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ティグリカの法廷の七人の捕縛人

 「かおがあかい」

真紅の化け物がそう呟いた、彼女の顔から感情を読み取る事はむずかしい、だが不思議な揶揄(ヤユ)するかのような微笑みを浮かべている、それもよほど注意しなければ気がつかないようなささやかな微笑。


「うるさい!!」

ベルはそれについ感情的に反応してしまう、そして慌ててルディを見た。

彼の顔は『大丈夫か?』と問いかけていた、それも気まずい様な当惑した顔でベルを気遣っている。


「大丈夫だよ」


そう答えるしかなかった、そして少しだけ目をそらした。


ベルサーレ=デラ=クエスタは二年前にエルニア公国の中央部から追放された、もっとも大人しく追放されていたわけではない、バーレムの森にかくれ、公都アウデンリートや港街エリカを見物、ボルトの街で柄の悪い大人達を相手にしていたおかげで、良家の令嬢に相応しくない余計な知識をたっぷり吸収して成長する。

大道芸人の田舎劇、インチキ商品の看板、いかがわしいショーの広告を眺めるのがベルの密かな楽しみになっていた。

クエスタ家の純情なお転婆令嬢はすでにこの世にいない。


「ベル集中しろ!!」

そのルディガーの警告で我にかえる、物思いが断ち切られ、目の前の小さな怪物たちに対応しなければと気をとりなおした。


ふと先程までドロシーから感じていた圧倒的な威圧感が消えている事に気づく、大きな術式を行使したからだろうか?

ベルの顔が訝しげな表情に変わる、ドロシーの美貌すらどこかくすんでしまった様に見える。


森の中から獣の遠吠えが夜の虫の歌が聞こえてくる、先程までまったくその音が絶えていた事に改めて気がついたのだ、夢うつつから冷めて現実がその姿を現したそんな奇妙な感覚に捕われた。

だが真紅の怪物と黒い小鬼は夢ではなく確かに目の前にいる。


改めて見ると小鬼は頭の大きな不格好な小さな子供ほどの背丈で、物語にでてくる小人に良く似ていた。

その小鬼は鉱夫の様な奇妙な衣装に身を包み半ズボンを履いていた、その目には青白い鬼火の様な光が灯っている。


その黒い小鬼の一匹がしゃべりだす。


『ティグリカの法廷からの召喚状だ、大人しく従え!』

こう耳障りな声で宣言すると、手にした巻物を開いてベルに向かって突きつけた。


これに二人は驚いた、まさか人の言葉が使えるとは思わなかったのだ。


「こいつら話せるのか?」


ルディが思わずつぶやく、ベルも驚いたがそれ以上に好奇心が刺激された。

「裁判所なの?僕が何をしたって言うんだ?」


『原告ドロシーの訴えでは、エルマをはんぶんこにしたとかかれている』

小鬼共がゲラゲラと笑った。


「じゅつしきがこくそじょうをふくむ」

ドロシーがなにかぼそぼそと呟いている、だがベルには良く聴き取れない、声がかすみ小さくて聞こえなかったのだ、小鬼達に気を取られていて聞き逃してしまった。


「ふーん、どんな罪になるの?」

ベルは更に好奇心を刺激された、だがどこか馬鹿にするような態度に変わる。


『過去の判例ではその罪!罰金百アルビィン!!帝国金貨一枚なり!!!』


「やすーい!!!」


遠くからエルマの怒りの叫びが聞こえてくる、しかしエルマの聴力恐るべき。

百アルビィンあれば庶民の一家なら半月程余裕で暮らせる金額なのでそう安くはない、だがベルの想像を絶する罪の軽さだ。


『ティグリカの法廷は生者は入れぬ、裁判の前にまずブチ殺す、それが我らの辛いお仕事!!』

また小鬼共が耳障りな声で嘲り笑った。

「なんだよそれ」

「ベルこいつらいろいろダメだな」

二人はそのティグリカの法廷やらの仕組みに呆れた。


『ティグリカの法廷は死んで入って生きて出ていく、さあ被告人は大人しく召喚に応じろ』

『お前その前に言うことがアルだろ?原告との和解の条件を言うんだ!!』

小鬼の一匹が巻物をベルに突きつけている小鬼に苦情を入れた。


「和解の条件!そんなモノあるの?ねえねえ?」

ベルの態度と口調はどこか相手を煽るようだ。


『わすれていたイッヒッヒ、原告ドロシーに被告人ベルの血をすべて与える事とある!!』


「私が被害者よ!?ドロシー!!!」

また遠くからエルマの叫び声が聞こえてきた。


「それもじゅつしきにかいた」

またドロシーがなにかぼそぼそと呟く、ベルはドロシーを睨んだ、すっかり小鬼達に気を取られドロシーの存在を忘れかけていた。


ベルはドロシーに指を突きつけた。

「それにお前は吸血鬼だな!!おとぎ話の話だと思っていたけど…」


ベルはふとドロシーの足元に違和感を感じ見入る、今宵は月もなく満点の星が光の雲の様に天を埋め尽くして輝いていた、そして旧市街を取り囲む城壁の上の篝火と僅かな街の灯と、聖霊教会の礼拝堂の尖塔の上の小さな魔術の灯にそこはわずかに照らされている。

ドロシーの下半身が闇に溶け込んでいるような、姿が朧気(オボロゲ)になっているような、奇妙な感覚に囚われていた。


「あなたたちそろそろしごとをしなさい」

ドロシーはわずかにイラツイたように声を上げる。


『和解はなしと、ならば捕縛やむなし』

巻物を持った小鬼がそれを懐に収めると、七人の捕縛人達がやっと動き始めた。


彼らの得物を見せつけられたベルはまた不愉快そうに顔を歪めた。


「風紀を乱すお前らこそ全員ギルティだ!!」

ベルは七人の小鬼たちに指を突きつけた。










「ドロシー何をやっているのかしら?」

聖霊教会の礼拝堂の前で観戦していたエルマが小首をかしげる。

「なんかしょぼくれているわね…日が悪いのに戦うんだもの…」


「エルマちゃん貴女に何があったの」

エルマに話しかけてきたのはサビーナだ、サビーナの顔色は悪く怯えがあったが強い決意を感じさせた。


「貴女まだそこにいたの?礼拝堂の中に戻りなさいな」

「ごめんなさい、でも誘拐された子供達がどうなったのか知りたいの、ここの子供たちもさらわれかけたのよ」


エルマはすこし考える様子だったが可愛い口を開く。

「みんな死んだわ、私は気に入られたから眷属になったのよ」

「死んだ…遠い国に売られたとばかり」

サビーナの顔は夜目にも青く今にも気を失いそうに思えた、足をよろめかすと石畳の上に座り込む。


「ファンニの言う通り抵抗して正解だったのね…誘拐されても生きてるならって思っていたけど…」

俯き下を見ながらサビーナは何事か呟いている、それを無感動にエルマは見下ろしていた。


「エルマちゃん誰に気に入られたの?眷属ってなに?」

「まっいいか言っちゃっても、ドロシーに気に入られたのよ、そして眷属になった、家来みたいなものね」

「なぜ貴女は気に入られたの?」


「うふふ、それは私がカワイイから!!」

キャラキャラとエルマは笑った、その口元に鋭い牙が頭を覗かせる。


サビーナは目の前の少女が危険でおぞましい存在なのではと感じ始めていた。

エルマの人間的な態度に安心しきっていたのだ、だがこうして笑うエルマからは狂気すら感じられた。


「あ、あの、なぜ子供たちは死んだのかしら?」

恐怖に震えながらもサビーナは思い切って一番知りたいことを口に登らせた。


「血を吸われたのよ、私も吸われて死んだわ、いまでは吸う方だけどね」

エルマは笑う愛らしくも無邪気に笑った、そしてすべてに興味を失ったように戦いの観戦に戻ってしまう。


「血を吸う?何を言っているのかしら…わからない…」

熱にうなされる様にうわ言をサビーナはつぶやいていた。


「ああっ…みんな…なんて事…なんて事…」

サビーナの呟きは小さくなりやがて消えた。

エルマはふとサビーナが気になり振り返る、そこには気を失ったサビーナが石畳の上に倒れ伏していた。


そして観戦に戻ろうとしてふと南の森の方向が気になる、そこには聖霊教会の墓地を囲む森が見える、だがそれはその遥か先にある。









ルディが警告する。

「ベル奴らに気を取られてあの女を忘れるなよ!!」

「わかっている」


小鬼達がベルを捉えようと群がってきた、ルディがそれを妨害すべく剣でなぎ払う、小鬼達が素早い身のこなしで蜘蛛の子をちらすように避けた。

『公務執行妨害だ!お前も逮捕だ!!いやそいつは殺してもかまわないゾ』

『それではどのみち殺すのではナイカ?』


「やれるものならやってみろ!こちらから行くぞ!!」

ルディは魔剣をふるう、三匹程の小鬼達がルディに当たるが身のこなしが素早くルディの剣をすべて躱していく。


『気をツケロ、その剣はキケン!!キケン!!あたればまっぷたつ、間抜けなエルマとおんなじに!!』

『ギッヒヒ』

『のろまのろま』

小鬼達が踊りながら囃し立てた、そのときルディが嫌な笑いを浮かべた、小鬼達はそれに疑問符を浮かべる。



ベルは得物を振りかざし包囲を狭めるように向かってくる小鬼達に苦戦していた、体が小さく動きが素早く見かけより力が強い、一匹だけなら確実に勝てる自信があるが、かれらはうまく連携していた。

そしていよいよ巨大な鞭が邪魔になってくる。

ベルの修道女服のフードが捕縛用の得物に引っ掛けられる、だがベルが力ずくで動いたため引き裂かれてしまった。


そこに一匹がベルの腰のくびれを狙うように、二股の槍の様な武器を突き出してきた、ベルが後ろに倒れる様に回転しながら回避すると、そのまま後退する、そして背後で跳ねた一匹の小鬼の足首を掴んだ。


『ギッ!?』

その動きが止まった一匹をルディの魔剣が横に両断する。

小鬼はまっぷたつにされた、だが血を吹き出す事も内蔵が飛び出す事も無い、むしろベルの方が驚き唖然として見上げている。


「まずは一匹!!」

ルディが大声で全員に聞こえるように宣言した。


黒い土塊を二つに割った様に両断された小鬼が地面に転がった、ベルもつかんでいた下半身を放り出すと、そのまま小鬼の残骸は溶け崩れて消えて行く。

ベルを追撃しようとしていた小鬼達の動きが止まった。


『殉職だ!?久しぶりじゃないカ』

『敬礼!!敬礼!!』

『奴は魔界の星になった、二階級特進で検察官だ!!』

小鬼達がまた騒ぎ立てる。


起き上がったベルはルディと背中合わせに立ち位置を整える。

「ベル包囲されるのはやっかいだこれでやろう」

ベルはそれにうなずいた。


その時の事だ、ベルは何かを感じて思わず南を見た。

「どうしたベル?」

「何かが来る」

『イヤな気配が近づいて来たナリ!』


ベルの精霊力の探知網が強い力を放つ何者かをとらえていた、距離が離れているが力を隠す気が無いのか明るく輝く星の様にその力を感じる事ができた、それは素晴らしい速度でこちらに向かってくる。


「コッキー?」

「なんだと!?…ああ俺にもわかるぞ」


それは南の墓地を囲む森から飛び出してきた、その夜目にも青いワンピースの少女はまぎれもなくコッキーだ。

その少女の瞳は黄金の光を淡く帯びていた。


「大変です!!セナ村のお屋敷が襲われています、アゼルさんがピンチです!!」

コッキーが近づきながら大声でわめく。


「何だと!!」

ルディが驚愕した。


そこにコッキーが走り込んできた、小鬼達も思わず道を開いてしまう。

「えっ!?赤髭団だけじゃないの?」

「ベルさん怖い人達がたくさん来ました、怖いお化けも来たのです、アゼルさんに救援をたのまれたのです!!」


そしてコッキーは真紅のドレスの女性と黒い小鬼達を見渡して表情が変わる。

「なんですこの人達は?」


『人間扱いとは侮辱ナリ、我らはティグリカの裁判所の七人の捕縛人なり、いや一人欠員だ!!』

『新人募集!新人募集!!応募資格はまず死んでいる事だ!!イッヒヒ』

『死なないと入れないのが難問だぞ!!ギャハハ』

小鬼共が嘲るように囃し立てる。


「なんですか!?みんなおばけじゃないですか!!」

コッキーが大きな声で叫んだ。


『ギエッ!?』

そこに小鬼の断末魔の叫びが上がった、コッキーに気を取られて空きができた一匹を、ルディが情け容赦なく断ち割りにしてのけたのだ、小鬼は綺麗に左右に生き別れて倒れふす。


「ルディ、コッキー、こいつらをなんとかしてセナ村に行こう!!」

ベルが呼びかけたが話は簡単ではない、この聖霊教会を放っておくわけにもいかないからだ。


「これで欠員は二人だ、さっさと帰って募集した方がいいぞ?」

ルディは不敵に笑って小鬼達を挑発した。








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