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闇の眷属

 ハイネの学園通りの西端に一際目立つ赤レンガ造りの建物がある。

そのセザール=バシュレ記念魔術研究所の三階の所長室の大きな肘掛け椅子に、貴族的な容姿の男が黒い魔道士のローブを纏い深く腰掛けていた。

彼こそこの魔術研究所の所長バルタザール=ファン・デル・アストその人だった。


人払いがされた部屋には他に大柄で背の高い魔術師が一人いるだけだ、その男は同じ魔術研究所に所属するヨーナス=オスカーだった。


「バルタザールさん例のもの回収完了しました、地下の研究室に収容済みです」

「朝からご苦労だったな」


ヨーナスは少し悩んだようだがふたたび口を開いた。

「あれは体中から水分が総て抜けたような異常な状態になってました」

「ほう?」

「わずか数時間でああはなりませんよ、もしかして・・・」


「昨夜緊急要請が別邸から入った」

「あの方々の仕業ですか?ほんとこちらに迷惑がかかりますよ、例の輸送隊が殺られたせいですかね」

「小さなお嬢様の知り合いの家に放火しようとした酔っぱらいを制裁したらしい、怒りから勢いで眷属にしてしまったようだな」

「酔っぱらいですか?まあどうでもよさそうな奴ですね」


「死の先にある恥辱と言うやつだ、彼らには制裁として人を不死化する習性がある」

ヨーナスは口を閉じ沈黙した、あの方々が人にとっていかなる存在なのか改めて認識させられたからだろうか?

その沈黙を破るようにバルタザールが立ち上がる。


「今から見に行くか」


バルタザールとヨーナスは地下の研究施設に向かった。

セザール=バシュレ記念魔術研究所は三階建ての大きな研究所だ、最上階が図書館と所長室と秘書室と講義室、二階が研究施設、一階が事務所や接客施設と魔術道具屋、地下は研究施設と貴重品を収める金庫と倉庫になっていた。


二人が地下に降りると、その階層は魔術道具のオレンジの光で照らされている、その研究施設の一角を占める屍鬼(グール)が捕らえられた牢獄のまわりに見物人の人だかりが出来ていた。

バルタザールが近づくと人の群れが綺麗に割れた、バルタザールの眼には屍鬼(グール)が石畳の上で手足をノロノロと動かす干からびたミイラにしか見えなかった。


バルタザールは思わず呟いた。

「まさかここまで異常な状態だとは」

「オレも驚きましたよ」


「これも魔道士の塔に送る事になっている」

「送るんですか?眷属なんてめったにお目にかかれないですよ」


「公式記録に残る限りはな、だがそれらしき不死者はまれに生まれてきた、こいつの様にだ」

「バルタザールさん向こうに送る前に調べさてください!!」

「それは構わん、だが欠損させる事は許さん」

「わかってます、すぐに初めます」

「いいかこの件に関して箝口令をひく、守らせろよ」

「了解!!」


ヨーナスが周囲の魔術師に指示を出すと、彼らは道具と薬品箱を動かし始めた。

バルタザールは屍鬼を冷たく一瞥すると上に昇る階段に向かう。


オーバンだったその屍鬼(グール)にはもう憤怒も(ソネ)みも嫉妬も無い、僅かに残された本能と衝動のまま牢屋の石畳の上で乾いた音を立てながら(ウゴメ)いていた。



研究所のあるハイネの学園通りの北側、水堀を越えた北の丘陵地帯は貴族や豪商の別荘地区になっている、その中でも瀟洒(ショウシャ)な赤い館が一際目立っていた、その館は最近西方世界から伝えられた赤レンガで建造され、真新しいその鈍い赤壁が異彩を放っている。


その館の二階の廊下の一番奥まったところに豪華な扉の一室があった、その館の使用人達も用がない時にはその部屋に近づこうとはしない、廊下も照明が無く昼間だと言うのに薄暗い。


その豪華な扉の中は完全なる暗闇になっていた、灯り一つ無い鼻先も見えない闇の中からなぜか生活の物音が聞こえてくる。


「ドロシーなんでばれたの?」

透明感のある少女の声がした、それはあの白いドレスの少女エルマの声だ。


「あなたおはだつやつや」

どこか無機的で人の言葉に慣れていないかの様な若い女性の声が応じた。


続いてどこか呆れた様な少年の声が割り込んだ。

「エルマお酒臭かったよ、ばれないわけないよ?」


「エルマかってなことしない」

「ドロシー、あいつマフダのお店に放火しようとしてたのよ、下僕の下僕にしてやったわもう犬にも勝てないわねあいつ」

「それでもダメ、つぎかってなことをしたらゆるさない」


漆黒の闇の中で闇よりも暗い何かが蠢き始めた、乾いた何かが弾ける様な音が闇を裂いた。


「ヒッ!!」


少女が息を呑んで怯える。

「わかったわドロシー!!もうしないから」


「その子はあなたのおともだちなの?」

「マフダのこと?幼馴染で新市街のお隣の子よ、それがどうかした?ドロシー」

「なかまにしたければつれてくる」


「えっ!?そんな事考えた事もなかった」

「あともどりはできない、よくかんがえて」

「わかったわ、よく考えさせて」


「そろそろおちゃにする」

闇の中をドロシーらしい大きな足音が移動していく、そして何か棚の扉を明ける乾いた音が鳴り響いた。


「おかしがない」


「ひどいわ!!ドロシー確認してないの?」

「りょこうのまえにぜんぶ食べたの忘れてた、すみっこの人をよぶわ」

それをヨハンが怪訝(ケゲン)そうな声で聞きとがめた。


「すみっこの人ってポーラでしょ?ドロシーいいかげんに名前覚えてあげ」

それを断ち切るように闇の中から金属のベルがなり響く、遠くから急ぎ足でかけてくる足音がした。











その日の朝の事だった、ベルはハイネの新市街の聖霊教会の修道女館の一室で目が覚めると、しばらく天井を見つめたまま戸惑っていた。


(ここは?長い夢を見ていたような)


だがすぐに修道女館で眠りに付いた事を思い出した、起き上がるとベッドの横の小さなテーブルの上にある小さな手鏡を手に取った、それに自分を映し出し絶望してまた布団に潜り込む。


「夢じゃない、髪が赤い」


「リリーさん、朝ですよ!!」

そこに明るく大きなサビーナの声が響く、いつのまにかサビーナが部屋に入っていた、もちろん責任者のサビーナは部屋のマスター鍵を持っている。


「ごめんなさいベルさん、見習い修道女らしく扱わないと」

布団に顔をよせて小声でサビーナがささやく、そして布団を力強く剥ぎ取った。


「うわ~~!!」


ベルは抗議しようとしたが思い直して微妙な笑顔で挨拶する。

「サビーナおはよう」


「まずは礼拝堂のお掃除を最初にするの、私が手本を見せるから一緒にしましょうね」

頷いたベルはさっそく着替えを初めた。

「その籠の中に替えの下着があるから着替えてね」


サビーナはそこでじっとベルの着替えを見つめていた、ベルはそんなサビーナを見て不思議な顔をする。

「どうかした?」

「見られて気にならないのかなって」


ベルはサビーナが何を言っているのか理解できない様な顔をしていたが。

「ん?前は女の人達に手伝ってもらっていたんだ、女どうしなら気にしない、でも人の裸は見たくないんだよね」


サビーナはベルの言っている事に驚いてから吹き出しそうになった。

どんどん裸になって行くベルの体を吟味するかの様に観察している、さすがのベルもしだいに気になってきたのかサビーナの方をちらちらと見始める。


「ベルさんもしかしてダンスとかやった事あるのかしら?」

ベルの体が驚いた様に震える。


「若旦那様のお付きになるために学びました、バレてしまいました?」

これはベルの頭の中の想定問答集そのままだった。


「わかりますわ、だってとてもしなやかで綺麗なんですもの、ベルさんの手は働き者の手をしていますね

ベルの手は見ただけでも同年輩の良家の令嬢と比べて固く鍛えられている、だが町人や農家の女性達と比べると手入れがされていてささくれ立ってもいない。


(でも働く女の手ではありませんわね、剣や武器を持つ手ですよ)


「そうかな?手が硬いのは使用人だから」

ベルは僅かに頬を赤くしている、だが全裸なのにあまりにも堂々とした態度にサビーナは目のやり場に困って目をあらぬ方向に泳がせた。


「着替えのお邪魔みたいね、汚れた下着類はその籠にいれてね」

サビーナはそう言い残すと部屋から出ていった。


礼拝堂の掃除が終わる頃には聖霊教会の早い朝食の時間となる、女の子達が大騒ぎをしながら食堂にやって来る、やがて賄いの二人の老婦人も共に加わった、朝食は聖霊教会の全員が共に席を並べるしきたりだった。


やがてベルとサビーナが最後に食堂に入って来た時には全員が席に着いて待っていた。

食卓には質素なライ麦パンと野菜スープが並べられている。


「アビー、ポリー、ヘレンおはよう」

ベルが孤児の女の子達に挨拶し軽く手をふった。


「「「リリーおはよう」」」

そのテーブルには空いた席が目立つ、それは男の子達の席だった、サビーナはそれをさみしげに見ている。

そして二人とも着席する、サビーナの隣がベルの席でファンニが戻ればそのまた隣になる。


「大姉様、男の子達はどこにいるの?」

ヘレンが美しいブルーの瞳でサビーナを見つめる。

「まだ教えられないのごめんなさいね」

「べつにいいのよそんな事!!」

そんなヘレンを優しく見つめていたサビーナはベルに向き直る。


「食事の後は礼拝堂に行くわ、リリーそこで手伝いをお願いするわね」

心の底で悲鳴を上げながらベルはうなずくしか無かった。

サビーナが聖句を唱え精霊王と精霊に感謝を捧げると、全員でそれに習って聖句を捧げると朝食が始まった。



ささやかな食事が終わりサビーナとベルは礼拝堂に向かう、いよいよ朝の参拝者を迎え入れる時間だ。


「ベルさん、私はさらわれた男の子達の手がかりを探すふりをすべきかしら?」

「一人は危険だよ僕がいっしょならいいけど」

「そうね、二人共ここを空けるわけにはいかないわね、あきらめる」

「それがいいよ」


ベルは昨晩のルディとの打ち合わせを思い出した。

「そうだ午後にはファンニが戻るけど、ルディがここまで護衛で来るよ」

「ありがとうね、ベルさん達には感謝の言葉も無いわ」

「もしセナ村に行くならルディに送って行ってもらってね」

「どうしようかしら、後を着けられるのも怖いけど、あの子達の無事な姿を見たいわ」


その時ベルの表情が急に厳しい物に変わる。

「どうかしたの?」

「おかしな奴らが聖霊教会の近くに群れている」


サビーナの顔が驚きに変わった、だがどこか予期していたかの様な気配が僅かに混じっていた。

「そんな事もわかるのですね」


ベルはそれに無言でうなずいた、ベルが張り巡らせた精霊力の探知の網が、聖霊教会の近くで群れ固まる不審な命の輝きを捕らえていた。








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