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魔術師のサロン

 「この行き止りがサロンとなっておりますデートリンゲン様」

テヘペロは多忙なギルドマスターに代わって執事長のボリスにギルドサロンに案内されていた。

全体的に丸いカレルと反対に執事長は縦に長く細身の壮年の男だった。


ギルドサロンは魔術師の社交場とされていた、だが変人奇人の多い魔術師で本気で社交に関心があるものは少ない、だが彼らとて世間から無縁ではいられない、象牙の塔に籠もっていられる幸福な研究者は多くはなかった。


貴族や大商人お抱えの魔術師はその技能を期待されている、恵まれた地位に関わらず研究や学習に没頭できる環境ではない、情報を手に入れる場として研究や学習の場としてギルドは重要な役割を果たしていた。


「デートリンゲンは硬いわね、シャルロッテでお願いボリス様」

テヘペロを振り返ったボリスは微笑み返した。

「はい、ではシャルロッテ様こちらに」


両開きの大きな扉が開かれると広い空間がその先に現れた、部屋は真ん中が広く解放されていて、壁際に小さなテーブルがいくつか並べられている、部屋の中央の天井に大きな魔術道具の照明がオレンジの柔らかい光を放っていた。


広いサロンの中には魔術師が15人ほどいた、窓際では数人の魔術師達が何かの議論に夢中になっている。


魔術師ギルドのサロンは論戦が始まりやすい事で知られている、だがサロンを貴重な情報交換の機会としている魔術師は論戦に加わることを良しとしていない、議論なら研究室でやれというのが彼らの意見だった。

残りの魔術師達はそれには加わらず歓談を楽しんでいる様だ。


テヘペロが入室したところで、数人程がテヘペロを見てボリスを見てから何かを察した様だ、歓談を辞めて入り口の二人を注視している。

新顔の魔術師の紹介に執事長が出てくるという事は中位以上の新しい加盟員である可能性が高い。


「皆様、ご静粛にしばし時間をお借りします」


ボリスの張りのあるよく通る声で議論に興じていた魔術師達も初めて二人に気づく、彼らもいっせに注目した。


「さてご注目を、こちらは当日付けで当ギルドに籍を置かれる事になりました、シャルロッテ=デートリンゲン様です、シャルロッテ様は火精霊術と無属性精霊術の上位魔術師でございます…」


その場の魔術師達の顔には驚きと『やはりそうか』と行った顔が浮かぶ、上位魔術師ともなると非常に希少で二十万人に一人程度しか存在しないと言われる。

テレーゼにも上位魔術師は引退したり身分を隠している者も含めても20人以下しかいなだろうと言われていた。


疑念や興味や嫉妬が込められた視線が彼女を交差する、だが一部の男達から熱が込められた視線が彼女の全身をなめる、それに刺激されたのか一人の女性魔術師から刺すような敵意が放たれ始めた。

テヘペロはそんな視線には慣れている、昔はもっと酷かったのだから。


(いやね初対面で親の仇みたいな顔しなくてもいいじゃない?貴女目から光線がでそう)


テヘペロは鼻で笑うとその女性魔術師は更に顔を歪ませる。


執事長の演説はいつまでも終わらなかった、テヘペロは社交的な笑みを貼り付けたままサロンの観察を続ける。


ふとこちらを見ているひとりの男に見覚えがあった、それは『風の精霊亭』の主人エミルだ。

彼もギルド会員なのでここにいてもおかしくは無いが、エミルのその眼には何か不安に当てられた怯えの様な奇妙な濁りがあった。


(なんだろうアイツ何かあったかな?そうか私が上位魔術士だと教えて無かったか)


テヘペロが心の中で舌をペロリと出した所で、執事長のボリスの長口上が終わった、思索にふけりボリスの口上を聞いていなかったが、今度は自分の自己紹介の番だった。


「ボリス様のご紹介にあずかりましたシャルロッテ=デートリンゲンです、生まれはテレーゼではありませんが、いろいろ故あってここで務める事になりましたの、よろしくお願いしますわ」

テヘペロは故郷の貴族の儀礼にしたがい挨拶をする、この場にいたものは彼女が上流階級に縁がある女性と理解した、そしてテレーゼ様式ではない儀礼から遠国人と受け止められたようだ。


だが何人かは何かに気づいた様な顔に変わった。


彼女にとってその儀礼を使うのは久しぶりの事だ、だが体が忘れていなかったらしい、そして家庭教師に仕込まれた儀礼以外知らない、彼女は作り上げた笑みを顔に貼り付けながら心の中で今の状況を皮肉に笑った。


そこで改めてエミルを見た、彼の目の濁りが気になったからだが、どうも先程の考察とは違うような気がしてきたのだ。


そこにテヘペロに近づこうと数人の魔術師が近寄ってくる、みんな上位魔術師の今後の身の振り方に関心があるのだろう。

中には彼女を試そうと露骨な態度をとる者もいる、それ以外の者達も近くで聞き耳を立てている。


内心で彼らを罵倒しながら無難に相手をこなしていく、それでも貴族相手より遥かに気楽な連中だった。










ハイネの魔術師ギルドの目の前の大広場に面した一角にコステロ商会の本館がある、その三階の執務室にコステロ商会の幹部たちが集まっている。

とはいえ集まった幹部はハイネにいる者達だけだ、多くの幹部はエスタニア大陸各地に散らばっていてここにはいない。

コステロファミリーはテレーゼでは干渉してくる権力も法も存在せず独立王国の様な権勢を誇っている、そしてエスタニア大陸全体にネットワークを築き犯罪と悪徳をばらまき巨大な利益を得ていた。


執務室に集まっているのは会長のエルヴィス=コステロと、一人はコステロ商会本館の支配人クレメンテ=バルディーニだ、この恰幅の良いスキンヘッドの大きな赤ん坊の様な男はハイネとその周辺地域を統括している。


さらに身辺護衛部隊のトップのリーノ=ヴァレンティノがいる、鋭利な美貌の男だが暗く陰険な印象を与える三十代半ばの男だ、エルヴィスの身近にいつもいる男だが、単なる護衛ではなく配下の無法者の組織を監視威圧する役割も果たしていた、敵を始末し裏切り者に制裁を加える実働部隊のトップだ。


さらにサンティ傭兵隊の隊長エリオット=アルバーニも参加していた、彼の傭兵隊はエルヴィスの私兵部隊の役割を担っていた、彼が率いる武装集団は兵站補給要員を含めて総勢100名程の組織で、数日間にわたり完全に自立して行動する事ができる。

ハイネにおけるコステロファミリー最強の武力集団を率いていた。


彼らには護衛任務以外にめったに仕事は無い、だがコステロファミリーの武力カードとしての役割を果たしている。

軍隊を保有している組織は諸侯かハイネ評議会ぐらいしか存在しない、小さな田舎領主や並の無法者組織に対抗するすべは無かった。

エッベに乗っ取られた盗賊団の首領がコステロ商会の名に震え上がったのは、コステロ商会が精鋭の私設軍隊を保有していたからだ。

彼は厳密にはコステロ商会に雇われている立場だが、その関係で幹部に等しい扱いを受けていた。



「エリオットこいつらを覚えているだろ?」

コステロが机の上の四人組の似顔絵を指し示す。


「良く出来た絵ですね、もちろん覚えています、アラティア・ラーゼ街道でエッベの盗賊団の攻撃を受けた時に彼らから治療を受けました、そして数日後に私のところにたずねて来ました、その時会長への紹介状を書いたのです」

「覚えているぞ、リエージュに行くその日に奴らがここに来た、まさかこうなるとは思っていなかったが」


「ボスあの小間使いの小娘は普通では無かった、いろいろな暗器を仕込んでいた、小間使とは思えない身のこなしも空気も普通では無い」

寡黙なリーノが珍しく口を開いた、よほど強い印象をベルから得たに違いない。


「リーノあいつが殺し屋か密偵だと思ったか?」

「そんなところです」

「だが実際はそれ以上だったな、あの時点ではジンバーからも研究所からも報告が上がってねえ」


クレメンテが手元の書類を眺めながら口を開いた。

「この警備隊の調書をもっと早く閲覧できていたら、もっと早く把握できたのですが残念ですな」


「奴らがそっち(サンティ)行った時刻と、例の娘がジンバーの連中を殺った時刻はほぼ同じだ、奴らも知らなかったはずだ、呑気にここに来るはずもない」


「その娘は何者でしょう?私達がアラティア=ラーゼ街道で出会った時は三人しかおりませんでしたね」

エリオットが上品に紅茶を飲みながらコステロに話を振る。


だがそれに答えたのはクレメンテだった。

首領(ボス)あの三人組とその少女の身元を洗っているところですが、その娘をジンバー商会の手のものが発見していまして、場所はハイネの南のセナ村です」


「そこに隠れていたのか?」

「エイベルはオーバンが誘拐されてそこに隠されていると疑っている、魔術的に隠蔽され防護術がかけられているらしい、見えないという事は見せたく無いものがあるからだと」

「聖霊教会をどうかする話はどうなった?」

「予定を急遽変えたようです、まずはオーバンの問題を先に、輸送隊を襲った連中とセナ村にいる連中が同じだとすると、聖霊教会は後回しだそうで」


「化け物の様な奴がそこに二人いるわけか」

「そこでジンバーからの支援要請ですが、どうされますか?」


「別邸がやる気になっている、そこにキールと魔術師を加える」

「真紅の淑女様とセザーレバシュレ記念魔術研究所が?」

クレメンテは心底驚いた様子だった、それにリーノの顔が不快に歪む。


「魔道師の塔が人工の狂戦士にいたく興味を惹かれているらしい、それにキールはもともと俺の手の者だ」

「魔道師の塔のあのお方が」

「ああ、人工の狂戦士に興味があるらしい」

コステロが鼻で笑った、クレメンテとリーノはそれを見て一瞬不思議な顔をした。


「こちらから兵をだしますか?会長」

沈黙を守っていたエリオットが口を挟んだ。


「お前の所はこの件では出さない、温存したいんでね」

「了解しました・・・」


「ところでジンバーの状況はどうなんだ?クレメンテ」

「輸送隊襲撃の捜査と四人組の追跡を中断、特殊商品の防衛とオーバン捜査に体制を変更中で混乱している様ですな、今は傘下の無法者をかき集めているようです、セナ村の監視を更に強化すると報告がありました」


「ジンバーはオービスを失っていたな、奴はかなりの腕利きだった、まいったねいろいろ痛いことになっている、ハイネの仕切りもこちらでする必要があると思うか?」

「いえ、まだ彼らの目と耳は健在です会長」

「そうかわかったよ」


「ところで特殊商品の守りは?」

「そちらが優先でして、残ったジンバーの腕利きはソムニの守りに投入しているそうです、セナ村を襲撃している間にやられては本末転倒ですから」


「あと『死霊のダンス』からも魔術師を応援に、メトジェイは渋っていましたが出させました」

クレメンテは伝言板を開き説明を続けた。


「たしかクランとか言う中位魔術師が殺られていたな」

「実は若い中位魔術師が三日前から行方不明になっているようで、報告が上がってきました」

「おいおい、まさかな?」

「今日になってオーバンが行方不明になったので、そのまさかを彼らも疑いだした様で」


コステロが呆れた様に肩をすくめた。

「やりたい放題やってくれるな、となるとそこも使い物にならなくなったのか?」

「中位魔術師を二人失い上位魔術師はメトジェイだけです、あそこは死霊術士養成機関を兼ねていましたから、魔道師の塔もショックが大きい様ですな」


「『死霊のダンス』の魔術師の質は大丈夫なのか?」

「下位魔術師だが一応中位相当の実力はあるそうですが、そいつを出すそうです」

場を重い沈黙が覆っていた、まだ未熟な者を戦力として出すしかなくなったという事だ。


「クレメンテ、リーノ、こちらの手のものを早く集めてくれ、ジンバーやジジイの処がここまで叩かれるとは思ってもみなかったぜ」

「了解しましたボス」


その時小さな羽音がした、窓枠にとまっていた小さな黄金虫が飛び立つ音だ。


それを気にする者はコステロ以外にいない、コステロは小さく皮肉な笑みを浮かべていた。







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