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ベルは修道女見習

 新市街の聖霊教会の礼拝堂でサビーナが午後の礼拝をしている、そこには街の住民が数人ほど午後の礼拝に参列していた。

昨日からファンニがセナ村に帰っているため彼女は忙しい一日をおくっていたのだ。

その礼拝が終わった直後にサビーナに声をかけて来る者がいる。


「こんにちは修道女様」

余韻に浸る間もなくサビーナは礼拝堂の入り口を見た。


その声の主は洗濯女の様な白い頭巾をかぶった女性で、髪の色はブラウンで肩で切りそろえられ、彼女の瞳の色は蒼に見える、その赤みがかかった金髪に僅かにサビーナは見惚れてしまった。

そして彼女の後ろにいる大男に恐れを抱く、その男は非常に背が高く頑健に見えたが、その顔は童顔で10代半ばにも見えた、そのアンバランスさが彼女の心の何かを刺激した。


「こんにちは、お二人に精霊の御加護がありますように」

サビーナは笑顔を作ると二人を迎えお決まりの聖印を切りこの二人を祝福する。


「ありがとうございます修道女さま、ところでお聞きしたいことが有るのですがよろしいでしょうか?」


「私が知っていることでしたら・・・」

サビーナはルディ達から人さらい組織から探りを入れてくるかもしれないと警告されていた、二人がそれかもしれないと思うと心臓の動悸が激しくなっていく。


「あっ、失礼しました、私はラミラと申します、詳しくは言えませんがあるお屋敷で洗濯女をしております、こちらはジム=ロジャーで同じお屋敷の庭師見習いなんです」

「私はこの聖霊教会の修道女でサビーナ=オランドと申します」


「私達は人を探しております、同じお屋敷で働いていた使用人仲間の女の娘が5日前から行方不明なのです」

「まあ、心配でしょうね・・・」

「ですがあの娘を目撃した方達がこの近くで見つかりました、あの娘が聖霊教会に来ているかと思いうかがいました」

その時礼拝堂にいた街の者達も彼らの話に好奇心を刺激された様に聞き耳を立てていた。


「どのような方ですか?」


「はい背は私と同じぐらい、年は17歳ぐらいですの、黒い長い髪で高級使用人のドレスを纏っています、すっきりとした顔の美しい娘よ瞳は薄い青、名前はリリーベルです」

サビーナはその特徴からたずね人がベルだとすぐに気がついた、だがあの娘はハイネの良い所のお屋敷務めの娘ではない、旅の大商人の使用人だ。

明らかに二人は嘘を付いている、彼女は僅かに震えたそれは恐怖からだ。


しかし礼拝堂には街の人々がいる、なぜ彼らがいる間にこの女が行動を起こしたのかサビーナには理解できなかった。

教会を守らなければと気を強く保ち二人に対峙しなければならないと決意した。


「ああ、俺その娘を見た事あるぞ」


礼拝堂に参拝していた街の良く見知った男が口を開いた、サビーナはそれに動揺したが止めようが無い。


「まあ、詳しく教えていただけませんか?」


ラミラが笑顔でその男に問いかけた、愛想を崩した男は親切にもそれに答えようとしている。

この男は善良で世話好きな男だったがそれが今はもどかしい。


「最近、教会の近くで何度か見たことがあるんだ、綺麗な娘だから良く覚えているよ、ここに入っていくところも見たよ、サビーナ様も会っているんじゃないか?」

サビーナに絶望が広がっていく、それでも今は彼女しか対応する事ができる者はいない。


「ええ、ここにそのような方が何度かお見えになられていましたわ、礼拝をされて寄付をいただきました」

必死に無難な答えを探しだす。


ラミラはサビーナに近づいてきた、快活で明るい笑顔の若い女性だ、だがそんな笑顔のまま平然と嘘をつけるのだ、それがサビーナには恐ろしかった。

その彼女の後ろの男は糸の様に細い目をしていて感情が読み取れなかった、二人がどこか化け物じみて感じられた。

彼女の足が震えそうになるがそれを必死にこらえる。


「あの娘が今どこにいるのか探しています、何か気が付かれた事はありませんか?修道女様」

「あの方は私的な事は何もお話になりませんでしたので・・・」

「それは残念ですわ、他を当たってみますわ」

その言葉を聞いてこれで終わりとサビーナは安堵した。



だがラミラは何かに気づいたような顔をする。

「ところで近所でここの孤児院の子供達が拐われたと聞きました、その子供達が早く見つかると良いですね」

礼拝堂にいた町人達が息を飲む。

サビーナは自分の顔から血が引いていくのを感じた、遠くなる意識を保ち必死に耐える。


「貴方達もご存知でしたのね、最近子供達の誘拐事件が増えていましたが、孤児院から強引なやり方で子供達をさらうなんて、八方手を尽くして探しているところですの・・・」

サビーナの顔は青白く心痛に沈んでいる様に誰からも見えるだろう、だが子供達の無事をサビーナは知っている、彼女の顔色の悪さは誘拐組織の者達と対峙している恐怖から来ていた。


「そうだ、この教会にはサビーナ様しかおられないのですか?ほかの方からあの娘の話をお聞きしたいと思いまして」

「今は非番でここにはおりません」

非番なのは事実だがファンニはセナ村の家に帰っているところだ、そのサビーナの声にはかすかな苛立ちの成分が紛れ込んでいた。

先程のおせっかいな男が何か口を開きかけた瞬間サビーナの目線が男を捕らえた、目線に捕われた男は非常に驚いた様な顔をする、サビーナの視線は冷たい怒りに満ちていたのだから。


「明日の午後にはここに戻りまわす、明日もう一度ここに来られたらどうでしょう?」

セナ村の話をこの男にさせる訳にはいかない。


「わかりましたわ、私達は他を探しますお手間をおかけしました」

「お友達が早く見つかると良いですわ」

一礼すると二人は今度こそ礼拝堂を去っていく。


残っていた街の者達もそれぞれ教会から去りはじめた、それをサビーナは穏やかな笑顔で見送る。

一人になったサビーナは中に戻ると礼拝堂の祭壇の前の床に崩れ落ちた、体の震えがいつまでも止まらなかった。





「サビーナ!!」


そこに聞き覚えのある小さな声が聞こえてくる、その声のする方向を見てサビーナは戸惑った。

街の娘にしては野暮な服をまとい、黒髪を三編おさげにして後ろに流していた、その頭に古臭い頭巾をのせている。

そして不釣り合いに大きな荷物をいくつも背負っていた、一言で言うと掘り出したばかりの芋の様な娘がそこにいた。

だがその整った鋭利な顔と僅かに釣り眼の強い眼光を宿した薄青の瞳がそれを裏切っていた。


「まあ、ベルちゃんね?一瞬だれかと思ったわ」

一段とサビーナの声が小さくなる、だが彼女は面白そうに笑っていた。


「今日からここに住み込むよ部屋を貸して、あの空いている部屋でいいから」

空いている部屋とは修道女館の空き部屋の事だろう。

普段ならばベルの申し出を拒絶したかもしれない、だがサビーナは誰でもいいから相談できる相手が欲しかった。


「こっちにきて」

サビーナは修道女控室にベルを案内した、ベルも後から部屋に入った、二人は対面する席に座ったがどうも落ち着かない。


「変な奴らがうろついているみたいだね?」

「あの人達貴女を探していたわ、あからさまな嘘を付いて、でも私にもわかる私を脅していたのよ」

「街で聞き込みしていたのは奴らだけじゃない、僕もアイツらが何を聞き込みしていたか調べた、僕達とサビーナ達の繋がりを洗っていた」


「疑われるのは覚悟していたけど、貴女は大丈夫なのかしら?」

「心配いらないよ僕は強いから」

「でも無理はしないでね、部屋の鍵を貸すので好きに使ってくださっていいわ」

サビーナは部屋の鍵を戸棚から取り出しベルに渡す。


「サビーナありがとう」

「お礼を言うのは私達の方よ、危険になったら貴女だけでも逃げて」

ベルは逃げる気など無かったがサビーナの為にうなずいた。


「そうだわ、皆に貴女を紹介するわね、それで良いかしら?」

「そうだね皆に味方だと知ってもらう必要がある、あと僕が居ることは秘密にして欲しい」

「貴女を探している人達がいますしね、でもそれはたぶん無理、私の親戚と言う事でいいかしら?」

「わかった適当に話を作っていいよ、僕の方で適当に合わせる」

二人はお互いに見合い頷いた。






「みんな、この娘が私の従姉妹のリリーベル=グラディエーターよ、しばらくここで暮らすわ」

ベルはサビーナの紹介で子供達と対面する事になった、子供の数は三人ですべて女の子だ、孤児院は男女で分けていたが男の子のいた部屋が襲われたのだ。


「みんなー、私の事はベルって呼んでね、よろしくね!!」

ベルは可愛らしく挨拶したが、いまいち地に付いて居なかった、サビーナの表情が僅かに曇る。


「リリーの方が可愛いわ」

一番大きな女の子がベルを鑑定するように全身を眺めていたが宣告を下した。

その娘はアッシュブラウンの髪に瞳の色は同じくブラウン、薄く日に焼けて活動的な女の娘に見えた、年齢は12~3歳だろうか。


「そうよそうよ」

真ん中の娘が賛成する、彼女は濃い金髪で濃いブルーの瞳で色は白い、整った顔立ちで将来美しくなるかもしれない、年齢は10歳前後に見えた。


「さんせいでしゅ」

最後に一番幼い娘が賛成した、上の二人とは年齢が離れている様で、黒い髪を頭の天辺で紐で結っていた、瞳は髪の色と同じ黒だ、年齢は三歳を越えるぐらいだろうか?


「あなたはリリーよ」

ベルは今や女の子達にリリーと命名される勢いだった。


「さあ、みんなまず自分をリリーに紹介しなさい」

だがサビーナまでもがリリーといい出した、この流れではリリーで確定だ。


まずいちばん大きな娘が一歩前に出た。

「私はアビー=エディントンよ、よろしくねリリーベル=グラディエーター、リリーって呼んでいいかしら」

「うんいいよ・・・」

ベルは訂正しようとしたが、考えて見るとベルよりもリリーの方が偽名に良いと受け入れる事にした。


次に真ん中の娘が出てきた。

「私はヘレンよ、よろしくね」

幼い娘が最後に挨拶をする。

「わたしポリー、よろしくリリー」


「ねえリリーどこで暮らすの?この部屋は狭いわ、となりの部屋が空いているわよ?」

アビーはさっそく部屋の斡旋(アッセン)を始める。


ベルはアビーの無慈悲な宣告に驚いた。

「アビーとなりは男の子達の部屋でしょ?」

「安全な所にいてしばらくは戻らないってサビーナさまが言っていたから、いいのよ」


「おやつをとるし意地悪だから、かえって来なくてもいいわ」

ヘレンは男の子たちにとても冷淡だった、美しいヘレンを見てベルは何かに気づいた。


「リリーには修道女館を使ってもらうのよ」

サビーナが子供達の疑問に答えた。


「もしかしてリリー修道女になるの?」

「え、あの」

ベルは動揺した良い言い訳がとっさに思いつかない。

だがサビーナが良いことを思いついた様な素晴らしい笑顔を浮かべた、それにベルは焦りはじめる、嫌な予感がしたからだ。

「そうよ、リリーは修道女見習いになるのよ!!」


「すばらしいわ、小姉さまが中姉さまに出世するわね!!リリーが新しい小姉さまよ」

アビーが嬉しそうにはしゃいだ。

「ファンニ様は小さい姉ちゃんとか小姉様と言われるのを本当は嫌がっていたのよ!!」

ヘレンはファンニが大好きだった、ファンニの昇格をヘレンも心から歓迎している。


その時サビーナはまた良い考えを思いついたとその表情が明るくなった。

「そうだファンニの修道服ならリリーにちょうどいいわね」


「大姉さまの修道服はお胸が大きすぎるから、リリーには合わないわね」

アビーが修道服のサイズの批評を始める、次から次へと加えられる精神的打撃にベルの心は沈んで行く。


サビーナがベルの耳に口を寄せた。

「ごめんなさい、でもここにいるなら修道女見習いが一番自然だわ」

「・・・そのとおりだね、それで行こうサビーナ」

ベルは疲れた様にサビーナに応じた。


「みんな、今晩はリリーの歓迎会をするわよ」


歓声が孤児院の一室に響きわたった。

「だめよ、みんなもっと暗い顔をしていて!!」

それにサビーナが慌てて子供達に警告した。








午後の礼拝が終わり街の者たちが聖霊教会の門を出る、午後の礼拝は仕事中の為に参加する者は少ない。

その中に一人の男が悩んだ顔をしながら帰宅しようとしていた、先程のあんな怒りに満ちた修道女様の顔を見たのは初めてだったからだ。

なぜ温厚なサビーナがそんな顔をしたのか男にはまったく見当がつかなかった。


「あのよろしいでしょうか?」

突然その男に声をかけて来た者がいる、そしてその声に確かに聞き覚えがあった。

「おお、あんたらか、何か用かね?」

若い陽気な洗濯女が近づいてきた、その後ろから童顔の大男が静かに付き従う、その大男を見てそういえばこいつが話す所を見た事が無いと男は思った。


「聖霊教会の非番の修道女様にお話を聞きたいと思いまして」

「ああファンニ様の事かね?実家に帰られたから無理だよ」

「あら残念ですわ、それでファンニ様のご実家はどこかしら?」

「はは、セナ村だよここから南に一時間ほどかな」

「それはわざわざ行くのは大変ですわね、ありがとうございました」

ラミラは男に一礼すると去って行った、その後ろ姿に男は声をかける。


「困った事があったらまた聞きにきなよ」

ラミラは振り返り親切な男に笑顔で答えた、そしてふたたび歩きだした。




「ジム、ああいう奴を探すために他の礼拝者がいる時を狙ったのよ、あの場に黒いドレスの娘を見た奴がいたら言い逃れできないしね」


ラミラは後ろのジムに振り返りもせず語りかけた。

「あの修道女はどうです?」

「あの三人組と組んでいるわね」

「ラミラさん俺もそうおもうっす、ですが奴らと出会うのはやばいっすよ」

ジムは頭をすくめて見せた、あの黒い長髪の娘と遭遇したら逃げるしか無いと決めていた。

「昼間の街中ならまあ問題ないわね、でも最大限の警戒が必要なのはわかっているわよ、一度戻るわよ」


「ラミラさんセナ村を調べます?」

「片道1時間なら簡単に調べられるわね、一度戻ってから決めるわ」


二人は足を早めた、変化が激しく絶えず情報の更新が必要なのだ。






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