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始まりの森

 狩猟感謝の儀式も終わり宴も無礼講となっている、すっかり日も落ちて遠方からの客はすでに帰ってしまった、会場に残っているのはクラスタ家に近い人々だけとなった、そして名士達が退席したかわりに地元の有力者達が会場にやって来る、いよいよ祭りは最後の賑わいを見せていた。


人々は篝火(カガリビ)で照らされた薄暗い会場で思い思いに宴の最後の時を過ごしている。


「おいベルおまえ酒を飲んだのか?」

ルディガーがクエスタ家のテーブルにうつ伏せて寝たまま放置されていたベルサーレを心配して様子を見に来たのだ。


「ううーん」

ルディガーが彼女の背中をさすってやると彼女は少し動き出す。


「どうしたんだベル?なぜあんなに飲んだんだ?」

「飲みたったから飲んだ」

テーブルに伏せたまま気怠げに彼女は答える。

「答えになってないぞ、少しまってろ」


ルディガーはやれやれと言った調子で水を注いだカップを持って来た、ベルサーレは体を起こし椅子に座り直すとそれを受け取り飲み干す。


「おまえ一人で飲みまくっていたが何かあったのか?言いたくなければ言わなくていい」


少しの間だけうつむいていたがルディガーを見上げた、ベルサーレの顔は赤く染まり目が潤みどこか目の集点もあっていない、ドレスもいくぶんか乱れている。

それにルディガーが僅かに動揺してしまった、だがベルサーレはまだそれには気が付かない。


「ねえ、僕って老けているのかな?」


ベルサーレは同年代の女性より背が高めで、可愛いとか愛らしいと言える容姿ではなかった、細面の色白の顔や少し釣り気味の眼は大人びている様にも見える。

だがあともう少しすれば美しく開花すると予感させる美貌の持ち主だ。


「何を馬鹿な、そんな事あるものか」


ルディガーはベルサーレの悩みを知るとそれを優しく笑った。

「お前は若いし美しくなる」

ベルサーレは少し気持を持ち直したようだ、恥ずかしそうに笑い返した。



「あれアマンダは?」

ルディガーは少し困った様な顔をした。


ベルサーレはルディガーの後ろにいるはずのアマンダがいないことに今更ながら気がついたのだ、何か予感を感じてエステーベ家の席を見る。


「お姉さまにお酒を飲ませたのはだれかしら!?」

カルメラの叫び声が聞こえてくる、そのカルメラにアマンダが抱きついていた、だが悪ふざけをしている様には見えない。


「また母さんがアマンダに飲ませたの?」

ルディガーは苦笑を浮かべながら頷いた。


「アマンダはお酒に弱いんだよ、酔うと泣いてからむんだ、かあさんは知っているくせにおもしろ半分で飲ませるんだから」


呆れた様な顔をしながら少しよろめきながらベルサーレは立ち上がる。

彼女の顔がルディガーに妙に近い、いつもの距離感の無い行動にルディガーが焦った。



「やはりお前かなり飲んでいるな?成人の義から三年は酒を控える決まりだっただろ?」

「そんな事し~らない」

ベルサーレはふざけて笑う、その仕草と言葉使いにルディガーは衝撃を受けた、幼い頃のベルサーレにそっくりだったから。


「ベルこれ以上飲むなよ・・・」


「ルディは飲んだの?」

「俺は強いからこの程度では乱れん」

「そうだね、ルディはヒュドラ並みに強かったね」

妙に近しい二人をそばを通るものが眺めて通り過ぎた、ルディガーは少しあせってベルの肩に手をかけて距離を保つ。

「ヒュドラだと?たしか西方世界の神話の生き物だったな、あとで調べてみるか・・・」


会場を照らすのは篝火(カガリビ)の灯りだけで薄暗い、時々会場から男女の二人組が連れ立って姿を消していく。


その時ベルサーレがルディガーの腕をつかんだ、これにルディガーは驚く。

「ルディ、外の空気を吸いに行こうよ、ここはお酒くさいし煙い」

「簡単に出れるものか・・・」

「今なら簡単、無礼講になると警備がいいかげんになるんだ、祭壇のそばから後ろに抜ける穴がある」

ベルサーレはルディガーを振り返り不敵に笑った、それが妙に大人じみていて妖艶な笑いだった。


クラスタ家の席は一番奥の祭壇の近くにある、会場入り口の警戒は厳しいが奥が盲点になっていた。

会場には何基か篝火(カガリビ)が灯されていたが、光は弱く篝火(カガリビ)の煙が見通しをさまたげている、会場には光の当たらない暗闇もまた多かった。


「さあいこう、こっちだよ」

ベルサーレの力は強くルディガーは引きずられた。

「おい!!強引だぞ?」


ベルサーレがルディガーを振り返った、彼女の両の瞳は祭壇の篝火(カガリビ)を写しだしていた、その瞳に映る揺らめく炎が美しい。

「ベル?」


「姿勢を低くしてついてきて、暗いから大丈夫だよ見つからない」

二人はベルサーレを先頭に祭壇の脇に向かって進む、彼女は祭壇の脇の隙間から裏側にもぐり込もうとしていた。

ルディガーは彼女がどこに行こうとしてるのか興味が出てきた、だが先程会場から消えた男女の二人の姿が自分達にかぶる。


「ベルまて!!」


ルディガーは我にかえりベルサーレの腕を強く引き止めた、その時ルディガーの背中が後ろから押された様な感触がすると穴の中によろめき倒れ込んでしまう。

鼻の先も見えない暗闇の中でルディガーの唇に柔らかくて熱くぬめった唇が触れた。

「なに!!ベル!?」


「こっちだよ」

ベルサーレの声がルディガーを引く手の先から聞こえてくる。

「なっ!??」

ルディガーは絶句した、あの柔らかな唇の感触は気のせいなのか?



さらに腕がまた強く引かれる、それは力強くルディガーを前え進めと促した。


得体の知れない何かに闇の奥に引きずり込まれようとしている、そんな予感にルディガーは(オノノ)いた、だが己の手首をつかんでいるのは確かに彼女の鍛えられそれでいて柔らかい手の平の感触だった。

二人はひたすら暗闇の中を進んでいた、いつのまにか時間と距離の感覚が麻痺しはじめる、ルディガーは意思の力で意識を保ち何が起きているのか把握しようとした時の事だ。


「ルディ!?見て」

ベルサーレの声に再び我に帰った、二人の進む先が篝火(カガリビ)に照らし出されて僅かに明るくなっていた。



会場の外に出た彼女は姿勢を低くしたまま周囲をすばやく観察するとほくそ笑んだ。


「やった!!霧がでてきたぞ」


ルディガーも外に出たが付近には警備兵の姿が無い、それはあまりにも不自然だ、それに疑問を述べる前にベルが更に手を引く。

「警備兵が居ない、今のうちに離れよう!!」

彼女は妙に高揚し浮かれはしゃいでいる。


彼女が言うように会場の周囲は急速に霧に包まれ、どんどん濃くなって行く、エドナ山塊から冷たい風が吹き下ろすとまれにマイヤ村が霧に包まれる事がある、だが今はその季節ではなかった。


「こっち!!秘密の場所を教えて上げる」

「おい会場から離れるな!!」

「わかっているよ、すぐ近くなんだ、きてきて」


すぐにベルサーレが案内するその場所にたどり着いた、そこには見事な巨木が聳え立っている、ブナの巨木と思われるが信じられぬほどに巨大だった、はたして樹齢はどのくらいあるだろう。


「これは見事な大木だが、こんな木があったか?」

「灯台もと暗しと言うでしょ?今まで見落としていたみたい、舘の近くは以外にまじめに探検しないから」

「それはおかしいぞ?」

ルディガーは小首を傾げる、昔から何度もクラスタ舘に遊びに来て舘の周囲を探検した事があったからだ。


「成人の義の前の日に散歩していて偶然見つけたんだ、もう自由に遊べないとおもったから、うふふ」


ベルサーレはその巨木の元に走り寄ると、そこにあった洞に手を突っ込んで剣を取り出す。

その剣はルディガーも見覚えのあるベルサーレの愛剣グラディエイターだった、豪華な新しい鞘にそれは納られていた。


「ベルそんな物を隠していたのか!?」

「すこし二人で散歩しよう、もう昔みたいに森で遊ぶこともできなくなるんだ」

その言葉につと胸の奥を突かれた。


ベルサーレはドレスの内側に手を突っこんだ、それは令嬢にふさわしくない非常にはしたない行為だ、だが彼女は気にもとめず小さな革袋を取り出して口紐を解く、中から二つのペンダントを取り出した。


「それは魔術道具か?」

「うん灯りの道具なんだ、でも一度つけると魔力が無くなるまで消えないんだ」

ペンダントを首から下げ決められた手順で起動すると、強い光が前方を照らし始める。


二人は連れ立って森の中を進んでいく。


そしてベルサーレが腕をルディガーの腕に絡ませてきた。

ぎょっとしたルディガーにかまわず、ベルサーレはルディガーを見上げる、ベルサーレは大人びた化粧を施され、エルニア貴婦人の正装を纏っていた、酔のせいで顔は紅潮しきつい眼光も今は鈍り潤んでいる。

幼い子供だと思っていた彼女はたしかに変わろうとしていた、自分もアマンダも子供から大人へと変わって行ったように。

だが中身と外見が不釣り合いなこの幼馴染の変化に危うい物を感じ始める。


それでも彼女に導かれるまま森の中を進んでいくと、いよいよ霧も深まり視界が閉ざされていく。

「何も心配しないで、すぐに道に出るよ」

すると預言者の宣告の様に霧の中から道が現れた。


「僕にとってバーレムの森は庭の様なものなんだ」

ベルサーレは予想が当たったので自慢げに微笑んでルディガーを見上げた。

ルディガーは『さっきの巨木はどうなのだ』と言いたかったが、何故か声に出すのがはばかられた。


道に出た二人はクラスタ舘から離れる方角に進む。


ベルサーレは昔の思い出話をとりとめも無く楽しげに話す、そして腕をからませ彼女の腰が触れるほど二人の距離は近くなっていた。


ルディガーの隣にいるベルサーレはベルサーレではない、その本能的な迷信じみた確信に怖気をふるう。

そして先程声を出せなかった理由を自覚した。

たしかにこれは馬鹿げた考えだ、ベルサーレの思い出話は本人しか知り得ない内容ばかりなのだから、だがそれだからこそしているのではないかと疑い始めると、さらに疑念だけが強くなって行く。


そして彼女の胸の感触が腕に伝わってきた。

ルディガーは思わずベルサーレの顔を見た、その顔は大人の女の顔をしていた。


常識的に考えればベルサーレは成人の義を通過し狩猟感謝祭の酔のせいで大胆に成っているだけと考えるべきなのかも知れない。

だが彼女が懐かしい思い出話をする度に、かえってルディガーの中の違和感は強まるばかりだった、理屈では説明できない危機感に彼の酔は急速に醒めて頭脳が回転しはじめる。


祭壇の裏に入ったときに背中から押された様な感触、不思議な口付け、長い暗闇の通路、誰もいない警備、そしてあの巨木、積極的で煽情(センジョウ)的な幼馴染のベルサーレ、それら総てを気のせいで片付ける事はできなかった。


ルディガーはベルサーレを突き放し護身用に佩剣していた剣を抜き放つ決意を固めた。


『お ま え は だ れ だ』


そう叫ぼうとしたその時、うっとりとこちらを見上げていた彼女の表情が豹変した。




「あれ、ここどこ?」


とつぜんベルサーレから何かが抜け落ちた様に豹変した。

そして驚いた様に腕を振りほどくと一歩だけ離れた、彼女は自分の腕を見て小首を傾げる。


「おいベル、俺は森には詳しくないんだぞ?しっかりしてくれ」


ベルは我に返り不安げに周囲を見回す、その間にも白い霧はいよいよ深くなる、その霧を魔術道具の光が照らし出していた。


「ルディ、ここは僕の庭のような場所だ、お屋敷からも近いのにこんな場所知らない」

本当にわからないのかベルサーレは恐慌状態に成り始めていた。

そのベルサーレの顔が白い光で照らされた様に明るくなる、ベルサーレはある一か所を凝視している、ルディガーがその視線の先をたどると霧の向こう側が銀色に光輝いていた。


「みて!!さっきまでなかった」


「たしかに少し前まであのような光は無かったな」

ルディガーも驚きそれに頷くしかなかった。


「行ってみようか」

二人は顔を見合わせると決意を固め、その光に向かって森に分けいる。









すぐ二人は小さな泉にたどりついていた。

小さな泉が鏡面の様に銀色に光り輝き周囲の森を白銀に照らし出していた、その水面は池の底からの光を解き放つかの様に光輝いている。


「なんだろ?お屋敷の近くにこんな泉なんてないよ、ここはどこ?」

ベルサーレの声から好奇心と恐れが滲み出る。


「魔術道具の光か?」

ルディガーはこの怪現象の原因を推理した、自分たちが身につけている魔術道具と同じものが数あるか、巨大な物があれば再現できると考えた。


ベルサーレが池の畔まで恐る恐る近づくと身を乗り出した、ルディガーが慌て彼女の腕をつかんだ。

「ルディなにか見える!!」


「何が見えるんだ?」

ベルサーレは答えなかった目を見開き魅入られた様に光り輝く水面を見詰めている。


「何!?あれ!?」

しばらくしてから力なくつぶやいた。


不安になったルディガーがベルサーレを引き寄せる、抱き寄せたベルの肩が震えている。

ベルサーレを後ろに少し押しのけるとルディガーが泉に身を乗り出した。


たしかにそこには池の水面も底もみえなかったが、理解し難い漠然とした緑の光景が目に入ってきた。


ルディガーには何が見えているのかはじめは理解できなかった。

見えていないわけではない、見えている物が何なのか頭が処理できなかったのだ、やがて高い空から鳥が地面を見下ろすような視点だとやっと理解できる。


灰緑の大平原と点在する森林、黒い水を湛えた湖と黒い岩肌の山々をはるか上から見下ろしていたのだ、そこには大きな建造物や都市らしき物すらある。

だがそこはエルニアでは無いと確信もしていた。


むしろ理解できたその後から全身の震えが止まらなくなる。

ルディガーが後ろの彼女を見ると真っ青な顔のベルサーレが泣き出しそうな顔をしている、なぜかそれに安堵している己を知った。


彼女を安心させようと歩みよろうとしたその時、見えない巨大な力で池の方に引き込まれた、ルディガーもベルサーレも対応できないほどそれは早く、目を見開いたままの彼女がこちらに飛んできた、それを受けとめると一緒に吹き飛ばされてしまった。



誰かが二人の名を呼ぶ叫び声が聞こえる、光に包まれルディガーの意識は光の中に溶けていく。






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