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神器は何処

 アゼルの目の前に萎びた野菜の様に悄然(ショウゼン)と立ちすくむコッキーがいる、彼女は泣きはらした赤い目から止めどもなく涙を流していた。


正直アゼルは幽界帰りの彼女が遅れをとった事に驚いていた、彼女の説明から相手もそれなりに手練だと想像できる、だがトランペットをこうも簡単に奪われてしまうとは予想外だ。


コッキーはエレインの孤児院で育ちそれほど荒事にはなれていない、幽界帰りの強さとはルディやベルがもともと戦い慣れていたからかも知れないと思い至る。


「幽界帰りの力を過信していたかもしれませんね」

むしろ彼女が命を落としたり大怪我しなかった事を聖霊に感謝すべきかもしれない。


まずはやるべき事から始めなくてはならない。


「これは刺激性のある薬物ですね」


コッキーの髪の毛に付いた白い粉を指でぬぐったアゼルが口を開いた、それを鼻に近づけただけで鼻の粘膜が刺激される。

ベッドの下にいる猿のエリザも奥に引きこもって出てこようとしない。


「まず外で体に付いた粉を払い落としてから、井戸の水で手を洗い目を洗ってきてください、その後で治療します」

「あのアゼルさん」

「後に残ると大変です早くいってきなさい」

「はい、わかりました!!」

コッキーは慌てて部屋から飛び出していく。


独りになったアゼルは小さな椅子に腰を下ろす。


「まさか神の器が奪われるとは、ですがあれは悪用できるものではありません、はたしてアレを持ち主から奪えるものなのでしょうか?興味があります」


アゼルはあれが神器だとほぼ確信していたが、神器に関する記録はおそろしく少ない。

彼の顔は探究心に焦がれる魔術師の顔に変わっていた、歴史の闇の中から現れやがて消えていく、神器は全ての魔術師にとって究極の関心の的だった。


「いけませんね、今はそんな事を考えている場合ではありません」


そこにタオルで頭と顔を拭きながらコッキーが戻ってくる。


「アゼルさん戻りました」

「では動かないでください、今から毒物を浄化します」

コッキーはまだ目をしょぼしょぼさせながらうなずく。

アゼルは立ち上がるとコッキーの正面に移動した、そして精神を統一し術式を構築する、そこに幽界の門から力を導き流し込んだ。


「『毒を払いし水妖花』」


コッキーの体を包み込むように精霊力があふれ出す、その様子はコッキーにもはっきりと観ることができた、彼女の目がキョロキョロと動いて水色の光の粒子を追いかけた。

しだいに彼女から目や鼻や喉を刺激する不快な痛みと痒みが消えさって行く。


「これが魔術なのですね・・・目も鼻も楽になりました」


顔を上げたコッキーはどこか清々しげで目も元の色合いに戻っていた。


「魔術は初めてですかコッキー」

「むかし怪我をした時に司祭様にかけていただきました、テヘペロさんにかけられた時は無我夢中で良く覚えていないのです」

「そうですか・・・」

「アゼルさんありがとうございました!!」

お辞儀をするコッキーをアゼルは軽く手で制した。


「ところでコッキー犯人に心あたりは?」

「もしかするとあの人はピッポさんの仲間の人かもしれないのです、一度しか見たことないので良く覚えていませんが」

「ジンバー商会とは関係ないのでしょうかね」

アゼルは腕を組んで考えこんだ。


少し落ち着いたコッキーが何かを思い出したように慌てる。

「そうだ!!早くラッパを探しにいかないと!!」

「まってくださいコッキー!!犯人がどこに居るか見当がつきますか?もしやトランペットのある場所が解かるとか?」

コッキーは絶望的な顔に変わり顔を横に振った。


「わからないのです、でもラッパが・・・」

目の前でうなだれる少女に罪悪感を感じながらも、アゼルの心を大きく占めていたのは神器に対する好奇心だった。


(普通の魔術道具なら探知できるかもしれませんが神の器は私の手に負えません、神の器は失くしてもかならず必要な時に主の手元に還ってくると言われています、ほんとうに戻ってくるのか?)


アゼルはコッキーの目を覗き込む様に顔を近づけた。

「いいですか、神の器はその主と深く結びついていると言われます、持ち主にかならず戻って来ると」

コッキーは目を見張り僅かな希望に瞳が輝きを取り戻した。

「還ってくるのです?」

「言い伝えでは・・・」

言い伝えと知った彼女はまたうつむいてしまった。


「神の器はその主と一心同体と言われます、遠くにあってもトランペットのある場所が解かるかもしれません」


「ラッパが話しかけてくるのです・・・でも今はそれを感じられないのです!!」

「いろいろ試してみてはどうですか?」

「体が裂かれた様な気がします、どうしたら良いのかわかりません、ラッパに呼びかければ良いのですか?叫べば良いのですか?」

コッキーはまた涙を流し始めていた。


「申し訳有りませんコッキー、私も神の器に関して知らない事の方が多い」

「わかりましたのですアゼルさん、いろいろやってみますよ」


「さいごに屋敷の周囲に張った魔術の警戒線の外にできるだけ出ない様にしてください、私も油断していました」

コッキーは大人しくうなずくだけだった、そして力なく部屋から出ていく。


(私も殿下もベル嬢も力を過信していたようですね)


部屋から出ていくコッキーの後ろ姿を見ながらアゼルはつぶやいた。

「さて、多少危険かもしれませんが一応現場を見ておきますか、ついでに屋敷の外の術も強化しましょう」


ベッドの下に隠れていたエリザがアゼルの肩の上にかけあがった。




のどかな田園の中の小道をテオは東に疾走っていた、彼の抱える工具箱の中に青いワンピースの娘から奪った黄金のトランペットが布に包まれて入っている。

かなり息が上がっているが足は緩めない。

後ろから青いワンピースの少女が奇声を上げてナタとカマを振り上げながら恐るべき速度で追いかけてくる、そんな悪夢が足を前に押し進める。


あの黒い髪の娘に感じた恐怖は忘れていなかった、ラーゼの街でスリを見破られた時、エッベの盗賊団を崩壊させた時、そして新市街の市場での戦い、人外の速度と力と威圧感は忘れる事ができなかった。

あのピッポやテヘペロを圧倒した青いワンピースの娘も奴と同等だとしたらどうだ、それが追いかけてきたらどうなる?


ハイネから少しでも離れたい、いやテレーゼから一刻も離れたい、そしてこの価値があるらしい黄金のトランペットをさっさと高く売り払って厄介払いをするのだ。


(ピッポとテヘペロには世話になったが、もうここまでだ)


テオ=ブルースはひたすら東を目指して走り続けた。








礼拝堂で午後のお務めをしていたファンニは強い気配を感じて思わず入り口を見た、そこからベルが礼拝堂の中をうかがっていた、彼女の髪が午後の陽射しを血の色で照り返していた。


「あれ?ベルちゃん早いわね」

ベルちゃん呼ばわりにベルの機嫌が少し悪くなった、ファンニもベルが両手にぶら下げている大きな荷物に気づいて驚く。

「急いで帰ってきたよ、ル、若旦那様とサビーナはどこ?」

実は急ぐどころか不自然にならないように帰りはわざとゆっくり走ってきたのだ。


「控室でお話してるわ、その大きな荷物は何?」

「向こうに置いていた荷物を持ってきたんだ」

「ああ、そっか、でも力持ちなのね」

「うん鍛えているからね、じゃあ荷物を置いてくる」

ベルはそのまま修道女館の自室に向かった。



礼拝堂の控室でルディとサビーナが茶飲み話に興じていたところ中庭に面した扉が叩かれた。

「僕だ帰ったよ」

扉の向こうからベルの声が聞こえてくる。


「ベルか?帰ってきたか」

サビーナが慌てて走りより扉を開ける。

「ベルさんご苦労さま」

「二人共ただいま」


空いている椅子に座ったベルはお菓子を一個つまんで口に放り込んだ。

「アゼルに説明してきたよ、あと例の物を持ってきた」

「例のものだと?あーあれか」

サビーナの顔に疑問符が浮かぶのが見えたがベルはそれをスルーした。


「そうだ、お前が出ていってから思い出したが、これをジンバー商会の奴らの手に入る様にしてくれないか?」

「なに?」

ルディが懐から手紙を取り出し机の上に置く、ベルはそれを開き一読して呆れた様な顔になった。

「ルディさん私も読んでかまいませんか?」

「乗りかかった船だサビーナ殿にも付き会ってもらおうか」

サビーナはそれを一読して驚愕した。


「まあまるで脅迫状ではありませんか!!」

「奴らを混乱させてやろうと思ってな」

「そうそう、予告したけどいつやるか時間が書いてないのがポイントだよね、今日かもしれなし三日後かもしれない」

「ところでこのラベルは?」

ベルが手紙に蝋で貼り付けられた記号が書き込まれたラベルを指差す。

「お前が持ち出してきた例の物に貼ってあったラベルだ」

「例のものね・・・わかった」

サビーナの顔にまた疑問符が浮かんだ。


そしてサビーナが口を開く。

「ルディさん、本当だったのですねジンバー商会がソムニの実を取引してるって、どれだけの人が不幸になった事でしょう」

「噂があったのかな?サビーナさん」

「ええ噂程度ですが、ジンバー商会にはいろいろ良くない噂があるのよ」

「これで脅迫状を出せば奴らも警戒するだろう、それだけ人と注意が割かれる、こちらには実行力があるからな無視はできまい」

ルディは少し悪い顔をして笑っていた。


「じゃあこの手紙を奴らに渡してくるよ、善は急げだ」

ベルは手紙を掴んで懐に入れた。

「帰ってきてすぐで悪いなベル」

「修道女服に着替える前にやっておきたい」

ベルは立ち上がり中庭に出る扉に向かう、窓の外からサビーナに手をふると通りに向かった。


その時ベルはまた何かの違和感を感じた。


(この感じ)


これは前も感じた事のある感覚と同じだった、ベルの足が自然と止まり周囲を見渡す。


「近くに特に変な物はない」


ベルは周囲に精霊力を静かに巡らす、緻密で繊細な精霊力の探知の網をイメージした。

その意識の中に不愉快な小さな(ケガレ)を見つけ出した。


ベルは礼拝堂の屋根に跳躍すると天窓まで駆け上がり、窓の枠にとまっていた小さな黄金虫を隠しダガーで一気に両断してしまった。


ベルは二つに両断された黄金虫が最後に何かつぶやいた様な気がしたのだ。


「何だこれ?」


ベルは黄金虫の残骸を回収した。







一筋の光も指さない暗黒の部屋のなかで凄まじい轟音が轟いた、天井に何かがぶつかる音がして、すぐに何かが床に落ちて音を響かせる。

「なに今の?蓋がふきとんだわ、ドロシーどうしたの?」

「ドロシー大丈夫、蓋を蹴ったみたいだけど?」

そして机の上から落ちたのか、金属製のベルの音が暗闇に鳴り響く。


「わたしのこがねむしがひとつやられた、しばらくうごけない」

「危険ってそういう事なのね」

「そう、こがねむしのかたきはかならずとる」


廊下の向こうから足早に近づいてくる足音が聞こえてきた。









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