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エルマの復活

 アゼルは幾つかの魔術道具で拘束され目隠しされてそのまま馬車に押し込められた、先程まで子供たちの泣き叫ぶ声が聞こえていたが睡眠魔術の詠唱とともに静かになる、術から敵に風魔術の使い手がいるようだ。

アゼルを拘束した者たちは始終無言でかなり訓練されている事がうかがえる、更に馬車に二人ほど乗り込んでくると馬車は慌ただしく動き出す。


彼らはかなり急いでいるようにアゼルには思えた。


目隠しされる理由を考えたが尋問の前に自分に情報を与えたくないのではないかと思う。


そして馬車の中で激しく揺られながら、アゼルは拘束具の性質を考察していた、身につけさせられた魔術道具は周辺の精霊力を吸収する種類の物だろう、僅かな脱力感からそれを察した。


他の道具は精神や知性に干渉する魔術道具だろうと考察する、術式の構築を妨害する拘束具が実在する事は知っていたがとてつもなく高価な道具だ。


(さて子供達は無事でしょうか?)

おそらく別の馬車で運ばれているのだろう、だが周囲にいる者たちにたずねるつもりはない。


そしてアゼルはこの戦いに不審な物を感じていた、自分たちがジンバーの輸送隊を襲撃した犯人とは言え、敵の攻撃が大げさすぎると感じていた、そのうえ聖霊教会にいるはずの殿下とベル嬢が帰ってこなかった。


コッキーを阻む実力者がいたか、聖霊教会も大規模な攻撃を受けていて救援が間に合わなかったかのいずれかと判断する。

いずれにしろ彼らの動きを止めるには数よりも質の高い戦力が必要になる。


(ソムニの実を焼く予告が逆鱗に触れましたかね?しかし我々の居場所が割れるのがはやすぎました、殿下やベル嬢の尾行は簡単ではないですからね、我々をよく知る者が敵の内部にいるのか)


アゼルは何か重要な事を見落として居るような気がしていたが思い出せない。

その時馬車が大きく揺れた、向かいに座っていた男がアゼルにぶつかっ来た、そして触媒の反応臭が鼻を突く。


その男が神経質そうな声を上げる。


「危ないじゃないか!」


その声に聞き覚えがあるような気がするが思い出せない、せめて顔を観ることができればと思う。

だが触媒の臭いから魔術師だろう、ふとある事を思いついた。


「貴方はもしや『風の精霊亭』の店主の方ではありませんか?」

「え、わかるのか?」

どうやら『風の精霊亭』の店主エミルに間違い無いようだ、声の主はまさしくその彼だった。


(我々と面識のある人物がいましたね、彼はジンバーやコステロ商会と関係がありました、コッキーのトランペットを手に入れたのは彼の店でした)

あの錆びた金属の固まりがトランペットに変化した時の事を思いだしだ、そしてまた重要な事をついに思い出す。


(ピッポ一味の事を忘れていました!彼らはコッキーに殿下の剣を盗ませコッキーを軟禁しトランペットの力も知っている、今日彼女から神の器を奪ったのも彼らの可能性が高い、彼らは以前から我々を見張っていました、彼らがジンバー商会と手を組んだ、ないしは情報を提供しているなら、動きの速さも納得できます)


アゼルの推理は真実から遠からず近からずだ。


「失礼、考え事をしていましたエミルさん」

何も見えないがエミルが名前を言い当てられて慌てている様子が伺えた。


(もし三人を幽界帰りと認識しているなら、この大規模な攻撃の説明がつきますね、しかし殿下達の身に何かが起きた可能性があります、尋問が始まればわかるでしょうが)

殿下とベルとコッキーが心配だが、アゼルは今は冷静にならなければと心に決めて体力の温存に務める事にした、ふと空腹を感じ夕食がまだだった事を思い出す。


いつのまにか馬車の音が変わっている、整備された石畳の道を走る音だ。

アゼルは頭の中に地図を描く、ハイネの南門から南に伸びる大街道に馬車がいると推理した。

さすがに新市街の聖霊教会の側を通るつもりは無いのだろう。


尋問されるということは情報を得る好機でも在る、そして殿下とベルの動きは疾いと確信していた、ただし無事ならば。











ハイネ城の水濠に城壁の上の篝火が明かりを落としていた、それを旧市街の北に広がる丘陵の中腹から見下ろす事ができる、夜の闇はいよいよ深くなり逢魔が時の薄紅の色も夜空からは既に消えていた。


その丘の中腹の森の中で小さな焚き火の明かりが一つ灯っていた、その焚き火の灯が真紅のドレスの令嬢を赤々と照らし出す、だが激しい戦いを経てきたはずの彼女の姿に乱れは無い。

彼女がそこにいるだけで夜の虫の声も絶え、空気が人には耐え難い威圧感に押しつぶされる。


彼女の青白い手が掲げ持つ白い陶器の壺の口から陽炎が立ち昇っていた。


「その灰から本当に元に戻るの?ドロシー」

そう尋ねたのはエルマより少し幼い夜目にも美しい少年だった。

「いちどこうしなければエルマはもとにもどれない」


「それでどうするの?」

「ここらへんでいい」

ドロシーが壺の中の灰をすべて焚き火の側の草地にいきなりこぼしてしまう。

「えっ!?」

ヨハンが小さな叫び声を上げた。


「ヨハンよくみておく」

そう一言うといきなり自分の左腕の袖を大きくまくる。

そして鋭い犬歯で腕の皮膚を大きく切り裂いた、ヨハンの目が驚きでみひらかれた、彼女は腕を灰の山の上に掲げる、だが彼女の腕からは血の一滴も流れず傷がふさがっていく。


「ふん!」


ドロシーが力むと傷口から鮮血が霧の様に吹き出した、その血がエルマの灰の上に降りかかる。

血がふりかかった瞬間、何かが小さく弾けるような音と共に灰の山が薄紅色の煙を吹き出し始める。


その煙りの底で何か白い固まりが生まれ成長している。

「なんなのこれ!?」

その白い固まりは凄まじい速度で成長していく、その固まりは艶めかしい色と艶でどこまでも白かった、それはやがて人の形をなしはじめた。

「ヨハンむこうをむく!」

ドロシーの叱責にヨハンは慌ててハイネ城市の方角を向いた。


しばらくすると草むらの上に全裸の少女が横たわっていた、その美しい少女は死んだように眠っている、彼女はまさしくエルマだった。


「エルマふっかつした」


ドロシーは焚き火の側に用意してあった大きなタオルをエルマにかけてやった。

「ヨハンもういい」

ヨハンが向き直って驚きの声を上げる。


「すげー…すごいエルマ姉さまが復活した」


「わたしたちのつよさはふめつせい、たおされてもたおされてもよみがえる」

「灰にしないと元に戻らないってどう言う意味なの?」

「ほろぼされずかたちだけかえられると、いちどほろぼさないとふっかつできない、えいえんにキノコのまま」

ヨハンの顔が恐怖に歪み、死んだように眠るエルマをじっと見つめていた。


「キノコになったエルマを焼くから驚いたけど、そう言う事だったんだ、キノコがぷるぷるしてた」

「そう、はいになればくらいところでじかんをかければしぜんにもどる、いそぐのでわたしのちをつかった」

「自然に戻るの?どのくらいで元に戻るの」

「すうねんかかる、しょうきがつよければもっとはやい」


ヨハンは呆れた様に頭を横に振った。

「その蛇みたいな女の子きけんだね」

「あれはゆうかいのかみがみのけんぞく、ほかにもいるはず、ヨハンをつれていかなくてせいかい」

「エルマは良かったのドロシー?」

「エルマもはやすぎた、まだまだ」


ドロシーがいきなり魔術を行使すると火が消えて森は暗闇に閉ざされた。


夜の闇よりも濃い暗黒の力が周囲にあふれた。


「おやしきにもどる」


その闇の中からドロシーのささやきが伝わってきた、小さな声が耳元でささやくように明瞭に聞こえる、そして当たりを圧していた気配が失せると現実が甦る、あとには焚き火の跡が残るだけだった。

ささやかな虫の合唱が聞こえてくる。











アゼルは馬車の中から聞こえる音から、ハイネの旧市街に入った事を知った、城門の警備隊とのやりとりからそれがわかったのだ。

この馬車は閉門後の特別通行許可を得ていたようだ。

魔術で音を遮断すべきだとアゼルは内心で敵の配慮の無さを嗤った、それとともにそれに感謝した。

だが中の音が外に漏れない工夫をしている可能性に思い至る、アゼルが部屋に防護魔術をしかける時はそうしていたからだ、外の音が聞こえないのは中にいる者にとっても不都合なのだ。


(これはジンバー商会に向かうのでしょうか?むしろ別の場所ではやっかいですね)


城門を抜けるとその後はすぐだった、馬車が止まり再び門が開く音が聞こえると馬車は静かに何処かに入っていく、アゼルは時間的にハイネ旧市街の工業地区の何処かだと推理した。


(ジンバー商会の可能性が高い、それならば良いのですが…)


馬車が止まり扉が開かれる音がする。


「この男を特別室に移動させろ」

何者かの指示でアゼルは馬車から引きずり降ろされた、両側から屈強な男に拘束されどこかに連れていかれる、周囲には二人の魔術師の気配もあった。


その厳戒体制にアゼルは苦笑するしかなかった。










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