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リネインの戦災孤児

リネイン聖霊教会の孤児院の食堂に子供達が集まっていた、すでにささやかな夕食も終り祈りの時刻までのひとときは子供達の自由時間とされていた。


その後で子供たち全員で礼拝堂でお祈りを済ませて就寝と規則で定められていた。


薄暗い食堂の中は子供たちのおしゃべりで騒がしい。


コッキーにとって孤児院最後の晩餐だった、長い食卓の上で揺れる小さなランプの炎を見ていると、昔の事を思い出してしまう、だがそれはあまり楽しい思い出ではない。


それはリネインが燃えたあの夜の記憶だ、紅蓮の炎が迫り恐怖と混乱のさなか母とはぐれた、母の指先が手から離れていくあの瞬間が永遠の別れとなる。

あの後どうやって街の外に出たのか記憶がない、群衆の流れのまま運良く城外に押し出されたのだと大人たちが言っていたのを覚えている、大人たちは母の遺体を見せてはくれなかった、そしてコッキーに残されたのはあの形見のペンダントと僅かな髪の毛だけだった。


しばらく野営テントで過ごし日々生きるのに精一杯だった、失った物を悲しむ余裕すらなかった、街の再建が軌道に乗り仮小屋に移って一息ついた頃から悲しみが押し寄せてきた、そんな遠い記憶がある。


首から下げた小さな皮袋の中に母の形見のペンダントが入っている、それをそっと握りしめる。

この皮袋はカーリンがコッキーにくれた袋だ、いつかちゃんとした鎖を手に入れたいと思う。


「コッキーまたランプを見詰めているわ」

どこからか小さな女の子の声がする。

すると今度は隣りに座っていた女の子がコッキーに話しかけきた。

「コッキーあした出ていくのね?」

彼女はコッキーに次いでこの孤児院の年長の女の子で彼女の名前はディタ。


「そうですよ、アゼルさん達と旅にでるのです」

「羨ましいわ、商人の方に気に入られたのですもの、コッキー可愛いからチャンスだわ、あの方独り身なのでしょ?」

ディタはアゼルと面識がないはずだがやけに詳しい。


「えっ、そんなんじゃないですよ、雑用しかできませんです、文字もあまり書けないし計算もできないのです」

「そうかしら?とにかく強引にせまるのよ、あの銀髪の娘にまけないでね!」

ディタはベルと会った事がないはずなのになぜか知っている様子だ。

「知っているのですか?」

「孤児院の窓から何度か見たわよ」


「あの人は文字も書けるし計算もできるのですよ?」

「そうなんだ、ただの平民じゃないわね!?あいつ」

コッキーはその銀髪の娘の身分を知っていた、貴族の令嬢の彼女は簡単な読み書き計算は子供の頃から優秀な家庭教師に教わっていたに違いない。

気安い性格で庶民のふりをしていたが、それでも僅かな仕草や言葉の端から庶民ではないと前から気づいていた、手入れをして着飾れば男たちの目を奪う美貌の持ち主なのも知っている。


でも可愛らしさが不足していると想う、細身で鞭の様にしなやかな体と冷たい大人びた顔をしている、でも本人の性格と外見のバランスが取れていない。


そしてあの何もかもが大きな赤毛の女性を思い出した、同じくらい大柄で気性の荒い女傭兵を前に見たことがあった、コッキーを馬鹿にしたようにその女は見下していた。

それなりに整った顔をしていたと思う、だががさつで下品だった、獣じみた臭いがその女の防具に染み付いていた、おもわず顔を背けて女傭兵から逃げ出したのだ。


だが赤毛の女性は凄まじい威圧感を纏いながら、気品と優雅さにあふれていた、同じ世界に生きているとは思えない程の美貌、そして彼女からは良い匂いがする、かすかな汗の匂いと共に香水や化粧とも違う(カグワ)しい花の様な香りを感じて目が回りかけた。

大きな大輪の花のようなあの女性を思い出して思わず唇を噛み締めた。


お母さんはきっとあの人達と同じ世界の人間なのです、そういえば…


「ねえコッキー?どうしたの?」

コッキーの想いは後輩に邪魔されてしまった。


「ディタ、あの人には負けませんのです!」

「え?そうよその意気よ!玉の輿に乗ったら私を雇ってね?」

コッキーは何を言い出すんだといった顔で調子の良い野心家の後輩の顔を思わず見詰めてしまった。


そこに幼い男の子が走りよって来た、この子は特にコッキーに懐いていた、他の子供達はコッキーがもう孤児院にいられない歳なのを知っていたし、最近はそれを受け入れていた、だがこの子はまだまだ小さかった。


「コッキーお姉ちゃん…」

コッキーは何も言わずに抱きしめる。

「きっとまた会えるのですよ」

絶対とは言えなかった、それでもいつかここを訪れようと思っているのだから。



そこに若い修道女が孤児院の食堂にやって来くる、子供達が一瞬だけ静かになった、彼女は孤児院の先輩で優秀なのでカーリンが目にかけて側に置いて教育している修道女だ。

彼女は靴音を立てながらコッキーの方に向かってきた。


「カーリン様ですか?」

「ええコッキー、修道女長様がお呼びです、来てください」


先輩の後から司祭長室に向かう、途中で孤児院と本館の間の渡り廊下を通っていくと、そこでふと立ち止まり満点の夜空に目を奪われた。


星空がまるでアリアの形見の宝石のようだ。


「コッキー!?」

先輩修道女にせかされて本館に走り込んだ。


「コラ走らない!」





司祭長室には予想通り司祭長のエミルと司祭長の机の脇にカーリンが立っていた。

司祭長は疲れているのか半分眠っている。


「コッキーいよいよ明日になりましたね」

「はいカーリン様お世話になりました…」


「貴女はテレーゼから出る事になると思います、貴女はそれで良いかしら?」

「お母さんは本当はテレーゼから出て行きたかったのだと思うのです、でもお父さんと結婚する事をえらびました、それでもここで生きることを選んだ、そう思うのです」

コッキーはカーリンの質問をはぐらかしていた、まるで母の願いを叶える為に出ていく様にも聞こえた。


カーリンが僅かな苦笑を浮かべた様に見えた。


「これから話すことは貴女の心に止めておいて欲しいのです」

コッキーはうなずいた。


「私はアリアさんは本当は良いところの御令嬢だったと思います、バーンさんはお母様にどこか遠慮するような処がありました、まるで家臣の様に」

「お母さんの形見の宝石を見た時にそう思いました」


「貴女は貴族になりたいのかしら?」

コッキーは強く顔を横に降った、カーリンは穏やかな微笑みをうかべ軽く頷いた。

「それならばいいわね…」

カーリンは数歩コッキーに近づき前に立った。


「貴方を利用しようとしたり、害そうとする者が出てくるかもしれません、貴方にも話しましたが最近そのような者達が姿を現しましたわ、アゼル様もフェストランド司祭様も納得した上で貴方を雇っていただけるそうです、とても力のある後援者の方がおられる様に感じました」

後援者と言うより幽界の神様達だとコッキーは思う、そして彼らも普通の庶民ではない。


カーリンはコッキーを抱きしめた、そしてコッキーは思わず息を止める。


「貴女のお母様の素性が唯一の気がかりでした、おかしな事に巻き込まれるのがおそろしくて、本当は貴女はテレーゼから出たほうが良いと思っていたのです、今なら言えますがお母様の形見を処分した方が良いのではと何度も迷った事もあったのです、でもアリアと繋がる物があれしか残っていなくて処分できませんでした」


コッキーの胸が痛む、カーリンは自分がテレーゼから出ていくと思っている、だがルディ達とテレーゼでやることをしなければならなかった。

あの敵を放置していてはここの子供達だって被害に合わないとは限らない、そして今もハイネで犠牲者が出ているかも知れない。

だがカーリン達に嘘をついているのは心が苦しい。


「アリアが残した宝石よりすばらしい形見が貴女なのよ、だから貴女自身を大切にしてください…」

「はい、すみませんカーリン様」

コッキーはいつの間にか泣いていた、別れが近いこと、カーリンとの約束を破りこの身を危険にさらす事が申しわけなくて泣いた。


遠い世界からやってくるあの凄まじい力があっても無敵でもなければ不死身でもない事は自分でも理解していた。



最後にコッキーが部屋をさろうとした時、司祭長のエミルが聖句を唱え始める。


「この娘の前途に聖霊王の祝福があらん事を!」


コッキーはドアの前で立ち止まると二人を振り返り深く一礼した。


目に光が戻り微笑んだ司祭長はその時だけ昔の怖くて優しい司祭長に戻った様な気がした。







リネインの街の中央広場に面した二階建ての建物の屋根の上に人影があった、すでに日も落ちて街は暗闇に包まれている、小さなリネインの街の夜は暗い。

その人影は細身で古風な高級使用人のドレスを着込み、彼女の髪は僅かな星明りに銀色に輝く。

まるで最近流行りの怪奇小説に出てきそうな人影は両手を上げて伸びをした。


「ダメだ何も見つからない…」

その声は若い女性の声だ。



その人影は音もなく屋根の上からかき消えた。






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