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虚空の球体

 「うぅーん」

疲れを癒そうと花園に横になっていたルディガーの横で悩ましげな声があがる、その人間臭い響きにルディガーは跳ね起きた。


「ベル戻ったのか?」

ベルサーレは瞼を開きルディガーを見た。

「あれ?僕どうしたんだろう?ここは?」


ベルサーレは自分の体の違和感に気がつく、体の上にかけられたルディガーの上着を見た、それをめくりあげ中を覗き込んで固まる。


「うっ!!きゃああぁあぁぁ~~~」

悲鳴を上げながら体を丸めてルディガーの上着にくるまった。


「なんで裸なんだ!?見るなすけべ!!」

顔を赤らめた彼女は花園の草花を引きちぎってルディガーに投げつける、ルディガーは頭から草をかけられながらも心の底からそれを喜んでいる様に見えた。


「よかった、元に戻ってくれたか・・・」


それを聞き咎めたベルサーレの表情が変わった。


「ルディ何が起きた?」



「原因はわからんがお前が急に獣のようになって森に走り込んだ、お覚えてないのか?」

ルディガーは回収したドレスと下着と靴と剣をベルサーレに示す。

「自分で脱ぎ捨てたんだ、道標の様に」


「とりあえず着るから向こう向いて」

「わかった、思い出せる事があったら教えてくれ、俺も何が起きたか知りたい」

ルディガーはベルサーレに背を向けた、ベルサーレはさっそく身支度を始める。


「ルディ、山が近くに見えるけどここはどこ?」

「山脈の手前に森が有ったのを覚えているか?ここはその森を抜けたところだ」

「黒い河からすいぶん距離がある」

「お前を追いかけていたら森を抜けた、何も覚えていないのか?」


「何も・・・でもとっても楽しい夢を見ていた様な気がする」


「俺はお前に導かれているような気がした、お前がいなければ今頃まだ森を彷徨っていたな」

「僕が森の案内を?バーレムの森なら案内できるけど・・・」



「あれコルセットがない?」

「森に置いてきた、必要だったか?」

「ううん気にしないで、あれは動きずらいし邪魔、せいせいした」

ベルサーレはすっきりした様な笑顔でルディガーの背中に笑いかけていた。



「ルディいいよ」


ルディガーが振り向くと目を驚いた、ベルサーレは引き裂かれた白いドレスを無理やり纏っている、そのドレスも随分と汚れがめだつ。

そこでルディガーは森で拾い集めたコルセットの留め金を思い出した。


「これは使えないか?」


上着のポケットから留め金を取り出し彼女に手渡した。

ベルサーレは胡乱げにそれを見ていたがルディガーの意図を理解したのか、それでドレスを固定しようと苦闘し始めた。

そして最後に愛剣のベルトで腰の周りを締める事でなんとかドレスの形を保つ。


彼女は不思議な魅力にあふれていた、コルセットを失ったのにも関わらず彼女の腰は細い、細いだけではなくしなやかな力強さに満ちている。

破れたドレスもなぜか彼女に似つかわしかった。


「このほうが歩きやすい!!」

彼女は花園のまわりを歩き回る、ドレスが破れたせいで歩きやすのだろう、だがドロワーズがちらつきルディガーは目のやり場に困った。


「ベルなんともないのか?」

「ん、怪我はしていない」

「腹はなんともないのか?」

「お腹?大丈夫だけど?なんか少し熱い様な気がするな」

ベルサーレは手のひらでお腹をなでた。

「お前が森の中でおかしな物を食べていないか心配なんだ」

ルディガーはベルサーレが森で怪しい茸や暗黒の渦の中心で赤く輝く目を食べた事は教えない事にした、しばらく様子を見守る事に決める。


「ベルとにかく進もう、夜になる前にできるだけ進んで置きたい」

「夜だって!?たしかに少し暗くなっている」

二人は山脈を目指して真っ直ぐに進み始めた。

その二人の後を二人の影が痴話喧嘩でもするかの様に見苦しく争いながら追いかけて行く。



大森林と山脈の間には灰緑色の草原が広がり、灰茶色の枯れた茂みと岩場が点在していた、そして少しずつ山脈に向かって傾斜を強めている。

漆黒の水が流れる小川が現れ二人はそれを飛び越えると、黒い水が二人を捕まえようと伸び上がる。

空はしだいに暗くなって行く、それに反比例するかのように大山脈の上の輝きが空に明るく浮かび上がって来た。


二人はいよいよ草原を越えて岩場に辿り着こうとしていた。


「ルディ!!後ろを見て」


ベルサーレの声に驚きと感嘆の響きがあった、ルディガーも後ろを振り返り絶句する、背後の大森林の奥からとてつもない巨大な大樹が聳え立っていたからだ。

樹齢が数千年以上の森の巨木が若木に見えるほどの空前絶後の大樹が天をついていた。


「あれだけの木がなぜ反対側からは見えなかったんだろう?」

ルディガーはその彼女の疑問に驚いた、たしかに黒い河の方角からもアレが見えてもおかしくない高さがある。

しかし見渡す限り地平線まで大森林に覆い尽くされている、この森を果たして数時間で越えられるものだろうか?

本当にあの大樹は反対側から見えなかったのかも知れないとルディガーは思い至った。


「ベル、ここでは常識が通用しないようだ、光は歪み距離感も狂う」

「・・・・・」


「できるだけ進んでおこう、夜進んだ方が良いのかどこかで一晩すごした方が良いのかすら判断できない」

「ねえルディ、ここの一日は何時間ぐらいなんだろう?」

「なんだと!?そうか・・・」

ルディガーは一日の長さを元の世界と同じだと無意識に考えていた。


「思い切ってあそこまで行った方が良い気がしてきた」

ベルサーレは山の頂の上の輝きを指差した。


「行けるところまで行こう、夜が明けるまで3日かかるかもしれないからな」

ルディガーは夜が半年続くかもしれないとさえ今では思っているがそれは口にしない。





岩場の間を縫うように二人は山頂を目指す、頭上の輝きが目印なので迷う心配は要らなかった。

徐々に空はは暗くなって行くが、頭上の輝きに照らされてあたりは薄明るかった。


先程から二人は無言で光に照らされた獣道の様な山道を登っていた、どんな獣が道を拓いたのかあえて考え無いように。


周囲の岩の影から時々ひそひそとした声が聞こえてくる、この世界に慣れてきたルディガーはそれに意識を向ける事も無く無視をした。

ルディガーはふと視界の端にベルサーレのドレスの白い裾と足を見た、彼女は後ろにいたはずだと思い後ろを向くがだれもいない。

いつ彼女は前に出たのだろうか?


「ベル、俺が前を進む下がってくれ!!」

「ルディ!!僕は後ろにいる惑わされないで!!」

背中から緊張したベルサーレの声で我に返った。


「なんだと!?」

ルディガーが後ろを振り向くとこちらを案ずるような顔をしたベルサーレがいた。

慌てて前を向き直ると誰もいない、ルディガーはつい足を停めていた。


「まやかしなのか?」


ルディガーが一歩前に進んだとき、後ろから抱きつかれた、ルディガーはあせるが、体の前に回された腕はベルサーレの手だった。

いくぶんか狼狽しながらルディガーは後ろを振り返る、背中に確かにベルサーレが抱きついていた。


「ベルどうした!?」


彼女は背中に顔をおしつけ、今にも泣き出しそうな声を出した。

「僕たち帰れるのかな?」


彼女の声は僅かに震えていた。

ルディガーの胸が詰まる、彼女がこんな弱みを見せる事などめったに無い。

自分も帰れると確信しているわけではない、だがこう言うしかなかった。


「かならず帰れる、信じてくれ」


確信など無かった、だが絶望したらそこで終わる事をルディガーは知っていた。

そして向き直ると俯き加減のベルサーレを抱きよせる、幼かった頃の彼女は幽霊やその類が苦手でよく抱きしめてやった事がある。

だがここにいるのは成人の義を通過したうら若き令嬢だった、ベルサーレは顔を上げその潤んだ瞳は何かを語りかけてくる。

だが何かがおかしいと心のどこかで警鐘がなり響き始めていた。


その時ルディガーは気がついてしまったのだ、二人の影が岩場から消えている事に。



『貴 様 ら 愚 弄 す る か!!』


その叫びは声にはならない、だがベルサーレの顔がイタズラがばれたイタズラ娘の様に笑う。




「ルディ!!痛い強すぎる苦しい!!やめろ!!やめてお願い!!」

ルディガーが我に変えった時、強く締め付けた腕の中でベルサーレが暴れていた、はっとして力を緩める。


「訳がわからない!!なんか大人の気分だったのに」

ベルサーレの言葉は最後は消え入るような小さな呟きだった。


「すまん、俺たちの影が消えていた」

ベルサーレも足元を見る、二人の足元から影が這い伸びて再び勝手きままに動き出す。


「今のはこいつらのせいなの?」

「なあベルお前は何を見た?」

「言いたくない・・・」

「俺もだ・・・」

彼女の顔が赤らみふいと顔を逸してしまった。


「今まで影共は害は無いと思っていたが油断した、こいつら夜になると変わるのか?」

「そうかも」

「くそ、先を急ごう」


二人はふと眼下を見下ろす、山頂からの光に照らされて大森林が眼下にうずくまっていた。

すでに日は落ち空は暗いだが分厚い雲と霧が下方からの光に照らし出される、それは不思議な幻想的な光景だ。


二人がまた影を警戒しながら岩山を登り始めしばらくすると、目の前に黒ぐろとした何かが行く手を塞いでいた。


「ベルあれは黒い岩じゃない」

昼間見た黒い影共や森で遭遇した暗黒の渦を連想させる、光を吸収するかのような暗黒の何かがそこにある。


反応が無いので隣のベルサーレを伺うと、彼女の顔が苦しげに変わり僅かに体を屈めている。

「どうしたベル!?」

「ちょっと気分が悪いんだ、お腹の調子が悪いみたい、なんか熱いものが」

ルディガーは太古の森の底で獣と化した彼女の食事を思い出した、今になって腹を壊したのだろうか?


こんな時にと思いながらもその暗黒を観察する、それは美しい球体をして地面から僅かに浮いていた。


その球体はゆっくりとこちらに向かってくる。

「ベル、あの魔術道具を用意しておいてくれ」

「えっ、ああ、わかった・・・」


ベルサーレはドレスの内ポケットから照明用のブローチの様な魔術道具を取り出した。

ベルサーレをかばいながら後ろに下がろうとしたが、なぜか周囲の景色が横に流れ始める。

ルディガーはそれに不審に感じ後ろを見てそして黙り込んだ。


「ルディ?・・・どうした?」

ルディガーの返事がない。

「ルディ!?」


「後ろが無くなった・・・」

「はい?」

ルディガーはベルサーレを抱きかかえてささやいた。

「俺にもわからんが、後ろと言う方向が無くなったとしか言いようがない、後ろを見るな気分が悪くなるぞ」


「何があるの?」

「そうだ虚無と言う奴だ、俺たちの後方はその周りに歪んで輪のようになって張り付いていた」


「横に動いている様な気がしたのはそのせい・・・僕も見ておきたい・・大丈夫」

ルディガーは心配しながらも力を緩めてやると、ベルサーレは後ろを振り返り絶句した。


「これは幻覚なの?」

「わからん」


そうしている間にも球体は近づいてくる、ルディガーが再び後ろを向くと、虚無が一回り大きくなっている、その周囲に世界が押しつぶされた様に張り付いていた。

「まずい、広がって行くこのままでは動きが取れなくなるぞ!!」


「剣で切れるかな?」

苦しげだがベルサーレは球体を睨み据えていた。

「ああ、期待はできないが試しておくか」

ルディガーは抜剣し黒い球体を素早く切り裂くと素早く下がる、だが彼の剣の先が消滅していた。


「クソ、最悪の予想が当たったか!!あれに掛けようベル道具を渡してくれ」

ベルサーレは手の中の魔術道具をルディガーに手渡した。

「ベル俺がこいつを投げたらお前は伏せるんだ」

ルディガーは魔術道具の暴走に賭けた、これが暴走する保証など全く無かったが、他に手が思いつかなかった。


「ルディはどうするの?」

「投げたら俺も伏せる」

ルディガーはベルサーレの上に自の体で覆い彼女を守るつもりだったがそれを教えるつもりは無かった。


「よし行くぞ!!」

ベルサーレが地に伏せルディガーは魔術道具を黒い球体に投げつけた、そして自らはベルサーレの上に覆い被さる。


「ぐぶっ!!」


変な音をベルサーレが立てたがそんな事を気にする状況では無い、ルディガーは爆発に備えたが何も起きない、そして金属の音を立てながら魔術道具がルディガーの目の前に落ちて来た。


投げたはずの物がなぜ目の前に?愕然としながらもルディガーは立ち上がる、だが後ろの虚無は更に広がり世界が見る間に狭くなっていく、もはや世界の広がりは前にしか存在しなかった。

しだいに閉塞感に押しつぶされていく。

だがルディガーはまだ絶望はしていなかった、何かの道筋を見出すべく必死に苦闘していた。


そして幽鬼の様にベルサーレが立ち上がる。


「だめだ、熱いものが胸まで込み上げきた、みないで」


その直後ベルサーレは黒い霧の様な何かを吐き出し始めた、その霧には赤く煌めく火の粉のような粒子が混じっている。

それは彼女の体に収まっていたとは思えない程の量だ、それは止まらずしだいに青や緑の粒子が混じりながら吹き出していく。

ルディガーはただ驚くだけで考える事ができなくなっていた。


その霧の混合物が漆黒の球体に引き寄せられ接触し吸い込まれて行く、やがて球体は膨張を始め表面に色とりどりの光が走り始めると無数のヒビが生まれる。


「ベル伏せるんだ!!!」


ルディガーはベルサーレが力なく地に伏せるのを見た、思わず彼女に覆い被さる。

その直後の事だった音も熱も感じない大爆発が起きた。


あたりは黒い光に満たされた、黒い光とは矛盾しているが、そう例えるしかない閃光が球体からほとばしる。

その直後に何かが吹き抜けた、その理解しがたい爆風が通りすぎるとルディガーは意識を失った。








ルディガーは誰かに揺さぶられていた、そして誰かが彼の名を呼びかけている。

「ルディ起きて!!」

再び揺さぶられた。


ルディガーが瞼を開くと目の前にベルサーレの顔があった。

「おまえか・・・」

「やっと目が醒めたね、僕は下だったからすぐ目が醒めたみたい、ありがとう」

「腹は大丈夫か?」

ベルサーレの機嫌が一気に氷点下になった。

「僕は何を森で食べたんだ?」

「どうしても知りたいのなら俺が知っている範囲で教えよう」

嫌な顔をして少し考えると彼女は答えた。

「やっぱり、いい」


ルディガーは体を起こすと二人の影を確認する。

「ふふ、僕は影に操られてなんていないから」

「それはよかったな」

ルディガーは少しふらつきながら立ち上がる。

「どのくらい寝ていたのだ?」

「わからない、僕もさっき起きたばかりだ、ここには星も月もない」


思わず空を見上げると、山頂に何か巨大な建造物らしき物が見えた、その上空に巨大な光る光体がある。

「何だあれは?」

「僕にもわからない、でもあともう少しだ」







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