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恐怖の饗宴

 コッキーはセナ村の屋敷の台所で夕食の準備に取り掛かっていた、ありあわせの材料で十分な栄養とささやかな楽しみをあたえてくれる孤児院仕込みの料理が得意だった、すべてリネインの孤児院で伝えられてきた伝統のレシピだ。

リネインの孤児院のやさしい修道女達を思いだす。


ふと窓の外に広がる森の奥が気になる、すでに日も落ちて駆け足で暗闇が迫る、その森の奥に何かを感じたのだ。


「………」


それは殺気と共に数多くの人の気配が迫りつつあった。



そこに慌てた様な足音が木の床を軋ませながら背後から近づいて来る、台所の入り口を見ると緊張した顔をしたアゼルが台所にとびこんで来た。


「コッキー時間がありません!!」

「はい!!アゼルさん」

アゼルは驚いたがそれを問いただす時間は無い。


「この屋敷に敵が迫っています、子供達を連れて逃げる猶予はありません、貴方には聖霊教会の殿下とベル嬢に通報をお願いします!!」


「聖霊教会が襲われるんじゃないんです?」

「理由はわかりません、向こうも襲われてる可能性がありますが、ここに向かってくる敵だけでも我々の対応力を越えています」

「でも私は聖霊教会の場所をしらないのです」

「セナ村から真っ直ぐ北に向かえば、礼拝堂は簡単に見つけられます、戦う必要はありません貴方なら包囲を抜ける事ができるでしょう」

「アゼルさんや子供達はどうなるんです?」

「ここには子供達がいるので全力で戦うつもりはありません、ですがここの状況をすぐに伝える必要があります」


その時枝がへし折られ木が倒される耳障りな音が窓の外から聞こえて来た、多くの人影と何か大きな影が森から現れようとしていた。


「まだ南側の包囲が完成していません、はやく脱出してください!!私は子供たちを一番安全な場所に移します、この屋敷には幾重にも結界を張ってあります、多少は時間稼ぎできるでしょう」


コッキーは覚悟を決めた。

「わかりましたいってきます!!火の始末お願いなのです!!」



コッキーは台所から飛び出すと、力を少しずつ解放していく、全身に力が漲りはじめた。

居間を駆け抜けて玄関から外に飛び出す、セナ村の中心が闇の底に遠く見える、そして巨大な人の形をした歪な影が立ちふさがり、数十人もの人影が徐々に前途を塞ごうとしている。


その大きな影を見た瞬間コッキーの中に怒りと嫌悪と殺意と破壊の衝動が吹き上がる、すかさずその衝動を押さえつけ包囲を抜ける事に集中する、そして力を総て解放した。


「出てきたぞ油断するな!!」

どこからか荒々しい叫び声が上がった。


コッキーはそのまま包囲の薄い場所に突入した。


「そいつを抑えろ!!」

野太い威圧感のある怒号が上がる。


武器を振りかざした醜い男達が迫ってきた、だが彼女には男達の動きが妙に遅く鈍く感じられる。

一人の男の腕を払うと鈍い衝撃とともに武器が吹き飛んで男の体がねじれる、左から来る男に飛び蹴りを食らわすと男は数メートル吹き飛とばされ畑の土にめり込んだ。


「ひいっ化け物!」


最後に及び腰になった正面の男を両手で突き飛ばすと男の体が宙をまった、これで敵の包囲に穴があき道が開けた。


「いそげヘクター!!」

慌てた若い女性の叫び声が上がった。


(このまま抜けるのです!!)


その瞬間コッキーの体の左側に重い衝撃が襲いくる、アバラ骨が軋み背骨が歪んだ、首が左側に強い力で引き倒されて体ごと宙にまっていた。


その時初めて自分に何が起きたのか理解する。

あの巨大な人形がその丸太の様な太い腕でコッキーを横に薙ぎ払ったのだ。

そのまま宙を舞い地面に落ちた、普通の人なら死んでいると思ったがまだ自分は生きていた。


霞む意識の中で思う。


ここで捕まるわけにも殺されるわけにもいかない。


(まだ死にたくない!)


意識の奥にあの光の糸が見えた、幽界の門の彼方からこちらに伸びる光の道しるべ。

今は迷いなくその光を掴んで引き寄せる。




雷鳴の様な地鳴のような力の鳴動と共にそれはやってきた。

彼女の両足に絡みつき螺旋を描きながら這い登り、尾骨でそれは融合し背骨の周りを旋回しながら一気に脳天にまで突き抜けた、全身を歓喜と快感が貫き巨大な力が行き場を求めて荒れ狂う。


コッキーは自分が自分では無くなっていく墜落するような虚脱感に襲われた、自分の意識の上にドロリとしたヌメる様な何かが覆いかぶさり埋もれていく、そして凶暴な何者かが目覚めようとしていた。


コッキーはその総てをどこか離れたところから自分自身を見下ろしているような、そんな奇妙な感覚に捕らわれていく。


異教の巫女らしき美しく艶めかしい女性の幻影を見た、巨大な女神を祀る祭壇の上で全裸に近い姿で彼女は踊る、その踊りは熱狂的にまで激しく狂気を帯びていた、やがてその肢体は人ならざる動きを現しはじめ、やがてその姿は白銀の大蛇と化した。

その姿は神々しくも邪悪で美しく古びていた、何かをなそうとしているようだが、しだいに幻影は遠ざかり消えていく。


コッキーはゆっくりと目を開く。



彼女は地面の上に横たわり上から大男に組みひしがれていた、畑の土の臭いが鼻の奥に広がる。

上を見るとその大男の顔は驚きと恐怖で歪んでいた。


まず上半身を起こす、大男の腕が肩を掴んで抑え込んでいたが、かまわず起き上がった、造船所のジャッキが重い船材を持ち上げるかのように重さを物ともさずに起き上がる。


「ひいっ」


その大男の口から怯えた様な悲鳴が漏れる。


コッキーを抑えていた男は身長が2メートル以上もありそうな筋肉の樽の様な大男だ、だがその顔は恐怖に引きつり怯えている。

その毛むくじゃらの腕をつかむ、小さな手が大男の木の幹の様な腕をつかむと指が皮膚と肉に食い込み血が吹き出した、男から苦痛のうめきと悲鳴が上がる。

コッキーはそのまま平然と立ち上がる、小柄な美少女の瞳は黄金の光に満たされ、その口は薄く引き伸ばされまるでニンマリと笑っている様に見えた。


周囲の男達の顔にも恐怖が伝染し数歩後ろに後退した。


この者共に罰をあたえねばとコッキーはなぜかそう思う、すべてを大地に還さなければ小奴らを在るべき場所に。


大男の腕に白く細い腕を縄の様にくるくると巻きつけた、常識的にそんな事ができるはずは無い、だがそんな事ができるのかと驚いたりはしない、彼女にとって手でスプーンを持つように自然で当たり前の動作なのだから。


「ひぃやあああああ!!」

大男が子供のように泣き叫んだ。


今度は腕を無造作に元に戻した、その瞬間コッキーの腕が元に戻る、逆に大男の腕がコッキーの腕にくるくると巻きついた、いやそうはならない、人の腕ではそれは不可能、凄まじい耐え難い破壊音と共に大男の腕が破壊された。

人とは思えない絶叫が上がると男は崩れ落ち意識を失った。


男の腕から血が吹き出した、そこから無数に蠢く何かが傷口から這い出ようとしている、血まみれの草木の芽が一斉に芽いて吹き出しはじめた。

それは腕から大男の全身に広がって行く。


「なっ、なんだ!?」

誰かが声を絞り出した、ほかの者たちは声も出せずにただ目を見開いたまま傍観する事しかできない。


その大男は僅かな時間で無数の植物が絡み合ったオブジェの様な姿に変わり果てていた。

男達はしばらくの間何もする事ができなかった、だが気を取り直すにつれしだいに恐怖にとらわれていく。



コッキーはとても気分が良かった、自慢の爪も牙もとても良い感じだ、ふと口の周りを舐めた。

舌も満足できる長さだ、これなら自分の目の玉もなめる事ができる。

さてまずは邪魔者を消そうあの不快な巨人を土に還すのはその後で。


そんな自分を冷静に見つめるもう一人の自分がいる、残虐な光景にも心が動かされる事は無い、何も感じる事も無くすべてを冷静に見下ろしていた。


「ひっ、ひーー」

「死にたくない!!」

三人ほどの荒くれ者達が足をよろめかせながら逃げ出す。


「お前ら奴に背中を見せるな!!」

リーダらしい男の低音の怒声が響いた。

コッキーは両腕をすこし上に大きく広げ、そして指を何かをつかむように広げる、その指の爪はもはや人の爪では無い、爪は鋭く長く尖り薄青色にほのかに光を放つ。


コッキーが動く助走なしで跳躍した。

彼女は逃げようとする無法者達を後ろから背中を爪で次々に引き裂いて行った。


「ぎゃああぁぁぁ!!」


背中を切り裂かれた男達が倒れ伏す、だがすぐにその背中の肉が盛り上がって行く、そして例え難い不気味な呻きとも悲鳴とも取れる叫び声を高らかに上げ始めた。

周りの男達が怯えてさらに数歩後ろに下がる。


そして何かが裂ける音がすると男どもの服や装備が砕け割れる、その中から不気味な緑色の巨大な肉の塊の様な物体が伸び上がり始めた。

周りの者たちはただ目を見開き恐怖に身動きがとれなかった。


それはやがて人の背ほどもある巨大なキノコに变化した、キノコは僅かにふるえながら揺らいでいる。


人の姿はそこには無い、キノコの根本に菌糸で覆われた彼らの服と装備だけ残して。



「ヘクターゴー!!」


先程の女性の叱咤が聞こえる、その声は震えながらも必死の勇気を示していた。


「よし下がるんだリズ、はなれるぞ!!」

その若い男の声にも確かな恐怖があった。


朽木の様な巨大な人形がコッキーに体当たりをくらわそうと突撃する。

その重い突撃をまともに食らった彼女はまた軽々と吹き飛ばされた、手足がありえない方向に捻れ曲がる、だが何事もないかのように立ち上がった、そこをさらに巨人が追撃を加え木の幹のような太い腕が彼女を薙ぎ払った。


そしてコッキーが消えた。


彼女が吹き飛ばされたはずの先に少女の姿がない。


「あれっ?あれっ!?うひゃあ!!いひひひぃひひ、ひひひひひひ、うひっひひひひ」

一人が調子外れの笑い声を上げ始めた、それは軽薄そうな派手な衣装の若い男だ。


「なんだあれ?」

誰かが間抜けな声を上げた。


朽木の巨人の腕にコッキーがぐるぐると巻き付いていた。

そして次の瞬間彼女の姿が元に戻る、乾いた轟音と共に巨人の腕が粉々に粉砕された。


これで残っていた荒くれ者達の勇気も砕け散る、我先にと逃げ出し始めた。


だがコッキーの瞳は逃げる三体の骸骨をとらえていた、一気に跳躍すると距離を詰め、一振りで骸骨達を粉々に吹き飛ばした、白い骨が砕けて暗闇の空に白い花吹雪の様に舞う。


「あひゃあ!?アン、エミリー、シャーロット!!もうだめこっちきたぁ」

腰を抜かして女魔術師は後ろにあとずさる、彼女の顔は恐怖に歪んでいた。


そこにコッキーの背中からヘクターが襲いかる、その片腕に派手に殴り飛ばされた、だが宙を舞いながら彼女の顔は嘲りの笑みを貼り付けたまま、そして平然と立ち上がった。


「こしが抜けた、もうだめ、キノコになるのいやぁあ」

「しょうがない!!」

若い男の緊張した声があがる。


コッキーの視界の隅で黒いローブの魔術師をおぶって逃げる男の姿が見える、冷静に見つめるもうひとりの意識が屋敷を見た、屋敷は厚く包囲され魔術結界がゆらめき光を放っていった、何か大きな怪物の影が見えた。


(目の前の人達だけ倒しても意味ないです、はやくベルさん達を呼ぶのです)


コッキーは再び疾走った、巨人の片腕をかいくぐり懐に飛び込むと、両手で凄まじい連撃を食らわせると木の皮のような表皮が飛び散った、そして巨人の皮膚から無数の木の芽が吹き出し始めた。


だがそれを見届ける事は無い、コッキーは踵を返すとその場を離脱し北に向かって疾走る、それを追う者などいなかった。


しだいにあの奔騰する異界の力が引いていった、だが幽界の門から溢れ出る力が全身を強化し人では成し得ない超常の速力を彼女に与える。


ひたすらにコッキーは北に走る。


戦いの跡に草花が青々と生茂る巨木と不気味な巨大なキノコが夕闇の中に立ち尽くしていた、それを呆然と無法者共が囲んで見つめていた、馬鹿の様に笑い続ける男の声を背景音楽にして。


誰も声を発しない、屋敷を包囲する攻撃部隊の攻防の音が聞こえてくる。






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