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黄金虫(2)

 ベルが聖霊教会近くでたむろする怪しい集団を探りに出た直後の事だった、顔見知りの街の住人が三々五々と仕事前の礼拝にやってくる、サビーナはそんな彼らを礼拝堂の前で笑顔で迎え入れていた。


「サビーナ様、今日も朝の務めですか?」

初老の礼拝客が帰り際にサビーナに話しかる、彼もこの街の古い顔見知りだ。

普段は午前のお努めをファンニと交代でこなしていた、だがファンニは親戚の祭事でセナ村に帰っていた。


「ええ、ファンニの代わりなのよ」

その男はファンニがいなかった事を思い出したようだ。

「そうでしたな、サビーナ様おつかれさまです」


「私は平気ですよ、手伝いに新しく修道女見習いの娘が来ているのよ」

「そうですか、ここも賑やかになりますな、ははは」

そう言い残して男は去っていった、礼拝客が途切れたところでサビーナは一息ついた。


窓から差し込む日差しの傾きで時間をはかる。

「ずいぶんと遅いわね、大丈夫かしらベルさん」

サビーナは祭壇の埃を拭き取り礼拝堂の隅の椅子に腰掛けて休息をとる。


サビーナは疲れていたのかいつの間にか眠りに落ちていた、ふとサビーナは何か強い気配を感じて目が醒めた、礼拝堂の入り口に修道女服を着たベルが立っている。


「ごめん遅くなった、奴らを尾行してた」

「そうだったの、無理しないで」

立ち上がったサビーナの目に前にベルが一気に距離を詰めた、サビーナは気圧されてすこし体を後ろにそらす。


「落ち着いて聞いて、悪い連中が今晩ここを襲う計画を立てている」

「なんですって!!!」

「声が大きいよ」


ベルが唇の前に指を立てる、サビーナはベルの耳に顔を寄せた。

「アビー達が狙われているのね?」


今度はベルがサビーナの耳に顔を寄せる。

「違う、サビーナが狙われている」

「えっ!!なぜ私なの?」

「もう子供を誘拐するとかそういう話じゃないんだ、きっと僕たちは敵と見られている、だからサビーナを捕まえて尋問するか人質にする気なんだと思う」

「でもそんな、どうしたらいいの?」


「サビーナは後悔している?男の子たちを見捨てていればこんな事にはならなかったって」

サビーナから動揺が消えた、そして何かを決意した様にその顔が変わる、だがそれは諦観(テイカン)のような開き直りを感じさせて、それがベルを余計に不安にさせた。


「ファンニが言っていたわ、泣き寝入りしたら味を覚えて何度も子供をさらいに来るって、五人を守るために別の五人を差し出しても残りの五人も奪われるって、私達は家畜じゃない」

サビーナの言葉の最後は低く暗かった。


「僕たちはもう家畜じゃなくて敵になっている」


「狙われているのが私だけならいいけど、でも子供達が巻き込まれる、子供達をセナ村に移せないかしら?」

「セナ村に移すのが良いのかわからないんだ、午後になったらルディがファンニを護衛してこっちに来る、そこでどうするか考えよう」

「でもルディさんがこっちに来たらセナ村は大丈夫なのかしら?」

「向こうにはアゼルがいる」

セナ村の屋敷にはコッキーも居るが彼女の事を話すべきが考えがまとまっていなかった。


「そうね、アゼルさんなら大丈夫ですわね、アゼル様にはまだお礼を言っていなかったわ、ベルさん達には助けてもらうばかりね」

サビーナは何か自分の考えに沈んでいるようにベルには思えた、そんなサビーナの俯き加減な顔をしばらく見つめていた。


やがてベルの顔が何かを決意したように変わる。

「サビーナに謝らなきゃならない事がある、僕たちは孤児を助ける事できっかけにしようとしていたんだ」

「ジンバー商会と何かあるのね?」


ベルはそれにとりあえず頷いた、死の結界や女神メンヤの話は彼女に話すべき事ではなかった。

「巻き込むつもりは無かったんだ、でも子供達を助ければこうなると思ってた、奴らと全面戦争になるかもって」

「だから私に謝るというの?」

「うん、誰も傷つかずには終わらないかもしれないから」

「そうよね」

サビーナは顔を真っ直ぐ上げた。


「そうね、テレーゼには法も正義も無いわ、それでもハイネはましなのよ、でも・・・それでも私達はここで生きていかなきゃならない、人々の安らぎを子供達を守る、私は修道女の務めに誇りを持っているわ」

「サビーナ」

「何人も子供達が街から消えたわ、中には知っている子もいたのよ、そして孤児院が襲われたのに私達は子供達を守れなかった、あなた達を責める資格なんてない」

サビーナの表情が泣き崩れる。


「私達は人さらいの為に子供達を育てているわけじゃあない!!ここは畑じゃないのよ?子供達は野菜じゃないの!!!」

サビーナは嗚咽をもらし礼拝堂の床に崩れ落ちた。


「もういやよ、守れないならもう消えてしまいたい・・・でも私がいなくなったら・・・」


ベルはどうしたら良いか戸惑っていた、狼狽えるベルの仕草と表情はまるで幼い子どもの様だ。

どうしたら良いのかまったくわからない、外見と中身に落差があるベルは世慣れた女性と幼さが同居していた。

とっさにベルはサビーナを抱きしめた、母やアマンダにそうしてもらった遠い記憶がよみがえる。

ベルがまだ幼い頃の事だ、暗闇にうごめく影や部屋の隅に潜む気配に何度も怯えて泣いた、そのたびに彼女達に抱きしめてもらった。


ベルは自分よりも小柄だが年上で女性らしい体付きのサビーナを抱きしめていると不思議な気分になってきた、いつのまにかサビーナも泣き止んでいた。


サビーナの肩が震え始めた、もしかすると笑っているのかもしれない。

「ごめんなさいね、貴女が私のお姉さんみたい、うふふ」

顔を上げたサビーナの顔はもう微笑んでいた。


「サビーナが消えたいなんて言うから」

「ごめんねベルさん、そうね・・・今日生きているからって明日生きている保証なんてないわ、ここ最近落ち着いているけどいつ大きな戦いが起きるかわからない、わざわざ死ぬなんて馬鹿らしいわよね」

「サビーナ!?」

「ええ命が尽きるその時まで子供達の側にいたいの、私に守る力がなくてもね」

ベルはもう何も言うことができなかった。


「警備隊は当てにならないのよ、ベルさん達には感謝の言葉しかありませんわ、ベルさん達の目的ですけど、もし話しても良いと思われたら話していただければ結構ですわ」


ベルはサビーナに頷くことしかできなかった。






ベルは礼拝堂でサビーナから修道女としての指導を受けていた、ふとそれを中断したサビーナがベルの顔をまっすぐ見ながら顔を寄せてきた。

「ねえベルさんよければここの修道女見習いになりません?」

「ええ?」

ベルは何を言い出すのかとサビーナの顔を穴が空くほど見た、そんなサビーナの目は悪戯をたくらむ子供の様に輝いていた。


「ファンニのように花嫁修業で二年ほどお務めする人もいるのよ?」

「なぜ?」

「だって真面目に学んでいるじゃない?」

「偽修道女に化ける時に役に立つかなって」


サビーナは大きな声で怒りだした、だが彼女の目は笑っていた。

「偽修道女ですって!!!私の前でそれ言うの?」

そしてベルのお尻をはたき上げた。


「ぎゃぁああ!!初めから偽者でしょ?」

ベルはしばらく礼拝堂の床の上で飛び跳ねていた、彼女は害意や危害が無い攻撃をまともに食らってしまう事が良くあった。


「ごめんなさい、偽修道女と言う言葉でつい頭に血が昇ってしまって、うふふ」

サービナは謝りながらも笑いをこらえていた。


「まったくもう、母さんみたいだ!!」

ベルは抗議の叫びを上げた。



だがとつぜん飛び跳ねていたベルの動きが止まる、それにサビーナの表情がたちまちこわばる。

「へんだな、なんだろうこの感じ」

「どうかしたの?」


「あっ!!ルディ達が来た」

「ファンニが帰ってきたのね」

ベルがうなずくとほっとしたサビーナは礼拝堂の入り口に向う。


「まあ、ほんとうに帰ってきたわ!!」

サビーナが外に向かって手をふり始めた。



すぐに司祭服のルディと修道女姿のファンニが礼拝堂に入ってくる。

「サビーナただいま!!子供達は無事よ」

サビーナとファンニは抱きあって無事を喜びあった。

「ありがとうファンニ、こちらも今の処は無事よ・・・」


「ベル何か起きたのか?」

「うん、ここじゃまずいかな」


「さあみんな控室でお話しましょう」

サビーナが礼拝堂の控室に移動を促すと、全員彼女に従った。



誰もいなくなった礼拝堂の天井近くの採光窓に小さな輝く黄金虫がとまっていた。




ベルは二人に新市街の無法者『赤髭団』がここを襲撃してサビーナを拐かそうとしている事を説明した。

「サビーナが狙われているなんて!!」

ファンニの顔色は悪く青白くなっていた。

狼狽(ウロタ)えないで、子供達が狙われるよりましだわ」


「やはり俺は今晩ここにおじゃました方が良いな」

ルディがおもむろに口を開いた、たしかにルディとベルの二人がいればここを守りやすい。


「ねえルディここに来るまで尾行とかされた?」

「俺の知る限りではない」


サビーナがおそるおそる口を開く。

「ルディさんが戻らないとあちらが心配するのではありませんか?向こうは子供達とアゼル様だけですが大丈夫でしょうか」

サビーナが心配そうに南の方を向いた、その方向にはセナ村がある。


「心配しないで僕がこのあとセナ村に行って伝えてくる」


「向こうにはコッキーさんもいるわベルさんのお友達よ」

ファンニが補足する、サビーナはまだコッキーと面識が無い。

「あっ!!思い出したわ、でもますます心配になるわね」

ルディとベルは顔を見合わせた、コッキーならチンピラぐらいなら恐れる必要は無いと知っている、だがそれは言えない。


「あのルディさん子供達を攫ったジンバー商会とその赤髭団は関係あるのでしょうか?」

今度はファンニがおずおずと口を開いた、彼女の顔色はあいかわらず悪い。


ベルが思わずルディを見ると、彼の目は『おまえが説明しろ』とうながしている。

「僕が聞いた範囲だけど、ジンバー商会がハイネの裏社会を纏めているらしい、赤髭団の様な連中を配下にしているって」

「なら赤髭団だけじゃないかもしれませんわね」

「サビーナ殿、俺はやはり今晩ここに残る事にする」

サビーナとファンニはそれに深い謝意を現した。




のどかなハイネの陽射しのもと、私服に着替えたベルが聖霊教会から勢い良く飛び出して行った。


その後を小さな黄金虫が羽音を立てながら追いかける。






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