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流れ者が行きつく先

 「孤児院が狙われているのかしら?その人達はどこにいるの?」

サビーナは不安気にベルの顔を覗き込んだ、覚悟をしていると言ったものの彼女に荒事の経験は無い、サビーナの瞳には恐れの色がある。


ベルは静かに礼拝堂の扉の方向を指差した。


「教会の正面の小道を奥に行ったところにいる、サビーナは僕を信じられる?」

「信じられますわ、何となくそうだと思っていたのよ」

ベルは納得したように微笑んだ。


「アゼルがサビーナさんは見える人だと言っていたんだ」

サビーナはこれに驚いた様子だった、そして僅かに彼女の頬が赤く染まる。

ベルが不思議そうな顔をして小首を傾げた。


「そうだわ!!今はそれどころでは、その人達ここを見張っているのかしら?」

「はっきりと言えないけど動きが怪しかった、そこに集まってから動かないんだ、様子を見てくる」

「でも・・・」

ベルはサビーナの両肩に手を置いた。

「できるだけすぐ戻るから、サビーナは何時もの通りにしていて」

「わかったわ、気をつけてねベルさん」


サビーナは朝の参拝者を受け入れるため礼拝堂の扉を開く、礼拝堂の前で朝の礼拝に参加する人々を迎え入れるのだ、ベルは一人で控室に向いそこから聖霊教会の中庭に出た、中庭に出ると孤児院から子供達が読み書きを習う声が聞こえてくる。


そのまま敷地を走り抜け大回りして市街地に入る、入り組んだ狭い路地を目標に向かって進んでいく、精霊力の探査の網は彼らを決して逃さなかった。


ベルは軽く壁を蹴るとそのまま屋根の上に跳び上がった、その身のこなしは猫の様に軽く柔らかい、そのまま屋根の上を伝って不審な集団との距離をつめて行く。


その上に到達すると屋根の上から路地を見下ろした、狭い路地に4人の男達がたむろしていたがハッキリ言うと街のゴロツキにしか見えない。

そこそこ腕っぷしは有りそうだが特別な訓練を受けている様には見えなかった、先日戦った輸送隊の護衛達とは比較にならない程レベルが低いとベルは見切った。


ベルは内心それに落胆していたが、その直後に顔色が変わった。


(もしかして!?(サソ)い出された?)


ベルは思い切って精霊力を高め広範囲に探査範囲を広げた、聖霊教会全体を覆うように探査の網を伸ばす。


(今のとこころは何もないか)


下から野卑な男達の会話が聞こえてきた、今度は男達の会話に意識を向ける、男達はそれでも小声で話しているつもりらしいがベルにはまったく通用しなかった。


「・・どう思うあの修道女」

「あん?大した女じゃないだろ」

「わかってないなお前は、あの女胸がデカイだろ?」

そのごろつきが胸の前に両手を当ててふざけると下品な笑いがあふれた。

「へへへ、確かにいい体つきだな」

「あの女をかっさらえばいいのか?」

「下見しておけと言われたが、こんなちゃちな聖霊教会下見する程の事もねえ、男手もいないんだぜ簡単すぎるだろ」

男達の声がしだいに大きくなってきた、気が大きくなっているのだろう。


「あの聖霊教会を今夜襲うのか?」

「修道女をさらえと言われている、どうやら生きていればいいらしい、さらったらお楽しみだ」

男達はまた下卑た笑いを上げる。

ベルの中で殺意が育って行くがそれを抑えた、男達は自分達の頭のすぐ上に死が存在するとは夢にも思っていなかった。


「おっといけねえ、声を落とせ・・」


男達は再び声を落とし密談を進める、やがて男達は引き上げる事にした。

ベルは彼らを尾行してどこに引き上げるか知りたかった、だが教会から離れるのを躊躇(タメラ)う。


(でも今夜襲うつもりなら夜まで安全じゃない?)


ベルはそう思い直して彼らを尾行する事に決めた。




結局ベルは炭鉱町の繁華街までごろつき四人組を追跡する事になった、修道女服のベルは目立つため大きく距離を保つ、通行人がベルをもの珍しげに見ながら通り過ぎて行く。


「着替えてからくればよかった」

ベルはふと愚痴をこぼした。


やがて男達はある宿屋の地下の酒場に降りて行った、ベルにはその酒場に見覚えがある。

階段の壁に卑猥で下品なショーの破れたポスターが張ってあったが、ベルが好奇心からポスターを見ると公演期間が半年前だった。

階段の上には宿屋『大酒飲みの赤髭』の看板が目に入った、看板の中で髭面の男が大きなジョッキを傾けている。

薄汚い階段にわずかなドブの匂いが漂っている、ベルは鼻に皺を寄せた。


ここは先日墓荒らしの仲間が入っていった酒場に間違いなかった。

『精霊王の息吹』とここは関係がある、もしかするとジンバー商会とここも関係があるのかも知れないとベルは推理した。



ベルは近くで野菜を売っている露天商の厳しい顔つきの中年の婦人を見つけて駆け寄った。


「こんにちわ」

「うん?修道女様が何かようかい?」

「ぼ、私まだ見習い修道女なんです」

婦人はベルを頭からつま先まで舐める様に見渡した。

「あんたが新米なのはわかった、ところで何だい?」


「さっき、怖い人があそこを降りていったけど、あそこは何でしょうか?」

「あんた何かされたの?」

「怖いおじさん達に睨まれました・・・」

婦人の顔が真剣な物に変わった、立ち上がりベルの両腕を掴む。

「いいかい?私の言うことをよくお聞き、赤髭団はクズなやつらよ、関わってはダメだよ!!」

ベルは首を縦に何度もふるしかなかった、そして婦人に感謝を述べるとその場を後にする。


「赤髭団か・・・サビーナが心配しているだろうし、とりあえず帰ろう」

ベルは南の聖霊教会に向かって走り始めた。






『大酒飲みの赤髭』から一区画離れた繁華街の外れに妖しい魔術道具屋『精霊王の息吹』が店を構えていた、今日も精力剤や惚れ薬や毛生え薬の妖しい看板が表に並んでいた。

その扉を小柄な学者風の衣装を纏ったピッポがくぐる。



「みなさん、おはようございます!!」

用心棒に扉を開けてもらったピッポは地下のギルドの作業場に入る、ギルド内部は落ち着かない空気が漂っていた、だがあいかわらず誰も挨拶を返さない。

入り口り近い机で熱心に本を呼んでいるリズに声をかけてみる。


「リズさん!?」

「ひっ!?びっくりしたよ、なに?」

リズは読書に集中していたのか驚き半分で飛び上がった。


ピッポは声を潜めリズの耳に口を寄せる。

「ところでオットーさんは見つかりましたか?」


「ぜんぜんだめ、まったく手がかり無しなんだよ、マスターがカリカリしているから触れない方がいいよ?」

「ご忠告ありがとうございます、ところでお勉強ですかな?」


リズは口の前に指を立てた。

「中位魔術師昇級試験があるんだ、最近体調もいいし頭もすっきりしているし、今度はいけそう、へへ」

本人が言う通り最近のリズは以前より健康的で明るくなってた。

中位魔術師として認められる為には、力の総量と中位の術式の制御と安定、そこに学術と実績が必要になる。

魔術師にとって心身の健康は無視できない要素だった。


「がんばってくださいリズさん」

「うん、がんばるよ」

ピッポはマティアスが彼女に食事を奢っているからではと思ったが賢明にも口にしなかった。



そのままピッポはカウンターの事務員の処に向かう、そこで今日の薬物の注文リストを受け取る。

それを確認すると注文リストがいつもより長い。


「昨日あたりから薬物の注文が急に増えていますな」

ピッポはこの事務員とは打ち解けている。

「常連様からの注文が一気に増えたんだ、無理かね?」

「いえいえ、歩合制ですからやる気がでます、イヒヒ」

「あんたが来てから売上が上がってるんだ期待しているぜ」

「ではご期待にそいましょうぞ」


ピッポは触媒室に向かい必要な薬剤を集めて部屋に戻って来た、そこで聖霊王の息吹側の入り口付近でリズと話し込むマティアスの姿が目に入った。

それを一瞥してから自分の机に戻りさっそく作業に取り掛かる。




それからどのくらい作業に没頭していたのだろうか、机の上には完成した薬剤が数本の薬瓶と小さな革袋に包まれて並べられていた。

「おっさん!!」

突然大声で呼びかけられてピッポは驚いた、顔を上げて声の主を仰ぎ見る、それはマティアスだった。


「すまない、精神集中しているようで声をかけても気づかなかったからな」


「ところでテオさんとは連絡はつきましたか?」

「ああ、テオとは連絡がつかん、ジムとも四日前に会ったのが最後で連絡がつかねえ」

「困りましたね、これでは動きがとれませんぞ」


いつのまにかギルドマスターのベドジフが帰っていたらしく、誰かを怒鳴りつける喚き声が聞こえてきた。

マティアスはそこでまた一段と声を落とす。


「俺がいる赤髭団の仕事で気になる事がある、それは南の聖霊教会の修道女を攫う仕事なんだが」

さすがのピッポも引き気味になった。

「ええっ?修道女様をさらうのですか?」

ピッポの声もさらに小さくなる。


「そこに高級使用人服の黒い長い髪の娘がいたら気を付けろと指示がでたんだ、赤髭団の奴らはまともに聞いちゃいなかったが」

ピッポの目が見開かれた、そして普段からは信じられないほど真剣な表情に変わった。

普通は高級使用人の服を着ただけの娘など警戒するはずがないからだ。


「もしかしたらあの娘ですか!?まさかそんな処にいたとは!!」

「声がデカイぞ、それが奴らなら気をつけて済む相手ではないんだろ?」

「まともに戦える相手ではありませんマティアスさん、しかしその指示を出した者は奴らをどこまで知っているのでしょうか?」

「そうだな・・・」

マティアスは自分の顎に手をやる。


「俺は理由をつけて確実に外れる様にするわ、新人募集部隊の護衛で雇われているからな、俺はまだ正式な赤髭団のメンバーじゃあない」

「しかし怪しいですな、赤髭団が当て馬にされるかもしれませんぞ?」

「ああその線もあるか、やべーな」

マティアスは確実に仕事から降りる方法を考えているのか思考に没頭している。



「ところでマティアスさんはメッセンジャーの仕事もされているのですかな?」

「ああ今夜の新人募集の仕事が流れたからそれを伝えにきたんだ、あいつらここが嫌いらしくてな、学が無いのを見せつけられるのが嫌なんだろうぜ」

「なるほど、イヒヒ」

ピッポはマティアスの分析に苦笑するしかなかった。


「そうだテヘペロさんが旧市街の魔術ギルドに行くようですぞ」

「あそこは紹介状が無いと入れないのに良くコネがあるな」

「あの方は実力もありますし、無ければコネをつくれる人ですよ、イヒヒ」

「テヘペロは微妙に空気が違う」

「マティアスさんにもわかりますか?」

「アバズレのようだが、育ちが良いのがわかる、魔術師の素質がある子供は囲われて大切に育てられるからな」


そこに伝言板を持った男が地下ギルドの階段を降りてくる、それはピッポの視線の片隅をよぎるとギルドマスターの机に向かった。

伝言板を開いたベドジフの顔が驚きに歪む、そして立ち上がり事務官や魔術師を何人か呼び集めはじめた。


それにしても何時にも増してベドジフがうるさかった。


マティアスが舌打ちする。

「あのジジイうるせーな」

ピッポもニヤニヤと嫌な笑いをうかべた。

「最近マスターの機嫌が悪いのですよ、中位魔術師が二人も消えたのですからあたりまえですがね」

魔術師になれるのは五百人に一人と言われている、中位ともなると一万人に一人の才能なのだ。

上位ともなると大商人や大貴族や国が召し抱えて貴族並の扱いを受ける、テヘペロの様に放浪するなど普通はあり得ない事だ。

テヘペロは頭も良く戦い慣れているが、それが初見殺しになっていた事をピッポは良く知っている。



「マティアスにピッポさん」

急に呼びかけられた二人が驚いて顔を上げるとそこにリズがいた。


「ねえ今夜の新人募集の仕事流れたの知っている?」

「それ俺が伝えたんだぞ?」

「別の新しい仕事がきたんだ」


「なんだと!!」

マティアスが驚いたがそれはピッポも同じだ、二人とも嫌な予感しかしない。


「死んだクランさんの替わりだって、上手くやれたら査定に大きく加味されるってさ、これが終わったら中位魔術師になるのよ」


三人は聖霊教会の孤児院がジンバー商会の特別班に襲われて孤児が誘拐された事件を知らない、その仕事をクランが支援していた事も知らなかった。


マティアスとピッポは思わず顔を見合わせた。

「人さらいの仕事じゃないだろうな?」

マティアスの問にリズが答えようと口を開きかけた時、若い男の魔術師がピッポ達のいるテーブルにやってきた。


「リズまた予定が変わった、新しい仕事もキャンセルだ、何かあるかもしれないから連絡が付く場所で待機しろだとさ」


「何か起きたの?」

「ジンバー商会のオーバンが行方不明になった、馬鹿で有名な会頭の甥さ、出来が良ければあそこの会頭になってた奴だよ、大騒ぎになっているから今更隠す必要もないさ、いろいろ忙しいから待てだって」


ジンバー商会(アソコ)どうなっているんだろう?クランさんも死んだし」

リズはあからさまに落胆している、もちろんオーバンを心配しているわけではない、仕事が無くなった事を落胆しているのだ。

この仕事が昇級試験の実践課題だったのだから。


そんなリズにマティアスは見かねた様だ。

「リズそろそろ行くか?食えば元気もでるさ」

「あはは、こんな時間だね、ありがと」


「ではいってらっしゃい、イヒヒ」

ピッポはマティアスとリズが聖霊王の息吹と反対側の階段を登っていくのを見送る。


「あーピッポさん」

残された若い魔術師がピッポに話しかけてきた、ピッポの顔に一瞬だけ『お前まだ居たのか』と言いたげな色が流れたがすぐに怪しい愛想笑いに埋もれる。

「はい、なんでしょう?」

若い魔術師が僅かに顔をしかめる、ピッポはこの愛想笑いが嫌われている事に気づいていなかった。

「あの二人は付き合っているんですか?」


「お二人の仲は良さそうですが、詳しいことは」

「マティアスって人の女の趣味がわからないなあ」

「いひひ、人それぞれですぞ?」


その若い魔術師はベドジフに呼ばれ慌て戻って行く。





ピッポは椅子に腰を下ろすと注文リストを見直しながらふとつぶやいた。


「私達もバラバラですな、ここまでですか」

ピッポはファミリーの終焉を感じていた、そして妙な居心地の良さをこの街に感じ初めている。



『テレーゼは流れ者が行きつく先、そして出ていく者は居ない』


そんな有名な言葉を思い出し背筋に冷たいモノを感じた。






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