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指し示された道標

 サビーナはリネイン聖霊教会の洗濯場で手伝いをしていた、短い間とはいえ教会に迷惑をかけているので何かしなくてはと思い立ちここで働かせてもらっていた。

そこに彼女を探して若い司祭がやってきた。


「オランド様ここにいらっしゃいましたか、フェストランド司祭様がお見えになりました、応接室に来てください」


一瞬フェストランド司祭とは誰だったかと考えたサビーナだったが、ルディガー=ファルクラム氏の偽名だとすぐに思い出して慌てて作業の手を休めて立ち上がる。


「すぐに参りますわ」


サビーナは周囲で働いていた修道女達にわびると急いで応接室に向かった。





部屋に入ると見知らぬ女性がソファでくつろいでいたのでサビーナは驚く、ルディに負けない程の長身でたくましく燃え上がるような赤毛の美しい妙齢の女性だったからだ、どう見ても町人や農民の女性とは思えない、そして部屋にファンニもいたのでそれにも少し驚かされた。


はたして何が始まるのかサビーナは当惑していた、今日の朝ルディとアゼルからリネインから更に遠い地に引っ越す案が有ると聞かされていたのでその話ではないかと身構える。


ドアの近くに居たベルが部屋の扉を閉じた、それを合図にルディがアマンダをサビーナに紹介するとお互いに挨拶を交わした。


そして席が落ち着く間も無くルディがいきなり本題に切り込んできた。

「さて結論から先に言おう、サビーナ殿達はアラセナに行く気は無いだろうか?」

彼以外の全員が意表を突かれて呆然としてしまう。


「ア、アラセナとはアラセナの事でしょうか?」

サビーナは突然の話に驚いて混乱していた。


「そのテレーゼのアラセナ伯爵領の事です、アラセナは僭称伯の乗っ取りの後混乱していましたが、今は私に縁の深い者達に占領されました」

「えっ?占領…と言いますと?」

サビーナは更に昏迷を深めて行く。


「私の実家のエステーベ家とそこのベルの実家のクラスタ家によりアラセナは占領されました」

アマンダの発言が更にサビーナに追い打ちをかける。


サビーナはそれほど世情に詳しくはない、テレーゼは内戦状態でアラセナはアラセナ伯が没落してから混乱していると言う話ぐらいは知っている。

どこかの領主に攻め滅ぼされ支配者が変わったのだろうか?テレーゼで今まで似たような事が幾度となく繰り返されてきたのだ今更驚きはしない。

アラセナに関する知識を掘り返して見ても大した知識など彼女には無かった、アラセナはハイネの南東の方角に有ると言うぐらいだった。


そこで今更のように重要な事に気が付いて慌てだした。

「あ、あのベルちゃんの実家がクラスタ家とはどういう事でしょうか?」


「サビーナごめん、本当は僕の名はリリーベル=グラディエイターじゃあ無いんだ、本当の名前はベルサーレ=デラ=クラスタでエルニアの領主の家の娘なんだ」


「…」


サビーナが突然固まってしまった、処理すべき情報が多すぎて頭と心が停止してしまったのだ。

「サビーナ様?」

申し訳なさそうな顔をしたアゼルがサビーナに寄り添う。


「ええ、あまりにもなお話なので驚いてしまいました…ベルちゃんはどこか良いところの嬢さんに違いないと思っていましたのよ?」

やっと動き出したサビーナだがまだ混乱している様だ。


この時ベルはルディらしいやり方だと密かに感心していた、最初に相手に直撃を食らわして混乱させてから、順次後から説明しながら相手を納得させて行くやり方がとても彼らしいと思ったのだ、なにせベルも散々やられて来たのだから、だがサビーナにそれをやるのはやり過ぎだと思う。


「よろしければサビーナ様達をアラセナにお招きしたいと思います、アラセナの聖霊教会がいくつか無人になっておりまして、私達は聖職者の確保で頭を悩ませているのですわ」

アマンダがサビーナに向かって身を乗り出すように迫る、アマンダの瞳はサビーナを見極めようとしているようだ、背が高い方ではないサビーナはテーブル越しのアマンダに圧迫されていた。


「いったいなぜそんな事に?」

「三月程前にアラセナを支配していた傭兵団に対して反乱が起きましたの、その時に聖職者が殺されたり逃げて無人になった聖霊教会が幾つもあるのです、彼らが反乱の指導者に加わっていたのよ」

「なんてことでしょう」


サビーナは思い出していた、彼女の両親からテレーゼでもハイネが安定していたので、ハイネに移り住んだと聞かされた事がある、アラセナが今後戦火に見舞われない保証はどこにも無かった。

だがハイネは危険すぎる上に聖霊教会を強引に破却してしまった、もう簡単にはハイネには帰れない。

そしてルディ達はどうやら信用できそうだ、彼らの庇護下に入った方がまだ安全なのではと思いはじめていた。


「サビーナ私はかまわないわ、セナ村にもどったら無事では済まないと思うの、聖霊教会が燃えてしまった原因を追求されるはずよ、セナ村の皆にはあとで無事を伝える事はできる、私はルディさん達のご厚意に甘えたほうが良いと思うの」

今まで沈黙を守っていたファンニが初めて自分の考えを述べる。


サビーナはファンニが大人しいだけの女性ではないと知っていた、時に皆を引っ張る事のできる人だと改めて思った。


「せっかくリネインに来ましたが、ここには私達の居場所は無いと思いますわ、私やファンニはここでもやって行けますが…これ以上迷惑はかけられなせん」

サビーナはファンニの顔を正面から見詰めた。


「アラセナの方が私達の役割がありそうですわ、サビーナ行きましょう」


アマンダは二人の修道女を見下ろす様に先程から観察していた、アマンダは二人の修道女に好意を感じたのか最初より二人を見る目が柔らかくなっていた、ベルが看破したように二人の気性はアマンダの好む処だった。

「私が護衛を努めサビーナ様達をアラセナに御案内いたしますわ」


「アマンダ、この件に関して俺からもブ、クラスタ家やエステーベ家に一筆入れようと思う」

アマンダはそれをあからさまに喜ぶ。

「助かりますわルディガー様!!私も説得しやすくなります」


「あの、ルディ様はいったい?」

サビーナの声が彼女の恐れと不安を感じさせた。


「クラスタ家やエステーベ家と縁が有るものです、多少は助けになれるでしょう」

「…はい、ありがとうございます」

サビーナは何か深い事情があると察してそれ以上の詮索を控えた。


「子供達とおばあさん達は私達が説得しますわ、よろしくお願いいたします皆様方」

決意を固めたサビーナは皆に一礼した、ファンニも続いて皆に頭を下げた。


「サビーナ殿話が決まったならば、まず子供達とお婆さん達のところへ行こうか、その場に我々もいた方が良いだろう」

「そうですわね、わかりましたわ」

サビーナは混乱から立ち直りいつもの聖霊教会の管理人の貌に戻っていた。





リネイン聖霊教会の応接室と客室は近い、廊下を少し進むとその一角から子供達のざわめきが聞こえてきた。

廊下にいた子供達がサビーナを見つけて部屋に駆け戻る。


「大姉ちゃん達が戻ってきたぞ!!」


すぐに年少組が廊下にでてきてサビーナに抱きついた、その後からぞろぞろと子供達が廊下に出てくる、子供達も何か自分達の運命を定める大切な何かが決まろうとしている事を察していたのだ。


子供達はひとしきりサビーナとファンニに甘えると来客の中に見知らぬ女性を見つけ驚きに変わる、それは当然かもしれない。

こんな長身で逞しく派手な美貌の女性はまずそこらにはいない、どこか現実離れした凄みのある美女が辺りを睥睨していたからだ、そして男の子達の目はその女性の胸に惹きつけられる。


「でけー」

子供達の誰かが思わずつぶやいた。


アマンダは安心させるように子供達にニコリと微笑む、一番幼いポリーは口を大きく開けてアマンダを見上げていた、だがポリーの視点ではアマンダの胸が邪魔で彼女の微笑みはよく見えなかった。


「あれリリー銀髪にしたのかしら?」

女の子最年長のアビーがヘレンの脇をつついた。

「ほんとだわ、でも綺麗」

女の子達がベルの銀髪に最初に気がついて騒ぎはじめる。


サビーナは子供たち全員を一つの客室に集めた、ルディ達は廊下で待機する事になった。


最初にサビーナとファンニはアラセナ行の決断を皆に伝えた。

驚きは有ったがリネイン行きをすでに受け入れていたので特に反対は無かった、そしてアラセナで聖霊教会を新しく任されるかもしれないと聞き、むしろリネインより新天地に期待する空気に変わって行く。

子供達もなんとなく肩身の狭い思いをしていたのだろう。


また老婦人達もそれに異存は無かった、彼女達も身寄りのいない身の上だ、サビーナ達から離れて生きては行けない、もちろん不安はあるがそれはどこにいても変わらなかった。


そして部屋の中の成り行きは外にいたルディ達にも聞こえていた。


最後にアマンダが部屋の中に入りサビーナの隣に立った、子供達の視線は今度はアマンダに吸い寄せられる。

サビーナより頭二つ程背が高く、燃える様な赤毛とエメラルドの瞳が宝石の様に輝いている、そしてサビーナよりも胸が大きい、彼女の容姿は部屋にまったく溶け込んでおらず浮き上がっていた。


「大姉ちゃんよりおっぱいでかいぞ!」


男の子の誰かがささやいたがそれがコッキーにも聞こえたのかギロリと睨みつけた、それで男の子達がたじろぐ、コッキーは僅かな時間で子供達から畏怖されるようになっていた。


「私はアマンダです、皆んなをアラセナに連れて行く役を仰せつかりました、護衛も兼ねてますのよろしくね」

女が護衛なのかと疑問を差し挟む者はいなかった、なぜかストンとそれは受け入れられる、それほど彼女は凄まじい存在感と力強さに満ち溢れていた。


「さてサビーナ殿、具体的な計画を詰めたいので我々は応接間に戻ろう、まとまったら司祭長殿と修道女長殿に報告しようではないか」


「サビーナ、ここはまかせて…」

ファンニは子供たちの面倒を見るためにここに残る事にした。

「たのんだわファンニ」

そして六人は再び応接室に戻る。






部屋に戻ったアマンダはすぐに気になっていた事をルディに尋ねた。

「ルディガー様、この教会に寄付はされましたか?」

「ああ!しまった気づかなかった」

ルディは気まずい顔をして苦笑いを浮かべた。


「アマンダ様、先日の争いで我々はかなりの資金を失っています」

アゼルは資金に不安がある事を告白した。

「あら、今どのくらいお金があるのかしら?」


「アマンダ様報告いたします、現在の資金の残りが帝国金貨10枚と大銀貨1枚と少銀貨1枚と少々でございます」

財務大臣のベルが小さな手帳を出して重々しく報告した。


アマンダはそれで少し安心したようだ、ちなみにベルの態度に動じるほど素人では無い。

「しばらく持ちますが少々心細いですわね、私はルディガー様の為に帝国金貨10枚預かってきております、あと私自身のお金として大銀貨10枚持っております」


話を聞いていたサビーナが意を決した。

「それでは教会への寄付は私達がしますわ、リネイン聖霊教会にはご迷惑をおかけしましたから」

「それでは教会が遠慮します、私の名前で寄付いたしましょう」

アゼルがそこで意見を述べた。


「それでいい、アゼルの名前で寄付してくれ」

ルディはまた視線をベルに戻した。

「帝国金貨一枚でよろしいですかルディガー様」

ベルが先程の真面目腐った澄まし顔のまま寄付金の額を提示してきた。


この時ベルがアゼルの会計士役だった事を思い出した、身内しかいない場で何をやっているのだろう?ベルの態度にストレスを感じ始めたが、不機嫌になったら負けな気がしたので平常心を保つ事にする。

「そうだなサビーナ殿達を泊めていただいた事も考えると妥当かもしれないな、それで頼む」

「かしこまりました、後ほどアゼル様にお渡しいたします」



「私達は重要な祭具を教会から持ち出しております、かなり重いのでアラセナまで背負って行くことはできそうもありませんのよ」

そう言いながらサビーナは全員を見渡す、彼女は既にアラセナへの移動の心配を始めていた。


「先程子供達を拝見しましたが、荷物と老婦人お二人と一番幼い子二人は馬車で運んだ方が良いとおもいますわ」

アマンダも既にアラセナにサビーナ達を送り届けるに必要な輸送手段を見積もっていた。


そして何事か考え込みはじめる、アマンダが黙り込んだのでアゼルが心配になった。


「アマンダ様、驢馬と安い馬車でも買いますか?」


アマンダがふと顔を上げる。


「アゼル様アラセナは物不足なのよ、馬車も馬も足りないの、値が張っても若い荷馬と新しい荷馬車を買った方が良いと思うのですが手持ちのお金が、ルディガー様の活動資金も残さなければなりませんので…」


「でしたら私達も馬代と馬車代の一部を出させていただきますわ、帝国金貨3枚でいかがでしょうか?」

サビーナもすべて世話になるのは心苦しいのだ。

「サビーナ様それでしたら帰ってから馬車と馬を買い取らせていただきますわ、その時に差分のお金をお返しします」


「ルディガー様の金貨を全て使っても二頭立ての幌馬車は買えないわね、全員馬車に乗せるのは無理、それにマルセナ山地を越えなければばらないわ、私が手綱を引きますから修道女様と大きな子供達に歩いてもらうので良いかしら?」

「荷物は全部馬車で運ぶのでしたら問題なさそうですわ、馬車にはお婆さん二人に、小さな子供二人と荷物を乗せましょう」


「リネインからアラセナまで本街道を使っても三日かかります、それでよろしいですねサビーナ様」

「異存はございませんわアマンダ様、毛布や敷布の他に炊事道具と食材なども持ち出しておりますの、お役に立てるかしら」

「サビーナ様それは素晴らしいですわね、街で宿泊する予定ですが万が一に備える為に買う必要がなくなりました、馬と馬車だけ買えば済みそうですわ」

アマンダとサビーナは見通しが立った事でやっと笑顔を見せた。


「今日はもうこの時間です、明日出立の準備を整え、明後日早朝アラセナに向かうでよろしいかしら?」

全員がそれにうなずいた。

「連絡役はたしか貴女よね?」

そしてずっと話を聞いているだけだったコッキーが答える。

「そうなのです、私は今夜も皆んなと過ごすのでここにいるのですよ」

「解ったわ、私はルディガー様達と同じ宿にしますわ」


「では司祭長殿と修道女長殿のところに報告しに行こうか」

ルディが立ち上がると皆思い思いに立ち上がる。


先が見えると言う事がどれだけ心を軽くするものか皆が感じていた、その先にどんな困難が待ち受けていようと混沌と昏迷よりも道が明らかな事の方が遥かにましなのだと。






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