、黒ずんだ灰色の町並みが見える、街の周囲は黒ずんだ湿地と緑の湿原が広がり、ところどころに小さな林が点在している、どこか気が滅入りそうな景色だった。


後ろを見ると城壁と一体化した塔が幾つも立ち並んでいた、要塞の南側にも馬出(ウマダシ)のような

巨大な構造物が見えた、要塞の内側に小さな城郭の廃墟が見える、そこに巨大な尖塔が聳え立っていた、高さは30メートル以上ありそうだ。

そして倉庫や兵舎の基礎らしき跡を見ることができる。

全体として300メートル四方以上の広さがある様に思えた、台地全体をギリギリまで要塞は使い切っていた。


「これは凄まじい要塞だな」


「ルディ、見て瘴気がここを取り囲んでゆっくりと回転している」

ベルの声が驚きで僅かにうわずっていた。

ルディが息を凝らして遠くを見据えると、たしかにベルの言う通りここを中心に陽炎の様なゆらめきが廻っている様にも見えた。


「私にはよく見えません」

アゼルの当惑した声が上がる。


コッキーが城壁を囲む矢狭間(ヤザマ)から身を乗り出すように遠くを見ていた。


「あのユラユラが沼に吸い込まれているように見えます」


瘴気の流れはゆっくりとした速度で要塞の周りを回転していた、そしてコッキーが言うように瘴気はゆっくりと降りて湿原に吸い込まれて行くようにルディにも感じることができた。

「これはまるで…」


「ねえ、暗くなる前に要塞の中を調べておこう」

ベルの声で全員我に帰る。


日没まであと一時間程しかない、予定では今日中に要塞の全体像を把握する事になっていた。


「そうだな、急ごう」








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