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銀の髪のベル

 リネインの共同墓地は北門からほど近い小さな林に囲まれたその中にあった、それはまもなく日も沈もうとする時刻だった。


「ベルさんこっちです、そこにお母さんのお墓があるのです、隣がお父さんのお墓です」


ルディ達はコッキーに彼女の両親の墓に案内してもらっていた、修道女長は明日にしなさいとコッキーに忠告したらしいが、久しぶりにリネインに帰ってきたからと彼女はそれを拒んだ。


コッキーが指し示しす墓標にアリア=フローテンと刻まれている、そのとなりの墓標にはフロルとただ刻まれていた、墓の周囲はどうやら父の親族の墓が集まっているらしい。


全員でコッキーの両親の墓に黙祷を捧げる、アゼルが風の魔術で光の花を生み出すと花びらがあたりに降り注ぐ。

その花にコッキーは見惚れて手を伸ばした、だが幻影の花はそのまま彼女の小さな手の平をすり抜けて落ちて行った。


「綺麗ですね…アゼルさんありがとうございます」

「いえ花を用意する事ができませんでしたからね、その代わりですよ」


「ねえお祖父さんのお墓はどこにあるの?」

「ベルさん少し離れたところにるのです」

今度はコッキーの案内でバーン氏の墓に向かう事になった。


「アリア殿が19歳の時におなくなりになったそうだな」

「はいルディさんコッキーが生まれる前なのです、顔も見たことないのです」


祖父はリネイン大火の数年前に病気で無くなったそうだ、彼の墓は墓地の外れにあった。

墓もリネイン住民の区画の中なのですでに住民として認められていたのだろう、だが彼の親族もいないことからその墓は孤立していた。

小さな墓標に関わらず不釣り合いに厳しくバーンヴィレム=ヴァン=フローテンと刻まれている。


ルディが小さな平たい金属製のボトルを懐から取り出すと中身をバーン氏の墓標にかけた。


「あっ!?そのボトルは消毒用のお酒が入っていたんだ、最近見ないと思っていたら!!」

ベルがルディに掴みかかりルディがそれを頭から抑え込む。

「いつのまに盗んだんだよ!!」

「すまんすまん、知らないうちに懐にだな」

「そんなわけあるか!!」

「冗談だ窓際に置いてあったんだ」

二人はじゃれ合っている。


「バーンさんのお知り合いの方はお墓参りにきたことあるのですか?」

アゼルがコッキーに訪ねる。


コッキーは少し考える。

「大火事の前までは時々街の人がお花を添えてくれたようです、でも誰が添えたかはわからないのですよ、皆んな死んでしまって…お祖父さんの知り合いの方の事ももう良くわからないのです」

「そうですか…」


「ねえコッキーはお母さんの家の姓を名乗っていたんだね」

じゃれ合いが終わったベルが口をはさんできた、コッキーがベルの左手を見るとしっかり消毒液を取り戻している。


「ベルさん、なんとなくいいじゃないですか、お父さんには姓が無いんです、姓があった方が区別がつきやすいですよそう思いません?」

「うーん、そうかも」

ベルは熱のこもらない態度で賛同したが、ルディとアゼルは微妙な顔をした、姓は父系が主流のエスタニアでは母系の姓はまず名乗らないのが普通だ。


皆気を取り直して改めてバーン氏に黙祷を捧げる。


「お母さんがそうするように勧めたのですよ、お祖父様がこの世にいた証として名乗ってほしいって」

コッキーがポツリと語った。



「まもなく陽が沈む、さあ城門が閉じる前にもどろうか」

ルディの言葉で陽が落ちようとしている事に皆気がついた、四人は慌ててリネインに戻るために道を急ぐ。


北門を抜けるとコッキーと三人はそこで別れた、コッキーは今夜は聖霊教会の孤児院の子供達と過ごす予定だった。


「ではまた明日~」


手を振りながら去っていくコッキーの向かう先に聖霊教会の尖塔が夕日に輝いていた、ベルはそれを見送りながら前にもこんな光景を見たような気がした。


三人はそのまま宿屋に向かう事にする。

「殿下とりあえずサビーナさん達に泊まる場所ができてたすかりました」

「そうだな」

「ルディここでサビーナ達の家を借りるつもりなの?」

「明日アマンダが来るはずだ、そこで方針が決まる、リネインで腰を据えてもらうか、アラセナで引き受けてもらえるかわかる」


ルディガーは自分がアラセナに行くことは考えていない、ベルとアゼルはルディの発言からなんとなくそう読み取っていた。


「今の内にサビーナ達と相談しないの?」

「アラセナに行ってもらう場合、我々の正体を教えなくてはなるまい、アマンダと相談した後になる、だがコッキーには全て話すべき時が来たと考えている」

「彼女には殿下の事も含めてですね?」

「そうだアゼル」


三人は宿屋『エドナの岩肌』の前まで来ていた、そこで閉門を知らせる鐘の音が聞こえてくる。


「この宿屋は前にも泊まった事があるような気がするぞ?」

ルディが宿屋の看板を見上げてそうつぶやいた。


「さていそいで入りましょう、私は精霊通信の準備をしなければなりません」

「今夜は僕一人か」

「ベル寂しいのか?」

「何を言っているんだよ!?」

ベルがルディの背中を軽く叩くとルディが笑った、三人は宿屋の入り口に入って行った、一階の酒場は既に賑わいを見せている。




その頃リネインの孤児院の食堂でコッキーを囲むように子供達が集まっていた。

「おねえちゃん、でていっちゃうの?」

5歳程の女の子がコッキーにだきついて甘えていた、この孤児院ではコッキーが最年長だった。


「15になったら皆んな出ていくのですよ、コッキーがいつまでも居たら新しい子がはいれません、もう半年伸ばしてもらっていたのですよ」

「でもいやだよ、大きな兄ちゃん姉ちゃん達もみんな居なく成ったじじゃないか!」

少し大きな男の子が悲しげにコッキーに抗議した。

「みんなリネインにいるじゃないですか?死んじゃったわけでは無いのです」

「そうだけどさ」


「コッキーもリネインにずっといるのよね?」

コッキーの次に年長の女の子がコッキーの耳元でささやいた、彼女も来年にはここから出ていかなければならない。


「えっ、そ、そうです居ますよ、すぐに会えますよ?違うと思ったのです?」

「コッキーって昔からなんとなく遠くに行ってしまいそうな気がしてたのよね」


その言葉にコッキーはギョットしてしまった、ここは本当に自分の居場所なのか?そんな焦りの様な何かを昔からずっと感じていたのだから。


そして今は自分が何か途方も無い事に巻き込まれ、それが終わらない限りここには戻ってこれない、そんな予感がしていた。


コッキーは自分の意識の底を探る、幽界の門の彼方から光の糸が伸びている、これを手繰るだけで凄まじいあの力がやってくるのだから。


(もうここにいてはいけないのです)


「コッキー?どうしたの?」

「ごめん考え事をしていたのですよ」


そこに修道女が二人やって来た。


「皆んな聞いて下さいな、サビーナ様達に夕食を届けるので手伝ってもらいますよ」

「「「は~~~い」」」

食堂に10人程いた幼い孤児達が思い思いに立ち上がり競うように厨房に向かって駆け出し始めた。


「走ってはいけません!!!」

そこにコッキーの一喝が食堂に響き渡った。




宿屋『エドナの岩肌』の一階の酒場で夕食をとった三人はルディとアゼルの部屋に集まっていた。

「精霊通信はまだ来ていませんね」

アゼルはさっそく部屋の隅の設置した精霊通信盤を確認している。

部屋で留守番をしていたエリザがさっそくアゼルの肩の上にかけ昇った。


「ねえ、アゼル、僕の髪の色を戻して!」


「そうでしたね、髪の毛の先を少しで良いので私にください」

ベルは少し躊躇したが、赤いワインの様な色合いの髪の先を隠しダガーで1センチ程切り取るとアゼルに手渡した。


「しばらくまってください」


アゼルは髪の毛を調べ始めた、やがて術式を構築し唱える、その度に触媒の反応臭が漂う。

ベルはそのアゼルを何も見逃すまいと観察していた。


「ベル、貴女が使った毛染め薬は髪の毛の表面だけ赤くしているわけではありません、髪の色素と反応を起こして赤く変色しています、赤い色を取り除く事はできますが、黒には戻りません」

ベルの顔が愕然としてから絶望に変わった。


何時の間にかルディはベルの頭を上から観察していたようだ。

「ベル、毛の根元が少し黒くなっているぞ、このままでは繰り返し赤く染めるか、黒で染めるしかない」


「アゼル、赤い色を取るとどうなるの?」

アゼルはテーブルの上にひとつまみの髪を置いた、それは半透明な灰色の細い糸の様な髪だった。

それを見たベルの目が見開かれた。


「しょうがない、アマンダが来る前にこの髪をなんとかしたい、アゼルお願い!」

「本当にいいのですか?」

「うん」

さっそくベルは三編みおさげをほどき始めた。


「ベル、なぜアマンダが来る前になんとかしたいんだ?」

ルディは先程のベルの発言が気になっていたようだ。

「えっ?だって『私達三姉妹みたいね』とか言いそうでしょ?」

ルディはそれに苦笑いを浮かべたまま黙ってしまった、素顔のアマンダならいかにもそう言いそうだったからだ。


ベルの三編みが解かれるとワインレッドの長い髪が広がりますますその独特の赤が強調される。


「はじめますよ、複合魔術なので名前はありませんが」


やがてベルの頭を水色の光が包み込みんだ、驚いたエリザがベッドの下に駆け込み、ベルも思わず身を固くして目を閉じる、やがて光の粒子がベルのワインレッドの髪に降着していく。

ルディはその美しい光景に思わず賛嘆の呻きを上げてしまった。


その光が消え去ると、ランプの光に照らされて白っぽい色の髪に変わったベルが目をつぶったまま椅子に身じろぎもせずに座っていた。


「終わったの?」

「ええ終わりました…」

「ベルよ前よりはマシになったと思う、後はお前がどう思うかだ」

ルディは気遣うようにベルを見ていた。

ベルは目をあけ立ち上がると、手に髪をとって部屋の薄暗い照明を頼りに確かめようとしていた。


「まってください『水底の夜光虫の燭台』」

アゼルが詠唱を唱えると天井近くに青く輝く光の珠が浮かび上がり部屋の中が急に明るくなった。


「わお!!」

ベルの賛嘆の声が上がる、青い光に照らされた銀の髪が美しく輝いていたからだ。


アゼルはそのベルの髪を見て目を見張り、そして目をそらしてしまった。


「これでも…いいかも」

ベルは銀髪と青い光の反射に魅了されている、今度は背嚢から小さな手鏡を取り出して自分の顔を確認しはじめた。


「アゼルありがとう綺麗だ、助かった」

ベルの声から興奮が隠せない、彼女の声が少し震えている。

アゼルはそれには答えずにそんなベルの髪をじっと見つめていた。


「金髪はダメだったけどこれなら、うんあのドレスに似合うかも、そうだ眼鏡を買おうかな枠だけでもいいや」

しばらくベルのとりとめのない一人言だけが聞こえていた。









リネインの南にあるマドニエの街の北の裏街道の側で焚き火がともる、大きな薬箱のとなりに白いローブを草地に敷いてアマンダはその上に腰を降ろしていた。

バチリと火の付いた薪が音を立てた、その瞬間目にも見えない速さで金串を焚き火に突き刺して引く、金串は見事に焼いた芋の中心を貫いていた。


「旅にでたらこれよね」


息を吹きかけ灰を飛ばして冷やすと岩塩を指先で無造作に粉砕してふりかけてかじりつく。


「明日のお昼にはリネインにたどりつきたいわね」


寝転がると毛布にくるまり満点の星空を見上げた。







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