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旅立ちと別れ

 薄明(ハクメイ)のリネイン聖霊教会の裏門の前に真新しい荷馬車が横付けされていた、サビーナとファンニとコッキーの三人が祭具と荷物を客室から外に運び出す、それをベルとルディで荷物を手分けして馬車に積み込んで行く。


荷台の真ん中にアマンダの大きな薬箱がひときわ目立っている、最後に子供達の私物を馬車に積み込んで行く。

ルディは汗一つ流していないが無意識に汗を拭うしぐさをした。


「これで全部かなサビーナ殿」

「ルディ様これで全てですわ」

サビーナは久しぶりの力仕事にすっきりした顔をしていた。


「チビねーちゃんなんであんな処にいるんだ?」

男の子が指を指す、それで他の子供達も聖霊教会の管理棟の裏口からコッキーが寂しげにこちらに手を振っているのに気づいた。

彼女は修道女長の指示で外に姿を見せないように強く言いつけられていた。


やがて日が昇り明るい日差しが聖霊教会の樹々を照らし始める。


そこに司祭長ミカルと修道女長のカーリンが姿を現す。


「ミカル様カーリン様おはようございます、今日も精霊王の御加護がありますように」

サビーナが深く頭を下げるとファンニも子供達もそれに従う。

「朝早くからたいへんねサビーナさん」

「いいえ、体がなまっておりましたから」

サビーナの言葉にカーリンが楽しそうに笑った、サビーナは働き者の体と顔をしている、カーリンは短い間にサビーナをすっかり気に入っていた。


「いろいろお世話をおかけしました、ミカル様カーリン様」

「いいのよサビーナさん、私達はお互いに助け会わなければなりません、むしろ私達の無力が悔やまれますわ」

ルディはふと複数の視線を感じてその方向を見る、二階建ての石作りの建物の窓から孤児院の子供達がこちらを見ていた。

カーリンもそれに気づき深くため息をついた。

「事情が事情でしたので、子供同士の交流はあまりできませんでしたがそれが心残りですわね」

大人の事情から情報管理の為に子供たちの交流を避けていたからだ。



やがて城門の開門を告げる鐘の音がここまで聞こえてきた。


老婦人二人が馬車に乗るのをベルが助けると、ルディが小さな女の娘のポリーとシャルル少年を荷馬車の上に抱えあげてやった。

ポリーは若くて大きな男性のルディが珍しいのだろうか、すこし名残惜しそうに馬車から離れていくルディに小さな手をさし伸ばしていた。


いつの間にかコッキーが裏口から出てカーリンの少し後ろに立っている、そして子供達を見渡した。


「いいですか、皆んなお行儀良くするのです、サビーナ様ファンニ様に迷惑を掛けてはいけません、男の子は女の娘をいじめないように、アビー困った事があったらこのコッキーに何時でもいいつけるのです、いつでも駆けつけてお仕置しますからね」


男の子達が震え上がった、コッキーの情け無用は短い間に染み込んでいた。


「では、そろそろ行きますわよ!」

アマンダが全員を見渡し手綱を取る。


「聖霊王の祝福が貴方達の上にいつまでもありますように」

カーリンがサビーナ達に聖霊の祝福を与える。


「我々はサビーナ殿達を街の外まで見送ります」

ルディはカーリン達に声をかけた、それにカーリンは穏やかな笑みでうなずいた。


アマンダが馬の手綱を曳き馬車が動き始めた、馬車の後からサビーナ達がぞろぞろと付いて行く。

ルディ達も最後から歩み始めた、アゼルの肩に教会の樹の梢で遊んでいたエリザが飛び移る。


コッキーが思わず一歩踏み出し声をかけた。


「皆んな、いってらっしゃいなのです!」


振り返ったサビーナが少し当惑した様な顔をしたが直ぐに微笑んだ。

「ふふ、では行ってきますわ!」

子供達も振り返り手を振った。

「いってきまーす」

「チビねーちゃんまた会おうな!」



去っていく馬車を見送りながらミカルはカーリンを見ると寂しそうにつぶやいた。

「あの子達に幸あれじゃな」

「ええ、そうですわねミカル様」







一行はリネインの北の城門に向かう、この先の街道を進むとラーゼに至り、そこから北東に伸びるラーゼ=アラティア街道を進むとそのままアラティアに至る。

街道は途中でエルニアに向かう街道に分岐していた。


しばらく進むとアマンダの側に近寄って来たベルがアマンダの脇を指でちょいとつついた。


「アマンダ、わざわざ北に向かうのは行き先を誤魔化すため?」

「そうよ、気休めかもしれないけどね、街を出たら大きく迂回してアラセナに向かいます、私達を見張っている奴らがエルニアに行くと思い込んでくれたら助かるわ」


馬車はリネインの城門を音を立てて通過していく。


街道を進み始めてしばらくたったころベルの袖を引くものがいる。


「ねえリリーなぜ髪の色が銀色になってるの?」

馬車の後ろにいたはずの大人しい金髪の美少女のエリスが、いつのまにかベルの横にいたのだ、ベルは髪が銀色になってから事情を詳しく説明する機会が無かった事を思い出した。

ベルはそれにどう答えようか悩んでいたが。


「アゼルに赤い色を抜いてもらったんだ、あんな赤毛不自然でしょ」

エリスは納得した様な顔をした。

「私もそう思っていたの、リリーも変だと思っていて良かったわ…」

ベルはどういう意味なのかと心の中でエリスを問い詰めていた。


いきなりベルの腕がアマンダの手にしっかりと捉えられた。

「ベル髪を赤毛に染めていたの?」


「うん、変装の為にね」

金髪にするつもりで失敗したとは言えない。



「なぜ赤毛を止めたの?貴女が赤毛になれば私たち赤毛三姉妹になれたのにもうほんと残念だわね」

アマンダは冗談めいた笑声を上げる。

ベルは『そう言うと思ったから嫌だったんだ』と聞こえない程の声でつぶやいた。


「赤毛も素敵だけど、ワインみたいな色で不自然すぎたんだ」

ベルは心にも無いことを言った、赤毛を貶してアマンダの機嫌を損ねるのは大変まずいからだ。


「ベル、今はいいけど染めないと変になるわよ?」

「うんわかっているけど…黒はなんとなく重いんだ」

「じゃあ赤くしましょう?」

「いやだ!!」

「わかりやすい娘ね、うふふふ」




「僕ねーちゃんと、おっぱいねーちゃん、仲いいよな?」

馬車の後ろでヨハン達がヒソヒソと二人の女性の戯れを見て噂する、ベルが地獄耳なので本当にささやく様な声だ。


「ねえ嫌らしい事考えているでしょ?二人に言いつけるわよ?」

盗み聞きしていた女の子のリーダーのアビーがそこに割り込んでくる。

「嫌らしい事なんて言ってねーよ!」

「だって今…」

馬車が曲がり脇道に入ったのでそこでアビーの話が途切れてしまった。


そこからしばらく経った処でアマンダが馬車を止めた。

「ここらへんでいいかな…」


「アマンダこの道で大丈夫なのか?」

「ええ、地図で確認しましたわ」

アマンダは懐から地図を出すとそれを再確認した。


そこにサビーナが改まった態度で前に進み出てきた、ルディもそれを察して態度を改める。

「ルディ様、アマンダ様、アゼル様、ベルちゃん、私達をいろいろ助けていただいて感謝の言葉もありませんわ」


ルディが代表するようにサビーナの前に一歩出た。

「アマンダを通して、サビーナ殿達の事を皆にたのんでおく」


「サビーナ様、私が責任をもって説得いたしますわ」

アマンダはサビーナを安心させるように微笑んだ。

アマンダは義侠心に厚くサビーナ達に身の置きどころを作りたいと思ったのも確かだった、だが彼らがルディガー達の足枷になっていると冷静に判断していた、だからこそルディガーの負担を軽くするために彼女達の受け入れを引き受けたのだ。



そしてアゼルがサビーナに近づき話しかける。

「サビーナ様、聖霊教会を護ることができずに申し訳ありませんでした」

サビーナは驚きアゼルを見た、すこし狼狽えたがすぐに呼吸を整える。

「アゼル様その事はもう、妖しい術が無くても私達はハイネには居られなかったと思いますわ、ただあの教会を建てるのに力を貸してくださった方々の好意を踏みにじる事になった事が心苦しくて」

アゼルは自分がサビーナの聖霊教会を焼く決断を下す切っ掛けになっていた事を密かに気にしていたのだ。


「アラセナはそれほど離れているわけではありません、いずれまたお会いできると思います」

「はい、そうですわねアゼル様」

サビーナははにかむように微笑んで少し頬に紅がさす。


ベルがそこに割って入って来た。

「サビーナ、落ち着いたら一度様子を見に行くよ」

「あら楽しみにしていますわ、その時には子供達とクッキーでも作ろうかしら」

「うん楽しみにしてる」


ベルは最後に子供達の近くに向かった、男の子と女の娘双方に良く顔が効くのはベルだけだった。

「僕ねーちゃん、チビねーちゃんによろしくな!」

「伝えておくよ、ヨハンがチビって言ってたって」

「やめてくれよ!すげー怖いんだから」


「でもリリー、修道女見習いじゃなかったのね」

アビーがベルを上から下までなめる様に見てから言った。

「いろいろあって、嘘をついていてごめんアビー」

「それはいいのよ、私達を守ってくれる為だもの」



ルディは馬車の荷台の老婦人達と子供達と話しているファンニに近づいた。

「ファンニ殿はご家族に伝えたい事はあるだろうか?機会があればご家族にファンニ殿の安否を伝える事ができるかもしれん」

急にルディに話掛けられたファンニは驚いた様だ、サビーナ達の中で家族がいるのは修道女見習のファンニだけだった。


「落ち着いたら家に手紙を出そうと思っていましたが、ハイネから出たら配達するのも無理でしたわね…」

彼女はベルにどこか似た細身で楚々とした美しい女性だった、黒い長い髪をそよ風になびかせてしばらく考えこんでいた。


「もし私の家族と合う機会がありましたら、私は無事で生きていて、いつかかならず戻ると伝えてくださいな」

「わかった、機会があればそう伝えよう」

それにファンニは柔らかに笑った。



「アマンダ、これを頼む」

ルディはアマンダに油紙で包んだ二通の封筒を手渡した、アマンダはうなずきそれを懐にしまう。

それはクラスタ家のブラスとエステーベ家のエミリオに当てた手紙だった、かなりの厚さがある。


「ルディガー様、サビーナ様達が向こうで落ち着きましたら、直ぐにこちらに戻るかもしれません」

「わかった、お前にはいつも迷惑をかけるな」

それにアマンダは黙礼する。


「ベル不審な奴らはいるか?」

ルディがベルに近づき耳に口を近づけた。

「はっきりとわかる様な怪しい奴はいない」

今度はベルがルディの耳に口を近づけて答える、今度は二人の様子を見たアビーとエリスがヒソヒソと話し始める。


「アマンダとりあえずは見張りはいないようだ」


「皆様!行きますわよ!!」

アマンダが力強く宣言した、僅かに精霊力を乗せたアマンダの声は力強くそして遠くまで良く通る。


アマンダの号令と共に荷馬車は東に向かって動き出した、その後ろから子供達が進みその後ろをサビーナとファンニが歩んでいく。

子供たちが時々後ろを振り返り手をふる、それにベルが手を振り返した。


彼らの姿が見えなくなるまでルディ達はいつまでもいつまでも見送っていた。







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