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王妃の肖像

 ハイネ旧市街の南西の倉庫街の一角を広大なジンバー商会が占めている、その敷地内部に倉庫がひしめき使用人達の宿舎と巨大な商館が立ち並び、そして北東の一角は会頭の私邸に割り当てられていた。


その商館の会頭室に経理部で監査をしていた執事長のフリッツが急遽呼び戻されていた。


エイベルは豪華な椅子に深く腰掛けたまま執事長を迎えた。


「リネインのローワンから報告があったようですな、会頭」


「ああ、忙しい処を呼び出してすまんなフリッツ、ローワンからの報告と肖像画が三枚届いた、あの娘の新しい肖像画、昨日話の有ったバーンヴィレム=ヴァン=フローテン、そして彼女の母親のアリア=フローテンだ」

エイベルは手元の手紙と額に納められた三枚の肖像画を机の上に投げ出した。


「ほう」


フリッツはローワンからの手紙を一読した、そして次に額縁に納められた肖像画を見た。


「こちらの絵の方が自然ですな」


コッキーの新しい肖像画を見て感心したように独り言をつぶやいた。


そしてバーンヴィレム=ヴァン=フローテンの肖像画を眺めてから、フリッツは訝しげな顔をしてアリア=フローテンの絵を見詰めている。


「どうしたフリッツ?」

しばらくフリッツは何かを思い出そうとしていたが、やがて何かに気づいた。


「会頭…いやエイベルさん、これから私と一緒に美術庫に来てもらえませんか?」

「親父のコレクションがどうかしたのか?わかった」

エイベルは執務机の背後の金庫から美術庫の鍵を取りだす、この金庫は会頭以外に開く事を禁止されている。


二人はさっそくエイベルの美術庫に向かった、それは商館の北側にある独立した貴重品を納める倉庫の中にある、エイベルが防火用の頑丈な金属の扉を開くと、フリッツが照明用の魔術道具で内部を照らしだした。


中には古い時代の彫刻や焼き物の器などが処狭しと並べられている、古い様式の武器甲冑が鈍い光を反射する、壁際には絵画などが無数に掛けられていた。

どれもそれなりに価値のある物ばかりだ、中には非常に貴重な美術品も納められていた。


「エイベルさんこちらです」


訝しげなエイベルだったが無駄な言葉は発しなかった、フリッツが意味の無い事をする男ではないと知り尽くしていたからだ。


二人は倉庫の奥まった一角に到達する、そこに埃から護るようにベールで守られた大きな絵画が数枚並んでいた。

フリッツのはその一枚の絵のベールを丁寧に持ち上げていく。


エイベルから呻き声がもれた。


そのベールの下から大きな肖像画が現れた、それは若く美しい貴婦人の絵姿だ、その美貌は気品と威厳に満ち豪奢な純白の礼装で身を固めていた。

外套は目を瞠るコバルトブルーに銀糸で百合の花を模った花柄があしらわれている、それが白いドレスと美しい対比をなしていた。


「これを見てください」

フリッツは手に持っていたアリア=フローテンの肖像画をエイベルに見せた。


「たしかに、まったく同じ顔じゃあないか、たしかこの御方は?」


「マリア=バルリエ=テレーゼ王妃ですエイベルさん」

エイベルはテレーゼの王室と歴史に関する知識を動員する、マリア王妃は実質最後のテレーゼ王妃と言われている王妃だった、王と王妃が相次いで倒れた後、彼女の子供達と側室の庶子を交えた血で血を洗う継承戦争が勃発した、それがテレーゼの大混乱時代の幕開けとなったのだ。


「まさかアリアがマリア王妃の娘なのか?フリッツ」

「いえ、年代的に孫の世代ではないでしょうか?」

「それにしても似ているぞ」

それにフリッツも頷いた。


「エイベルさん私はマリア王妃の御子たちについて調べてみます」

「ああ、信じ難いが頼んだぞフリッツ、そうだバーンと名乗る貴族階級の男が浮かび上がったのだ、念の為に洗う価値がある」


二人はしばらく美しい過去の最も尊い貴婦人の肖像画に見入っていた。








リネインの中央広場に近い小さな繁華街に宿屋『エドナの岩肌』があった、リネイン周辺地域はここ数年安定しており復興と共に徐々に繁栄が戻り始めていた。

まだまだ物資が不足気味だが徐々に活気が戻りつつあった、その小さな歓楽街の酒場の客の歓声が路に溢れ出ている。


「アマンダまた瞑想しているの?」

ベッドの上に腰掛けたアマンダが微妙だにしなかったのでベルがつい声をかけてしまった、だがベルの問いかけにアマンダは答えようとはしない。


アマンダが幽界への門を開き上達者になってから、アマンダの瞑想に付き合った事は数える程しかなかった、幽界から力を導き入れているらしく彼女から僅かな力の流れを感じる。

だがそれにベルは疑問を感じていた。


(アマンダからはあまり強い力が感じられない)


先程の力の探知でアマンダが一般人に埋もれてしまった事を思い出す、あのキールからはもっと力を感じる事ができた、アマンダがあの男に劣るとは思えない。


勇気を出してアマンダを探査する事にした、アマンダに察知されると面倒だから今まで避けていただけだ。

まず力を僅かに薄く広げアマンダの体を舐める様に放った。


(なんだ?通らない!?)


アマンダの皮膚が生命の輝きを放っていた、だがその奥に不可視の壁がありその内側が見えない。

もっと深く透過するように慎重に力を放つ、目を閉じて繊細な制御を加える、だが壁に阻まれた様に何も感じることができない。


その瞬間アマンダの存在が消えた。


「ベルちゃん、何をやっているのかしら?」


少し楽しげにはずんだアマンダの声がすぐそばから聞こえる。

慌てたベルが目を開けると目の前にアマンダの顔がある、ニヤニヤと笑った顔がとても恐ろしい。


「うわっ!!」


いきなりアマンダに両肩を掴まれる。

「覗き見は良くないわよ、女同士だって親しい中でも変わらないわ、何か興味があるのかしら?」

ベルは頭を激しく横に振る。


「ア、アマンダから少ししか力が感じられないから」

アマンダは何故か少し落胆した様子だったが、直ぐに納得したような顔に変わった。


「なるほどね、いいわ教えて上げる、他の人には話さないでね、いいわね?」

ベルは今度は顔を縦に振った。


「聖霊拳の上達者とは幽界の門を開いた拳士なのは知っているわね?でも聖霊拳の上達者の門は普通は細いのよ、少しずつしか力を導けないのよ、その理由は解らない」

「その話しは聞いたよ、長期戦になると苦しいって」


「だから体の中に取り込んだ力を貯めるのよ、できるだけ多くそして無駄使いしない事が重要になるの」


「僕も貯める事ができる?」

「今も少し溜めているはずよ?だから私と聖霊拳を学びましょう、聖霊拳の深淵を教えてあげるわよ」

「いいです…」

アマンダはどこか寂しげに苦笑いを浮かべた。


「アマンダは力を漏らさないように封じているの?」

「そうよ」


「わかったわ、少し見せてあげるわね、心の目で見なさい」

心の目が力による探査や感知の事だとベルは察した。


意識を集中したベルはアマンダを輝く裸体として捉えていた、その中でアマンダの肉体が徐々に光度を上げて行く、それと共に不可視の壁が薄くなりアマンダの力が溢れ出し膨張して行った。


ベルは驚きその変化に戸惑うばかりだった、そして今度は逆にアマンダの輝きが薄れやがてもとに戻っていく。


「全開にはしないわよ危険だから」

「危険?」


「精霊力は感受性がある人にしか感じ取れないけど、あまりにも強いと普通の人の心身にも影響を与えるのよ、強い光が見えたり心に干渉する事もあるわ」

「心に干渉する?」

「ええ考える力が衰えたり、幻覚を見たり良くないわね、それに力は無駄にはしたくないわ、あえて解放する技もあるけどね」


「技だって?聖霊拳には沢山の技があるけどなぜそんな変な技があるの?」

聖霊拳の上達者にとって力を無駄にしない事が重要だったはずだ、それは原則に反する技だ。


「前にも話さなかったっけ?聖霊拳は護身術として発達したの、剣や槍や弓を持った相手と戦う事を前提にしているからよ、非対称の戦いに備えるのが聖霊拳の教えよ。

そして寝ている時、食事を取っている時、お風呂に入っている時、えーそれにいろいろ有るのよ、だから複雑になってしまったの」

アマンダの顔が一瞬赤くなったのをベルは見逃さなかった。


「それは知っているけど…」


「でもそれだけでは無いの、聖霊拳の技の中に秘技や奥義とよばれる特別な技があってね、それは上達者でも簡単には使えない、単に強いとか威力があるとかそう言う技ではないの、聖霊教の教義の深い処と繋がっている、儀式技とも言える技よ」

ベルにはアマンダの言っている事が半分も理解できなかった。


アマンダは再び瞑想を再開し力を導き始める、部屋の中にどこからともなく静かに力が満ち溢れていく。

ベルの意識の中でアマンダの肉体美を誇る体が淡く輝き始める。


「アマンダ明日は早いんでしょ?」

「あら、貴女もサビーナ様達を見送るのよね?貴女こそ寝なさいすぐに私も寝るわ」


ベルはアマンダに背中を向けて寝てしまった、アマンダの方を向いていると、目をつぶっていても光るアマンダの美しい体のラインが見えてしまいそうな気がしたからだ。








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