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黒い河


 二人の眼下を黒い大河が横切り行く手を阻んでいる、その川幅は200メートル近くあるだろう。

河には黒いタールのような何かがゆったりと流れ、泡が湧き上がり弾けている。


その大河の向こう岸に大きな森が広がり、その先に巨大な山脈が聳え立ちその頂きに強い光が輝いている。

大山脈もあの花園から見た時より大きく見えた、もっともその視覚が信じられるか怪しかったが。


二人はしばらく唖然としたままその黒い流れを眺めていた。

「ルディどうしよう?橋か船があればいいんだけど」

「あれを泳いで渡る気にはならんな」

「同感だ」


眼下の草原を観察していたベルサーレが何かに気づいた、少し右側を向いて目の上に手の平でひさしを作って背伸びする。

「あれを見て!!」


ベルサーレが指差す先、黒い大河の岸に芥子粒のような白い何かがある。


「どこだ・・・あれか、何かあるようだが良く見つけたな」

「僕は眼がいいんだよ」

ベルサーレが少し得意げに笑う、いつもなら軽くむかつく所だがルディガーにはそれが嬉しかった。

その白い何かはここからは遠くて緑灰色の草原の色にまぎれて見分けがつきにくい。


「ベル行こうか」

ベルサーレはそれに頷くと二人はその白い何かを目指して丘を下って行く。


ふたたび生ぬるい風が二人の間を吹き抜ける、その風の音はなぜか人の嘆き声のように聞こえた、ベルサーレはそれを聞き取ろうと耳を研ぎ澄ませた。


「ベル、今は無視しろ」

それを察したルディガーがすかさず止めさせる。

「・・わかったよ」


二人の影はあいかわらず道化の様にふざけながら主の後を付いてくる、ふざけたり喧嘩をしたりいかがわしい行為にふけっていた、だが今のところは害を及ぼす行動には出てこない。

そして後ろから来る黒い異型の人影は丘の向こう側なのかいまだに姿を見せなかった。


二人は慎重に白い何かに近づいていく、しだいに直径3メートル程のサラダボールのような形をしだいに現してきた。

「あれ船にならないかな?」

「たしかに、だが(カイ)が必要だぞ」

「見て側に何かある!!」

そのサラダボールの側に、先が平らに広がった長い木の棒が二本転がっていた。


「誰が用意したんだろう?」

ベルサーレが鼻に皺をよせた。


そのサラダボールはかなりの肉厚で、ルディガーにはまるで髑髏(ドクロ)の上半分を切り出した様に見えたのだ。


「ルディこれ頼りないぞ」

「だがこれ以外に渡れそうな物はない、もっと遠くに行けば橋や渡し船があるかもしれないが」

「有るのか無いのかわからない物をあてにするのは間違っている」

「普通なら橋ぐらい探せば見つかるはずだがここではな」


二人はその白いサラダボールに辿り着いた、黒い大河から数メートル離れた場所に置かれていた。


ルディガーは不気味に波打つ黒い大河の流れを見た。

「ベルこの黒い水は大丈夫だと思うか?」

「触りたくない、そうだ!!」


ベルサーレはドレスの飾りを一つ引きちぎると河に投げ入れた。

その白い飾りが水面に落ちた瞬間、黒い液体が覆い被さると水底に引きずり込んでいく。


「これは危険だ、落ちたらひとたまりも無いな」

「ルディとりあえずこいつを浮かべてみよう」


二人は灰色の巨大なサラダボールに取り付いて揺らして見た、それは見かけは重そうだが想像よりずいぶんと軽かった。


「幸いにも岩の様な材質では無いな、これはまるで・・・」

ルディガーは途中で口を閉じてしまった、ベルサーレはそんなルディガーを訝しげに見ると、二人は巨大なサラダボールを河に押し始める。


「ルディこれ見かけより軽そうだね、まるでコルクみたいに中が空洞みたいだ・・・まるで」

こんどはベルサーレが口を閉ざしてしまった。


「ルディまるでこれ髑髏(ドクロ)みたいだね」

ベルサーレがつい本音を吐いた、それは巨人の髑髏(ドクロ)の上半分と言われても信じてしまいそうな形をしていた。


二人は(カイ)のような棒を髑髏(ドクロ)の船に放り込んだ、そして船を河に向かって押し始めた。

それは河までの距離が半分になった時の事だ、水面が渦を巻きやがて粘性の高い液体が沸騰するかのように波打ち始める、二人は直感的に船から離れ剣を抜き放ち川岸から距離をとった。



何かが河から出て来ようとしている。


その直後に白い巨大な球体が河から飛び上がった、それに細くて長い胴が続く、例えるなら白い巨大な(ミズチ)に似ていた、球体は水面から10メートル近く浮き上がり左右に揺れている、胴の先は黒い河の中にあって全貌はまったくつかめない。

その直径2メートル程の頭の中央に丸い黒い穴が空いていた、穴は口の様に見えるが歯も舌も無く口の役割をしているとも思えない。


「なんだこれ!!」

ベルサーレが叫ぶ。


『なんだこれ・・・なんだぁこれ・・・これぇえ』


思わず二人は後ろを見た、コダマが後ろから聞こえてきたからだ。

だがすぐに前に向き直った、まずは目の前の脅威をどうにかしなければならない、その異型の(ミズチ)は頭を振りながらこちらを伺っている、そして最初にルディガーに襲いかかった。


「早いぞ!!」

ベルサーレが叫んだ。


ルディガーは相手が巨大すぎるのでまともに受けるつもりはない、素早く後ろに飛び下がる。

(ミズチ)はルディガーのいた場所をえぐり取ると河に戻る、地面には鋭い刃物で切り取られた様にきれいな形の丸い穴が空いていた。


ベルサーレが警告した様に(ミズチ)は図体の割に素早いようだ。


二人は更に川岸から十分な距離をとった。


「なんだこの穴は?」

「なんだろう食われた感じじゃない、消えて無くなったみたい」

「ベルこいつは危険だぞ!!」


その白い(ミズチ)は岸から数メートル以上離れた河の中から左右に振れながらこちらを伺っている。


「船を巻き込みたくない、少し動くぞベル」

「わかった」

二人は左手に走ると幸いな事に(ミズチ)も河の中を移動して追いかけて来る、船から十分な距離ができた所で二人は止まった。


「こいつをどうにかしないと先に進めそうに無いな」

「こいつ切れるのかな、ルディの剣は普通の剣だよね?」

「そうだ上等な剣だが魔剣ではないぞ」


ベルサーレは僅かに思案していたがルディガーを見上げる。

「ルディ僕が囮になるから、奴を切ってみて」

「なんだと!?囮は俺が・・・いや頼んだ」

囮も切るのも危険な事は変わらない、ならば素早いベルサーレが囮になり、力のあるルディガーが攻撃した方が良いと判断したのだ。


ベルサーレは攻撃の間合いを探りながら(ミズチ)の挑発を始めた、敵は明らかに彼女の動きを意識しだした、そしてあるところまで彼女が河に近づくと敵が動く。

急激に首を伸ばすと球形の頭で襲いかかる、彼女は攻撃を予感をしていたのかそれを転がりながら回避する、それはギリギリの間合いだった。


その間にルディガーが接近しその(ミズチ)の首に一撃を食らわした、そして即座にさがり退避する。


「やったか!?」


(ミズチ)は河の上に頭を戻して左右に揺らしていた、その首には大きなキズが走っていたが見る間にそれが閉じて行った。

そしてベルサーレのいた場所には大きな丸い穴が空いている、やはりそこの土が消えて無くなった様に抉れていた。


「奴の傷が塞がっていくぞ」

「クソ、どうしたらいいんだ?」

ベルサーレの声には動揺の響きがあった、それがルディガーの絶望しかけた心に火を燈す、絶対に元の世界に二人で戻ると。

改めて巨大な(ミズチ)を睨みすえた、なんとか打開策が無いかと頭を回転させはじめる。


何か使える物は無いかと体を弄った、そしてある物に指が触れる、それはベルサーレから預かった照明用の魔術道具だった、すでに光は絶えていた、目覚めた時にはすでに精霊力が力尽きていたのだ。

力が失われているのでは役には立たないと落胆する、だがこの時ルディガーは古い友人の言葉を思い出す。


大公家の公子のルディガーは基本的な魔術の知識を学ぶ事を求められていた、魔術道具も魔術師も魔術式に精霊力を流す事に関しては原理は同じだと教えられた、使われなくなったり壊れた魔術道具も魔術式はまだ残っていて、取り扱いに注意をしないと暴発する危険があると彼は語っていた。

特に壊れた魔術道具は力を外部から勝手に取り込み蓄積したり、外部の力に反応し暴走する危険があると。


「ルディ!!奴らが来た!!!」

その思索を破るようにベルサーレの警告が響き渡る。


『るでぃいやつらがぁきたぁ・・・やつらがぁきたぁ・・・きたぁあ』


「なに!?」

ルディガーが後ろを振り返ると、黒い異形の者達が数体丘を下ってこちらに向かって来る、その速度はあい変わらずゆっくりとしていた。

「このコダマは奴らの仕業だったのか!?」

「間違いない」




「わかったベル賭けに出るぞ、奴をもういちど挑発してくれ」

「何ぜ、いやわかった詳しい話は後で聞く」


ベルサーレはふたたび間合いを探りながら(ミズチ)の挑発を始める、敵はまた彼女の動きに釣られ、そしてあるところまで彼女が河に近づいた時、急激に首を伸ばすと球形の頭で襲いかかった、彼女はそれを再び回避する。


その間にルディガーは(ミズチ)まで一気に距離を詰めていた、近すぎても危険だが遠すぎると入らない、穴から首をもたげて河に戻ろうとする球形の頭の口に魔術道具を投げ込む、そしてすかさず後ろに飛びのいた。


ベルサーレは目を見開いている。

「ルディ!!今のは何!?」


(ミズチ)は元の位置に戻ったがそこで動きを停めた、その白い体に徐々に亀裂が走り始め、やがて亀裂から強烈な光が溢れ始める。


「伏せろ!!!」


ルディガーが警告した時、すでにベルサーレが(ミズチ)が開けた穴に飛び込んでいた、ルディガーも僅かに不安を感じたが彼女を見習って近くの穴に飛び込む。


『ふせろ・・・ふせ』

異形の者達のコダマが聞こえた、ルディガーは穴の底で目を閉じ耳を塞いだ、その直後世界は白い輝きに包まれ爆発が起きた。


ルディガーの体を爆風が叩いたが熱も傷みも感じない、すぐに穴の外に頭を出して周囲をうかがう。

黒い大河の中の(ミズチ)は跡形もなく消滅していた。


近くの穴からベルサーレが首を出して周りを見回している、どうやら彼女も無事らしいがどことなくその仕草が可愛らしい。


「ルディ照明道具を放り込んだ?」

「そうだ、だがまだ安心はできないぞ!!」


黒い異形の者達が徐々に近づいてくる。

「船に戻ろう!!」

ベルサーレは穴から飛び出し走り出した、それにルディガーも続く。


二人は船を力いっぱい押し始める、思ったより軽いとは言えそれなりに重いのだ。

ルディガーの隣で船を押すベルサーレの息が荒い、先程の戦いで見かけより疲労したのだろう。

「大丈夫かベル?」

「うん大丈夫、でも後ろがまずい」

背後に黒い異形の者達が迫ってくる。


二人はなんとか船を黒い川面に押し出した、黒い水が船に這い上がろうと昇ってくるが、力なく途中で落ちていく。

「なんとか行けそうだ」

ベルサーレが鼻白見ながらも断言した。

「よし乗ろうベル、いそげ」

二人は船に飛び乗ると二人は櫂をつかんで船を川岸から離そうとした、だが船は動かないまだ水深が浅くて浮力が働かないようだ。


「くそ、慌てたか」


ルディガーは舌打ちすると船から飛び出した、そして船を一人で押し始める。

黒い異形の者達はすぐ背後に迫ってきている、ルディガーの戦士の直感が闘う事を避けろと警告していた。


「ベルお前は(カイ)で押せ」

「ルディ!!」

驚いたベルサーレの叫びには悲痛な響きがあった、その悲痛な響きがルディガーに力を与えた。


『るでぃ・・・るでぃ・・るでぃいぃ』

背後で影達が一斉に叫んだ、異形の者達はルディガーの間近にせまっていた。


「はやく!!」

「大丈夫だすぐに飛び乗る」


『はやく・・はやぁく・・・あぁく』


ルディガーの片足が河に入った、革靴を黒い河の水が這い上がってくる、その瞬間意識が朦朧として体が揺ぐ、それでも構わず気力をふり絞り最後の力で船を押し出す、そして船はついに動き始めた。


なんとか船のヘリにとびついて這い上がろうとしたが、そこで意識が途切れた。


幼馴染の呼ぶ声が聞こえた様な気がした。








ルディガーは極彩色の色の洪水に包まれていた、眼前にコバルトブルーの目の醒める様な美しい水をたたえた大河が広がる、それを背景に黄金と白磁でできた咲き誇る花のような造形の精緻な工芸品のような乗り物が大河に浮いていた。


その上に美しい若い女性が立つ、白銀の甲冑に身を包み、黄金に輝く剣を佩いている。

朝焼けの紫の様に光り輝く長い髪と、光を帯びたコバルドブルーの瞳、長身の威厳のある壮絶なまでの美しさ、肌の色は朝焼けに染まった雲のような明るい赤みを帯びた白だ。

彼女の背には二枚の不思議な形の翼が光り輝いていた、半透明の色ガラスに似た翼は人の手のひらの様に枝を広げていた、それは幻想的なまでに美しい。

彼女は人では無いと思わせるに足る威厳と気品に満ちあふれている、まるで彼女が女神その人であるかのように。


そして大河の向こう岸にはエメラルドの輝きをした大森林と美しい草花、蒼い宝石の様な艷やかなヒラメの様な生物が空を飛んでいる。

大森林の向こう側には頭に雪を被った壮麗な大山脈が聳え立ち、その頂きに虹色を煮詰めた様な光が燦然(サンゼン)と光かがやいていた。



その女神じみた女性はルディガーに微笑み抱きしめる様に両手を差し伸べた。







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