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さよならエルニア

「貴方、エリセオ様がいらっしゃているのになぜ私を呼んでくれないのですか?」

柔らかい甘い声が館のエントランスから聞こえてくる。

居間の古びたソファーに小太りで人の好さそうな壮年の金髪の男が寛いでいたが、向かいに座っていたブラスに語りかけた。


「お前アナベルを呼ばなかったのか?」

「せっかく女共のお喋りに興じていたのだ、邪魔するのは無粋と言うものよ」

ブラスは美男子だが刀傷が走る凄みのある顔でニャリと笑う、彼の顔は娘のベルサーレに良くにていた。


「エリセオ様おひさしぶりね」

ブラスの妻のアナベルが居間にやってくる、そしてエリセオと呼ばれた小太りの男こそエステーベ家の当主エリセオ=エステーベその人だった。

「アナベル様もお元気そうでなによりです」

アナベルは色白で長い黒髪で黒い瞳の小柄で清楚な美女だ、3人の子供がいるとは思えない程若々しく、父親似のベルサーレと並べると姉妹の様に見える。


「貴方、公都の様子が解りましたか?」

「エステーべとクラスタの謀反などと騒いでおるよ」

「あらまあ、あちらから仕掛けてきたのでしょうに」

「我がクラスタと大公家の主従契約は二年前に解消されている、謀反とは片腹いたいわ、200年前に臣従していらい色々な義務を負ってきたが、領地までくれてやった覚えはない、今エルニア諸侯は大公家の采配を注視しておるよ、どこまで本気で諸侯の力を削り大公家の力を強めたいのか見極めたいのだ」


エリセオがそれを継いだ。

「この乱世ですから大公家の力を今の内に強めたいのは解りますが、東は大絶海、西はバーレムでその西のテレーゼ王国は内戦状態、南は大湿原地帯で中立地帯、もともと北の脅威しかなかった、それすらアラティアのテオドーラ様の輿入れで落ち着いていますからね」


「時勢に沿わぬ改革など通らん、それにアラティアとは長年にわたる確執があるからな、その大公妃がご実家の影響力を強める形で諸侯の力を殺ごうとしたら無事で済むわけがないわ」


「代替わりする前に、エルニア公会議の影響力を弱めルーベルト殿下への継承をスムーズにさせたいのだろうね、エルニア大公が代替わりする度に、諸侯と大公家は主従契約を結び直してきた、慣習的に新大公の選定にエルニア公会議の承認が必要になっていたからな、これをなんとかしたいのだろうよ」


「あとエステーべの廃爵が決まったようだぞ?」


「まあ愚かな話だよ、我らの爵位はセクサルド帝国から下されたものだ、厳密に言えば我らは帝国騎士なんだよな、セクサルド帝国は解体したが直系の王国がまだある」

侍女がお茶とお菓子を運んで来た処でアナベルが二人に声をかける。


「せっかくですからお茶にしませんか?」

その時エステーベ館のエントランスから早馬の到着が告げられた。







アゼルの庵では引っ越しの準備が始まっていた、持ち出すものと置いていくものにアゼルの指示で分けられていく。

「ロバで運べるものだけ運びだします、残りは小屋と共に燃やして処分します」

「もったいないね」

「ここには思い入れも有りますが、できるだけ誰が住んでいたか手がかりを残さない様にします」


「ところでベル、ブラス殿は今どこに居られるのか知っているのだろ?」

ルディが本を運びながらベルに話しかける。


「だいたい解っているよ」

「前から知っていそうだったからな」

ベルは一瞬だけ迷っていたが意を決して秘密をあかす事にした。

「クラビエ湖沼地帯だよ、自由開拓村にいるはずだ」


エルニアの南のクラビエ湖沼地帯はクライルズ王国との緩衝中立地域になっている、処々に自由開拓民の村が点在している、自由開拓村はどこの支配をも受けないがどこの保護も受けられない。


アゼルが驚いた様に疑問をはさんだ。

「自由開拓村が受け入れたのですか?」


「違うよ、初めからクラスタが支援して開拓させたんだ、自由開拓村は隠し領地、そんな村が幾つかあるらしい」

「なんだと、中立地帯を侵略していたのか!!」

ルディが頭をふった。

「さすがエルニアの豪族ですね、開拓しながら領土を拡大していくやりかたは伝統ですよ」


「自由開拓村は自衛の為に砦の様な防衛設備を持っていたな」

自由開拓村は自由を謳歌(オウカ)しているが、国の庇護も受けられない、奪略の自由から村を自衛する為に武装している、自由開拓村が武装していても誰も疑問には思わないだろう。

「うん砦みたいになっているよ」


「大公家は知っているのですか?」

アゼルがルディを向いて疑問をぶつけた。


「どうかな俺は知らなかったぞ、公国も大っぴらに軍を中立地帯に送りこめない、だが謀反人を匿ったと言う大義名分が立てば軍を送り込む可能性はあるな」

「表向きは自由開拓民の村と言う事になっていますからね」


「僕たちこれからどうする?」

ベルの問いかけにルディが答えた。

「やるべき事は謀反が冤罪であると証明する事なのは解っている、だが公国の中枢が全て敵と言って良い状況でそれに意味があるのか?エルニア公国で堂々と生きるには政権を打倒でもしないと無理だろう」


「今の時点で暴政を施いているわけではないですから、叛乱を起こしても成功する見込みはありませんね、まだその時期では無いと思います」


「俺は大公妃の精霊宣託の内容を知りたいのだ、あの神隠事件の後から義母上(ハハウエ)が俺を積極的に排除する様に変わられた、精霊宣託は今の状況を覆す大義名分になり得る内容なのではないかと踏んでもいる」


聖霊教において高位の精霊による宣託は大きな影響を与える、王族貴族が主催する精霊宣託には高位の精霊宣託術師が招致される、アゼルは五年前に大公妃の送り出した使節団に随行したことがあった。

魔術師でもあるアゼルがそれに答える、みんな作業の手を休めていた。

「精霊宣託の内容は契約によりますが術者は他者に明かすことはできません、力ずくで術者から聞きだすか、大公妃が記録を持っているならばそれを手に入れるか、より上位の精霊から聞き出す方法しかありません」


「俺も今まで精霊宣託の内容を知ろうと調べてきた、そして義母上(ハハウエ)以外に知るものがいないと結論づけた」


「ならば、宣託した精霊より高位の精霊を呼び出せる術師を見つける方法ですかね・・・

テレーゼ西方のニール神皇国のアムルト=オーダーの森に、現存する精霊術師の中で最高の実力者と言われる偉大なる精霊魔女アマリアがいると言われています、彼女ぐらいしか可能性がありません、まず会えるのか、会えたとして我々の話を聞いてくれるのかも解りませんよ」


ベルが腰を拳で叩きながら背伸びをした。

「いきなり行ってその人が会ってくれるとも思えないよ」


「テレーゼの自治都市ハイネにアマリアの高弟と言われる精霊術師がいたはずです、たしか名前はセザール=バシュレでしたか、彼に接触すると言うのはどうでしょうか?」

「アゼル、それが良いかもしれないな」

「ルディ僕もそう思うテレーゼのハイネはここから近い」

「では自治都市ハイネを目指しますか」

「賛成だ」

「賛成ー」


「明日ここを立つ前に最後の精霊通信でそう伝えます、では食事をしましょうか、この庵で最後の食事になりますね、今日は早いので早めに眠り疲れを癒やしてください」


アゼルはそのまま調理場に向かった。








エドナ山塊はまだ夜の闇の中に微睡み、その遥か彼方でアゼルの庵が赤々と燃え上がる。

ルディは魔導師の服を窮屈そうに身に纏い、清潔になった猟師服に着替えたベルは清々しい表情を浮かべている、アゼルは二年間過ごした我が家の最後を淋しげに振り返った、ロバの荷物の上に座っていたエリザがアゼルを慰めようとアゼルの肩に跳び移る。


『キッ』


「そこの坂を越えるとテレーゼですよ」

アゼルが暗闇に僅かに見える稜線を指差した。


「俺は必ずここに帰ってくる」

ルディは気分が乗って来たのか大きな声で宣告した。


ベルは後ろをもう一度振り返り手を振った。


「さよならエルニア」







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