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精霊通信

 温泉で体を(キヨ)めたべルはすっかりご機嫌になっていた、だが色々長すぎる導衣を持て余している。

「温泉で洗濯したのですね?」

「うん」

「あとは浄化魔法を使いますからそこに干してください」

アゼルが浄化と乾燥の下位魔法をそれぞれ使い仕上げていく、ベルはそれを感心したように眺めていたが。


「お願い、この袋の中身にも今のを使って」

「それはなんですか?」

「中は見ないでね・・・」


「ええ、わかりました」

事情を察したアゼルはベルが両手で支えている袋の口に手をかざし浄化と乾燥の魔法をかけてやった。

「ほんと助かった、どうやって乾かそうか悩んでいたんだ」


そこでいきなりドアが豪快に開け放たれた。

「温泉とはなかなか良いものじゃないかベル!!」

ルディは魔導師の導衣に着替えているが随分と窮屈そうだ。

ベルは片手で袋の口を握りしめそっと後ろ手で隠した。


「ここの温泉は皮膚が綺麗になったり毒消しの作用がありますよ」

「ん?温泉にそんな効果があったのか?」

「あとその上着はもう捨てるしかありませんね、そっちはそこに干してください」

アゼルは再び魔法を使いそれを処理した。



「まあ座りなさい、簡単ですが食事を作りました」

「久しぶりにマトモなご飯が食べられるよ」

「どのくらい森に()もっていたんだ?ベル」

「一週間前にボルトで毛皮を売って買い出しに出たきり、本当は今日あたり町に引き揚げる予定だったんだよ」


テーブルの上には野菜スープと黒パンと鳥の肉の炒めものらしき物が(キョウ)せられている。

「アゼルここの水はどうしているの?」

「私は魔法で水を呼び出す事ができるのですよ?」

アゼルの言葉の微妙な響きにベルは少しむくれた。


アゼルは気にも止めずに食事の前のお決まりの聖句を唱えはじめる。

「大地と森と水の恵みに感謝を」

二人も神妙に同じ聖句を唱えてから食事を始める、エルニアは聖霊教教圏でこうした聖句は日常的なものだ、普段は不信心なベルも大人しく従う、ベルは怠け者なだけで特に聖霊教に敵意を持っているわけではない。


その時ドアが静かに開き始めた、ルディもベルもそれを察知し入り口を注視した。


『キッ』

「「「!!!」」」

「あっ、白い猿だ!!」

「ここに来る途中で見たな」


白い猿はアゼルに向かって走り肩にかけ昇った。

『ウキッ!!』

「お帰りエリザベス」

アゼルは愛しそうにその小さな白い猿にパンを分けてやった。


「アゼルのペットだったのか」

「懐いているみたいだね」

「この娘は群れから除け者にされて死にかけていたので私が育てました」

「エリザベスって事はメスなんだね、愛称は?」

「あっ、まだ決めていませんでした」

「ならばエリザベスだからベスではどうかな?」

「反対!!エリーかエリザがいいよベスは何となく僕と被る」

「ではエリザにしましょう」



「さて食事の後で殿下の無事を知らせます」

「精霊通信を使うのか?」

「そうです」


アゼルが部屋の片隅を指差すと、部屋の片隅の四角テーブルの上に奇妙な道具がある、それは30センチ四方の四角い板の上に灰色の粉のような物が敷き詰められ、板の四隅から柱が上に伸び、中央真上の透明な丸いガラスの様な板を支えている、そのガラスの板の縁に小さな鈴がぶら下がっていた。

アゼルの部屋にはルディ達に理解できない道具が幾つも置いてあった為、二人はこれを気に留めてもいなかったのだ。


「それはなに?」

「精霊通信板ですよ、触らないでくださいね」


「貴女も知って於いた方が良いですよ、これは精霊を通し幽界で伝言をリレーして相手に伝える連絡方法なんです、馬を使った伝令よりよほど速い、ただ着信側にも術士が必要になりますがね。

伝言なので精霊が怠けたり内容を間違える事もあるので注意が必要です、複数のルートを使い確実性を上げます」


「軍でも重要な伝令は複数送り出しそれぞれ別のルートを行かせる、それと同じようなものだ」

「怠けるってどういう事?」

「美味しそうな食べ物を見つけたり、他に興味が移ってしまったり、術者が気に入らないからと放棄してしまう事がよくあります、時には他の精霊に食べられて死んでしまったり」

「ええっ!?だめだろそんなの!!」

「そのとおりです、あまり当てにならない上に複雑な文章は送れません、より知性の高い上位精霊を使役する事も可能ですが、それができる術者自体がほとんどいませんし、上位精霊を日常の業務で使役できません」


「頼りないが使い方によっては国の運命すら左右する」

情報の重要性を知っているルディはそれを馬鹿にはしない。


「父さん達の無事が確認できるのかな?万が一に備えて準備していたからあまり心配してないけど」

「着信側の術士は確保しています、ですがここ数日連絡がとれません、今どこにいるのか、どのような状況なのか不明でして、応答があるか保証できませんが。

まずは殿下の無事をお味方になりそうな方々に伝え、向こうの状況を把握したいですね、それから今後の方針を決めましょう」


その時ベルが空の皿をアゼルに向かって突き出し、スープのお替りを無言で要求した。


「自分でお好きなだけお替りしてもいいのですよ?」

『キキッ』





 エルニアの南に広がる広大なクラビエ湖沼地帯、この地域はクライルズ王国との緩衝中立地域になっており自由開拓民の村が点在している、ある自由開拓村の村長館の一室、そこは木の箱と怪しげな器具類に乱雑に埋め尽くされていた、まるで引っ越して来たばかりの様に見える。


その部屋の片隅に迫害されたかの様に置かれた机に、女性がうつ伏せになって気持ち良さそうな寝息を立てていた。

館の中なのに黒い魔女の帽子のような(ツバ)広のトンガリ帽子を頭に乗せている、そのせいで顔が良く見えない。


その静寂を破り小さな鈴の音が室内に鳴り響いた。

彼女は寝ぼけたまま突然起き上がり、あわてて左右を見回している、やがて意識がはっきりしてきたようだ。

「ひっ、まだ明るいのに寝ていたわ!!」

「今のは精霊通信かしら?」


部屋の片隅の四角テーブルの上に奇妙な道具が置いてある、それはアゼルの庵にあった物と似ているが高級な創りだった。


彼女が立ち上がると、彼女の奇抜なセンスが嫌でも目につく、黒地に星と月の模様が黄色い糸で織り込まれたローブを纏って、まるで奇術師かおとぎ話の魔法使いにしか見えない。

小柄で色白で燃えるような赤毛、とりたてて美人ではないが、可愛らしい丸顔で、柔らかい緑色の瞳と僅かに垂れ気味の愛嬌のある目をしている。


彼女は荷物の隙間を縫うように精霊通信板まで歩み寄りそれをのぞき込んだ。


「えー通信が二つ来ているわ、アゼル=メイシー様からね、一通は途中で力尽きたようね」

『ルデトベルブベ』

『ルディベルブジ』


「なにかしら?」

可愛らしい頭を捻りあごに指を当ててしばらく考える。


「解ったわ!!『ルディとベル無事』ね、ルディはルディガー殿下の事よ、でもベルってクエスタの放し飼いのベルサーレちゃんの事かしら?でもなぜ殿下と一緒なの?姉さまは何も言わなかったけど」

細長い板で精霊通信板の上の灰色の粉を平らに(ナラ)し文字を消し去る。

「お兄様達にお伝えしましょう」


ドアに向かって歩き出すと帽子を脱いで帽子掛けに引っ掛けた。

そのまま一階まで下りると居間のドアをノックする。

「カルメラまいりましたわ」

「おはいり」


部屋のソファーに頑健な20代前半に見える青年が座っている、頭髪は薄いブラウン、瞳は濃い緑の瞳、日に焼けて精悍さが滲み出る、だがカルメラに注ぐ視線と笑みは温かい。


「お前もやっと家の中で帽子を外す様になったのだな」

「そんな事よりも、エミリオ兄様!!アゼル様から精霊通信が入りましたわ」

「何!?内容は!!」


「はい『ルディとベル無事』です」

「ルディガー殿下は無事なのか?」

「アゼル様の所におられるのではないでしょうか?」

「ベルとはクエスタのベルサーレ嬢の事だろうか?」

「たぶんそうかと思いますわ」


「おーいアマンダ!!アマンダ!!来てくれ」






 昼食も終わり、ベルは食器洗いを、ルディはアゼルの本を紐で束ね始めていた。

「私はロバの面倒を見てきます、精霊通信の鈴が鳴ったら教えてください」

エリザもアゼルの後を付いて外に出ていった。


「アゼルがペットを飼っていたなんて知らなかった」

「一人は寂しいものだ、そう思うだろ?」

「だね・・・」

ベルはバーレムの森の狩猟生活を思い出す。


その瞬間の事だった庵の中に鈴の音が鳴り響く。

「きたーーーーッ」

「ベル落ち着け!!」


その時ドアが勢いよく開かれた。

「今の貴女のお馬鹿な大声、ついに返信が来ましたか」

『キッ』


アゼルは精霊通信板の側まで行くと透明な板と灰色の砂に刻まれた文字を確認する。

「これはカルメラ=エステーベ嬢からの通信です、どうやら通信できる環境になったようですね」

「いつの間にあのカルメラが魔術士になっていたんだ?」

そのベルの疑問をスルーしアゼルは先を続ける。


「えー通信が三通きています」

『ミナブジシンパナイス』

『ミンジブシダパイルナスル』

『ミンブジシンパイスルナ』


「文字数はできるだけ少なく収めるのがセオリーなのですが、カルメラ嬢はまだまだですね」

「さてこれは何だ?」

「謎々みたい」



「どうやら『みんな無事だ心配するな』ですかね」

「だな」

「直ぐに返信できるの?」

「精霊を酷使すると機嫌が悪くなるので多くても一日一回に抑えるべきです」

「あとこれは『みな無事心配なし』にすべきです」


「もっと多くの言葉を送りたいよね」

「ベル、軍や商人のような所では少ない文字で多くの情報を送る工夫をしているのだ」

「ふーん」



「僕たちこれからどうする?」

「ここを引き払うのは確定しています、ここが捜索されるのも時間の問題ですから」

「俺も同感だ、軍も森の中で連絡に苦労しているだろうが、いずれはここにも来る」

「明日早くここを引き払いテレーゼに向かいましょう、ここからだとボルトに出るよりテレーゼ側の町にでる方が遥かに簡単なんですよ、山を越えなければなりませんが」


「その後でブラス殿達と合流する事も考えたが、その前にやっておきたい事があってな」

「その前にやっておきたい事って?」

「合流したら自由に動けなくなる、その前に出来る事をやっておきたいのだ、例えば精霊宣託の事とかな」



食器洗いを終えたベルも引っ越しの準備を手伝い始めた。



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