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高峰の光輝

 ルディガーの意識が微睡(マドロ)みから醒めた時、何か不愉快な感触のする草地の上にうつ伏せで倒れている事に気がついた。

まぶたを開くと黄昏時の様な薄暗い空が見える、分厚い雲と霧が立ち込めていて日が見えない。


「たしか・・・」


ルディガーは上半身を起こす、周囲を見渡すと近くに自分の小物が散乱している、だが彼の目はある物を探し求めている、それはまず武器となる己の剣だ。

少し離れている所に鞘に入ったままの剣を見つけ走りよってそれをつかんだ。


そしてはじめて慎重に周囲の状況を確認する。


ルディガーは起伏にとんだ陰鬱(インウツ)な緑灰色の草原の真ん中に立っていた、そのなだらかな丘の連なりの遥か彼方に険しい岩山が連なる大山脈が見える、その山脈を見ていると軽い目眩に襲われた、距離感が巧くつかめない。


ここはエルニアどころかエスタニア大陸なのかもすら怪しかった、少しずつ不安と焦りが心の奥を占め始めていた。


そしてしだいにルディガーの記憶がよみがえる、クラスタ家の狩猟感謝祭の会場から令嬢ベルサーレと抜け出し、光る泉を見つけてそこに落ちたのだ。


「ベル!!」


ルディガーは周囲を見渡すが幼馴染らしき姿は見えなかった。


「ベル!!!」


さらに大声で呼びかけるとその声がコダマの様に帰ってきた、それはルディガーの背筋を凍らせた、ここは平地でコダマを返す山々など無い。


『ベル・・ベェル・・ベルゥ・・』


そのコダマの響きには例えようのない不快な響きがあった、ルディガーは思わず耳をふさぎたくなる、だがその理由まではわからないし知りたくも無かった。


近くにベルサーレがいないとなると周囲を探さなければならない、ルディガーは急いで周囲に散らばっている小物と靴をすばやく集める。

そもそもこの妖しげな世界に彼女が居るとはかぎらないのだ、そう想いながらもそれを意識から追い出す。


最後に剣をしっかりと身につけもう一度周囲を落ち着いて観察した、調べるにしても手がかりが欲しいのだ、何も無ければ螺旋状に回りながら徐々に捜査範囲を広げて調べて行くしかなくなる。

その時の事だった大山脈の高峰の一点に光が灯る、目を凝らすが遠すぎて詳しいことはまったくわからない。


興味深いがまずはベルサーレを探さなければと気を取り直して周囲の観察を進める、するとかなり離れた所に鳥か虫の様な何かが飛んでいる場所がある。

ルディガーはまずはそこを目指す事にする。


空は太陽も見えず灰色の雲におおわれて時刻も定かで無い、夜では無いと思うが暗くなる前に彼女を見つけたかった。


歩き始めると下草の感触が妙に不快だった、何か柔らかいものを草地が包んでいるような感触が靴底から伝わってきた。


ルディガーの脳裏にここはエスタニアどころかもっと遠くの大陸ではないかと不安が広がり始めた、もしかしたら自分はすでに死んでいてここは死者が辿り着く黄昏の国ではないのかと迷信じみた迷いに捕われていた。


「今は憶測する時ではない、まずは知る事・・・そして知る為には前に進む事だ」


ルディガーはそれを振り払うようにひとりつぶやく。


ふと風の中からルディガーを嘲る笑い声が聞こえた、いやそんな気がしたのだ。

思わず足を止めて周囲を見回す、そこには誰もいない灰色の空と緑灰の大草原が広がるだけだった。


気持ちの悪い生ぬるい風が頬を舐めた。


ルディガーは先程の鳥か虫の様な物が飛んでいた場所に向かっていく、そこにはどうやら低い茂みがあるようだ。

その茂みに白い布の様な物が引っかかっている、ルディガーはそれが彼女のドレスかもしれないと思い走り出した。


「ベル!!」

走りながら再び呼びかけた。


『ベルゥ・・ベル・・』

不愉快なコダマが彼を後から追いかけてきた。


ルディガーが茂みに近づくと得体のしれない生き物が逃げ散っていった、三枚羽の細い得体の知れない生き物で間近で見ずに済んだ事を聖霊に感謝した。


そして茂みに近づいたところで足を止め思わず中を覗き込む。


その茂みの真ん中は小さな花園になっていて、真ん中にベルサーレが仰向けに倒れていた。


彼女の胸が僅かに上下している、どうやらまだ息があるとルディガーはほっとした。


そしてこの世界に来て初めて灰色と緑以外の色を見た、花園にはピンクや緑や青の花が咲き乱れていた、だがすべてくすんだ色彩をしている。

ふと外に目をやると周囲にベルサーレの靴と愛剣が転がっていた。


その彼女はなんとも例えようのない奇妙な姿勢をとったまま眠っていた、それは知らぜらる異教の巫女の踊りの様な不思議な姿を形どっていた、エルニア貴族の正装をまとった彼女の姿は滑稽で間が抜けていてどこか卑猥ですらあった。


ルディガーは偶然この花園の真ん中に彼女が現れたのであろうか?それに疑問を感じていた、そこに何者かの意思を感じ始めていたのだ。



「とりあえずベルを起こそう」


気を取り直すとベルサーレの剣を回収する、片膝をついて彼女の白皙の顔に耳を近づけてベルの呼吸をもう一度確認する、彼女の静かな寝息の音が聞こえてくる。


まずは彼女の頬を軽くたたく。


「ううん・・・」

「ベル起きてくれ」


更に彼女の頬を少し強くたたいた。


しばらくすると彼女の瞼がゆっくりと開く、異様な空に驚き周囲の景色に視線を転じた。


「ルディ・・・ここはどこ?」

「俺にもわからん、怪我は無いようだが大丈夫か?」

「少し体が変かな・・・あちこち変だ」

かなり姿勢が苦しいのだろう、彼女は体をまっすぐに直して手足を伸ばした。


ルディガーはベルサーレに愛剣をわたしてやる。

「ありがと」


ルディガーが彼女を支えて起こしてやると周囲の状況に唖然とする、何か脈絡もない呟きが聞こえてきたが、慌てて立ち上がり辺りを見回しはじめた。


「なんだよここ!?」

彼女は大声を上げてしまった。


『なんだよここ・・なんだよこ・・なんだ・』


それにコダマが帰ってくる、ベルサーレは唖然としてから首を横に振った。


「ベル大丈夫か!?」

「うん、とにかく靴をひろわないと」


ベルサーレは靴を拾うため花園を踏みしだく、ルディガーにはその踏みにじられる草花の音が何かの言葉のような気がしてならない。

それを聞き分けようとしたが、なにかそれを理解してはならないと直感がささやく、あわてて頭からそれを追い出した。


そのルディガーの目の前で草花の残骸が溶ける様に地面に吸い込まれ始めた。


「ベル!!ここは異常だ早く帰る方法を見つけるぞ!!」


靴を履いて戻ってきたベルサーレがルディガーの声から花園の異変に気がついた、今度は彼女が驚く番だった。


「えっ!?」


草花の残骸はみるまに地面に吸い込まれてしまう、ベルサーレは慌てて花園を迂回してルディガーの元に駆け寄ってきた。

そしていつもの定位置に立つ、近くも遠くもない不思議な距離感だ、それは遥か昔から変わらない。


そして改めて二人は周囲を見回した、なだらかな丘と所々に歪な形をした木が立っていた、遠くには森らしき濃い緑が見えるが村や街の形は見えない。


そして遥か彼方に大山脈が黒ぐろと聳え立つ、その高峰にひときわ光り輝く何かがある。


「泉で見た世界なのかな?」

ベルサーレは思わずつぶやいた。


「ああ、似ている・・・」

「じゃあここは泉の底なのかな?」

「滑頭無形と言い切れないな・・・」

ベルサーレはルディガーが冗談で言っているのか真面目なのか悩んでいるようだ。

「それも無いとは言い切れない?」

「そうだ、今はまだ答えはだせない」


二人が周囲を見ても他に特徴の有るものが見つからなかった。



「ベルあそこにいってみるか?」

ルディガーは巨大山脈の上に光輝く何かを指差した。


ルディガーはここで待っていれば自然に戻れる可能性も考えていた、だがこの奇怪な出来事に何者かの意思を感じ始めていた、あの光も最初は存在しなかった、まるでここに来いと示している様に思えたのだ。


「それはいいけど、その前に食べ物や水が心配だ、僕は食べ物も水も持ってないぞ」


「うかつだった!!クエスタ家の者は森で生き残り訓練をするんだったな」

ルディガーは食料や水の問題をすっかり忘れていた。


「ルディは軍事訓練とか受けなかった?」

「受けたが食料を自給するような訓練は受けておらん、総大将がそうなったら負け戦だからな」

「ふーん、そう言われればそうか」

「お前に期待したいところだが、この有様ではまともな物があるとは思えん」

「ほんと見たことの無い木や草花ばかりだ」

ベルサーレは自分が寝ていた不気味な花畑を見返した、不快そうに今にもつばを吐きそうな顔をしている。


「では慎重に進もうか、何か見つけられるかもしれん」


ルディガーはベルサーレの顔を真剣に見詰めた。

それに彼女は頷いて答える。



二人はその大山脈に向かって歩き始めた。






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