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精霊の椅子のお茶会

ルディはすぐに受け取った油紙の包をダガーで切り裂いた、すると中から二通の手紙が出てくる。


だが二通とも宛先に名前も無く送り主も不明だ、署名があるべき場所に記号と数字の羅列が記されているだけだ。

幸いな事に本文は暗号化されていなかった、内容は簡潔で短く筆跡を見るとかなり慌てて書いた様に乱れている。

内容は任務変更の命令だ、遂行中の任務からアマンダ=エステーベの監視、エルニアに向かいアマンダ=エステーベの情報収集に当たる様に書かれていた。


ベルが横合いから手紙を覗き込んできた、ルディは僅かにのけぞる。

「アマンダ達は昨日アラセアに向かった、この手紙がリネインに届かないから更に二~三日遅れる」

ベルがにんまりと笑った。

「そうなるな」

「ルディガー様、その遂行中の任務とはコッキーの身辺調査かもしれませんね」

「そうだなハイネの法務局の男、ハイネの警備隊の調査部の男、二人がジンバーの手の者だった可能性が高くなったな」

ルディ達と面識は無いが二人共リネインの聖霊教会にコッキーに関して探りを入れて来た男達だった。


ルディガーはもう一通に目を走らせる、こちらも同様に宛先も送り主も不明だ、内容はコッキーの調査を引き継ぐ事を指示していた。

ルディはアゼルに手紙を手渡す、アゼルはそれに素早く目を走らせた。


ベルが煩く催促するのでアゼルは面倒くさそうな顔をしながらベルに手渡してやった、ベルはしばらく手紙を見比べていたが何かに気づいた。

「もしかして二通とも送り主が同じじゃない?手紙の下に同じ記号と数字が書いてある」


アゼルが返すように目線でベルに催促したので彼女は二通ともアゼルに返した。

「たしかに同じですね、そうですね少なくとも二組の組織が動いています、一つはアマンダ様の調査、もう一つがコッキーの調査を引き継いだ組織ですかね」

「ならば俺達を監視している組織もいるのか?」

「ルディガー様その可能性は高いかと」


そんな彼らをコッキーは無言で眺めていた、彼女はなにか苦しげないたたまれない何かに耐えているようだった。



突然見張り役のベルが警告を発する。

ルディはベルから力が僅かに漏れ出すのを感じた、それは精霊力による探知の力の残り香だ。

「西の方からかすかな人の気配が来る、馬もいる感じがする、見つかると面倒だからここを離れようついてきて!」

ベルが森の中に飛び込む、残りの三人もいそいで森の中に飛び込んだ。


「僕たちの先を進んでいる旅行者を追い抜いてゲーラに行こうよ?」

「あれを疑われずにすむか」

「わかりました、私も身体強化の術を使います、一気に前に出てしまいましょう、エリザベスしっかりつかまっていてください」

アゼルはエリザを優しく撫でると魔術の詠唱を始めた。


やがて四人は西に向かって疾走する、旅人や商隊の気配を見つけると森の中を突き進み迂回しながらゲーラに向かった、それが結果的に尾行者を捲くことになるとは思ってもいなかった。



やがてある商隊が街道上に散乱する多数の遺体を見つけ驚くことになる、商隊の者達はそれらがベントレー伯爵家の装備だと気づいてまた驚く事になった。







リネインからはるか西にある小都市、古都ゲーラは奇跡的にテレーゼ内戦の戦災を免れ古い時代の町並みが残っている事で知られている、かつては学問の街と呼ばれたハイネの衛星都市で、近郊にアマリア魔術学園の跡がある、かつてそこは東エスタニア有数の魔術研究の中心だった。


そのゲーラの中央広場に面した場所に、おとぎ話の中から抜け出た様な小さな二階建ての塔がある、その入り口の上に魔術師のつば広のトンガリ帽子を意匠した看板が架けられ、魔術道具屋である事を示している。

その看板には『精霊の椅子』と古めかしい字体で記されていた。


時刻はお昼をすぎ定期乗り合い馬車が出てから一時間ほど経った頃だろうか、その店のドアが突然勢いよく開かれると、四人の男女が騒がしく乗り込んできた。


「こんにちわお爺さん!!」

「またきちゃいました!」

「久しぶりだなホンザどの」

「先日はお世話になりました」


店主のホンザはカウンターの前に座ったまま半分居眠りをしていたが、扉が勢いよく開かれ激しく揺れる呼び鈴の騒音で目をさます。


「騒がしい!…なにお主らか!?」

ホンザは目を見開いた。


「騒がせて迷惑をかけた」

ルディはベルの頭を手で抑えつけ頭を下げさせながら謝罪した、ホンザは興味深げにベルの銀髪を眺めていたが我に帰ったのか。


「馬車で来たのか?」


ホンザは天井近くの明かり窓を見上げながら言った。

「そんな処だ、我々は事情があってリネインから来た」


「ここに茶を飲みに来たわけではあるまい?」

ルディはそれにうなずいた、ホンザは他の三人を見渡すとゆっくりと立ち上がる、そして入り口に向かうと閉店の看板を扉の外側に下げて閉めた。


「臨時休業じゃ!さて二階に上がろう、まあ薬草茶ぐらいは進ぜよう」


ホンザに促され全員二階に上がる、上にはホンザの私室と狭い客間があるはずだ。


全員この部屋はおなじみだ、アマリア魔術学院の廃墟を探検しに行ったあの日この部屋でホンザの薬草茶を呑んでいた。

ホンザが狭い部屋を見渡し少し悩んでから、小さな三脚丸椅子を部屋の隅に置くと、そこにベルがするっと腰掛けてしまった。

「…まあ狭苦しいが、これで何とか全員座れるな」


ホンザはアルコールランプに火を付け小さな薬缶で湯を沸かし始める。


「さて今日はなんの用じゃな?」


ルディはこれからどう行動すべきかホンザから助言を受ける為にここに来た事を告げた。

彼らが今だにアマリアから示唆された、テレーゼ全体を覆う結界を制御する術式陣の場所も、ドルージュ近辺にある死霊の蓄積所、幽界の精霊たちを騒がせている存在の手がかりすら掴んでいない事を正直に話した。


ドルージュの調査を先に進めるか、ハイネに戻り敵の邪悪な行いを止めセザールと対決すべきか、その選択に悩んでいる事を告げる。


「狭間の世界から帰ってきてもう半月程になるのか?そう簡単に行くはずもあるまいよ、ところで邪悪な行いとは死霊術の非道な実験の事か?」


ルディはそこでジンバー商会のソムニの樹脂の取引と頻発する子供の誘拐、そして誘拐された子供達が吸血鬼の犠牲になっている事を告げた。

そして吸血鬼がコステロ商会と深く関係している事を合わせて話す。


「吸血鬼までもおると…」

ホンザが深くため息をついた。


「吸血鬼って劇や怪談に出てくるけど本当にいるとは思わなかったよ」

「わたしもです…」

ベルとコッキーにとって吸血鬼は怪談に出てくる化け物としての知識しかなかった。


「吸血鬼は吸血鬼の眷属として生み出されます、吸血鬼が眷属を作る時に不死者を生み出すのです」

アゼルは親切にも二人に教えてやる事にした。


「アゼル、奴らは一度死んでいるんだね?」

「そう、彼らは人間が吸血鬼になった成れの果てです」



薬缶の湯が沸き薬草の香りが部屋に漂い初めた。


「アゼル、じゃあ一番最初はどうなってるの?」

「これから語る事は半ば神話ですが、古代の妖精族が数万年前に人を糧にする事を覚え、その罪により幽界の神々により魔界に落されたと言われています、彼らが吸血鬼の始まりと言われています」

「じゃあ吸血鬼の眷属が今も生き延びているんだね」


それをホンザが引き継いだ。

「どうかのう、今まで聖霊教会や魔術師ギルド連合が何度も奴らを滅ぼしてきた、だが数十年もするとまた奴らが現れるのじゃ、魔界から大元がこちらに来ているのではと密かに言われておるよ、お前たちが幽界に落ちたようにな」


「はやく吸血鬼をやっつけ無いと、子供達が犠牲になるのですよ」

コッキーがうめくように呟いた。


「ホンザどのなぜ吸血鬼は子供を狙うんだ?大人のほうが血が多いはずだ」

ルディが今まで溜めていた素朴な疑問を吐き出した。

「はっきりとはわかっておらぬ、若いほうが魂の力が強いからと言われておる、奴らは血を滋養にするだけではない、魂と命そのものを吸い上げるのじゃ」

「魂と命か」


「そうだ、だからこそ奴らに血を吸われた者は単に命を奪われるだけではなく、仮初の命を吹き込まれ不死者になると言われておる」

そこをアゼルが継いだ。

「これも仮説ですが、魔界は魂の大循環の外にあって、独自の仕組みを作り上げていると言われています、だがまったく研究が進んでいません、死霊術もそうですが禁忌として研究が厳しく規制されています」


「その吸血鬼共がハイネのコステロファミリーと深く関係していると言うのじゃな?」

「ハイネの北にある別荘地に奴らはいる」

「意外じゃな、魔導師の塔の管理下におると思ったが」


ルディは真紅の怪物との戦いを思い出してた。

「奴らは恐るべき戦闘能力を持っていた、強力な魔術を連打してくる、そして凄まじい剛力の持ち主だった」


「なんじゃと?それは最高位の吸血鬼だぞやっかいじゃな、高位になるほど強力な眷属を生み出せる、その眷属はより下位の眷属を生み出す、そうやって大規模な不死者の軍団をつくり上げた事が過去にあった」


ホンザは悩み始めた、そしてしばらく熟考した、薬缶の薬草茶が吹きこぼれて音をたて始める。

「おっといかんわい」

ホンザは舌打ちしながらアルコールランプの火を消した。


「まあ、これで一息いれようぞ」

ホンザは木のカップをテーブルに並べると薬草茶を注いでいく。


ホンザはカップの一つを持つと部屋の隅にいるベルの処まで歩いていく。

「お爺さんありがとう」

カップを受け取ったベルは少し見上げながらホンザに礼を言う。

「ところでおぬしその髪はどうしたのだ?」


ベルはすこし恥ずかしそうに笑った。

「変装を解いたんだよ」


しばらく皆で雑談と薬草茶を楽しんだ、やがてホンザが全員を見渡し咳払いをすると全員ホンザに注目する。


「ハイネは奴の本拠が近いそして吸血鬼共が居る、まず先にドルージュを調べてからハイネに乗り込んではどうかのう?」


「でもこうしている間に吸血鬼に血を吸われる子供達がいるのですよ?」


「コッキーの気持ちはわかる、だがアマリア殿が言われたのだ、セザールは死霊の嵐をつくるために何百万の人の命を奪ってきたと、直接殺したわけではないが多くの人が死ぬ原因を作ってきたと言われたのだ」

そのルディガーの口調は苦く重かった。


「じゃあ、戦争ばかりなのも盗賊が暴れているのもそいつが仕組んだと言うのですか?」

「テレーゼの死の結界とはテレーゼ全体にかけられた呪いなのではないかと俺は思う、それを破壊しなければ人々は安心して生きてはいけない」


コッキーは黙ってしまった、ルディの言うことは正しかった、ハイネの子供達を救ってもテレーゼにかけられた呪いが消えるわけではない、だがコッキーは目の前で命の危険にさらされている人々をまず守るべきだと心が求めている。


そしてルディがエルニアの公子だった事を思い出した、貴人は100人の命を守る為には10人を犠牲にする事を(イト)わない、ずいぶん昔に聖霊教会でそう教えられた事があった、すっかり忘れていたがそれを今になって思い出した。


それは誰だっただろうか?やがてそれを思い出した、教えてくれたのはリネイン教会の司祭長のエミルだった、彼は没落した貴族の三男だとコッキーに教えてくれたのだ、その時に皆に語った言葉だった、だがエミルの真意まではわからない。


「みんなドルージュの調査をしてからハイネに向かうで異論は無いな?」

「僕も賛成!ハイネに行ったら忙しくなるに決まっている」

部屋の隅の方から勢いよく聞こえるベルの言葉にコッキーは我に帰る。


ドルージュその言葉がコッキーの心臓を震わせ例えようも無い不安が心を塗りつぶしていく。


「ドルージュに行きたくないです…」


その言葉はあまりにも小さくてそれを拾う者はいなかった。



結局、明日の朝ドルージュに向かって旅立つ事に決まってしまった。

精霊の椅子を出た一行はさっそく今夜の宿を探す、南門近くの古い宿屋『ゲーラの首飾り』を今夜の宿と定めた。


夕食までかなりの時間があるので各人明日の準備に取り掛かる事になった、コッキーはベルの誘いを断ると、疲れているからとベッドに早々に潜り込んでしまった。


ベルはそんなコッキーを訝しげに見たが、そのまま街に出ていってしまった。







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