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小娘が届けた脅迫状

 ハイネ市の南西地区は鍛冶、繊維、パン製造、酒造の工房などが密集する工業地域になっている、大通りに近い地域は輸送業者や仲買商の大きな倉庫が立ち並んでいた。

だが日の出前の薄暗がりに包まれた倉庫街はまだ人通りも少なく、そんな街に黒いローブ姿の人影が数人集まっていた。

全員フードを深く被り性別も年齢も判然としないが魔術師の様にも見える、だがその中の一人は頭一つ分背が高く肩幅も広い、まるで騎士か戦士の様な体格でとても魔術師には見えなかった。


「さてここらへんでいいか」

リーダーらしき背の高い男が立ち止まると術式と詠唱を行使する。


「『バランガの死影の追跡者』!!」


しばらく沈黙した後に思わずと言った感じで口を開いた。


「おや?これかな」

「オスカーさん見つかりましたか?」

「やっと見つけたぞ、ずいぶん遠くまで動いたな、さっさと回収しようぜ」

一行はオスカーの先導で倉庫街の狭い裏道に入り込んでいく。


「どうやら屍鬼(グール)になっているらしいが油断するなよ」

オスカーは部下たちに警告する、その通路の奥の暗がりに何か蠢く影があった。


「では始めます『道征く鬼火』!!」

オスカーの後ろにいた黒ローブの一人が詠唱を行った、青白い鬼火が生まれ狭い裏道を照らしだす。

通路の奥の壁にもたれ掛かった人影が手足を蠢かせていた。


「あれだな無力化して確保するぞ」


「ではいきます『生者の訓戒死者の戒め』!!」

別のローブの男が詠唱を行った、すると人影は音もなく倒れ伏し動きを止めた。

「おっとこれが効いたか大した事ねえな」


嘲りながらオスカーは近づき足でそれをひっくり返した、だがそれを見て全員が息を飲む。


「こりゃ凄いな、水分が完全に無くなっているぜ、こんな屍鬼(グール)見たことねえぞ?」

それは砂漠の墓から掘り出した千年前のミイラの様に完璧に干からびていた、乾きひび割れた皮が骨に固く張り付いている。


「どうすればこうなるんだ!?」

「私も初めてです、バルタザール様はこれがいた事をご存知でしたよね」

「余計な詮索はするなよ?さっさと回収して引き上げるぞ」


黒いローブの者たちはその動かなくなった干からびた屍鬼(グール)を大きな革袋に詰め込み始めた。

「こりゃあ軽すぎですぜ、スカスカだ」

「これは誰です?」

「知るかよ、余計な詮索はするなっての」

オスカーは仲間達を睨んだがその口は妙に軽かった。

「さっさと袋に入れろ!!」


「はいはい」

部下たちはいやいやながらも気味の悪い屍鬼(グール)を革袋に詰め込んでいく、それを担いで表通りに運び出した。

「よし、さっさと研究所に帰るぞ」


「朝っぱらから仕事なんで驚きましたよ、帰ったらまた寝ますから」

部下の一人が軽口を叩いた。


一行は革袋を担いで北に向かって進んでいった、まもなくハイネに日が登ろうとしている。

日の出と共に城門の開門を告げる鐘の音が聞こえてきた。









そんな一幕があった所からそう遠くはない倉庫街の一角を占めるジンバー商会は朝から騒がしかった、その騒ぎは昼頃にはジンバー商会で知らぬ者が居ない程の大騒動になっていた。


ジンバー商会の会頭室でエイベルの執務机の前に壮年の執事長のフリッツが疲れた顔で立っていた。

「会頭、オーバンの足取りは未だ掴めておりません」

「どこかの娼館で寝ているんじゃないのか?」


執事長のフリッツは首を横に振った。

「オーバンの馴染みの娼館は全てあたりました、捜索範囲を広げているところです」

フリッツの態度からは苦々しい物がにじみでてくる、この男はオーバンをまったく評価しておらず、オーバンも彼への敵意を隠そうともしなかった。


「あいつはこの重要な時に何をやっているんだ!!」

エイベルは頭を抱え思いを吐き出した。


今までもオーバンが娼館や女のところに泊まり込み帰らない事はあったが、最近の状況ゆえに過敏になっていたのだ、特別班の精鋭が壊滅させられたのは一昨日の晩の事、そこに来てオーバンの行方不明だ。


オーバンはエイベルの兄の息子で、出来が悪いが敬愛する兄の忘れ形見だった。

ジンバー商会は会頭の父と歳の離れた兄の二人で築き上げたのものだ、零細運送業者から始まり手広く商いを広げハイネ有数の豪商になった、そして街の裏社会とも深く関わっている。

またコステロ商会とも深い繋がりがあった。


「失礼します会頭!!執事長!!」

そこに会頭室に籠を抱えた男が小走りに駆け込んでくる、よく見ると朝からオーバン捜索に専任された気の毒な男だった。

フリッツはその男を呆れた様に見下す。


エイベルは何かを感じたのかイスから立ち上がっていた。

「何事だ!?何かわかったか」


「オーバン様の煙草ケースが見つかりました、場所は商会の西側のサンタモニカ商会の倉庫脇の裏道です」

「近いな!!」

「子供が拾って遊んでいたのを商会で見つけた者がいました、子供に案内させたところそこで拾ったと判明しました」

「見せてみろ!!」

男が机の上に豪華な革張りの煙草ケースを取り出した、最近流行りだした煙草を喫煙する為のセットで着火用の魔術道具を含めて目が飛び出る程の高価な一品だ。

蓋を明けると内張りにオーバンの名前が記せられている、それがオーダー品である事を示している。


「これはあいつの物だ・・・他に何か見つかったか?」

「はい小型の酒樽が見つかりました」

男が小さな酒樽を机の上においた、フリッツは酒樽に押された焼印を探し出し確認する。


「会頭これはオーバンが最後に目撃された飲み屋の酒樽ですな」

「まさかあいつ誘拐されたのか?」

「まだわかりません会頭」


エイベルはその専任の男を睨むと言った。

「これからおまえがすべきことはわかっているか?」

その男はかなり困惑した顔をして顔を横に振った。


「彼は調査が専門ではありませんオーバンを良く知っていると言うだけです、もはや彼の手にあまるかと」

「お前は元の仕事に戻れ後のことは心配するな」

エイベルはその運の無い男をこの仕事から解放してやる事にした、男は頭を下げると逃げるように執務室から去っていった。


「調査は特別班に回そう、あいつの無事がかかっている」

「会頭、特別班はオービス隊壊滅の捜査と例の三人組の調査に追われています」

「オーバンが誘拐されたとするとだ、そいつらが関わっているかもしれんな」


「この娘にオーバンの部下が怪我をさせられていましたな」

フリッツは執務机の書類入れの中の肖像画を指差した、その肖像画から黒い長髪の美しい娘が不機嫌そうに睨んでいる。


「そしてこの娘に二人殺られた」

エイベルはワンピースの整っているが人形じみて不気味な貌の少女の肖像画を手に取とった。


「この娘がローワンの手の者にセナ村で目撃されている、オーバンの件が落ち着いてからと思ったが、奴らがオーバンを誘拐したならばそこにいる可能性もあるのだな」

「会頭、セナ村を重点的に調べますか?南の聖霊協会の修道女の身柄の確保の件は?」

「そっちこそオーバンの件が落ち着いてからだ」


「フリッツ、奴らはウチを狙い撃ちにしていると思うか?」

「動機はわかりませんが、ジンバーが沈んで喜ぶ奴らはいくらでもおりますからな」

フリッツは肩をすくめた。


そこに扉がノックされ若い執事の声がする。

「会頭、伝言版です」

「入れ!!」

護衛が扉を開くと若い執事はエイベルの執務机の前まで進み出る。


「調査班からの伝言です」


若い執事は封印された伝言板をフリッツに手渡す、それを確認したフリッツが封を切りそのままエイベルに手渡した。


エイベルは伝言板を開き僅かに驚いた。


「フリッツ、行方不明だった例の男が生きたまま見つかった、あと輸送隊の馬車が発見されたぞ」

行方不明の男とはオービス隊で遺体が発見されていない男の事だ。

「捕虜になったと思われていましたが」


エイベルは伝言板をフリッツに手渡した、執事長はそれに目を通す。


「会頭、これで当日の目撃者が確保できましたな、輸送隊の馬車を売ろうとした男が見つかった件ですがはたして奴らと関係ありますかな?」

「とにかく尋問を急いでもらうぞ、その結果で次どう動くか決める」

「かしこまりました」


フリッツは小さな布で伝言板に書かれた文字を拭い消した、そして後ろに控えている若い執事に伝言板を手渡し指示を出す。


「輸送隊が襲われた状況をできるだけ早く調べて報告する様に伝えろ」

その男は一礼すると会頭室を出ていく、それに立ち代わる様に今度は壮年の男が会頭室に走り込んできた。


フリッツは訝しげにその男を見やる、その男は商館の警備を担当する責任者だった。


「なんだ?どうした?」

「はい、エイベルさんこのような手紙が!!」

男は執務机の前まで進むとエイベルに手紙を手渡した、それを受け取り一読したエイベルは愕然となる。


『ジンバー商会の南門近くの倉庫の二階にあるソムニの樹脂を総て焼く』


その手紙にはそう書かれていた、それには何か記号が書かれたラベルが蝋で貼り付けてあった。


「会頭?」

フリッツは不安げにエイベルに呼びかけた、エイベルはフリッツを見上げると手紙を手渡した。


「な、なんだと!!!」

一読したフリッツは慌てて呼び鈴を鳴らし執事を呼び出す。

「これを特殊商品班に持っていき在庫を確認させろ!!あとすぐに警戒を厳にしろと伝えろ」

折りたたんだ手紙をその執事に手渡した。


エイベルは警備責任者に訪ねた。

「手紙を持ってきたのは誰だ?」

「はい、田舎臭い赤毛の小娘でした、陰険そうな魔術師に頼まれただけだそうです」


「やはり足が付かないようにしていますかね」

フリッツが疲れたようにこぼした。


「商会の警備を厳重にしろ」

エイベルは警備責任者に命じた、エイベルの目はもう行って良いと言っていた。

警備責任者は慌てて執務室から去っていく。


「フリッツ!!この手紙の出し手が奴らだとしたら、内部に潜入されている可能性が高いぞ、こちらの輸送隊の動きが読まれるわけだ」

「その可能性は高いと私も思います、密偵がいる可能性もありますね」


「ソムニの樹脂が狙われているとなると、コステロ商会に報告しないわけにはいかんか・・・」

「会頭、我々だけで解決したいところですが失敗した場合取り返しがつきません」

「コステロ会長からご助力をいただける事になってはいるんだが・・・」

悩ましげなエイベルの顔を見たフリッツの顔色が悪くなった、そこには僅かに恐怖の色が差している。


「真紅の淑女様ですか、ですが我々の指示など聞きませんでしょう?」

「だろうな・・・」

エイベルは疲れた様に豪華な革張りの椅子に深く持たれかかった。


そして小さく呟いた。

「手紙はオーバンに触れていなかったな・・・なぜだ?」





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