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幽界への小さな窓

 その場にいた全員がアマンダの言葉に耳をそばだてる、ベルは小さなテーブルの側にいるアマンダに迫るとアマンダの顔を横から覗き込んだ、アマンダはベルの瞳から彼女の本気を理解した。


「ベル、なら手伝ってね」

アマンダはとても良い笑顔に変わる、ベルはそれに不吉な何かを感じて一歩下がった。

「な、なに?」

その時にはベルの右手首をアマンダがしっかと掴んでいた。


「アゼル様ベッドを開けてくださいませ、ベルは剣を外してベッドにうつ伏せに寝て、服は着たままでいいから心配しないで」

嫌がるベルを促してベッドにうつ伏せに寝かせると、小さな椅子を動かしてアマンダはベッドの側に腰掛けてしまった。

他の者達は何が始まるのかとベッドの周りに集まってくる。



すこし落ち着くのをまってからアマンダが語り始めた。


「皆さま人の体に血の道があるのはご存知よね」

「ああ、怪我をすれば血が出る、特に太い血の道が絶たれると命にかかわる」

ルディはアマンダの話が進むようにわざと合わせた。


「同じ様に人の体には『気の道』があるのよ、体を動かせるのも、寒さ熱さを感じるのも『気の道』のおかげよ」

アマンダはベルの背骨のへこみに沿って指を這わせた。

「ここに全ての『気の道』が集まっているの、そして細い気の道がここから無数に別れて全身を走っているのよ」

ベルはくすぐったそうに身悶えしたがそれに構わず説明を続ける。


「そうね、たとえばこの辺りに少しだけ力を流してみるわね」

突然ベルの右腕がピクリと跳ねた。

「ひっ!?」

ベルは小さな悲鳴を上げてしまった。


「こんな器用な事ができるのはアマンダ様ぐらいですね」

アゼルの言葉からは尊敬と呆れの響きが同時に滲み出ていた。


「つぎは、そうねここ」

今度はグルグルと情けない音がどこからか聞こえてきた、それはベルのお腹の音だった。


「ベルさん、お腹すいてます?」

コッキーが身を乗り出してベルの背中を観察している。


「…今のはアマンダのせいだよ」

「そうよ、今のは『気の道』から胃に刺激を与えたのよ、他の内臓にも思い通りに刺激を与える事ができるわ、うふふふ」

アマンダの貌が美しくも妖しく輝いた。

感性の鋭い者ならば言葉と貌から彼女の興奮を感じとる事ができるだろう、そこには妖しい秘められた危険な成分があった。

ベルもアマンダのそれを感じていたが、アマンダ本人がまったく自覚していないので昔から癪の種だった。


「でもこれは危険なのよ、魔術師にはできないと思うけど、あなた達はやらないでね」

アマンダは後ろで見学していたコッキーを振り返る。


「魔術師にはできないのです?」

コッキーが素朴な疑問をぶつけてきた。

そこからアマンダの講釈が始まった、聖霊拳の上達者も魔術師も原動力は精霊力だが、魔術式回路を作れない者には魔術は使えず、魔術師で聖霊拳を体を鍛えたり護身の為に学ぶ者はそれなりにいたが、そこから聖霊拳の上達者が現れた事例が無い事を話す。

なぜか魔術式回路を作れる者は聖霊拳の上達者にはなれないと言われてはいるが理由は不明らしい、精霊力の使い方に根源的な差があるのだと言われている。


「現在それを研究している人々もいますが、答えは出ていません」

アゼルがアマンダの説明を補足した。



またアマンダが話を先に進めはじめた。

「さて、ここに『女神様のえくぼ』とよばれる場所があるのをご存じかしら、ベルは鍛えているから服の上からもわかりやすいわね」

アマンダは背骨にそって指を動かすと、ベルの腰の辺りを探りその場所を突き止める、ベルはまたくすぐったそうに身悶えた。


「『女神様のえくぼ』が形作る少し細長い三角形の頂点あたりに『気の道』の底があるのよ、ここに大きな『気の道』の終わりがあるの」

アマンダがそこを指でトントンと叩くと振動が頭の天辺まで響きそうに感じられて叫びたくなった。


「お尻の割れ目の始まりのあたりなのです」

コッキーがそこに顔を寄せて眺めている。

「恥ずかしいからやめてよ!」

さすがのベルも耐えられなくなり顔を赤くして抗議した。


次にアマンダはベルの首筋に指を軽く当てると、そのまま背骨に沿って下に向かって指を這わせる。

「ここから始まり背骨から腰骨を経てここに至るのよ」


「うっ!?やめて!!」

くすぐったい感覚がベルの背中を走り抜けて全身総毛立つ、釣られた魚のように体をぴくぴくとさせながら悶えるしかなかった。


「ここまで大きな気の道が通っているの」

ベルを除いた全員が感心したように頷く。


「なんか、わかる気がしますよ、力がぐるぐると回りながら頭の上に昇っていくのです」

コッキーはどこか夢心地につぶやく。


「そしてここに幽界への門があると言われているの」

アマンダはその場所をふたたび指で軽く触れながら全員を見渡した。


ベルは身を固くして棒のようになっていた、アマンダが指で触れたところから熱を感じる。

「はずかしいよ…」


ベルの呟きを拾ったアマンダはさり気なくベルの顔を覗き込んでくる。


「えー聖霊拳の拳士で幽界への門を開いた者は、この門の制御を修めるのよ、そしてより大きな力を導ける様に鍛錬します、幽界への門を開けるかはほとんどが才能だけど、潜在しているならこの訓練で覚醒させる事ができると言われているわ、でも訓練しても開ける保証はないのよ…」


アマンダは最後にどこか淋しげな表情をした。


「もしかしてそれを身につければ、力を制御できるかも知れないの?」

ベッドの上からアマンダを見上げる。


「確証はないけどね、神隠し帰りに先人はいないわ、貴女達が自分で探すしかないかもしれない、でもね幽界の門がどういうものかイメージできるだけで全然違うはずよ、きっと役に立つと思うわ」

「ここに光の糸が来ているのですね…」

コッキーが好奇心に目を輝かせながらベルのお尻に顔を近づけてくる、コッキーの視線がなぜかかゆい。


「貴女は光の糸として捉えているのかしら?人それぞれらしいわ、イメージは人それぞれなのよ…」


「そこには特に何も無いように思えるが」

ルディが沈黙をやぶりアマンダに尋ねた。


「ここにはわかりにくいですが重要な鍵があります、獣には尾があり人には無いと思っている人がほとんどですが、人にもこの奥に小さな尾があります」

「なんだと!」

ルディが息を呑む音がベルにも聞こえた。

「人もまた獣である事の証と言う人もおりますわ」

そしてアマンダの言葉を聞いたベルの目が衝撃に大きく見開かれた、だが他の四人には見えてはいなかった。


コッキーが好奇心に目を光らせながらアマンダを向く。

「そこにさっきみたいに精霊力を流したらどうなるのです?」

ベルは心の中で『何言いやがる』と下品な言葉で文句を言いながらコッキーを睨みつけた。


「絶対に反対!!」


そしてベルは何か大切な事を思い出しかけていた。


「ええそれは良くないわ、体の気の巡りが大きく乱れて体調を崩す、特に他人の精霊力は良くない影響を与えるのよ」

「そうなのですね、試した事があるのですね…」

誰かが思いつく事はたいがい誰かが先に思いついている物だ、アマンダはうなずいた。


「ええこれで人を傷つける事ができるわ、でも神隠し帰りの者にした事はないのよ、当たり前だけど何が起きるかわからない…」

「わからないのですか?」

「わからないわ…やってみないと」

それはベルにとって深刻な問題だった。


部屋は先程から沈黙に包まれていた、知るべきであると皆が理解していたが、それで取り返しのつかない事が起きては意味がない。


「あっ!!」

そしてベルはついに重要な事を思い出した、先日アゼルと子供達を奪い返した後の事、街道でコウモリ羽の怪物と闘った直前の事だった、ルディが気合を入れると称してベルのお尻を叩いた時、その手が精霊力を僅かに帯びていた事を思い出したのだ。

あの衝撃で悶絶したのは痛さだけでは無かったかもしれない、あの後から不思議な感覚がずっと残っていた、そしてあれが起きたのだ。


「どうしたの?ベル」

アマンダが心配げにベルの顔を覗き込んできた、あの妖しい喜びに満ちたアマンダも、この優しいアマンダも偽りのない同じアマンダの顔だった。


「この力を知る何かが得られるかもしれない」

ベルが誰ともなくつぶやいた、それをそこにいた全員が聞いていた。


「ねえ、アマンダ試しにやってみて」


アマンダがそれにまず驚いた。

「ベル本当にいいの?」

「アマンダがいる間に試しておきたい、その方がかえって安全」

「そうね、わかったわベル」


アマンダはその場所に軽く指を触れた。

「慎重に行くわよ」


ベルの体が僅かに痙攣したように震えた。

「どうかしら?」

「ピリッと来た…」

指を離してしばらく間を置いてベルの様子を見る。


ベルは熱くドロリとした何かが背中の腰骨のたりで蠢くように感じていた、精霊力が僅かだが解放された感触すらあった。


「力が勝手に少し解放された、いつもは無意識にやっていたけど、はっきりと解った様な気がする、でもなんだろうこれ」


アマンダはベルの様子を見ていた。

「もうすこし強くやってみようか?」

「うん、やってみて…」


アマンダはまたその場所に軽く指を触れる、ベルは両目を思わずつぶっていた。

「いくわよ」


「うっ!?」

ベルの体が震え軽くのけぞる。


「だいじょうぶ?貴女の精霊力がまた強くなっている様に感じるわ」

アマンダの声から僅かな不安がうかがい知れた。


ベルは熱くドロリとした何かが背骨を登り体が熱く火照りはじめるのを感じていた、なんとも例えような無いじらされる様な奇妙な感覚に捕らわれていた。

ベルは横向きになり体をもじもじさせると体を丸めてしまった。


「自分で力を解放したときにはこんな感じにはならないのに」


しばらくするとぐるりと体の向きを変えて皆んなの方を向き直った、ベルの顔を見た四人の表情が変わる。

ベルの瞳の底に僅かに黄金色の光が生まれ、それがベルの青い瞳を内側から輝かせていたのだ。

そしてベルの頬が赤く染まっていた。


ルディはベルの額に手を当てる、ベルは特に抵抗もせず大人しくされるままになっていた。

「熱は無いようだがどうしたものか、ベルが嫌ならここまでで終わりにしよう」

ルディがベルの顔を覗き込みながら提案する。



「ベルさんは怖いのですか?」

コッキーが突然言葉を発した、ベルは驚いてコッキーを見る彼女の瞳の奥に薄く光が灯っていた。

他の三人はまだそれに気づいていないらしい。


「怖いよりも自分の意思を失うのが嫌なんだ、前も自分が消えそうになった、コッキーは嫌じゃないの?」


「何も無い何も出来ないコッキーは嫌なのです」

ベルがそれにギョットした、コッキーの言葉から彼女の奥深いところで燃えていた激しい想いが垣間見えた様に感じられたからだ。

「皆さんは強いじゃないですか、アマンダさんも只者じゃあないのは見ただけでわかりますよ、精霊力まで感じるのです」

コッキーは長身で鍛え抜かれたアマンダを上から下まで見渡す、力と美の化身の様な体格と派手で豪奢(ゴウシャ)な美貌、彼女の覇気で膨らみ天を突くかのような大きな胸、コッキーの瞳には確かな羨望と嫉妬の色があった。


「力が無ければ自分も子供達をまもれませんよ?彼奴等(アイツラ)は子供たちをご飯ぐらいにしか思ってません、この力で戦えるならいくらでも呼ぶのですよ、私は戦い方なんて知らないのです、ならすべて任せたほうがましじゃないですか!まかせれば吸血鬼だってやっつけられるのです!!それに用が済めばまた自由にしてくれるじゃないですか?あの力は敵じゃありませんよベルさん」

話すにつれてコッキーはしだいに興奮して行った、ルディもアゼルもコッキーのその激しさに驚いていた、アマンダはどう反応したら良いのか困惑しているのがベルにも良く解る。

「あ、ごめんなさい、少し興奮してしまいました」

「いいんだ、コッキーがどう思っているか知りたかったから」


気まずい空気が漂っていたがそれをベルが破った。

「ねえここ2~3日忙しくて聞けなかかったのだけど、ルディはどうなの?」

「あ!!そうですわねルディガー様」

「俺も考えないではなかったが、悩む必要もないと考えたのだ、精霊力を使うだけで事足りるなら不要、必要な状況になればそれは現れるのではないか?」


「なんか無責任すぎない?じゃあアマンダに刺激しても、ぐぺっ!?」

「何を言うの!!」

顔を真赤にしたアマンダがベルの頭を軽く叩いたのだ、軽くと言っても恥ずかしさからつい強く叩いてしまったかもしれない。


「ベル嬢、未婚の淑女に何を言うのですか?殿方に触れることすら避けなければならないのですよ」

アゼルが呆れたようにベルを見下していた。


「ベルさんだいじょうぶですか?」

だがコッキーはなぜかベルのお尻を見詰めたままだ、コッキーがおそるおそる指を出して触ろうとしたのでベルはそれを軽く払った。


「全然へいきだから…」


その時外から鐘の音が聞こえてきた、それはリネイン発の乗り合い馬車の出発が近い事を知らせる鐘の音だった。


「午後からまた聖霊教会に行かねばならん、アマンダに頼みたい事がある」

「ルディガー様なにかしら?」

「サビーナ殿達をアラセナに避難させたい、できるだろうか?」

アマンダは考え込み始めた。

「アラセナは三ヶ月前の反乱の失敗で、多くの有力者が殺されたり逃亡しています、聖霊教会も幾つか無人になっています、拒絶されないとは思います、子供達も歓迎されませんが受け入れられると思いますわ」

「歓迎されないと?」

「ええアラセナにも孤児がたくさん生まれてしまって困っているのよ」

「なるほどそういう事か」


「私が戻る時に一緒に連れていけば良いのかしら?」

「それを頼みたい、そこでアマンダにも聖霊教会に一緒にきてもらいたいのだ、サビーナ殿達に一度あってもらいたい、アマンダはアゼルの後援者の使いという設定になっている」


アマンダは深いため息をついて床を見詰めている、考えをまとめているのだろう。


「しょうがありませんね…解りましたわ詳しいお話を聞かせていただきますルディガー様」


そしてアマンダは思い出した様にアゼルに顔を向けた。


「アゼル様、お父様達への説明は私が帰るまでに何とか考えなくてはなりませんわね」

「幽界帰りの者達の心身に異変が起きている、それを解明しないかぎりアラセナには行けないと説明してはいかがでしょうか?私から手紙を添えるのが良いかもしれませんねアマンダ様」

「たしかに嘘ではないわね、それが良いかもしれませんわ」

アゼルの答えにアマンダは喜んだ。


「父さん達は幽界帰りの事をどこまで知っているの?」

ベッドに寝たままだったベルが落ち着いたのか起き上がりアマンダを睨みつける。


睨まれたアマンダも少しむかついた様子だ。

「…幽界の門を説明するための尊い、えー適任は貴女以外にいないのよわかるでしょ?」

アマンダが結構楽しんでやっているとベルは感じていたが、そのくせ本人にはその自覚が乏しいからたまらないのだ。


「とにかく、お父様達は二人が幽界から帰ったしばらく後でアゼルさんから説明を受けています、私と似たような状態になっていると説明されたのよ、私が身近にいたから理解しやすかったのでしょうね」

ベルはそれならば理解が早いだろうと思った、精霊力により身体強化されているルディやベルは聖霊拳の上達者のアマンダと非常によく似ていたのだ。


「幽界帰りのお二人は聖霊拳の上達者に似た力を持つと理解されています、これは一部の者しかまだ知らされていません」

アゼルがそこで説明を補足した。


事実ハイネの敵が聖霊拳の使い手と誤解するほどそれは良く似ているのだ。


そしてアラセナに行けない理由を説明するのに、テレーゼの死の結界の破壊や『偉大なる精霊魔女アマリア』の解放を並べるより説得力があるのも確かだろう。


「その考えは悪くはないな、俺からも一筆いれるしかあるまい、三人で話を合わせる必要がある」

ルディもまたそれを良しと判断したようだ。








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