神器強奪
のどかな田園を縫って伸びる細い道、そこを素晴らしい速度でかけぬける真っ赤な髪の田舎娘、薄い茶色のガウンと白いブラウスに三編みおさげを風になびかせていた。
畑に農夫がいると速度を落とし、人目が無くなると加速する、聖霊教会から飛び出してわずか数分でセナ村を囲む林にとびこんでいく。
そんな彼女を道から離れた場所から見つめている男が居た。
「あれはあいつだ!!髪を赤く染めているがあの程度で誤魔化されるかよ、だがアイツが戻って来ると面倒だ」
小さな声で独り言をこぼしたのは、細工職人風の若い男だった、脇に大きな工具箱を抱えている、その男はピッポ達から袂をわかったテオ=ブルースだ。
セナ村を取り囲む林の外側の細い道を歩いていたところ、セナ村に向かって走る赤毛の娘を見つけてしまったのだ。
「まあいいさ、様子を見るか」
テオはそのまま林の中に消えていった。
セナ村のルディ達が借りている古い大きな屋敷は朝から騒がしい、孤児達はコッキーに制圧されていたが、空きあれば反乱を起こそうとする。
アゼルは頭を抱えていた、子供達の喊声とコッキーの怒鳴り声に気を散らされて仕事が進まないのだ。
自分専用の小部屋を確保し防護魔術を施していたが、外の様子を知る為に防音障壁を外していたのだ。
「こらー!!そこをうごくな!!」
「チビだからチビ姉ちゃんだろ、悪くない!!」
コッキーの怒鳴り声がする、子供達が騒ぎながら逃げ惑う足音が鳴り響いた。
「うるさいですね、防音障壁をはりますか・・・」
アゼルはうんざりしたように立ち上がった。
その時の事だった屋敷の周囲に張った魔術警戒線を越える者がいる、だが危険な気配は感じない。
「殿下でしょうか?」
その直後扉が勢いよく開け放たれる音がした。
「僕だ帰った!!」
「ベルさん?あれその髪はなんですか?」
「「僕姉ちゃんだ!!」」
「ベルさん赤毛になってます・・・」
「僕姉ちゃんすげー赤毛だぞ」
「いいから今はそれは後回し」
どこか疲れた様子のベルの声が応じる。
リビングの騒ぎはアゼルの部屋の扉越しにも聞こえてくる、アゼルは何か不測の事態が起きたと察して部屋から出る事にした。
「ベル嬢何か起きましたか?」
ベルを見たアゼルの顔が驚きに変わるがそれは一瞬の事、すぐにそれは戻る。
「アゼルとコッキーに話がある」
ベルはアゼルの部屋を顎で指し示した。
「お二人共部屋に入ってください、狭いので座る場所はありませんが」
ベルとコッキーがアゼルの小部屋に入ると防音魔術で音を遮断する。
「何が起きましたか?」
「うん新市街の無法者『赤髭団』が今晩聖霊教会を襲う計画を立ててる、目的はサビーナさんの誘拐」
「サビーナさんの誘拐?孤児の救出にサビーナさん達が関与していると疑われていますか?」
「それ以外考えられない、あとルディは向こうに泊まる事になった」
「若旦那様が?貴女だけでは手不足ですか?」
ベルはうなずいて肯定する。
アゼルは深く考え込み始めた。
「ベル嬢『赤髭団』とはどんな組織ですか?」
「新市街の炭鉱街の『大酒飲みの赤髭』の地下酒場に本拠があるごろつきだよ、ジンバー商会の手下のような事をしているみたい」
「思い出しました!!墓荒らしの一味が帰った酒場ですね!!」
「そうそう!!」
アゼルは急にコッキーに向き直る。
「コッキー貴女は『赤髭団』について何か知っていますか?」
先程から話題に入れなかったコッキーは話を急に振られて驚いた。
「えっ!?新市街の西側は知らないのです」
「コッキーはジンバー商会の運び屋をやっていたんだよね?」
ベルが代わりコッキーにたずねる。
「はい、柄の悪い人がいましたが詳しくは知らないのです」
申し訳なさげにベルとアゼルを交互に見る。
「私達が戦った輸送隊の護衛は精鋭でした『赤髭団』はただの無法者のようですが」
オービス隊を全滅させた敵に街の無法者をけしかけるのは無謀な企みと言える。
「僕たちを炙り出す役割じゃないかな、勢子の役割だよ」
「ベルさん勢子ってなんです?」
「狩猟を行う時に、獲物を追い出したり、狩り手のいる方向に追い込んだりする役割だよ、勢子はたくさん居るんだよ」
「貴族様の狩りみたいですね」
コッキーはそれに感心したような顔をしている。
「日頃から訓練が必要なんだ」
ベルは少し得意げな顔をしていた、そんな彼女をコッキーは見つめていた。
「なるほど『赤髭団』は勢子で他に強力な狩り手がいると考えたわけですか、ならば納得できますね」
「僕たちが居ると知った上の狩り手だとしたら厳しい戦いになる、こっちはコッキーとアゼルで守って欲しい」
「私もです?戦った事なんてないのです」
既にコッキーは幽界帰りの力を発現させている、そのうえ神器持だ、守るだけならばそれなりの事ができるだろう、ベルとアゼルにはそんな下心もあった。
「若旦那様が心配ですが、この屋敷を守る者が必要ですね、私はこれから屋敷の護りを固めます、ベル嬢には若旦那様の事くれぐれも頼みますよ」
「わかった、僕はそろそろ向こうに引き上げるね、コッキー子供達をたのんだ、サビーナやファンニが心配していたんだ」
「がんばります、私はお屋敷の周りを見張りますよ!!」
「最後に貴女に言いたいことがあります、変装するのは良い考えですが、その赤髪は不自然だと思いますね」
「毛染め薬が良くなかっただけだよ」
「そうだったんですねベルさん、気を落とさないでください!!」
ベルはそれを軽くスルーした。
「じゃあ僕はすぐ教会に戻らないと、あっそうだ!!」
ベルは部屋の隅に置いてあった大きな麻袋を二つ掴むと部屋から飛び出した。
「まさかそれは?」
アゼルが彼女を呼び止めようとした時には屋敷から飛び出していた、扉が勢いよく閉まると騒がしい足音も途絶える。
アゼルとコッキーはなんとなく気まずい空気の中で顔を見合わせていた。
セナ村から大きな荷物を持って飛び出して行く赤毛の娘を見送る男がいた。
「さて、大勝負だ!!」
一言つぶやくと再び林の中に消えて行く。
コッキーは子供達に屋敷から絶対出るなと命じた後、武器になる物を探すため農具が納められた納屋に向った。
納屋には特に代わり映えもしない農具が納められているだけだが、長い間放置されていたせいで鉄はすべて薄く錆びが浮いていた。
片手持ちのナタとカマを手にしたコッキーは屋敷の周囲の巡回を始める、これで昨日も不審な二人組みを見つけている。
なぜかルディもアゼルもコッキーのするがまま好きにさせていたのだ。
カマとナタを両手に握りしめた、青いワンピースの薄い金髪とコバルトの瞳の小柄な美少女が林の中を歩き回る、もし運悪く遭遇した者がいたなら腰を抜かすかもしれない。
薄日が差し込む林の中をコッキーはゆっくりと散策していた、それでも屋敷からあまり遠くに離れるつもりはない。
ふと体の左側に見えない小さな針が射すような視線を感じる、そちらが気になり向き直ると少し離れた木々の間に人影があった。
そこは昨日不審な二人組を見つけた場所からそう遠くない、ゆっくりとそちらに足を向ける。
その人影はテオ=ブルースだ、コッキーはピッポ達に幽閉されていた時テオの姿をほとんど見た事がなかったのだ。
コッキーが近づくと男は少し下がって行く。
「誰ですか?答えなさい!!」
テオは無言で距離を測っていた、彼は青いワンピースの少女の実力を十分承知していた、それがナタと鎌を持って迫ってくる、じわじわと下がるが走って逃げようとはしない。
コッキーはその怪しい男を捕まえようと決意した。
「待つのです!!」
テオが背中を見せて走り始めると同時に疾走った。
その直後左足がロープの様な物で強く締め上げられ、そのまま宙高く飛ばされていた。
「あうわぁ!!」
ナタとカマが手から離れ、右足も大地を離れ逆さ吊りにされてしまった、コッキーは単純な罠にかかってしまったのだ。
その直後戻ってきたテオが白い何かの塊をコッキーの顔に投げつけた、顔にぶつかり砕けて白い粉が吹き出す、それが目に入り滲みて涙が止まらなくなった、息を吸い込むと強烈な刺激と痛みに鼻と喉が襲われた。
「ひぃいいいい、げほっ、目が痛いのです、げほ、クシュ、痛い、ゲホッ、ヘクシュン!!」
悲しくも無いのに涙が止まらない、鼻水とくしゃみが止まらない、ただ悶えるしかなかった。
コッキーは足首をロープで縛られ逆さ吊りのあられも無い姿で悶絶していた。
(なんとか、ひもを切るのです!!)
コッキーの中に力が溢れる、目の痛みや鼻の痒みに耐えて上半身を強引に持ち上げた、両腕でロープを掴むと力を込める、歯をくいしばり力を開放した、何かが引きちぎられる大きな音がするとロープが引き千切られてコッキーは地面に墜落する。
涙があふれて止まらない、それでもなんとか立ち上がると次第に視力が戻ってきた。
「アイツがいませんよ!?まさかお屋敷に!!」
コッキーは屋敷に全力で走った、玄関の扉を力一杯開け放つと居間にいた子供達が驚いた様にコッキーを見た。
「チビ姉ちゃん、顔が白いぞ?目が真っ赤だ!!」
「あれトランペットはどうしたの?」
コッキーは言われた言葉の意味をしばらく理解できなかった、胸元を見ると首から下げていたはずのトランペットが無い。
「大変です!!落としました!!」
コッキーは屋敷から全力で飛び出した、そして現場にあっという間に戻る、近くにはナタと鎌が転がり白い粉が地面を白く染めていた。
だがそこにコッキーの黄金のトランペットの姿は無かった。
「ああっ!!私のトランペットが!トランペット!!トランペット!!!盗まれたのです!!!!返せ馬鹿野郎~~~出てこ~~~い!!!!」
コッキーの絶叫が静かな林の中に響き渡った。