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黄金の毛染薬

 「アゼル帰ったぞ」

セナ村の大きな屋敷の玄関の扉が開け放たれた、居間で雑巾がけをしていたコッキーが入り口を振り返った。


「おかえりなさいです、ルディさん」

「おお、コッキーかご苦労さま」

ルディは微笑んだ、二人の間には微妙な気まずさがあるが、コッキーは少しはにかみながらもぎこちなく微笑み返した、だがルディの服がほこりだらけなのを見とがめて眉をひそめる。


「ルディさんほこりを外で落として来てください!!」


ルディは荷物を床に降ろし慌てて外に飛び出しほこりを手で払いはじめる、景気の良いリズミカルな乾いた音が鳴り響く。


やがて家の中に戻ってくると居間の中を見渡した、そのとき居間の天井が鳴り遠くから子供達の声が聞こえてきた。


雑巾がけを再開してたコッキーがルディの疑問を読んで教えてやる。

「ルディさん、アゼルさんはお部屋でお仕事されてますよ、ベルさんはハイネの聖霊教会に行きました、聖霊教会を護るそうです」


「教会が危ないのか?何があったかベルから聞いているか?」

「皆さん達が聖霊教会に出入りしていた事を調べている人達がいるみたいです、ベルさんはサビーナさん達を護る為に教会に住み込むそうです、ベルさんが言っていましたよ、子供達を奪い返したのは僕達だと疑われているって、探っているのはジンバー商会の連中だと思うそうです」

「そうか早いな、もう手が伸びていたか」

ベルは自分で考え自分で行動する、本当に重大な事は相談してくるが、こういう時は独断専行するのだ。


「ルディさん、少し前に怪しい二人組がこの近くに来てました」

「なんだと、どんな奴らだった?」

「一人はどこかの村の女の人です、もうひとりは大きな若い男の人でした、ベルさんから聞いた聖霊教会を調べていた人達と似てるのです、変な事をしたらやっつけてやろうと見張っていたら帰ってしまいました」


「無理はしないでくれ・・・さてはファンニ殿の実家がここにある事を知って調べに来たか?コッキーの肖像画も連中の手にあったんだ、もうこの屋敷も安全ではないかも知れん」

「私の絵ですか?ベルさんから聞いた様な気がします」

ルディはベルからもう少し詳しくコッキーの肖像画の話を聞いていた、それは無表情なお面の様な顔をしていたらしい。

だがそれをコッキーに言うつもりはなかった。




「若旦那様、私からも話があります」

アゼルが研究室として占拠している小部屋の扉が開いて居間に出てきた。

コッキーはここにいても良いのか?と行った目でルディを見上げた、ルディはそっとコッキーの肩に手を置く。


「アゼル聞かせてくれ」

アゼルはコッキーに一瞬だけ視線を投げてから話し始める。


「私達は数が少ない、受け身に回ると相手のペースに巻き込まれます、我々は一日中警戒しなければなりませんが、敵は何時でも好きな時に仕掛ける事ができます」

「それは確かに言えるな、我々が幽界帰りとは言え寝る必要もあるし食わねばならん、そして守らねばならぬものがある」

また二階で遊ぶ子供達の騒ぎが聞こえてくる。


「いろいろ考えましたが、主導権を握り奴らの力を我々の都合の良い場所に釘付けにする戦術をとるべきです、それも複数同時に」

アゼルは懐からベルがジンバー商会から盗み出してきたソムニの樹脂の塊を取り出した。


「例えばソムニの樹脂を強奪すると予告状をだします、ベル嬢が盗んできたこれにはこのラベルが貼ってありました、これを送りつければ外部の者が盗み出した証拠になります」

「予告状を信じるにしても信じないにしても警戒しないわけには行かないわけか、それにより人員が割かれる」

「我々は予告どおりに行動する理由もありませんが、備えをしないのなら本気で強奪してもかまいません」

その気になれば無茶な予告も実行できてしまう、それは圧倒的な力を持つ者の贅沢な戦い方だった。


コッキーはそれを聞いて固く結んでいた口を開いた。

「リネインにソムニの実でおかしくなった人がいたのですよ、最後に奥さんと小さな子供を殺してしまったのです、そんな話がたくさんあるのです、ルディさん焼き滅ぼしちゃいましょう!!!」


コッキーの言葉にルディとアゼルは驚き思わず彼女の顔を見つめた、彼女の目は猫の目のように釣り上がり、黄金の光を帯び、そしてその口はまるで蛇を思わせた。

それとともに彼女の精霊力が高まって行く、何かコッキーでは無い何かが現れようとしているような予感がしたルディは彼女の肩を両手でしっかりとつかむ。


「気持ちは解かるが落ち着いてくれ!!」


ルディの声にはなぜか不思議と人を落ち着かせる力があった、コッキーを満たしていた異様な力の圧力は収まり静まっていく。



「ルディさん御迷惑ばかりおかけします」

コッキーは気が抜けて少ししょぼくれた様に俯いた。


「このソムニの樹脂は多くの廃人を作り出してきた、別に焼いてしまってもかまわないだろ?」

今度はアゼルとコッキーが目を剥いてルディを見詰める番だった。


「アゼル、複数の予告を同時に出してその中の一つだけ本当に実行してやるか、奴らを受け身にさせる事ができれば結果的にこちらは安全になる」

「こちらから状況を動かしましょう、受け身ではいずれは敗北します」


「さて、俺はベルにこの話を伝えてくるぞ、向こうの状況も知っておきたい」

ルディはさっそく自分の荷物にかけよる。

「まってくださいルディさん、これから夕食の準備をしますので食べていってください」

コッキーがそれに慌てた。


「それもそうか、動くなら暗くなってからの方が」

「ではさっそく準備を始めますよ!!」

コッキーは勇んで台所に向かって行った。


それを見送ったルディとアゼルは顔を見合わせてしまった。

「殿下、先程のあれはなんでしょうか?精霊力だけではありませんね」

「お前に見当がつかない物が俺にわかるか?彼女に憑依している何かか、それとも別の何かだろうか?」


「しかし彼女のトランペットは相変わらず傷一つ付いていません、先程メッキをしたばかりのように美しい」

「あれが神器というものなのか?」

「伝承に出てくる神の器はもっと慎ましく思えますが」


「アゼルよ大地母神メンヤについてもっと詳しく知りたくなった」

「わかりましたその関係の本を集めましょう」

「ハイネに行くなら俺かベルの護衛がある時にしてくれ」

アゼルは大人しく頷いた。

そこに二階から子供達が騒ぎながら降りてくる足音が鳴り響く、いよいよここも騒がしくなるだろう。



「コラー!!静かに階段をおりるのです!!」


台所からコッキーの気合の入った叱咤(シッタ)が子供達の立てる騒音を切り裂く、子供達は急におとなしくなり静かに階段を降り始めた。


彼女は子供の世話に慣れていた、ルディは正直助かっていたのだ、コッキーがいなければ孤児院の世話係の老婦人を呼んでもらうつもりだったのだから。

そして彼女も幽界からの帰還者で超常の力の一端を示し始めている。


屋敷の護りを彼女に任せられるなら助かるのだが・・・・


ルディは心の底からそう思っていた。

大人しくなった子供達の足音が居間に近づいてくる。













コッキーが夕食の準備に取りかかった頃、噂のハイネの聖霊教会の中庭で新しい修道女見習いの娘が井戸の水を木桶に入れていた。

そして側の孤児院の隣の厨房からとても良い匂いが外まで漂ってくる。


ベルは先程から周囲に力を放ち不審人物の発見に余念が無かった。

幽界帰りの後でベルの感は動物的なまでに鋭くなっていた、夜眠っていても脅威が迫るとなぜか自然と目が醒める。

むしろ意識のある昼間の方が意識的に探査しなければならない程だった。


ベルは水を満たすと木桶を持って部屋に戻って行く。

「みんなを驚かせてやろうかな」

いたずら小僧の様な笑みを浮かべていた。




そしてどれほどたっただろうか、突如大きな悲鳴が修道女館から上がった。


「アアアアーーー」


最後の礼拝を終えて礼拝堂の戸締まりを終え控室で仕事をしていたサビーナが慌てて礼拝堂から飛び出した、叫び声が上がったのは控室の向かいにある修道女館の方角、今はベルが部屋の整理をしていたはずだ。

何が起きたのか考えるのも怖かったが、聖霊教会の責任者は自分、何が起きたのか確かめなければならない。


夜の闇が迫りくる中庭は薄暗く、ベルの部屋の窓の鎧戸は閉め切られ、隙間から中の光が漏れている、サビーナは修道女舘に踏み込み一番奥のベルの部屋に恐る恐る近づいた。

扉は閉められていたが僅かにずれていて、隙間から光が漏れている。


「ベルさん?」


扉を押すと抵抗なく開いた、テーブルの上にベルが持ち込んだランプが灯されていたが、上半身裸のベルが床に座り込み俯いている、そして彼女の体が僅かに震えていた。

床に木桶と側に手鏡が落ちていた。


「何かあったの?」

サビーナはベルに近づこうとして驚き立ち止まってしまった、ベルの髪は黒の長いストレートだったはずだが、彼女の髪はオレンジ色のランプの光にも負けない程に赤く光輝いていたのだから。


「ベルさんその髪は?染めたのね?」


ベルは俯きながら頷いた。

サビーナはその時気がついたベルが泣いていた事に、サビーナはベッドの上にあったタオルをベルの体にかけてやった。


その時彼女は壁際に何かのボトルが転がっていたのを見つけた、そばに近寄り手に取ると。


『黄金の女神の輝き・錬金毛染薬』


反対側には聖女アンネリーゼ=フォン=ユーリンも認めた黄金色などと適当な煽り文句が書かれていた。

サビーナはそれを読むと小さく吹き出してしまった、だがすぐしまったと思ったがベルが怨めしそうにサビーナを見上げていた。


「変装する為に色を変えたのね?」

半分正しかったがベルは密かに金髪に憧れていたのだ、サビーナはそれを察した。

「どうせ変装するなら金髪にしようと思って、これインチキだったんだ」

「その色落としたい?手伝うわ」

ベルは顔を横に振った。

「緑や青じゃないし我慢する、髪の色は変える予定だったんだ」

ベルはか細い声で答えた。


その時サビーナの後ろが騒がしくなる、ベルの悲鳴を聞いた子供達が恐る恐る修道女館に入って来たのだ。


部屋の中を覗いた子供達は状況が理解できないようだ、だがヘレンがまっさきに異変に気がついた。

「リリーの髪の毛が赤いわ!?」

金髪の美少女は濃いブルーの瞳を見開いて驚いた、ベルはヘレンを見てすぐに目を逸す、そしてまた俯いてしまった。


「あらっ、どうしたのリリー」

アビーが部屋に入ってベルに駆け寄る。

「凄いわこんな濃いワインみたいな赤髪なんて見た事ないわ!!」


ポリーが後からベルに近寄って来る、だが立ち止まり鼻の頭に皺を寄せた。

「リリーおくすりくちゃいです」


ベルはまた俯いて彼女の肩が震えだす。

「リリーなかないで」

ポリーがベルの背中を撫ではじめた彼女なりに慰めているのだろう、サビーナは扉近くに立って必死に笑いをこらえている。




そして半分死んだ様な目をした赤毛の三編みおさげの見習い修道女の歓迎会が開かれた。







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