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ベル覚醒

 そのコウモリの様な有翼の怪物が空に昇っていく。


(今のはあいつがしゃべったのか?)


ベルはその衝撃と共に真紅の怪物が呼び出した七匹の黒い小鬼を思い出した、小鬼はまだ人に似ていたから言葉が話せてもそれほど違和感が無い、だがこのコウモリの様なバルログが話せるとは思わなかったのだ。


十分な高さを取るとバルログに不快な瘴気が集結していく。


そこに再びキールがベルの眼前に踏み込んできた、足元から彼の右足がベルの顎を狙って駆け上がる、その足を左腕で防止したがそのままベルの体が浮き上がった。

精霊力を駆使して戦う二人の戦いに常識は通用しない。

宙に浮いたベルにキールの拳が追い打ちをかける、それをグラディウスが迎え撃ち金属音が響く、そこに再びキールの右足がベルを襲うが、ベルも体を屈めると足で足を蹴り一気に間合いを取った。


すべては一瞬の流れだった。


バルログに対峙していたルディは魔術の完成を待つつもりは無かった、ルディは高く飛び上がるとバルログの片足をヒザ下で切り飛ばした。

バルログは怒りと苦痛の叫びを上げた。


「やったか?」


ルディの声が聞こえる。

だがベルは正面から瘴気の圧力を感じ鳥肌が立つ、キールの相手をしていた僅かな間に再びバルタザールの魔術が発動しようとしていた。


「『ガンガブルの黒き縛め』」


直後バルタザールの詠唱が完成した、ベルは前にその名前を聞いた事があった、だがどの様な術かはっきりと思い出せない。


ベルの周囲に瘴気の穴が幾つも生まれ、そこから黒い布のような物質が飛び出して来る、その瞬間ジンバー商会の輸送隊との戦いを思い出した。

反射的に利き腕に迫る布をグラディウスで切り払う、重く粘りつく様な抵抗を感じたがそれを力で切り裂いた、だが残りの布がベルの両足を狙って巻き付く、それを更にグラディウスで一枚切り裂いたが、片足に完全に巻き付いてしまった、それを切り裂こうとした処に、ベルにまた鳥肌が立った戦意に満ちた聖霊拳の上達者が迫る時に感じる特有の圧力が迫ってくる。


ふたたびキールを迎え撃つべく体を動かす、その時視線に一瞬入ったバルタザールの目がなぜか驚きに見開かれていた。


再びキールが目の前に迫っていた、その右腕の突きをギリギリで受け止める、さらに蹴りがベルの腹を狙って伸びる、だが片足を拘束されているので防げない、まともに重い蹴りが腹に入り体が浮き上がり息が詰まった、鍛えられた腹筋と精霊力で支えられた内臓は耐えた、それでも腹が圧迫され何かが喉を上がってくる。


「うぐっ!!」


ベルは何かを吐き出しかけた。


「ベル!!」

バルログに対峙していたルディがキールを横撃する。

「チッ!!」

キールはその気配を察知し舌打ちするとベルの追撃を諦め全力で回避に移行、刈り上げたキールの髪をルディの『無銘の魔剣』が更に刈り上げた。


その瞬間真上から瘴気の散弾が降り注ぐ、その散弾はルディとキールも巻き込んだ。

「所長!?」

いくぶん怒りのこもった叫びを上げて飛び退ったキールは上空のバルログを見てからバルタザールを睨んだ。

バルログが上空から魔術攻撃を加えたのだ、巻きこまれたキールは怒ったがバルタザールは魔術の完成に集中を乱さない。


その間も瘴気の散弾の攻撃をものともせずにルディはベルの拘束を切り捨てた。


「『砂塵の冥王塵に還りしラバトの宣告』!!」


バルタザールの詠唱がその時ついに完成した。


空間を歪ませて力の波動が二人に迫る、その強大な瘴気の力場が二人を押し潰し、術式の発動により渦巻く黒い瘴気の球体の嵐が石畳ごと食い尽くしていく。


「やったか!?」


瘴気の嵐の轟音を縫ってバルタザールの期待に満ちた声が聞こえてきた。

その瘴気が晴れて行くにつれて彼の顔が驚きから呆れ顔に変った。


「お前たち、これが初めてではないな?」


ルディとベルはぎりぎりの間合いで瘴気の嵐を回避していた、ベルはふとバルログが気になりそちらに素早く目を走らせる、いつのまにか切られた足が再生している。


「キェエェェェ!!」


そこに奇声が上がった、そちらを見るとコッキーがドラゴンに蹴りを入れたり殴りかかりながら、ドラゴンを道の外に誘導しようとしていた。

さらに骸骨数体が彼女に群がっている。


「うざいぞ『ナンガ=エボカの藪蚊』!!」


オスカーが苛ついた声を上げて瘴気の散弾をコッキーに向かって放った。

それが一体の骸骨を巻き込むが、コッキーはチョコマカと動きまわり必死に回避している。


ドラゴンは怒りに燃えコッキーを狙っていた、腕を振り回すが彼女をとらえきれない、コッキーがアゼルや子供たちからドラゴンを離そうとしている、だがそれではアゼル達の護衛が近くにいなくなってしまう。


「あれ?」


ベルが間抜けな声を発した、子供とアゼルの姿が見えなくなっていたからだ。

だが漠然としたアゼルと子供達の存在感を感じとった、その位置が少し移動している様に感じられた、アゼルが隠蔽魔術を使ったに違いない、触媒が無いせいで高位の術は使えないと聞いていた、詳しくは解らないが下位の術は使えると言う意味だ。


「ベル、俺はあのドラゴンを先に潰す」

ルディが通りすがりにささやく。


「ええっ!?」


ベルは思わず声を上げてしまった、それではバルタザールとキールと空のバルログをベルが一手に引き受ける事になってしまう。

だが空のバルログはすぐに勝負がつきそうもない、ドラゴンを攻撃した方が確実だ、武器のないコッキーでは注意を引きつけるのが限界、それに無銘の魔剣でなければアレを倒せそうもない。


「わかった、なんとかやってみる、でもやばいかも…」

最後はベルの本音が漏れていた。


「よそ見するんじゃねぇ!」

紳士らしからぬ口調でキールが歯を剥き出しにして踏み出してきた、ベルはキールの相手をしながらも、彼は魔術師の支援に徹していると感じていた。

バルタザールは新たな術式の構築を始めている、神経にさわる小さな刺激をベルの感覚がとらえる。

今度は背後で精霊力が高まった、これはルディの力だととすぐにわかった、ドラゴンを倒せば二人がこちらに援護に来てくれる。


それまで耐えようと覚悟を決める。


また頭の上から力の集中を感じる、上空のバルログが魔術の詠唱を開始したのだ。

さらにバルタザールからも不浄の力の集中を感じた。


(まずい!!)


ベルはギリギリの間合いで攻撃を回避する機会を図る、キールは連撃でベルの動きを潰しにかかった、そしてベルは左手でキールの腕を捕まえる、そして力を腕に集め剛力で締め上げた、キールの目が見開かれ苦痛に歪んだ。


「いかん!!」


バルタザールが叫ぶ。


その時頭上から熱気の固まりが襲いかかった。

キールはベルの腹を蹴り上げると、ベルが思わず手を離してしまった、そのまま反動でキールは後ろに飛び下がる。

ベルの腹の防護がおろそかになっていたのだ、苦痛がこみ上げ意識が遠くなり視界が回転する。


そのベルをコッキーが宙で受け止めて黒い炎の岩の雨をぱたぱたと回避していく、小柄な少女が自分より背の高いベルを抱きかかえて素早く動きまわる姿はシュールだった。


「ベルさん!?」


バルログの攻撃が終わると素早くベルを立たせようとする。


「ベルさんお腹大丈夫ですか?」

どう答えようか当惑していたがベルは礼を言う。

「あ、ありがとう、まだいける」


ベルはキールとバルタザールがコッキーを見つめる視線に気づいた、彼らは恐れるような強く警戒する目と表情をしていた。

コッキーが前に出ると彼らは僅かに後ろに引いた。


「バルログ、あの青い服の小娘を抑えろ」


バルタザールの威圧的な冷たい声が命じた。

小さな力が頭上に集まると、黒い棒状のやりがコッキーに向かって奔る、それをコッキーは回避して避けた。


「コウモリですか?ネズミ人間ですか?汚いのですよ!!」

コッキーは空のバルログを敵意に満ちた目で睨み挑発した。


『ヒネリツブシテヤロウ』


更に瘴気の散弾がコッキーに降り注ぐ。



「我々も仕切りなおしですかぁ?」


ベルはバルタザールをなんとか潰せないか機会を伺っていたが、キールはそれを察していた。

横のオスカーを見ると彼の周囲は多数の骸骨に囲まれている、ジンバーの輸送隊を襲撃した時には骸骨達は身を呈して主人を守っていた。

キールもベルに合わせてオスカーを護るだろう、だがキールを僅かでも無力化できれば一気に逆転を狙える。



その時バルタザールが突然ベルに向かって踏み込んでくる、キールの顔が驚きに変わった、それがベルの混乱を助長する。

何をしようとしているのかまったく理解できない、ベルの思考が一瞬止まった、そして魔術道具の存在を思い出す。


バルタザールの手に鈍い金属の輝きが見えていた、その直後にベルの全身を凄まじい衝撃が襲った、意識が薄れ視界が激しく回転する、そして全身が石畳に叩きつけられていた。


(何が起きたんだ?)


意識が混濁するがなんとか起き上がろうとした、体が痺れて思い通りに動かない、それでもキールとバルタザールの姿を捕らえた。

その時体の芯が熱くなり全身が震えた、背骨の底で熱いドロドロとした何かが動き始めている。


(なんだこれ)


誰かが自分の名前を呼んでいる様な気がした。

意識がはっきりとしないが、何かが体と意識の奥底で蠢きだしている。


幽界の門が見えた、その彼方から何かがこちらを覗いていた、熱く焼けるような黄金の獣の目がベルを見つめている。


こっちにくるな!!とベルは拒絶する、でも何かがそれを渇望している。

さきほどルディに叩かれたところが熱い、そこで何かが出口を求めて蠢いている。


また名前を呼ぶ声が遠くから聞こえる。


背骨の底の熱い何かが更に膨れ上がっていく、そしてあの獣の目を望んでいるのは自分自身だとふとひらめいた。


その瞬間だった解き放たれた解放感に全身が包みこまれた、急に体が楽になり意識が晴れ渡り頭の回転が戻ってきた。


さっそくしっぽを左右にふってみた、そしてくるりと先を曲げる、ベルの顔が喜びにほころんだ、しっぽは柔らかな毛並みに包まれて膝下までのびている、細くて長くて素敵な僕のしっぽ。

修道女服の中で窮屈そうだが柔らかい布地に包まれて気持ち良い。


「あれ?」


しっぽに疑問を感じない、生まれた時から有る様に自然に受け止めている自分に疑問を感じたのだ、どこかでもう一人の自分が警告を発していた、意識をしっかりと保てと。

幽界の門から覗く獣の気配が大きくなった、何かがベルの幽界の門をくぐり抜けようとしていた。


「まあいいや、メンドクサイ」


ベルの体に凄まじい量の精霊力が流れこもうとしていた、しっぽの付け根から奔流のように力が押し寄せる、周囲を観察すると半壊したドラゴンを切り刻むルディが見えた、こちらを気にしながら戦っているようだ。

視界から死角がなくなり真後ろの風景がとてもよく見える、夜の闇も昼間と変わらず見通せた。

だが肝心な事がよくわからなくなっていた、僕はだれだっけ?


自分の中で誰かが必死に叫んでいた、目を覚ませと叫んでいる。


コッキーも三人の敵も空を飛ぶ化け物もこちらを見ていた、彼らが何かを叫んだ様な気がする、言葉は理解しているはずなのに、それが頭に入ってこない。


「ベル!!どうした?」


切迫した若い男の声が聞こえる、そうか自分の名はベルだっけ?

そう思ったが全てが激しい戦意にゆっくりと塗り潰ぶされていく。








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