エルニアの悪童女
旧テレーゼ王国のラーゼ子爵領、そこはテレーゼ王国時代アラティア王国との玄関口の要衝だった、混乱の坩堝と化したテレーゼの北東の端に位置しているが今の所は安定している。
そのラーゼ子爵領の中心都市ラーゼに一行がたどり着いたのは、かなり日も傾きはじめた頃合いだった。
「まずは宿を借りましょう、私が何時も使うところで良いですか?ロバを預けられるのですよ」
ラーゼに詳しいアゼルが主導権を握る。
「なるほどな」
「まかせた」
アゼルが二人を案内したのは、中央広場にほど近いそこそこ上等な『ガゼルの宿』と言う名の鹿の看板が掛かった宿だった。
アゼルはこの宿の主人と顔見知りらしい。
「おお、あんたか久しぶりじゃあないか、今回はお仲間がいるのかい?」
「ええ、私の手伝いの者達です」
「そうか、あんたら食事はここの一階でも食べられるからな、部屋はすべて二階にある」
アゼルはさっそくカウンターで二部屋取った。
「二部屋とりましたよ、これは貴女の部屋の鍵です」
鍵をベルに手渡そうとしたが。
「えっ?アゼル気を使いすぎだよ?」
「何を言っているのですか!?貴女は男とは別の部屋です!!」
宿の部屋は平凡だが手入れが行き届き何よりも清潔だった、ベルはこの宿を気に入った。
荷物を部屋に置いてきたベルが男部屋のドアを開け顔を出す。
「ねえルディさっそく町を見物しよう」
「どうぞお二人で町を見物して来てください、私は精霊通信で近況を伝えます、その後は知人の所を周りますので」
「この町に知り合がいたんだね」
「アウデンリートで魔術の私塾を開いていた先生が引退してこの町にいるのですよ」
アゼルはどこか懐かしむように語った。
「お二人ともくれぐれも騒動を起こさないように頼みますよ」
「アゼルよ俺が付いているから心配するな」
ルディはポンポンとベルの肩を叩いた、ベルはそのルディを呆れ顔で睨みつけた。
「ルディってトラブルがあると真っ先に飛び込んでいくタイプでしょ?」
「ええ世間ズレしたベルサーレ嬢の方が騒動を起こさないと思いますよ?」
「ほんとそうだよね」
「二人共俺を猪武者扱いするのか?」
「でも貴女もルディの勢いに巻き込まれてそのまま付いて行くタイプでしょ?」
「えーはやく街に行こうよ?」
ベルは自分に延焼してきたのでルディの袖を引っぱり始めた、その仕草はどこか幼く見えた。
「殿下は自分用の背嚢を買って来てくださいね」
「しかし金が無くてな」
ベルが肘でルディの脇を突付いた。
「ルディ手を出して」
「んっ?」
ルディが何気なく右手を出すと、その手の甲にベルが手を重ねてきたのだ、ルディは驚いたが手の甲に金属的な冷たさを感じた、彼女がゆっくりと手を離すとそこに帝国金貨が一枚乗っていた。
「はいお小遣い」
ベルは慈母の様に穏やかな優しげな微笑を浮かべていた、だがその瞳には碌でもないイタズラを思いついた悪童女だった頃のベルと同じ揺らめきがあった。
(これはいかんな、俺も纏まった金を作らないと)
ルディは手の甲の上の金貨を真上に跳ね上げ右手でキャッチした。
「ありがとう感謝する」
「僕をもっと頼ってもいいんだよ?」
「絶対に稼ぐぞ!!」
ルディは小さく呟いた。
「ルディなに?」
そこでアゼルは咳払いをした。
「殿下、ある程度は私も出しますので、必要な物なら私にも相談してください」
「すまんなアゼル」
「あとですね、グリンプフィエルの猟犬の尾を隠す方法を考えてください、見る目の有る者が見ればあれが何か理解できる可能性があります、ここを出る前に貴女の荷物をこの部屋に入れてください、私が出る時に部屋に魔術的な防御を施しますから」
「うんわかった」
「ここの市場が閉まるのは5時ぐらいです、必要な物は明日買い足せば良いので慌てる必要はありませんよ」
「わかった、じゃあ行ってくる」
さっそく二人は宿から街に出る、人通りも多く街の繁栄が伺える、ラーゼの町はかなり大きな街で城壁で市街地が完全に取り囲まれていた。
王国時代には城外にも市街地が広がっていたらしいが今はそれは無い、メインストリートと広場を取り囲む様に商店が集まっている、大きな穀物商や肉屋などの食料品店が目立つが、雑貨屋や武器屋なども軒を並べている。
そして城壁に沿って各種工房が立ち並び煙が立ち昇っていた、パン焼き竈と鍛冶屋は城壁内に設けるように法令で定められているのだ。
町を囲む城壁の北東部に城壁と一体化する形で領主の城が守りを固めていた、テレーゼ王国時代にアラティアへの備えとして築かれた城と城壁は分不相応に巨大だ。
「ところでコステロはこの町にいると思う?」
「奴の商隊の方が遥かに速度が早かった、ここを通過して先に進んでいるのではないか?」
「この時間だと先に進んでいそうだね、正直あまり関わり合いになりたくない」
「同感だ」
「さて最初に武器屋に行きたいな」
「作らせるなら武器屋だが、すぐ見つけたいなら中古の武器屋の方が良いぞ?」
「鞘だけ見つかるの?」
「ベルの剣はグラディウスだ、ロムレス帝国時代の軍用剣で大量生産されたものでな、今でもその当時の規格のまま作られている、だから鞘に互換性があるのだ」
剣はオーダーメイド品や国や領主がそれぞれの規格で量産させた物が多いので鞘に互換性などまず無いのだ。
中古の武器屋は直ぐに見つかった、奪略品や盗品を含めて新品並に中古市場は大きい、店の名前も『エドナの山賊』と物騒だ、店の店員もあまり柄が良さそうには見えない。
「これはグラディウスだな?作りは悪くねえ、それはお嬢ちゃんの剣かい?まあやたらでかい剣振り回したがる馬鹿よりよほど目の付けどころはいいな、がはは」
だが見かけによらず人の良さそうな店主だった。
「鞘だけある?」
「有るぞ、その剣を使う奴は少ないが居ないわけじゃないからよ、鞘だけ浮いているのが倉庫で腐っているから売ってやるよ」
店主の指示を受けた店の下働きが倉庫からグラディウスの鞘を店頭に運んできた。
その鞘は骨董品の様に古びた物で、装飾もどこかの遺跡から出てきたかのような時代遅れの物だった、埃をかぶっており年季を感じさせる。
「古いが十分使えるぞ?お値段は15アルビィンだよ」
ベルは一目でその古びた鞘が気に入った、鞘のデザインが古い神話絵巻に出てくる重装歩兵軍団の軍旗の記章に似ていたからだ。
「わかったそれを買うよ」
「お嬢ちゃん気に入ったか?」
「うんデザインが神話絵巻みたい」
店主の顔が僅かに驚いたのをルディは見逃さなかった。
「ベルそれでいいのか?」
「手入れをすれば使える、作っていたんじゃあ時間がかかりすぎるよ」
ベルが愛剣が鞘に合うかいろいろ試していると。
「ベル、あそこにあるダガーをどう思う?」
「なに!?あれか?」
ルディが指さした棚にはダガーが適当に積まれ山になっていたが、その中の黒ずんだ一本に妙に気を引かれた。
「おじさん、あのダガーの山のその黒いダガーも買うよ」
「これか?こんなものが気に入ったのか?お値段は一本7アルビィン、全部同じ値段だぞ?」
「全部でお値段は22アルビィンだ」
ベルは帝国金貨1枚を払う。
「おいおい帝国金貨かよ?まってくれ」
カウンターにある丸い穴の空いた木の板に金貨はめ込む、直径と厚みを確認し、天秤で重さを図り始めたのだ。
直径、厚み、重さが会わない場合は贋金となる。
「本物だな、お釣りは78アルビィンだ」
ベルは釣り銭として大銀貨3枚に小銀貨3枚と大銅貨3枚を受け取った。
「毎度ありー、また来てくれよ嬢ちゃん兄ちゃん」
「またね」
二人は『エドナの山賊』を後にした。
二人が出ていったあと店主は独り言を溢した。
「あの二人は良いところの生まれだな」
この言葉は二人には聞こえない。
「なんだろうな、このダガーがなぜか気になったのだが」
ルディは黒ずんだダガーを弄びながら観察する。
「僕も気になった、帰ったらアゼルに相談しよう」
「うむ特に変わった処もないが」
「次はルディの背嚢を買おう」
「さっき前を通った武器屋に売っていたぞ」
二人は道を引き返し武器屋に向かった。