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獣の微睡

 ルディガーは内心焦った、セナ村の屋敷にはアゼルと子供達しかいないはずだ、コッキーをあえて伝令に走らせたという事は、コッキーがいても対応できる敵では無いと言う事だ。


ベルの調べでは赤髭団がサビーナを誘拐する為に聖霊教会を襲うはずだった、ならばなぜセナ村の屋敷が襲われたのだろうか、我々を襲うならすべてこちらに投入すべきた、どうにも敵の意図が見えない。

もしやアゼルとコッキーを捉えて人質にする積りなのかと推察した。


幸いな事にあの屋敷は村の中心から離れた森の側にあるが、それでもセナ村の村民が巻き込まれる恐れもある、それも気になる。


「たしかにお前たちが俺たちの抑えに当たるのはわかるが」


ルディの独り言を聞いたドロシーは何も言わずに小首を傾げた。


サビーナ誘拐とはなんだったのだろうか?


しかし真紅のドレスの女の動きが先程から鈍い、先程までの苦しく成るほどの圧力が消えたその理由もわからない、そして聖霊教会の前に立ったままのもうひとりが気になる、礼拝堂の前に白いドレスの少女の姿が見えるがこちらも動きが無い。

いや側に誰かが倒れている、それは修道女服の女性で髪の色からサビーナに違いなかった。


「サビーナ殿!!」


ルディはサビーナに向かって呼びかける、それでベルもサビーナに気がついた。


「お前何をした!?」

ベルはエルマに向かって叫ぶ、その叫びには怒りと殺意が込められている。

その白いドレスの少女が顔を横に振ったような気がした。


「ベル、サビーナ殿をたのむ」

「わかった!!」

ベルが礼拝堂に向かおうとしたその時の事だった。



「せいしんはうつろい、きょむのときがおわる」

ドロシーが言葉を発した、たどたどしい言葉使いは変わらない、だが彼女の言葉ははっきりと耳と心に届く。

礼拝堂に向かおうとしたベルもその異変を感じ足を止め真紅の怪物に向き直った。


ルディには彼女の言葉の意味がわからない、こいつはいったい何を言っているのだ?


全身の毛穴が逆立つような寒気を感じる、そして先程まで感じていた圧迫されるような威圧感が戻ってきた。


周囲の闇がふたたび濃くなる、そしてまた世界から音が消えた。


「エルマちいさいこのあいてをしなさい」


その声は低くて決して大声を上げた訳ではないのに、どこまでもよく通り遠くまで伝わる、彼女の声は音だけでは無いとルディは理解した。


先ほどから状況についてこれなかったコッキーも自分のまわりを見渡して小さい子が自分を指していると悟ると顔が怒に染まる。


「コッキー落ちている武器を持て!!それで身を守るんだ」

ルディはコッキーに指示を出す、その口調は切迫していた、コッキーも素早く捕縛人の残した武器に飛びつき拾った、だが。


「なんです!?これ!!」

コッキーは武器を取り上げてから武器を眺めて顔を不快そうに歪め顔を逸した。

「とりあえず我慢してくれ、もうしわけないが」


その間にもエルマがとことことこちらに向かって歩いてくる。

「ベルさんあの子は誰です?」

「吸血鬼の仲魔だよ気をつけて」

「えっ、お化けじゃないですか!?まだあの光が戻ってきて無いのですよ」

「光?コッキーとにかく力で体を強化して、慣れるしか無いけど」



ドロシーは歩いてやってくるエルマが気に食わない様だ。

「エルマいそぎあしで」

「ドロシー勝手なんだから!!」

エルマが小走りに向かってくる、それをコッキーは怯えた目で見ている、武器を持つ手が僅かに震えていた。

人形の様な精緻な美貌の少女はボロボロの上等な白いドレスに身を包み、誰が施したのかうっすらとした化粧を施されていた、コッキーよりも2~3歳年下に見える。


コッキーも美少女だがエルマと比べるとぽっちりとした唇が肉感的で色気を感じさせる、そしてはるかに生活臭にまみれている、慌てて飛び出してきたのか青いワンピースの上に白いエプロンを付けたままだった、そして化粧気がまったくない。

彼女の顔色は血の気が引き青白く白いドレスの少女とどこかにかよっていた。


ルディとベルの意識は威圧感を強めて行く真紅の化け物に引き寄せられて行く。

コッキーが気になるがまずは目の前の化け物をなんとかしなければならない、おまけに小鬼が五匹も追加されていた。


エルマが近づくほどコッキーの顔が怯えから当惑に、当惑から怒りに、怒りから憎しみに変わっていく。

だがルディとベルはその変化を見逃していた、二人の意識は既に圧力を強める真紅の化け物に集中していたからだ。


「こびとたちよすけだちするからしごとをしなさい」

『血塗れ姫様のご助力とは過分なる栄誉でございます、ギッヒヒ』


黒い小鬼の一匹が急にもったいぶった口調で語り、ドロシーにカテイシーを戯画化したしたような礼をしてから馬鹿の様に笑った、生き残りの小鬼達も囃すように笑う。

コッキーの乱入で意気を殺がれていた捕縛人達が再び戦意を高め始めた。


ベルが背中合わせのルディに早口でささやく。

「僕の左手側に一緒に翔んでコッキーからもっと離れる、その後で高く上に飛び跳ねて、合図は僕に合わせて」

ルディはベルが何をするつもりかわからなかった、だが彼女の戦闘センスを信用していたのでそれに乗る。

「承知した」


「よし!!」

ベルの合図でコッキーから離れるように二人は飛び跳ねる、こんどはルディが思いっきり真上に高く跳ねた、ベルは左手で鞭の輪をつかみ右手で鞭の半ばを掴んで長さを調整し、その瞬間ベルの精霊力が爆発的膨れ上がった、ベルを中心に凄まじい速度でグリンプフィエルの鞭を旋回させる。


ルディが上に飛び跳ねたせいで小鬼達の注意が上に逸らされ反応が遅れた、旋回する鞭の攻撃で二匹の小鬼が両断されたのだ。

だが残りの三匹はその攻撃を回避する、一匹はルディにつられ上に跳び、一匹は見事に見切って地面に伏し、残りは運良く射程範囲の外にいたようだ。


それを上からみとったルディの全身に怖気が奔る、目の前に真紅の色彩の洪水が溢れ出す、その渦の中心に青白い壮絶な美貌と宝石の様に輝き(ヌメ)る双眸がこちらを射抜く。


「ベル!!」

すかさずベルに頭上から警告し真紅の色彩の洪水の真ん中に魔剣を叩き込む、だがそれは金属がぶつかり合う激しい音と共に防がれた。

その音はルディの『無銘の魔剣』をドロシーが卑猥な捕縛人の得物で受け止めた音だった。


「これを受け止められるのか?」

金属すら切り裂く『無銘の魔剣』の斬撃がふざけた得物に受け止められたのだから驚く。


「このじゅつをつかったりゆう、つかいどころがむずかしい」

ドロシーは無表情の中で僅かに微笑んでいた、ルディにはしだいにドロシーの事がわかり始めていた、この笑みは人ならば最高にうざいドヤ顔に違いないと。

ベルは視界から真紅の怪物の姿が消えた事に驚き、全力でその場から横跳ねに移動してから素早く上を見ていた。


そのベルの目の前にルディとドロシーは地に舞い降りる、そしてドロシーはもう片方の手に落ちていた捕縛人の得物を素早く掴む。


『なんと、四人が倒されるとは!!我ら七人の捕縛人、魔界開闢(カイビャク)以来の不始末ナリ!!』

小鬼の叫びから嘲りの響きは消えていた。

目の前で両断された小鬼達が溶けて地面に消えていく。


ドロシーが動いた片手で得物を振り回しルディに殴りかかる、捕縛用の得物だが鈍器として揮う、ルディはその重い一撃を剣で受けて耐えた、だがそのまま二メートル程足を引きずりながら押しのけられる。

ルディは両腕で剣を握り締めその衝撃に耐えていた。


その時ベルから精霊力が高まる、ルディもドロシーも僅かに意識が彼女に逸れる。


ベルはグリンプフィエルの鞭を輪にして掴み右手でグラディウスを構えていた。

そしてグラディウスを振るって小鬼の一匹に攻撃をしかけた、それを安々と得物で受け止められた瞬間、グリンプフィエルの鞭の輪を小鬼の頭からかぶせると子鬼の顔が驚きに変わった、その瞬間ふたたび力を爆発させる、ベルは歯を食いしばり叫びを上げながら鞭の輪ごと体を捻り小鬼を旋回させて振り切った

、重い鞭をそう扱うだけでも凄まじい力だ。

なにか鈍い嫌な音とともに小鬼の体がバラバラになり地面に叩きつけられる。

それは精霊変性物質の輪で小鬼の体が引き裂かれた音だった。

そこに生き残りの捕縛人が襲いかかろうと動く。


ベルが顔を上げると彼女の瞳は黄金の輝きで満たされていた。


それに小鬼達が驚くがその僅かな空きで十分だ。

そして思いきりよくグラディウスを投げ捨てる、それも功をそうした、武器を投げ捨てるとは普通は思わない。

だがグラディウスは上等な作りだが普通の剣なのだ。

ベルはグリンプフィエルの鞭をたぐる、その空きを見逃す捕縛人達ではなかった。


気を取り直した小鬼達は挟み撃ちにすべく位置を占めベルに連携し襲いかかる、ベルは鞭の輪を左肩にかけ長さを短くした鞭を右手で持っていた。

鞭が右側の小鬼の得物に巻き付いた、小鬼はそれを見て会心の笑みを浮かべる、そして左から襲いかかった小鬼は機会と見てベルにその得物を打ち込んだ、だがその打撃は鞭の輪で受け止められた事に気づいて驚く。


その瞬間また精霊力が爆発した、ベルが旋回すると鞭が巻き付いた得物を敵の手からもぎ取り吹き飛ばし、そのまま加速しながら左側の小鬼の首を吹き飛ばしてのけた。

そして唖然とした表情をした最後の一匹にそのまま斜め上から鞭を叩き込む、鞭を受け止めるべき得物は手から失われている、高速の重い鞭が最後の小鬼の体を斜めに両断した。


その間もルディは常識外のドロシーの打撃の連打に晒されていたが、反撃にでる機会を見つけらずに防戦一方となっていた、だが彼は焦らない。

いかなる時も反撃の機会を耐えて伺う、その機会にすべてをかけるために力を温存する、それがルディガーの戦いの哲学だった。


「ごくろうさま」

ドロシーが呟いた、ルディが何事かと驚き見渡すといつの間にか小鬼達の姿が消えていた。

目の前の規格外の強敵に必死で余裕が無くなっていたらしい、ベルが小鬼達をすべて始末した様だ。

そしてドロシーはルディと力比べをしている状況でふたたび詠唱する。


「『砂塵の冥王塵に還りしラバトの宣告』」


ルディは反射的に全力で横に回避した、だがドロシーはまったく見当違いの方向に向かって術を放っていたのだ。


「いかん!!」


その方向には小鬼達を倒したばかりのベルがいる。

ベルが再び顔を上げこちらを向いた、その目は黄金の光で溢れ彼女の貌からは人の理性を感じることができなかった、それは獣じみていた。

「ベルどうした!?」

だがルディにはその貌に見覚えがあった、神隠しの旅の途中で獣と化したベルの貌そのままだったから。


その直後に空間を歪ませて力の波動がベルに向かって奔る、その強大な瘴気の力場がベルを押し潰すと見えた瞬間ベルは上に翔んでいた、教会の尖塔より高く飛び上がり、術式の発動により渦巻く黒い瘴気の球体の嵐を高々と飛び越えていた。


そして軽々と両手両足で着地する。


「力を使いすぎた…」

ベルの精霊力が静まり安定していく、顔を上げた彼女の瞳は理性を取り戻しつつあった。


「ざんねん、しょうたいをあらわすとおもったのに」

ドロシーは打撃をルディに打ち込みながらささやく、小さな声のはずだがそれはルディの耳によく届いた。








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