赤髭団の怒り
「フリッツ、中には魔術師と子供しかいなかったと言うのですかぁ?」
キールは呆れた様な憐れむ様な皮肉な笑いを浮かべ、フリッツの苦い横顔を眺めていた。
「子供は先日奪われた子供達だった、輸送隊を襲ったのが奴らだと確証を得たがオーバンはここにはいない、おまけに商人風の男と使用人の娘もいない」
フリッツは怒りを押し殺すように佇んでいた、周囲には困惑した部下達が集まり次の命令をまっていた。
「まずいですねぇ、例の娘が助けを求める為に脱出した可能性がますます高くなりました」
キールが顎に手をやった。
「他に拠点があるのか、ならばオーバンはそこに?まさか聖霊教会にいるのか?見張りからはその報告はなかったが」
フリッツは考えを巡らせていた、周囲の者たちはそれを邪魔しない様に見守るだけだ。
キールはフリッツがはたしてオーバンを本気で救出する気があるのか疑問だった。
会頭のエイベルは今も先代の兄を崇拝していた、その忘れ形見のオーバンを甘やかし組織に害を与えても好きにさせていたのだ、口では叱るがそれ以上の事はしてこなかった。
(このさい奴を消すつもりじゃないですかねぇ?いやすでに殺されている可能性もありますよ、まったく交渉しようとしてこないですからねえ)
キールは心のなかでつぶやく、彼は真実に近づいていた、だが真犯人からはほど遠かった。
「フリッツさん戻りました」
そこに個性的な二人の男女が司令部に入ってきた、キールは彼らが捕虜がでた場合の尋問に立ち会う予定になっていた事を思い出す。
キールはこの女に見覚えがある、名前は忘れたがたしかジンバー商会の特別班の女だ、もうひとりの子供じみた大男は初めてだ。
子供じみた大男とは矛盾しているが、大柄でそのくせ童顔な為にそんな印象を強く受けたからだ。
フリッツが顔を上げて二人に命じた。
「捕虜の魔術師がもうすぐここにくるので確認してくれ、本格的な尋問は戻ってからだが、それにも立ち会ってもらうぞ」
フリッツはどうやら方針を決めたようだ。
「ここは見張りだけ残して速やかに引き上げる」
司令部にいるフリッツの側近達が具体的な指示を伝令に伝えはじめた、あらかじめ状況毎にすべき事が決められていたのだろう。
まるで軍隊の様な動きだとキールは感心した。
そこに数人のジンバーの護衛と三人の魔術師に囲まれた長身の痩せた若い男が連行されてきた。
ローブのフードがはねのけられて男の顔が良く見える。
キールがその男に抱いた印象は、造作は良いが覇気にかける目立たない印象の薄い男の様にしか感じられなかった、あの激しい魔術戦を戦った男とは思えず拍子抜けしたのだ、あの無個性な肖像画が意外に真実に近い事に驚いた。
「この男ですか?」
思わずキールは呟いてしまった。
「フリッツさんこの男に必要な処置を施しましたが、一時的なもので専用の設備のある場所に早くうつしてください」
アゼルを連行してきた魔術師の中にいたエミルが口を開く、これでこの男が危険な上位魔術師だと改めて思い直す、それだけ厳重な管理が要求されると言う事だ。
フリッツが魔術師を上から下まで見渡した後で口を開く。
「さて君がアゼル=ティンカーだな」
警備隊の調書や宿屋の帳簿から調べ済みの名前だ、それにアゼルは何も答えずに口を閉ざしたままだ。
「まあ良いここで話を聞く気はない連れて行け、エミルは残れ!」
アゼルはそのまま連行されて行った。
「ラミラ奴で間違いないか?」
フリッツの問いかけでラミラはジムに目をやる。
「今の男で間違いないかい?」
「俺は奴を近くで見てないっす、でも奴だとおもいます、背の高さや体形が同じですから」
キールはこのやり取りであの肖像画の出どころを理解した、あたらためてこの大きな少年を見る、年齢不詳だが思ったより若いと看破した。
フリッツは今度はエミルに問いかける。
「エミル、奴はお前の店に顔を出していたはずだな?」
エミルはフリッツの問いかけに怯えた様に一瞬体を震わせる。
「一度見ただけですが、たぶん彼だと思います」
彼らに関する事になると異常に怯えるエミルにキールの不審は募る、何かを隠しているか何か弱みを握られているか脅されてるのではと疑いが深まっていく。
そこに別の配下の男がやって来た。
「めぼしい物は全て回収しました!魔術道具の分類も終わりました」
「何かあったか?」
「精霊伝言板などの魔術道具が幾つかと、あとは書籍と触媒だけだそうです」
フリッツはあからさまに落胆したが突然顔を上げる。
「精霊伝言板は商会に運びすぐに使える様にしろ!商会の魔術師にかならず伝えておけ」
その部下が慌てて司令部から飛び出して行く。
「なるほどねぇ、入信からいろいろわかるかもしれませんね」
キールはそれに感心した、外国の密偵の疑いが彼らにかかっていた事を思い出したのだ。
「そういう事だキール」
「あと子供はどうした?」
今度は側近に問いかける。
「すでに眠らせて移送準備も終わっています」
「わかった引き上げるぞ、いそげ!」
慌ただしく伝令が散っていった。
そこに死霊術士のヨーナス=オスカーが戻ってきた、セザール=バシュレ記念魔術研究所のサポートとして派遣されていた彼が戦いが終わり戻ってきたのだ。
「ヨーナス君ごくろう!」
オスカーはキールの言葉に少しむかついた様な顔をした。
「キールさんは出番がなかったですね、ははは」
今度はキールの顔が不快そうに歪む。
「オスカーかご苦労だったな」
フリッツが若い死靈術士をねぎらう、彼の果たした役割は小さくはない。
「フリッツさんとんだ空振りでしたね」
作戦はほぼ失敗したのにもかかわらず彼の陽気な態度は変わらない。
「俺は視察をしてくるだがすぐに戻る、お前たちは移動の準備を進めろ」
部下たちに指示を出してからキールとラミラとオスカーを指名した。
「お前たちは俺と来てくれ」
ラミラが何事かと疑問を浮かべるが、それはキールも同様だった。
「俺もですか?」
相変わらず軽薄そうな声でオスカーが聞き返した。
「君もだ!」
彼らはフリッツに続いて屋敷の西側の方角に森の中を足早に進んだ、ジムは一緒に行って良いのか悩んでいたが着いてきた。
なかなか図太い男の様だ。
屋敷の前の畑が広がる場所に出ると、畑の真ん中にかろうじて人の集まりが見えた、その真中に大きな何かがあった。
そして馬鹿の様な笑い声が聞こえてきた。
それにラミラを除いた全員が『なんだあれは?』と行った顔を浮かべる、ラミラは発狂者が出たことまではフリッツに報告していなかった、死者7名とだけ報告していた。
その周囲を数人の男達が囲んでいるが声も無く佇んでいる、その異様な光景にフリッツを初め全員が異常事態が起きたと理解した。
だが今宵は新月なので星光以外に明かりがなくよく見えなかった。
「『道征く「やめろ!!」」
魔術の詠唱を初めかけたオスカーをフリッツが止めさせた。
「フリッツさん小型の照明道具を使いますか?」
暗闇の中から聞こえてきたのは落ち着いた若い男の声だ。
「ん?お前は調査部の…やってくれ」
すぐに魔術道具の照明があたりを照らし出す、光源が小さいためそれほど明るくはない。
だがこれで異様な状況がかなり見えてきた。
「余計な者はとうざけたていたか?」
「排除しております、誰も近づけさせていません」
「それで良い」
そこには高さ三メートルほどの太い木が立っていた、頭を切り落とした様な立木だ、だが全体がいろいろな植物に覆われていて木の種類は不明。
近くに大きな茂みがある、これもいろいろな植物が固まった様な茂みで意味不明だ、そして何より異様なのは巨大なキノコが三本生えている事だった。
そして薄明かりの中に赤髭団の無法者らしき男達が十人程、そしてジンバー商会の者らしき男が五人いてこれらを遠巻きに囲んでいた、魔術道具で周囲を照らしているのはそのジンバーの特別班の若い男だった。
「報告で聞くのと見るのとではやはり違うな、しかし大きい」
おもわず本心がフリッツの口から漏れた。
「何だよこれは!?」
オスカーの声は彼らしくもなく震えている。
「ヨーナス君はまだ聞いていませんでしたねぇ、あの青いワンピースの娘がやらかしたようです」
「おいフリッツ、あんたはこうなる事を知っていたのか?」
それは赤髭団の首領のブルーノの声だ、この男から激しい怒りが感じられる。
「まさか、こちらも驚いている」
「おい?あんたは魔術師だな!?元に戻せるのか」
ブルーノは魔術師の姿をみとめると、オスカーに詰め寄り毛むくじゃらの太い腕でオスカーの胸ぐらをつかみ上げる、だがオスカーも巨漢のため魔術師が締め上げられてる様にはとても見えない。
「オスカーいったいこれは何だ?元に戻す方法はあるのか?」
フリッツもオスカーに尋ねた。
「手を離せよおっさん!!話せないだろ?」
「てめえ!!」
キールは見かねて音もなくブルーノに近寄ると彼の肩を掴む。
「てめえ何しやがる!!いてて!!お前はまさか!?」
「私はキールです」
ブルーノも聖霊拳のキールの名を知っているのか顔色が青ざめている。
「ヨーナス君、この場にいる者に説明してくれませんか?」
ブルーノも呆けた様になっていた赤髭団のメンバーもキールの言葉に我に帰ったようにオスカーに視線を集める。
「時間が無いので簡潔に説明するよ、結論はまったくわからない、人であれ物であれ形を変えて再構成する魔術などない、だから戻す方法もわからないな」
「なんだと!?」
ブルーノがこれに激昂した。
「これは奇跡か失われた古代の魔術かそんなところだとしか言えない」
その場を深い沈黙が覆う。
その沈黙を破るように馬鹿の様な笑い声が一際高くなる。
「うるせいぞ!!]
ブルーノがその気が触れた若い男を蹴り飛ばすと静かになった。
その間もキールは興味深げにキノコを観察していた、するとキノコの傘や幹に亀裂が幾筋も走っている。
「皆さん、キノコが崩れかけていますねぇ」
「なんだ、さっきまでなかったぞ!!」
赤髭団の男達や調査部の男達が口々に叫ぶ。
そこに駄馬に牽かれた荷馬車がやってくる。
「フリッツさん、これは触媒や依代を運んできた馬車じゃないですか」
「そうだオスカーこれを回収する為に呼び寄せた、城門を越えられるのはこいつだけだからな」
「だがキノコは焼かねばならん」
フリッツが断を下す。
「なんだと?俺の手下だぞ!!」
「これを焼くなんて、研究所に運ぶべきだよもったいないぜ、その青いワンピースの娘の正体を調べるのに必要だろ?」
オスカーの発言が赤髭団の男達の怒りを更に煽る。
「キノコは崩れ初めている」
「破片でもかまいませんよフリッツさん」
「ならば破片を回収したまえオスカー君」
フリッツは辺りを睥睨するようににらみつける、若い頃から会頭の父や兄の時代から無法者を纏め上げてきた男だった、中途半端なチンピラが逆らえる男ではない。
「いずれにしろ他の者の目に晒す事はできない、運べない物は焼くぞ、いそいで馬車に積み込め!!」
フリッツは動かない赤髭団の面々を睨み据える。
「もう元には戻らない、お前たちも積み込むのを手伝えこれは命令だ、あと死んだ者の数だけ赤髭団に慰労金を出す」
赤髭団の面々はまだ怒りを現していたが、慰労金の話で態度が変わり初めた。
「それにいつあの小娘が戻ってくるかもしれんぞ?いそぐんだ!」
その言葉が赤髭団を最後に動かした、慌てて彼らは馬車にその奇怪なオブジェを積み込み始める。
キールは心の中で呟いた。
(これは外国の密偵などと言う話どころではないのでは?)
フリッツを見たが古くからの付き合いのジンバー商会の纏め役の男の内心は伺えなかった。
そしてどれほど時間がたったのだろうか、誰もいなくなった屋敷の前で得体の知れない何かが赤々と燃え上がっていた。