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セナの攻防

 セナ村の屋敷は完全に敵に押し包まれ、屋敷を守る魔術結界に絶え間なく魔術攻撃が加えられる。

孤児院の子供達はアゼルの小部屋に集められ部屋の真ん中に固まってうずくまっていた、子供たちの中でも一番落ち着いているネイトが怯えながらもアゼルを見上げた。


「アゼルさん!!だいじょうぶなの?」

「コッキーが助けを呼びに行きました」

「殿様や僕ねーちゃんを呼びにいったの?囲まれているのに?」

「だいじょうぶですよ」


これに最年長の少年シャルルが驚いた。

「みんなそんなに強かったのかよ?」

少年達はジンバーの輸送隊から救出された時は全員眠らされていたのだ、ルディ達の戦いぶりは見ていなかった。

「ちび姉ちゃん馬鹿力ですばやいだろ、きっと大人より強い」

子供達は少しだけ元気を取り戻した、その間も小部屋の窓の鎧扉の隙間から虹のように煌めく光が部屋に差し込んでいた。


「ええそうです、とても強いです安心してください」


アゼルはふと先程から小さな白い猿の姿が見えない事が気になっていた。


「エリザベスどこですか?」


普段は呼びかければ隠れている場所から出てくるはずだ。

再び大きな音が響き屋敷が揺れ動く、子供達がまた小さな悲鳴を上げて縮こまり怯える。


アゼルは背嚢から愛用の杖を取り出し握りしめる。


「私は外にでて時間稼ぎをします、君たちはここから出ないように」

そう言い残すとアゼルは居間に出た。


「エリザベス!!」


大きな声で呼びかけたが彼女が姿を見せる事は無かった。

今は戦いに専念しなくてはとアゼルは気持ちを切り替える、エリザが安全な処に隠れているなら問題はないのだから。


「彼らの狙いは私達の身柄の確保でしょう、それにしては大げさな数、魔術師がここまで大量に投入されるとは想定外でしたね、しかし敵の動きが早すぎました」


ルディ達三人はジンバー商会の陣容から反撃の規模を想定していたのだ、それを遥かに上回る物量が投入されてきたのだ。


「ソムニの実が彼らの逆鱗にふれましたか…」


アゼルは結界の強化に専念する事を決意した、反撃で敵に大打撃を与える自信はあったがしょせんはそれまでだ、敵を殺し尽くすのは無理だと悟っていた。


そしてここには子供達がいる、アゼルは時間稼ぎをしてルディ達が間に合わない場合には降伏するつもりになっていた、自分も子供達もすぐには殺されないだろうと読んでいた、下手に敵を殺すと激発した敵にこの場で殺されてしまう怖れがある。

仲間達の実力を考慮すると救出を期待した方が良いと判断したのだ。


「さて始めますか」


アゼルは詠唱を繰り返し結界の補強を始めた、屋敷がまた不気味なきしむ様な音を立て始める、結界への過負荷により内部に力が浸透している証拠だった。


巨大な竜の様な怪物が結界に取り付いて干渉している、それ以外にも幾人もの魔術師がアゼルの結界を相殺すべく攻撃を加えていた。


(あれは物語に出てくる竜のようですが、ほかにも召喚されたと思われる化け物がいます、しかしあれは死霊術の召喚術なのでしょうか?あの規模の精霊の召喚は理論的に不可能なはずです)


突然屋敷を取り囲む結界に大きな負荷がのしかかる、爆発する様に虹色の光を放ちながら結界が消え去った。

「外側の結界が崩されましたか、かなり大掛かりな術を使いましたね」


アゼルの顔にも焦燥の色が濃くなって行く。






屋敷の北側は村を取り囲む森に接していた、その森の中から戦いを観戦していたジムが思わずラミラに疑問をぶつける。


「ラミラさん何が起きているんです?あの光はなんです?あれアミラさん?」


だが彼女の反応がない、いつの間にか彼女の姿が消えていた、周囲を見渡すがやはり彼女の姿はない。

ジムの周囲は伝令が走りまわっていた、彼らは立っているだけのジムにうろんな顔をしながら通り過ぎて行く、ラミラを探しにここから動くべきか悩んでいるうちに、右手の森の奥からラミラが走りながらこちらに向かって来た。


「ラミラさんどこに行ってたんすか?」


「悪いね、屋敷からひとり飛び出して『赤髭団』がかなり殺られたんだ、そのまま逃げられた」

「気づきませんでした、誰です?」


「あんたが見たジンバー商会の用心棒を二人殺した青い服の小娘だよ、むこうは信じられない事になっていた」

「あいつですか!!こっちに来なくて助かったすね、俺はヤツと出会ったら一目散に逃げますよ、戦っても無駄死にするだけっす」

「今となっては私もそれに同感だわ…」

「でもそいつどこに逃げたんですか」

「わからないわ、誰も追いかけられなかったそうよ」


シムは背後の森をこわごわと見た、青いワンピースの少女が背後から襲ってくる嫌な予感がしたからだ、あのガラス玉の様な瞳をした娘が大剣を振りかざしながら襲ってくる幻影を見た。

「どうしたの?ジム」


「なんでもないっす、ところであの光はなんです?」

ジムが館の周囲で躍る光を指さした、まるで遥か北の大地の夜空をかざるオーロラのような光のカーテンがゆらめいていた。


「私も詳しくは知らないけど魔術結界らしいね、上位魔術師が長い時間をかけて作った結界でかなり厄介らしい、それを壊しているのさ」

「でも館の中には例の女や商人の男がいるんですよね?」

「たぶんいるはずよ」

「たぶんですか?」


「オーバンの行方不明やソムニを焼くと脅迫があってからこちらの体勢を大きく組み変えたのよ、いろいろ混乱しているわ、オービスが殺られてクランも死んだから人手もたりない」

「結界を破ればそいつらが出てくるんですよね?」

「まあそうなるわね」

「だいじょうぶですかね?」

ジムはすでにできたらここから逃げ出したい本音が丸見えの態度を現していた。


「だからキールと魔術師と無法者の数で押すのよ、増援もあるらしい、それでも心配なの?」


「説明しにくいんですよ、奴らはとても強いと言うレベルじゃなくて、常識が通用しない感じがして、それを言葉で説明しても半分は伝わらない感じなんです、説明が下手ですいません」


「そうね、私もアレを見たから貴方のいっている事がわかるわ」

「アレってなんですか?」

「今は詳しくは言えないわ」

ジムは納得しては居なかったが、ジンバー特別班の任務の性質上やむなしと察していた。


「わかました、今はそれでいいっす」




ジムとラミラが戦況を見届けている場所からそう遠くない場所が攻撃部隊の司令部になっていた。

そこから現場の総責任者のジンバー商会執事長フリッツが煌めく光に包まれた屋敷を見つめている。


「これほど派手な魔術戦を見たのは久しぶりだ」


フリッツの隣りにいたキールが司令部にいた『風の精霊亭』の店主エミルに笑顔を向ける。


「エミル君、説明してくれませんかぁ?その為に中位魔術師の君をここに置いたのです」

それにエミルは震え上がり怯える、初老の紳士たるキールの破顔は狂気すら感じさせる恐ろしい笑顔だったからだ。


「えっ、あ、あの魔術結界は上位精霊術士が時間をかけて張り巡らせたもので、複数の性質の異なる結界が相互に補完しながら護りを固めていまして」


フリッツが何か疑問を感じたようだ。

「それでは力の消費が激しいのでは?」

「長時間長持ちする結界術があるのです、部屋などに貼る防護結界の規模を大きくしたものでして、即応で使う防護魔術より遥かに効率が良いのですよ、高位の魔術師ならば時間をかけてゆっくり展開すれば可能でして、さらに魔術道具の補助もあるかもしれません」


その時の事だ突然屋敷を取り囲む結界が爆発するかの様に揺らめき消滅した。


「消えたか!?」

「あ、あの、一番外側の結界が壊れました、あと内側にもう一層ありますフリッツさん」

フリッツが呆れた様な顔をしてエミルを睨んだが、エミルは自分のせいにされた様な気がして慌てて顔を横に振った。


フリッツが側の男に指示を出した。

「中にオーバンがいる可能性が高い、内部に危害を与えないように慎重にやれと念を押してこい」

その男は伝令に指示を与えて走らせる。


「もうすぐ、あの長い髪の娘さん達と再会できると思うと子供のようにワクワクしますねぇ」

キールが楽しそうに笑った、だが彼の目の奥にはどす黒いまでの陰りがあった。


エミルはその長い髪の娘が高級使用人服の黒髪の少女を指している事がわかっていた、彼は二度と彼女に会いたいとは思わなかったが。


「だが一人逃げ出したのが気になる」

フリッツが何か思案げに言葉をもらした。


エミルは長い髪の娘達と共に精霊亭を訪れ、あの奇妙な金属の固まりに魅了された美少女を思い出していた、屋敷から逃げ出したのはその少女に違いがなかった。

組織から価値が無いと研究用に譲り受けた盗掘品のあの品を売ってしまった事はキールにも組織にも今だに秘密にしていた、大した事は無いと己に言い聞かせながらもエミルの心は落ち着かない。








ハイネの遥か東方、既に日も落ち往来が絶えたゲーラ=ハイネ街道を東に急ぐ旅人がいる、その旅人は疲れ果てていたがその体に鞭を打ち足を進めていた。


旅人の行く手の闇の彼方に街の灯が見える。


旅人は背後の闇に怯えていた、いつ闇の中から化け物が飛び出してくるのかわからない、その恐怖が足を前に進ませる。


ゲーラ城市の閉門の時間は過ぎさっていた、だが旅人はその街に向かって必死に進んで行った、早くあの光の下に辿り着きたいと。


旅人が抱えた工具箱の中で布に包まれた黄金のトランペツトが小さな音を立てていた。







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