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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第二章 騒乱のテレーゼ
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アゼルとエーリカ

「やあミカル君、アンスガル先生はいますか?」

アゼルは恩師の家の前で見かけた顔なじみの少年に声を掛けた。


少年はアゼルを振り向き驚く、アゼルが大量の書籍と正体不明の道具を背負子に積み上げおまけにその上に小さな白い猿が座っていたのだから。


「アゼルさんお久しぶり、でもどうしたんですか?あとその猿はペットなの?白い猿なんて珍しいね」

『キキッ』

小さなエリザが可愛らしく鳴いた。


「山で群れからはぐれていたのを助けたのです、名前はエリザベスです」


「あっ、そうだった、先生いるから少しまってて」

ミカル少年は慌てて家の中に入って行った、しばらくすると少年が入り口まで戻ってくる。

「アゼルさん中にどうぞ」

アゼルは久しぶりに恩師の家の扉をくぐる。




「よくきたなアゼル、今日はどうした?」

部屋の一人がけの長い背もたれの椅子に白髪の老人がゆったりと腰掛けていた、年齢不詳だがかなりの高齢に見える、彼こそアゼルの恩師アンスガルだ。

アゼルは重い背負子をミカル少年の助けを借りながら床に降ろすと一息つく、アンスガルがその背負子の荷物を見て表情を僅かに変えた。


「先生から御借りした本を返すために来ました」

「何かあったようだな?アゼル」


「詳しい事は話せませんが、エルニアから退去しなければならない事態になりました」

「そうか」

「詳しい事を話せずにもうしわけありません」

「ミカルよ本を奥の書斎に運んでくれ」

アゼルは運んできた書籍の中からアンスガルから借りていた本をミカルに手渡す、それをミカルが書斎に一生懸命に運んでいく。

荷物は半分程に減りそれを背負子に再び積み上げて固定した。


「いずれこうなる事は予想しておったな?」

「はい、しばらくはエルニアに戻れないかもしれません」


「まあ急いで居るのだろうが、茶ぐらいは飲めるだろ、しばらく寛いでいくが良い」

ミカルが慌てて茶の用意を始めた。


アンスガルはエルニアの公都で数年前まで魔術学の私塾を開いていた、アゼルもその時の塾生の一人だったのだ。

エルニアの魔術師にはアンスガルの弟子が非常に多い。


アゼルはアンスガルにセザール=バシュレについて尋ねて見る事にした、恩師ならばセザールに接触する方法を知っているかもしれない。

「ハイネのセザール=バシュレに関して何かご存知ですか?」

「あの男に興味があるのか?自治都市ハイネの重鎮で表にあまりでてこないと聞く」

「セザールに面会したいと思いまして」

「まあ奴はここいらでは最高峰の魔術師だからそう思うのも無理はないか、儂には奴とのコネも伝手も無いのじゃよ、儂はこの国の生まれだが長らくエルニアにいたからのう、でなぜ急に興味をもったのだ?」


「はい彼の師と言われるアマリアについて研究したいと思いまして」

「奴がそう自称しているだけかもしれんぞ?アマリア本人が弟子を採ったと明言した事は無いのだ、アマリア自身が生ける伝説で、すでに常人の寿命を越えて生きている、実在を疑う者すらおるでの」

「すでに死んでいる可能性ですか?」

「そうだアマリアの名が知られ始めてから150年は経つ、極めて高位の術者の中には長寿になる者もいるとは言え彼女の死を疑うのも当然じゃろうな」


その後はたわいの無い昔話を恩師と交わすが、それは今まで何度も繰り返してきた内容だった、だがアゼルは気にもせず恩師との会話を楽しんだ。


「先生、そろそろお暇いたします」

「ああ、お前の無事を精霊王に祈ろう」

「先生こそお体をお大事に」


アゼルは残りの書籍と魔術道具を魔術屋が閉まる前に処分したかった、アンスガルの家を退去し魔術道具屋に向かう、もともと売れそうなものしか庵から持ち出して来なかった、価値の低いものは小屋と共に灰になった、道具屋で全て処分し雑貨屋で背負子を二束三文で投げ売り、今後の旅の為にと背嚢を購入した。


「やれやれ、これで今日やるべき事は終わりました、エリザベス帰りましょう」



そして『ガゼルの宿』へ歩き始めた、だかアゼルは自分の前を歩くある女性の後ろ姿に妙に気を引かれたのだ、その女性は聖霊教会の修道女の衣服を纏っていたが、その歩き方や後ろ姿に見覚えのある特徴があるのだ。


気になったアゼルは女性を追い越し顔を確認したくなった、アゼルは少し足を速める。

『ウキッ?』

エリザが足元がふらつきアゼルの背嚢に慌ててつかまる、アゼルはそれだけ慌てていた。

修道女は自分を足早に追い抜いていく男を一瞥したが、アゼルもその時後ろを振り返る、その瞬間アゼルは叫んでいた。

「エーリカ!!」


「アゼル?アゼルじゃないの!?」

二人は街頭で呆然と立ちすくんだ。


アゼルの記憶の中のエーリカは十四才の美しい少女だった、精霊の中でも美しいと言われる湖の精霊の化身に例えられた事がある、プラチナブロンドの美しい髪も深い蒼い瞳も昔と変わらない、だが五年の歳月は彼女を少女から大人の女性に変えていた。


「なぜこんな所に?貴女はアルムト帝国にいるとばかりに」

「アゼルこそなぜここに?」

「この町に先生がいるのですよ」

「アンスガル先生がこの町にいるなんて?知らなかったわ」


エーリカはエルニアの平民サロマー家の出身だった、サロマー家はエルニアの東の港町リエカの商家だ、エーリカは裕福で恵まれた環境で育った。

そして彼女はアンスガルの私塾でアゼルと共に学んだ塾生の一人だった。


「貴女が聖霊教の修道女になっているとは思いませんでした・・」

そこでアゼルの言葉が途切れた、エーリカの胸から下げられたメダルが彼女が教会の巡察使の一員である事を示していた。

聖霊教の巡察使とは各地の聖霊教の活動を視察し監督する役割で教会の精鋭である事を示していた。


彼女はエルニア大公妃の精霊宣託に招致されたアルムト帝国の精霊宣託で高名なヘルマンニの送迎使節に志願した、この使節団にはアゼルも参加していたのだが、彼女はそのままアルムト帝国で姿をくらましてしまった、アゼルにその苦い記憶が甦る。


「ごめんなさい、どうしても学びたかったのよ、アルムトで学んだあと聖霊教会に入ったの」


エルニア人にとって魔術を学ぶのならアルムト帝国が理想だった、アルムト帝国はかつてのセクサルド帝国の中枢を支配しており、また聖霊教の中枢総本山がある大都市だ。


「私達は貴女が犯罪に巻き込まれたのではないかと心配しましたよ?あの時は送迎使節としてエルニアに帰るしかありませんでした、貴女はエルニアでは死んだ事になっています、貴女がアルムトで名を捨てて学生として学んでいたなんて、アンスガル先生からその事を教えていただいた時の気持ちが貴女に解りますか!?」


「アゼルには悪いことをしたと・・・」

アゼルがエーリカの両肩を強くつかみ揺さぶった、彼女は先を続ける事はできなかった。


通行人が二人をジロジロと見ながら通り過ぎていく。

アゼルは聖霊教の導師と修道女達がこちらに向かって来るのを視界の隅に捉えた。


「今の貴女の名はなんですか?」

「アウラ=フルメヴァーラです」

「ではアウラまたお会いする事があるかもしれませんね」

エーリカは衝撃を受けたように目を見開き、悲しそうにアゼルを見返した。

「ええ、もう貴方と道が交わる事はないのですね」


アゼルはエーリカから離れ宿に向かう道を進む、一度振り返るとエーリカは聖霊教の団体に合流していた。


物思いに耽りながら進むアゼルに前方から騒がしい喧騒が聞こえてきた。


なぜか嫌な予感にかられて足を速めた。

「嫌な予感に限って当たるものです」





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