スリと大道芸人
二人は中央広場の武器屋に向かいそこで軍用の背嚢と麻袋を確保した、背嚢はテレーゼ軍仕様の頑丈なもので、麻袋は猟犬の尻尾を入れる為にかなりの大きさだ。
「うむ、剣を1つ買おうと思うのだがな」
「その剣があるのに?」
ルディは口をベルの耳元に寄せた、ベルは一瞬目を剥いたが拒絶はしない。
「俺の剣だがな、野盗共を倒した時に切れすぎる事に気がついた、鋼鉄を紙のように切り裂くのだ、前はそんな事は無かったのだがな」
「変だね?とにかく普段使いの剣が欲しいんだね、でもおたかいんでしょ?」
「・・・・・」
「でも心配しないで」
ベルはルディの背中を軽くぽんぽんと叩く。
ベルは幼馴染の優しい少女の顔をしていた、だがルディはその瞳の中の不穏当な揺らめきに心が騒ぐ。
「ルディ、安物買いは銭失いと言う言葉もある、安くてもいいなら中古を買った方が良いからね」
「それは正論だがな」
ベルに煽られているような気もするが言っている事は正しいと思った、展示されている剣をいろいろ試し、一番馴染む長剣を選んだ。
「その剣は125アルビィンです」
「本当にそれでいいの?」
「戦士は剣に己の命を託すのだ、剣を選ぶのに手抜きは無い」
「そうだその通りだよ!!」
「えー合計で161アルビィンです」
「はいこれを使って」
ベルはルディに帝国金貨を一枚手渡した。
二人は支払いを済ませ中央広場の出店などを覗きながらガゼルの宿に向かって歩き始めた。
「さて用は済んだから、すこし見物していこう」
「俺もお忍びで街に出た事もあったが、いつも護衛の目が光っていた、自由に街を歩くのは初めてだな」
「身分の高い人はいろいろ大変だよね」
ルディの拳骨が軽くベルの頭にこつんと当たる。
「うっ!?」
「何を言っているんだ!?お前より上なんて三伯と大公家しかいなかったんだぞ!?だいたいお前は貴人の義務など果たした事ないだろ?」
ベルは何するんだと言いたげにルディを見上げたが、なぜかルディは清々した気分になっていた。
だがすぐにルディは前にできている人混みに気を取られた。
商家の倉庫の壁の周りに人だかりができているのだ。
「なんだあの人だかりは?」
「行ってみる?」
まるで大道芸人のような大仰な口上がやがて聞こえてきた。
「皆の衆、これこそ聖霊の加護を受けた聖なる地上最強の盾ですぞ?この盾に僅かでも傷を付ける事ができたら大銀貨3枚を進呈いたします、たった3ヴィンで参加できます、さあ腕や力に自信のある方はふるって参加いたしましょうぞ!!」
その地上最強らしき大きな盾は鋼鉄の枠に樫の木の分厚い板を嵌め込んだ頑丈そうな盾だった、それは大げさな精霊王の浮き彫りで飾られていた。
口上を述べているのは40代なかばの小柄で泥鰌髭を生やしている男だ、どこかの大学の学衣を改造したような服を着込んでいる。
男の顔はまるでリスかネズミに似ていて、頭髪は年齢の割には薄くなっていた、愛想笑いを貼り付けているがその目は笑っていない。
「あの盾だけど本物に見えない」
「たぶん魔術で強化するつもりだな、だがそれでは長くは続かない、近くで重ね掛けしている者がいるはずだ、あの男の左後ろの壁際にいる女を見ろ、町の女に見えるがあれが怪しいな」
「あの女の人かな?」
その女性は20代後半ほどの婀娜っぽい美女だった、豊満だが太っている程ではない、身長は160cm前後であろう、ブルネットの肩までの髪と唇が厚めで色気のある女性だ、唇の右に大きなほくろが目立つ、とくかく一見すると術士には見えない。
「俺がやるぜ」
群衆から一人の傭兵風の大男が名乗り出てきた、掛け金が3ヴィンなので遊び半分で参加する気になったのだろう。
「そこの強そうな旦那が名乗り出ました、はたして聖なる盾の守りを打ち破る事ができるでしょうか!!」
「いいぞー、やれサムス」
傭兵の仲間と思われる男達が囃子立てる。
サムスと呼ばれた男は小銅貨3枚を、泥鰌髭男を手伝う下働きの大柄な少年に渡し、自慢の大剣を担ぎ盾の前に進み出た、群衆も面白半分で喜んでいる。
「いけー」
その時二人は先程の女から力が動く気配を感じた。
サムスは大剣を振りかぶり盾に叩き込む。
だが盾は大きな音を立てこそすれ、大剣が盾の表面を傷付ける事はできなかった。
「あの男まずまずの腕だったが、あの女もかなりの術者なのではないか?」
「まったく盾に傷が付かないね」
「残念、だが他に誰か我こそわと思う勇士はいないのか!?精霊王の試練を打ち破るものはいないのか!!!」
「こんどは俺だ!!」
鍛冶屋らしき筋骨隆々とした頭の禿げた大男が名乗り出た。
「ベルよこれは詐欺ではないのか?」
ルディは小声で囁いた。
「それを言うのは野暮だよ、これ自体が娯楽なんだ、種も仕掛けもあるのは皆んな知っている、国宝級の盾がこんな所に出てくるわけないだろ?」
そして鍛冶屋の筋骨隆々の禿げた大男も敗れ去った、群衆からは野次と笑いが沸き起こる。
「なんと言うことだ!!さあこの中に真の勇者はいないのか?」
「あの盾どうなっているんだ?本当にびくともしないのな」
野次馬の中から感嘆の言葉が漏れてくる。
その時ベルがルディの右腕を肘で突付いた。
「スリがいる、野次馬の懐を狙っている」
「なんだと?」
ベルは野次馬の中に割り込んでいった、行商人らしき男の懐から小銭入れを巧みに抜き去った男に気がついていたのだ。
その男は町の住民の様に見えるがその動きも体捌きもその筋のプロを伺わせるものがある。
ルディもベルを追った。
既に3人目の挑戦者が現れたようだ。
「今度は、肉屋の女将さんだ!?」
太った逞しい御婦人が凶悪な肉切包丁を抱えて出てきた、泥鰌髭の男が少し引き気味になっている。
「マリアさんやっちゃってください」
少女の野次で観客達がふたたび湧き上がった。
この瞬間だった、男の叫びがそれを引き裂いた。
「うぎゃあああぁぁぁぁ!!」
観客から小銭入れを抜き去ろうとした男の手首をベルが掴んだのだ、ベルはしまったと言った表情を浮かべ力を少し弱めた。
「何をしやがる!!」
「じゃあお前が掴んでいるそれは何?」
男はベルを振りほどこうとしたがそれができない、暴れる度に手首を強く締め上げる。
「いてて!!」
小銭入れをスラれた男がそれに気が付き激怒した。
「それは俺の金じゃあないか!!お前スリだな?」
ベルを少し見てから小銭入れを取り戻し懐にしまった。
「姉ちゃん強いな?まあ助かったぜ」
周りの観客達は自分の懐を慌てて確認しはじめている、そして何人かが被害に気が付いた様だ。
ベルはスリの懐にいきなり手を突っ込みダガーを強引にもぎ取った。
「それは俺の物だ!!」
「危険だから没収するからね?」
被害者がベルとスリの周りに集まってきた。
「そいつが俺の金をスリやがったに違いない」
「俺もやられた!!」
ベルはスリと周りの男達に視線を巡らせてから。
「おじさん大人しく出した方が良いよ?もう隠せない」
男は懐に手を入れて、硬貨の入った小袋を幾つか取り出し地面に落とした。
それはたちまちの内に元の持ち主の下に帰っていった。
彼らは感謝しながら小銅貨をベルのポケットに放り込んでいく。
「そうやって稼いだのか?」
ルディが小さく独り言を呟いた。
だが観客達はそれで許すつもりなど無かった。
「そいつを警備隊に引き渡そうぜ!!」
「ああ、まってくれ」
そこで泥鰌髭の男が割り込んできた、観客達は何を言うのかと不審な目で男を見る。
「大道芸や演劇の上演中に客相手に犯罪を起こした者にはだね、引き渡す前に興行主が制裁を加える権利があったはずだ」
実はそんな法律は無いが慣例的にそうだったに過ぎない、だが観客達はそれに納得したようだ。
ベルが男を引きずり泥鰌髭男の前に連れて行ったが、泥鰌髭男はスリのスネを蹴り上げた。
男は悶絶し倒れ観衆は湧き上がった。
だがベルとルディは女から力が開放され男に何かしらの術が行使されたのを見逃さなかった。
「さてお嬢さんとお兄さんありがとうよ、俺はピッポ、ピッポ=バナージと言う」
「俺はルディ=マーシー魔術師の先生の手伝いをしている」
「私はエドナの山ガイドのララベルですわ」
二人はアゼルが適当に造った偽名をとっさに名乗った、ベルの口調に悪寒を感じたルディが軽く身震いした。
ピッポは二人を眺めながらルディに興味を持ったようだ。
ルディは魔導師の導衣を着ているが、下は上等の長パンツに靴も傷んでいるようだが上等の物、そして背嚢に二本の長剣まで持っている。
かなりちぐはぐな異様な風体なのだ。
そこに誰かが呼んだのであろうラーゼの警備隊が数人やってくる。
「そいつがスリか?」
ピッポと観客がそれに賛同する、男は乱暴に警備隊に引きずられていった。
「アイツどうなると思う?」
「犯罪奴隷として森か鉱山行きだろう、流れ者ならば一生奴隷だろうな」
「どこも似たようなものなんだね」
ベルは警備隊に引きずられる男の後ろ姿を見送る、観客達もこれで終わりかとそれぞれ帰えり始めようとしていた。
「さてお嬢さんとお兄さん、どうだねお礼と言ってはなんだが、ただで良いから一回挑戦してみないか?」
二人は自分達の事だと直ぐに気がついた、観客達の興味が二人に集まり帰り足が止まる。
「おお、ではお言葉に甘えてもらおう」
ルディはさっそく普段使いの剣が役に立った事に内心ほくそ笑みながら剣を構える、結局はルディの剛剣を持ってしても刃先が盾の表面を傷つける事はなかった。
「さすが精霊王の盾じゃあないか!!」
ルディは心にもなく精霊王の盾を褒め讃えた。
「ルディ帰ろう」
「おおそうだな、親父最後に楽しませてもらった」
「お兄さん待ってくれ、その背中の剣は何か凄い剣なんじゃないかい?」
二人はピッポを睨みつけ振り返った。
何を言い出すんだこの野郎と言いたかったのだ、すでにこのピッポには不信を感じ初めていたのだから。
観客達までもがそんな凄い剣なら盾を切れるかもしれないなどと囃し立てる者までいる。
すでに群衆の興味はこの大道芸と奇妙な格好の二人に集まっていた。
ピッポは愛想笑いをふりまいているが、その目は狡猾そうな光を湛えていた。
隣のベルの顔を覗き込むと、ベルの瞳はどう乗り切るのか興味津々な光を湛えていた、そしてついにルディは意を決した。
「俺の言葉に逃げるとか誤魔化すなどない、ベルに俺のやり方を思い出させてやろう」
「えっ!?」
「ピッポよ大銀貨三枚とは本当なんだろうな!?」
「も、もちろんですとも、嘘は申しません!!」
「謀るならばその首はね飛ばす!!」
「ルディ!!?」
ルディは背中の魔剣を抜き放った。
ベルの瞳が驚きで丸くなる、ついでに口まで丸く開いてしまった。
ルディは彼女の小憎らしくもかわいらしい間抜け顔に大いに満足を覚えた。
「行くぞ!!!見よ!!そして刮目せよ!!!!」
ルディの叫びが力強く響き渡りその声はよく通った、その場の空気が一変し熱を帯び群衆から喚声とどよめきが巻き起こる。
「「「「いっっけーーー」」」」
その時その場にいた者達の心が確かに一つになったのだ。
ルディの魔剣が一閃し精霊王の盾をパンケーキの様にいともたやすく両断する。
見開かれたベルの瞳は左右に別れて割れていく精霊王の顔を写していた。
ベルサーレ=デラ=クエスタはルディガー=イスタリア=アウデンリートと言う漢がいかなる奴かやっと思い出したのであった。
アゼルがそこに到着したのは、まさしく観衆が興奮でどよめき沸き返った瞬間だった。
帝国金貨(100アルビィン)=10オンス金貨