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白いエリザ

 ジンバー商会の会頭エイベルは執務室の豪華な椅子に深く腰かけ目をつむり何か思いに浸っていた。

そして目を開くと執事長のフリッツを見上げる。

「兄貴は切れ者だったが人を育てるのは下手だった、お前もそうだが皆んな親父が育てた連中ばかりだ」

内心の思いを思わず吐き出してしまったかのように口を開く。


執事長は会頭が言っている育てるのが下手とはオーバンの事だと察した、会頭はジンバー商会を一代で築き上げた偉大な父と兄に思いを馳せていたのだろう。

会頭の父は裏社会の実力者だったが、人望のある男で彼に恩義を感じている者は少なくなかった。

その父の右腕として支えていたのがエイベルの兄だった、冷酷非情で酷薄な男だったが残忍ではなかった、優れた参謀として父を支えジンバー商会をハイネ有数の大商会に、ハイネの裏世界の頂点に押し上げたのだ。


その兄も父の後をついで10年程で死んでしまった。

エイベルの父も兄もそれほど年をとっていたわけではない、やはり二人共早すぎた死だった。

執事長も二人に想いをはせてため息をつく。


「オーバンは見つからなかったのだな、やはり死んでいるのか、オーバンを人質に要求するどころか、ソムニを焼くなどと脅迫状を送りつけるぐらいだ」

「彼らが犯人とは限らないですな、喧嘩で殺され知らぬ場所に埋められているかもしれませんよ」

「なんだと!」

だがその可能性もエイベルは否定しきれなかった、酔って馴染みの酒場を出たところを目撃されたのが最後の姿だった、あの夜オーバンは間違いなく酔っていた。

「そう思い込むのも危険だぞ、使用人風の女とあの青いワンピースの小娘と(イサカ)いを起こしていたのはたしかだ」

執事長もその意見を否定しない、もっとたしかな確証が欲しかった。


エイベルは机の上に広げた四人の肖像画を眺めた。

「フリッツ、だがやっかいな問題が持ち上がったな、かなり異常な話だぞ」

「今はこれ以上説明しようがありません、我々では手が負えない、コステロ商会と研究所そして『魔道士の塔』の預かりになるでしょう、いずれ我々が捕らえた魔術師の引き渡し要請が来ると思います、その前に我々で尋問を行う必要がありますが」


「なあ、奴らは何者だ?この青い小娘は何者なのだ、人工の狂戦士とか聖霊拳の使い手の密偵どころの話ではないぞ?」

「ですがこの小娘だけは素性がはっきりしています、彼女はリネインの孤児院の育ちですが、生まれはリネインに戸籍のあるれっきとした住民、彼女の背景を徹底的に洗わせます、これが我々がすべき事で我々にしかできない」

エイベルは死んだような目をした少女の肖像画を手にとる。

「コッキー=フローテンだったな、うちの運び屋をやっていたのだろ?」

「聖霊教会の孤児特権を使った運び屋でした、彼女の調査は我々で進めます、コステロ商会はエスタニア全土に手を広げる巨大な蛸ですが、小さなエビを捕えるのは苦手、テレーゼのこのあたりでは我々のほうが動きやすい」

「そうしてくれ」


エイベルは書類を積み上げた山の中を探り一枚の報告書を取り出した。

「研究所がいろいろあちこちに頭を突っ込んでいるらしいな、リネインやゲーラやエルニアに調査員を送り込んでいる」

「そのようですな」

フリッツは調査部からのその報告書をエイベルに渡した事を思い出す、研究所とはセザール=バシュレ記念魔術研究所の事だ、彼らは魔術関連の事件や調査の専門家で本職の密偵では無いので動きがまるわかりだった。


「エルニアに何の用だと思う?」

「さだかではありませんが最近あそこで政変が起きています、それと関係があるかもしれません」

「あのルディガー公子の反乱事件か、たしか失敗して公子は死んだとされていたな、まあ密偵を送り込む可能性のある隣国ではあるが、ハイネ通商同盟が結成されたばかりでもある」


「会頭、調査部はあの四人の監視と追跡に、コッキー=フローテンの調査はローワンの班に専念させます」

「ああ、それでいい、オーバンの件は捕らえたあの魔術師から聞き出す」

「かしこまりました、では私はそろそろ」


それを火切にフリッツが執務室から退室しようとしたところに若い執事が執務室にあわててやってきた。


「なんだ?」

それをフリッツが胡乱(ウロン)な目で睨みつけた。

「執事長、コステロ商会からの急ぎの伝言板です」

彼は伝言板を受け取りエイベルに手渡した、それを開いたエイベルの顔が変わった。

フリッツは若い執事に目配せする、それは下がれと言う意味だ、彼は慌てて部屋から退去した。

そしてエイベルから伝言板を受け取る、今度はそれを読んだフリッツが驚愕する番だった。

すぐに石版の文字を布で拭き消す。


「真紅の淑女様が新市街の聖霊教会で奴らと交戦したと?奴らがセナ村に現れなかった理由がこれですな、会頭」

「信じられぬが引き別けたらしい…詳細は明日の会議で報告があるそうだが」

エイベルは真紅の淑女を怖れていた、あの怪物が戦って決着がつかなかったと言うのだ。


「ならば、奴らはまだそこにいるのか?だがこちらからどうこうできる相手ではないぞ!」

エイベルが執務机を叩くと思わず立ち上がった。


「では会頭、真紅の淑女様かキールに支援を頼みますか?」

エイベルの顔が引きつる、真紅の淑女の機嫌を損なうのを怖れたのだ、そして研究所にも借りを作りたくはない。


「だがコステロ商会を通じて頼むしかあるまい、やはり研究所にも援護をたのもう、ここには大量のソムニの樹脂があるのだ!フリッツ手配を」









アゼルは小さな石作りの独房の様な部屋の中に収監されていた、愛用のローブは没収され簡素な囚人服を着せられた。

部屋は鉄格子で半分に仕切られ、半分は尋問人の為の部屋になっていた、牢には簡素なベッドと粗末な椅子があるだけだ、部屋に窓はなく天井付近に換気と採光の用の横に細長い窓があるだけだ。

扉の外はすぐ建物の外らしい。


収監されてすぐに尋問が始まったが、尋問者が三人と書記が一人、後ろの壁際に年齢不詳な若い大男と女性が立ち並んでいた、この二人は場に相応しくない身支度だったのでアゼルはその二人に興味を惹かれた。

尋問人達はアゼルにオーバンと言う男について執拗に聞いて来た、だがジンバー商会の会頭の甥が行方不明になっている事などアゼルは今まで知らなかった。

執拗に聞いてくる上に尋問人が苛立ち始めたのでアゼルはついに口を開いた。


「私はそのような男などしりませんよ」

男はアゼルが突然黙秘を破った事で驚いた、さらに厳しく追求されるが知らない事は答えようがなかった。


更に四人の肖像画を取り出しそれぞれとの関係をたずねてくる、アゼルは黙秘をするよりもあらかじめ決められた偽りの身分を語った方が得策と判断した、自分がエルニアのリエカのファルクラム商会の魔術顧問である事など尋問官の質問に次々に答えていく。

尋問人が書記の持つ書類を確認していた、アゼルはハイネ警備隊の調書と比較しているのではと推理した。


そしてコッキーに関して執拗に質問攻めにあう、アゼルはそれに不審を感じたがあらかじめ決めた通りに答えるしかない。


(妙にコッキーに関してしつこいですね、神の器の事を知っているのでしょうか、もしや風の精霊亭のエミル?)


一通りの尋問が終わると彼らは部屋の中に見張りを一人残して引き上げて行く、扉が開かれた時に外側にも見張りがいる事がわかった。

尋問もこれで終わったわけではない、これから尋問は本格化するだろう、聞き取りを元に裏を取るなり次の質問が練られる、最悪の場合に拷問もありえる。


手枷は外されていたが足に鉄球付きの足かせがはめられ自由は効かない、そして魔術道具の拘束具がアゼルの精霊力と思考力を奪いとっている。


「恐ろしく効率が悪くなりますが触媒が無くても術は使えない事もないですが、この道具はやっかいですね」

粗末な一切れのパンを齧るとベッドに横になった、世の犯罪者と比べればかなりまともな待遇だろう、この独房は魔術師専用の独房ではないかと推理した。

アゼルは体を休めようと目を閉じる。


するとしばらくすると小さな物音が聞こえてきた、アゼルはその物音で微睡みから目を覚ました、


(もしや殿下達?)


『ウキッ!』


その鳴き声に聞き覚えがある、その鳴き声はあのエリザの鳴き声だ。


(なっ!?)


上を見ると窓から小さな白い猿が顔をのぞかせている、彼女はそのままアゼルの独房に入ってきた。

慌てて見張りをみると彼は迂闊にも眠っていた。


「なぜ貴方がここにいるのですか?」


セナ村の攻防が始まる直前から姿を消していたが、なぜかここに姿を現した、どうやってセナ村からここまでやって来たのだろうか?

そしてアゼルはエリザが小さな革袋を持っている事に驚く。

差し出された革袋を受け取ると中身を調べた、中には鉄製の鍵と小さな魔法陣が描かれたメダルが二枚入っている。


アゼルはそのメダルが何かすぐにわかった、それは魔術拘束具の鍵にあたるもの、鉄の鍵はおそらく足鎖の鍵だろう。

何か信じられない物を見るようにエリザを見つめる。


「エリザベスあなたは…」


エリザは今度は牢の鉄格子の隙間を抜けて、居眠りをしている見張りのところまで駆け寄った、壁にかけてあった鍵を抜き取るとアゼルのところに戻ってくる。

アゼルはエリザから手渡された手の中の鍵をしばらく唖然としたまま見守っていた。


だが我に返るとまず手の中の鍵から試す事にした、その鍵はやはり牢の鍵だった。


次に足かせを試したが見事に外れる、そして魔術拘束具を試した、金属製のメダルを定められた窪みにはめると拘束具が解除される、突然意識がはっきりとし精霊力が戻り始めた。


そして牢獄の建材を調べる、魔術師専用の独房ならば特殊な建材を使っているかもしれない、僅かな精霊力を壁や床に流して感触を探る。


周辺の物質は均一なつなぎ目のない精霊力を吸収遮断する物質でできていた、アゼルはこれには驚いた、

表面を石積みの建築に見せかけていただけだった。

この様子では扉も普通でないだろう。


アゼルはこの建物自体が一種の魔術道具に近い物ではないかと推理する、生半可な魔術攻撃を受けても吸収分散してしまうだろう、とはいえ無限に耐えられるわけでは無いだろうが。


(この牢が建物の地下に無いわけですね、建物を作る時にあらかじめ地下に設置する必要があります)


アゼルはハイネの製鉄所にあった石炭を加工する炉を思い出していた、森林破壊を憂いたアマリアが石炭を製鉄に利用できるようにと作った偉大なる遺産。

この牢から大型の魔術道具で伝説を残したアマリアを連想したのだ、アマリアの弟子だったとされるセザールがこの街にいるならば、この種の大型の魔術道具を今も作成する匠が残っているのかもしれない。


「せめて触媒があれば…」


居眠りをしている監視を出し抜いて外に出る事ができても、ジンバー商会から脱出する事は困難だ。

アゼルは足かせと拘束具を形だけ元に戻し鍵とメダルは懐に隠した、だが時間が立つほどこの好機は失われて行く、殿下達の救援が早いことを祈るしかなかった。


するとあっと言う間にエリザは壁を駆け上がり牢の窓から外に出ていってしまった。


「エリザベス?」


アゼルは牢の監視人がもぞもぞと起き出すのに気づいた、男は独り言をこぼした。


「しまった!俺とした事が寝てしまうとは!」





ジンバー商会特別区画の管理棟の屋根の上で調査部の男が周囲を監視していた、ここからならば商会を囲む塀の外側も監視する事ができる。


その男の背後から黒い影が静かに迫りつつあった、その影は気配を殺し音もなく迫る、その影の中に淡い黄金の光が二つ不気味に輝いている。


その影が男に覆いかぶさり男の意識を刈り取る。








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