表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/650

アゼル降伏

 セナ村の屋敷がゆっくりと揺れ動き不気味に鳴動している、聞き慣れない腹の底に響く様な音が鳴り響き地震とも雷鳴とも似つかない轟音を上げていた。


防護結界の振動が音になって内部に響いているとアゼルは推察していた、だがアゼルもこんな音を聞くのは初めてだ、こんな音の事は書物にも書かれていない。


アゼルの小部屋に集められている子供達は部屋の真ん中に集まり怯えて声も出ない。

それを見ながらもアゼルにしてやれる事は無かった。


測時機を見ながらアゼルは悩んでいた、コッキーが屋敷を脱出してから時間がかかりすぎている、今の彼女の足なら十分程で聖霊教会に着くだろう。

殿下やベルならばもっと早く救援にかけつける事ができる、だが今だに助けは来ない、アゼルは徐々に焦りはじめていた。


(何かあったのでしょうか?今のコッキーをどうにかできる者は少ない、もしや聖霊教会が襲われている?いやもともと聖霊教会が襲われると言う話でしたが)


再び大きな鳴動とともに結界が大きく揺らめいた、虹色のオーロラの光がゆらめいて鎧戸の隙間から光が部屋に差し込む。


「結界を補強してきます」

そう告げるとアゼルは再び部屋から出た。


「最後の結界が破壊されたら降伏ですね、このままでは子供達が巻き込まれる、さてどう降伏しますか魔術で呼びかけますか」

アゼルは独り言をつぶやいた。


ふと孤児と引き換えに殿下を危険に晒すべきでは無かったのでは、その考えがまた頭をよぎる、自分だけなら単独で脱出できる見込みがあった、しかしルディガーならば子供達を見捨てる事を良しとしないだろうと思い返した。

それに今の彼は自由人に近い自分もまたそれを良しとはしなかった。


「この場はまず生き残りましょう、殿下達がここにいない事を知らないのであれば、時間稼ぎができるかもしれません」


最後の迷いを振り払ったアゼルは妙に落ち着いていた、居間を見渡してアゼルはもう一度エリザベスの名を呼ぶ、だがあの白い小さな猿は姿を現さない、安全な場所に隠れているのだろうかと思ったが探している余裕は今は無かった。


アゼルの周囲に力が集まると魔術師のローブから触媒の反応煙が吹き出す、防護結界の術式に更に追加の精霊力を供給するとやがて防護結界が再び安定しはじめる。


そこに巨大な力が防護結界に干渉してきた、防護結界がまた大きく揺らぎ光を発した、今までに無い大きな振動が屋敷を襲う、居間の窓から見える虹の様な光が、複数種の攻撃魔術を防護結界が中和した輝きだと知らせてくれる。


小部屋の中から子供達の悲鳴が聞こえてきた。


アゼルはついに片膝を床に立てた、精霊力の消耗が激しく体のバランスを崩してしまったのだ。


さらにそこに巨大な力が防護結界にぶつかった、防護結界が激しく明滅すると一際輝き結界が崩壊した、アゼルは窓から防護結界に激突し崩壊していく不浄の黒竜の姿を見た。


「ここまでですか、殿下達の状況がわからないのが心配ですが」


アゼルは最後の魔術を行使する決意をした。










屋敷を護る結界がオーロラのような輝きに包まれる、その度にキールの顔がその光に照らしだされた。

司令部に留められたエミルはその獰猛な恐ろしい横顔が闇の中から浮かび上がる度に身が縮む思いをしていたのだ。

「エミル君、なかなか壊れませんね?」


それにエミルは震え上がった、エミルの責任ではないが、目の前の初老の紳士にその理屈が通じない様な気がしたからだ。

それは彼の思い込みだがエミルはキールをそれだけ恐れていた。


「キールさん、ですがだいぶ不安定化しています、そろそろかと」

「まさか、内側にまだ結界があるとか無いでしょうね?」

「もう大きな魔術結界は無いと思いますが」


「で、オーバン君は中にいるのですか?フリッツ」

急に話を振られたフリッツは伝令との会話を中断しキールに向き直る、彼はシンバー商会執事長を勤めているがこの現場を仕切る責任者だった。


「落とせばわかるさキール、それにオーバンの件は理由の一つに過ぎない、奴らには煮え湯を飲まされたからな」


そのとき青い光の玉が夜空に立ち昇っていく。

「あれは?」

「同時攻撃の合図だ」

キールの疑問にフリッツが答える。


屋敷の周囲の闇の中から色とりどりの輝きが生まれる、それらが屋敷に向かって防護結界に阻まれて結界が一際強く輝いた、それとともに凄まじい轟音が耳をつんざく。

だがまだ結界は生き残っている。


「しぶといですねぇ」

「上位魔術師が2~3日かけて念入りに構築したものです」


エミルの言葉にはどこか自慢げな響きが有った、敵とは言え同じ魔術師として魔術の凄さを誇りたかったのかもしれない。

キールはそれを察してエミルを睨みつけた。


「フリッツさん、竜が結界にぶつかります、もうすぐ結界が崩壊します」

竜は自らの体の一部を犠牲にして結界を相殺しはじめた、その巨体が崩れて力に変わり結界を侵食しながら姿を変えて行く。


「安心するのは早い、中に化け物がいると言う事を忘れるな!」


フリッツが勝ったかの様に気が緩んでいる司令部にいる者たちを叱咤した、フリッツは赤髭団を襲った惨状を知っているので、ここからが本番だと気を引き締めていた。


キールがエミルに獰猛な笑みを浮かべながら、下からなぶるような口調で話しかける。

「エミル君いよいよ君が活躍する時がきましたねぇ、汚名挽回、いや名誉挽回の良いチャンスですねぇ?」

防護結界攻略の時点で温存されていた魔術師の一人がエミルなのだ、彼はアドバイザーとして本部に置かれていたが、彼にもいよいよ働く時がやってきたようだ。


「エミル君なんですその顔は?私も戦わきゃならないんですよぉ?年寄りを酷使しすぎですねぇ」

エミルは聖霊教会のメンヤの礼拝堂の前でベルに術を見破られ締め上げられた事が心の傷になっていたのだ。


最後に結界が一際強く輝くと急に光が消え失せた、後には夜の闇と静寂が戻り森の中の攻撃部隊の出す音と叫び声が替わりに聞こえはじめる。


「美しい、ロウソクが消える前の輝きでしたねぇ」


結界崩壊の余韻に浸るようにキールがうそぶいた。


「よし攻撃用意、合図とともに屋敷に突入するぞ!」


フリッツが命令を出すと伝令が散って行く。


その時、本部にいた全ての者、いやこの屋敷の周囲にいた全ての者達の耳に言葉が響いた、多くの者が驚き声の主を探して自分の周囲を見渡している。

この声が何か理解できたのは魔術師と魔術に造詣の深い者達だけだった。


「なぜだ?」

フリッツは唖然としてつぶやいた。









「いよいよ結界が壊れるよジム」

「ラミラさんわかるんですか?」

「感、魔術は全然使えないけど感は鋭いのよ、この仕事には有利かな」


二人は司令部にほど近い森の中で戦いを観戦していた、彼らの仕事は戦いが終わった後から始まる、ラミラが言うには彼女にもそこそこ戦う力は在るらしい、だがジンバー商会は彼女を戦いに投入して消耗させる気は無い。

ジムはジンバー商会の輸送隊を襲った者たちを直接目撃した事のある者として、青いワンピースの少女を目撃した者として温存されていた。

それゆえジンバーの特別班に臨時に組み入れられたわけだが。


「ジム、前にでないで」

「頼まれても出たくないっすよ?力には自信がありますが、あいつらはむりっす」


その時青い光の玉が天に昇っていった。

「あれは?」


屋敷の周囲から色とりどりの輝きが生まれ、屋敷に向かい吸い込まれる様に防護結界に阻まれた、そして結界が一際強く輝き轟音が鳴り響く。

その後にまだ僅かに防護結界が淡く輝いていたがそれが消えていく。


「壊れましたかラミラさん?」

「まだ残っているよ、光は攻撃を受けた時にしか見えないのよ、普通は感覚の鋭い者にしか見えないはずだけど、今日は誰でも見えるようね」


最後の攻撃が始まろうとしていた、黒い大きな竜が結界に迫る、竜の体が結界にぶつかり再び光を放った、そして竜の体がまた崩壊していった。


「やっと終わりますね」

「ここからだよ?中にアイツラがいる」

ジムは思い出した様に苦笑いを浮かべる。


「そうっすよね、大丈夫ですかね?ラミラさん」

「わからない、私達は見守るだけだから、私達が忙しくなるのは始まる前と終わった後なのよ」


彼らの前をいよいよ伝令が活発に行き交いはじめる。


あたりが突然昼間のように輝いた、周囲の森が色を取り戻す、だがそれは一瞬の事でたちまち夜の闇が戻った。

ジムがその幻想的な美しさに感嘆のため息をついた。


「結界が消えた、準備しろ!!」

遠くから怒号が聞こえてきた。


「オーバンさんを生きたまま取り戻す気があるんすかね?」

ジムは周囲を見てから声をひそめてラミラにそう話しかける。


ラミラがそれに何か答えようとした時の事だ。


頭の中に声が聞こえてきた、まるで水の中で話すような距離感のつかめないくごもった声だ、その声は若い男の声だった、その声は遠くから聞こえる様な、それでいて耳元で囁かれた様にも聞こえる。


『私はアゼルと言う者です、降伏いたします抵抗はしません、交渉人をこちらに送ってください』


ジムは驚いて声の主を探して周囲を見渡してしまった、ラミラもたまたま通りがかった伝令も皆同じ様に驚いた顔を貼り付け周囲を見回している。


状況の急変に理解が追いつかない。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ