表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
241/650

リズ=テイラー

 昼下がりのジンバー商会の会頭室でエイベルと執事長の立ち会いの元、魔術師ギルド『死霊のダンス』からジンバー担当に選ばれたリズ=テイラーとの顔合わせが行われていた。

リズの面接試験ももうすぐ終わろうとしていた。

彼女の後ろの壁際に連絡役のマティアスが不安げに待機していた。


「ご苦労だったな今日は帰って良いぞ、三ヶ月間は試用期間なのでわきまえておけ」

エイベルは少し疲れた様子だ。


「お前には少し話があるから残ってくれ」

フリッツがマティアスに声をかけた。


「ん、では私は引きあげるんで」

リズは弱々しげにヘラリと笑った、自分に自信の無いリズはこれで終わりと知りかなり嬉しそうだ。


「じゃあ、お先に」

リズは最後にマティアスに小さな声でささやくと執務室から出ていく、エイベルは深く息を吐くと椅子に深く腰掛けなおした。


エイベルはマティアスを一瞥する。


「あの女は本当に大丈夫なのか?ここはそれなりにキツイ仕事が多いぞ?」


マティアスはそのきつい仕事の意味を取り違えたりはしない、ジンバーはハイネの裏世界に根を深く下ろしている商会だ、彼は知らされていないが前任者のクランは実力部隊のオービス隊を支援する事も多かったのだ。


「魔術師としては才能があるそうですが、予定では昇格にはまだ時間がかかるはずだったそうですエイベルさん」

マティアスはギルドの補佐役から聞かされた話をそのまま伝える。


「会頭、メトジェイのギルドは続けざまに二人の中位魔術師を失っていましたな、人材不足なのでしょう」

執事長のフリッツがリズの履歴書を眺めながら口を開いた、マティアスは内心穏やかでは無い、その人材不足を招いた原因を良く知っていたからだ。


「ああそうだったな」

フリッツはリズの履歴書を机の上に置くとエイベルに向き直る。

「私が不安なのは技術の話だけじゃあありません、まあやってもらいたい事はいくらでもある、しばらく使って見ましょう会頭」


「あの化け物娘と戦った時も巨人を出していたと聞く、中位ともなると代わりはそう簡単にはみつからんからな」


エイベルはため息を吐くとふたたびマティアスに視線を向けた。

「マティアスお前の見方はどうだ、あの女は使えるか?」

「エイベルさん、単純に戦うだけなら十分ですが…」

マティアスは彼女には拷問や殺戮はできないと思う、もっとも自分が知らない闇が彼女にあるかまではまだわからない。

マティアスの言葉からエイベルもフリッツもそれを察したようだ。

「あの女を見極めて適材適所に使うだけですな会頭」


「マティアスご苦労だったな」

そのエイベルの一言でマティアスは解放されると胸をなでおろした。

エイベルとフリッツはリズを見てかなり頼りないと感じているのが伝わっていた、もしかすると拒否されるのではないかと気が気でなかったのだ。


「では俺はこれで引き上げます」

マティアスは一礼すると会頭室から出た、そして大きく息をはいた、そしてエントランスまで下りて来たところそこに見慣れた人物が待っている。


「ひゃー緊張したよマティアス」

「リズいたのかよ?」

リズがジンバー商会の入り口でマティアスを待っていた、何故だと思ったが考えてみれば女の独り歩きは避けるべきだ。


「しょうがない、家まで送って行ってやる」

「えっ?」

リズはとんでもない事を言われた様な顔をしている。

まだ彼女はキノコが恐ろしいのだろうか?


「…ああ大家さんか、なあどうするんだ警備隊や自警団に通報しないのか?」

「新市街はまともに機能してないんだよ、自警団や警備隊には関わり合いたくないんだ」

とても面倒臭そうな顔をしている、それにリズが交渉事が苦手なのは次第にわかってきていた。


二人はそのままジンバー商会の本館のエントランスから外に出ると、そのまま東の正面に正門が見えた。

俯きながら歩くリズはボソボソと何かを呟いていた。

「それにあたし死霊術師だから、いろいろできるんだよね…」

いったい何ができるのか興味があったが知らないほうが良い気がしたので聞かない事にする、リズのアパートで起きた事を思い出して怖気をふるった。


「もう幽霊屋敷に戻れるのか?」

「幽霊屋敷…さすがに帰りたくないかな、昼はいいけどさ」

死霊術師であってもそれは嫌なのだろうか?大家の死靈の声を聞いた時リズも驚いていたが、その驚きはマティアスとはまったく違っていた。


「すぐに引っ越しするならしばらく置いてやる、宿屋だからな二人泊まっているとバレるとまずい」

「ごめん急いで家探すよ、しばらくよろしく、にゃは」

リズは弱々しく笑った。


マティアスはリズに女の自覚があるのかと呆れて彼女の顔を見詰めてしまった。

「なにかな?」

リズが少し眉をひそめてマティアスを見上げてきた。


「ギルドに直行するか?」

「うん、今日の仕事がまだ半分しか終わってないんだよ」

二人は西門に向かって大通りの雑踏の中にまぎれて行った。






リズとマティアスが去った執務室ではエイベルが一息ついていた。

「ああ、もうこんな時間か?」


執務室の椅子に深く腰掛けたまま窓の外を眺めてつぶやく、すでに陽が傾き始めている、あと3時間ほどで陽も沈むだろう。


「中位以上の術師を雇い入れるともなると慎重になりませんとな」

フリッツもそこらへんの事情は知り尽くしていた。


魔術師の採用は下位魔術師であっても会頭が裁量すべき案件だった、中位以上の術師ともなると一万人に一人いるかいないかとされ、上位魔術師ともなると二十万人に一人の才能と言われていたからだ。


そこに若い女性の事務員が小さな包をかかえて執務室に入って来た。

「会頭失礼します、リネインから至急の荷物が届いています」

油紙で包まれ堅紐で縛られた包をエイベルの執務机に置くと彼女は引き上げて行った。


フリッツがその紐をナイフで切り包を開いて伝言板をエイベルに手渡した、そして肖像画が納められた二枚の額縁を執務机の上に置く。

エイベルの顔色が伝言板を一読して変わる。


「なんだと!!」


「何か起きましたか?」

エイベルはフリッツに伝言板を手渡す、今度はそれをフリッツが一読してうめき声を上げた。

「奴らがエルニアの赤毛の悪魔と接触したと!?あの黒い髪の娘の正体かもしれないと挙がっていた女でしたな、本物が現れたと書いてあるが」


エイベルが机の上の肖像画の扉を開く。

中から豪華な美女の顔が現れた、美しい鼻筋と僅かに釣り眼の厳しい眼差しと肉感的な唇、湧き上がるようなウエーブのかかった肩までの髪、美しくも派手な美貌がこちらを見上げていた。


「これはコステロ会長に至急報告しなければならんな、調査中の案件も報告しよう」

「会頭、これで奴らがエルニアの密偵の可能性が高くなりましたな、まだ目的がわかりませんが」


「偶然とは言えローワンの処の手柄だ」

「そのローワンの班ですが、コッキーの調査からはずし調査部に引き継がせアマンダの監視と追跡に変更しましょう」

「ああ、そうするか…アマンダ=エステーベを中心にエルニア内部の調査をさせるか?」

このような柔軟に任務の変更に応えるのでローワンの班は雑用係と自嘲を込めて言われていたのだ、緊急かつ重要度の高い情報収集に機動的に投入される。


「今なら早馬なら閉門前にギリギリゲーラにたどりつけるでしょう、早ければ明日の昼には新しい命令をローワンに伝える事ができます」

「わかったまずはそちらが先だ、リネインに緊急便をだすぞ、フリッツ手配を頼む!」

早馬の準備をさせる為フリッツは呼び鈴を鳴らした、ゲーラまでならばかなりの無理が効くのだ。

現れた執事達に手早く命令を下していく。

その間にエイベルは命令を書き出してフリッズに見せるとそれを封じて伝令部の担当者に手渡した。


そして緊急便の手配を終えた二人はやっと一息ついた。


フリッツがもう一枚の肖像画を確認した、それはアマンダ=エステーベの肖像画のコピーだった。


「これはコステロ商会に送りましょうか」

「そうだな」


エイベルは今度はコステロ商会への報告書を書きはじめる、こちらはそう慌てる必要はない。











ハイネの旧市街の城門を閉じる鐘の音が鳴り響き始めた、西門から近い宿屋の二階からその鐘の音は騒がしく聞こえる。


「あーあうるさいわね!」

テヘペロが立ち上がるとベッドの側の照明用の魔術道具を点ける、すると部屋の中が柔らかい光に包まれた、ベッドから立ち上がり窓に近づおて夕闇せまる大通りを見下ろしてから鎧戸を閉めた。


この部屋は隠し宿屋から引っ越してからテヘペロが借りていた、その部屋にはピッポとマティアスも集まっていた、テオとジムとの連絡が絶え今後の対策を相談していたところだった。


「テヘペロさん照明用の魔術道具を買ったのですか?」

ピッポが感心したようにオレンジに輝く照明用の魔術道具を眺めている。


「お金に余裕ができたしね」

「高いんだろ?これはギルドの照明と同じ色だな」

マティアスも物珍しげに眺めている。


「これは火の精霊術の照明具だけどさ、あそこって死霊術師しかいないだよね?自分達でチャージできないじゃん、アハッ」

彼女は死霊のダンスにはあまり良い感情をもっていない、不愉快なギルドマスターとオットーに対する悪感情のせいだ。


「前は知らなかったがそうらしいな、知り合いの死霊術師が死霊術は不便で苦労すると愚痴を言っていたぜ」


「あら…なぜ苦労するのかしら?」

「死霊術師は死霊術しか使えないし他の術師と協力できない事が多いと、アイツが愚痴をいっていたんだ、遠くと話せないと」


「遠くと話せない?精霊通信の事!?」

「死霊術師は死霊術師同士じゃないと通信が出来ないんだとさ」


「なんだって!!」

テヘペロが勢いよく立ち上がるとマティアスに詰め寄った、彼女の顔はいつものどこか(トロ)けた眼差しから変わり、真剣な厳しい色を帯びていた、彼女は魔術師の顔に変わっていた、マティアスには彼女の顔が壮絶なまでに美しく想えた。


「な、なんだよ?」

「ピッポ!?」

テヘペロはピッポが気になりそちらを見る、ピッポは衝撃を受けたように目を瞠ったままだった。



「種が分かれば簡単なね、意外と答えは単純だったわけか、これを学会に発表できれば名が残る、いいえ聖霊教会や魔術師ギルド連合の上の方は知っているに違いないわ、くそ!」

テヘペロが興奮した様に喋り始めたがマティアスには彼女の言葉のほとんどが理解できなかった。


「俺には何がなんだかわからんぞ?」

少し気を落ち着かせたテヘペロがマティアスの為に解説を始めた。

「精霊通信はね幽界の精霊達を使って伝言ゲームの様に単純なメッセージを伝える術なのよ、時間がかかるし信頼性は低いけど、伝令を使うより何十倍も早いわ、そして精霊の属性とは関係ない」


「まだ良くわからないな」

「精霊通信は相手の術師の属性を選ばないのよ、同じ幽界にいる精霊どうしだからね、死霊術師どうしでしか通信できなとしたら、契約している精霊が幽界にいないって事になる、幽界で無いとしたら魔界だわ、霊界や神界はありえないし」


「偏見や思い込みは目を曇らせるとは本当でしたな、私は魔術師では無いとは言え、多少は感受性があったのですが」

衝撃から立ち直ったピッポが悔しそうに口を開いた。


「マティアスさんのお知り合いの死霊術師が彼女なら、この事は絶対に他人には話さないように、彼女が危険な目に合うかもしれませんよ?死霊術師は機密を護る事を厳しく求められているようですな」


「そんな事を評議会魔術師ギルドのスケベ爺共が言っていたわ、ところで彼女って誰なのよ?」

テヘペロが少しニヤつきながらマティアスを見ている。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ