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聖霊拳の理

 キールは魔術研究所の執事長の机の上に両足を投げ出して寛いでいる、だが彼の執事服には無数のかすり傷とほつれが生じていた。

そこに所長室に通じる扉が開け放たれ若い執事見習いの少年がキールの前に立った。

「執事長、バルタザール様がお戻りになりました執事長をお呼びです」

キールは足を机から降ろした。


バルタザールはリエージュから帰還するコステロを迎える為にコステロ商会に出向いていた、そこでコステロへの報告と会議に参加する予定だったがその彼が戻ってきたのだ。


「コステロ様は予定通りお帰りになったようだな」

キールは部下の若い執事を見上げた。

「そのように存じます」

執事見習いの少年はそう応じた。




キールはゆっくりと立ち上がると軽く身なりを整え、そして隣接する所長室の扉に向かう。

扉を開けたキールをバルタザールが所長用の大きな肘掛け椅子に座ったまま迎えた、その部屋には所長の他だれもいない。

バルタザールは去れと少年執事に目をやると彼は静かに執事室に戻って行った、そしてキールの姿を一瞥(イチベツ)すると眉をわずかに(ヒソ)めた。


「所長、コステロ様はお変わりはありませんでしたか?」

「旅は何事も無く順調だったようだ、だが僅か5日の間にこちらの状況が変わりすぎた、コステロ様は驚いていたよ、そして大いに興味をお持ちになった、ジンバー商会への攻撃、精霊力を使う女性剣士の件だ、警備隊への調査資料の開示要求もお出しになられる、これであの奇妙な殺人事件の調書を閲覧する事ができる」


「その精霊力を使う剣士とやらと先ほど戦ってきましたヨ」

「なんだと!!!その格好はそれか、してまたあの娘か?」


「いや、例の商家のボンクラ若旦那風の男です、エミル君の店の前で偶然遭遇しましてね、ここに御同行願ったのですが嫌われまして力ずくに、彼は想像通りにデタラメに強かったですよ、撤収を考えていたところにオスカー君が来てくれて正直たすかりました」


キールは執事服の制服から小さな魔術道具を取り出した、そしてそれをバルタザールの前に置く。

「これが役に立つ時がくるとはねぇ」


「ところでどこで戦ったんだ?」

「魔術街から少し離れた廃屋の庭で戦いました、あそこは場所は良いのですが、日当たりが悪く水回りが良くないので住人がいつかない」

「お前が苦戦したと言うことは奴もやはり精霊力を使うわけだな」

「その通りです!!ついでに聖霊拳との戦いにも慣れているようですね」


バルタザールは何事か考え始めていたそして口を開いた。

「奴らは聖霊拳を捨てた人間なのか?それとも人工的な狂戦士なのかお前にはわかるか?」


「今日の戦いで感じた事ですが、奴らは聖霊拳を良く知っています、ですが聖霊拳を捨てた者では無いような気がしてきました、まだ断言はできませんが」

「それは直感なのか?」

「そうでございますヨ、奴らは精霊力の量が異常に多い、個人で差があるとは言えね、そして聖霊拳の(コトワリ)に無頓着すぎます、聖霊拳の世界から不本意に追われた者であれ捨てた者であれ、聖霊拳の(コトワリ)に強い拘りを持つものなのですヨ」

「強く執着するかそれに反発すると言う事なのか?」

キールはそれに深く大きく頷いた。


「ええ、戦い方が聖霊拳に親しんだ者とは思えない、それでいて聖霊拳と戦い慣れています、だが聖霊拳への拒絶も拘りも感じませんでした」

ルディとベルはアマンダの練習相手になっていたのだから戦い慣れているのは当たり前だった、アマンダは勝ち抜き生き残る為の聖霊拳を追求していた。


「お前はどうなのだキール」

「私は追放されたに等しいですが、武器を使わない事に拘っていますねぇ、暗器をもっていますが工作用です」

バルタザールはそれだけではないだろうと思っていた、キールは闘う理由を絶えず探しているのだ、目的と手段をすり替える傾向が強い。

先程の若旦那の件もキールはその男を拘束しようとしたが、他の者ならば尾行し背景を探ろうとしただろう、彼らが危険な力を持っている情報が事前に出ていたのだから。

今までキールは圧倒的な力で結果を出してきた、だがこれからは果たしてどうだろうか?


バルタザールはまた深く考え込みはじめていた、それを見かねた様にキールが口を開く。

「そうでした、奴はアマンダ=エステーべの名前に強く反応しましたよ」

「ではあの娘がアマンダ=エステーべなのか?」

「すくなくとも奴が動揺するだけの何かがあるのは間違いないですな」


「エルニアを本格的に調べてみるべきだな、我々は魔術関連の情報収集が主だ、政治的な調査はコステロ商会の調査部の仕事になる、こちらから報告と進言をしよう」


「それでよろしいかと」

キールは丁重に頭を下げた。


「ところで所長、奴らの調査の方はどうなっていますか?」

「報告書が全てだこれは向こうに出してきた、そうだゲーラで奇妙な事が起きていたようだな、魔術ギルドに旅の魔術師から奇妙な情報がもたらされていた」

「メトジェイの爺のところですかぁ?」

「いや旧市街の評議会魔術ギルドの方だ、奴のところには死霊術師しか基本的に置かない」


「たしかに・・・それで奇妙な事とは?」

「旅の魔術師がゲーラで巨大な大精霊の精霊力を感じたと言うのだ、それが起きた日は奴らがゲーラに滞在していた日と同じだ」

「誰かが派手に上位魔術を使ったのではありませんかね?」


「その魔術師は下位の精霊召喚師でな、神に等しい大精霊が降臨したような巨大な精霊力の気配を感じたと証言している、ギルドでは骨董無形と放置していたようだな」

「あそこはそう言うところですからねぇ、もっともそんな大精霊を人が召喚できるわけがありません」

「まあそうだが、俺はこのゲーラの件も詳しく調査する」



「そうだエルニアと言えば、情報が一つだけあったな」

バルタザールは執務室の書類の束を探すと一枚の書類を取り出した。


「最近の話だがエルニアで精霊変性物質の出物が増えているらしい、素材の出物が幾つかあるそうだ、古代遺跡からの発掘品でなければ高位の精霊召喚でしか生まれない物だ、そしてエルニアには知られている限り古代遺跡は存在しない」


「おおっと!!忘れておりました所長、奴は精霊変性物質の大剣を持っておりました」

「なんだと!!!」

「私の見立てですが帝国金貨200枚は越えますね」

「奴らは何者だ?密偵に持たせる様な武器ではない!!」


「所長、その魔剣はその出物と関係があるのですかね?」

「エルニア公国が上位の精霊召喚を行った可能性があるな、エルニアの魔術師に関する資料を調べさせよう、古い記録しか無いかもしれんが必要ならば調査員を派遣する、これは我らでやらねばなるまい」

「古い記録しかないのですか?」

「ハイネはテレーゼの自治都市にすぎない、関心がテレーゼ内部に偏って来たのさ、これからはそうは言っておられんがな」

「エルニアに何があるのでしょうかねぇ?」

「今の段階では何もわからん」


「わかりました所長、さっそく手配を急ぎます」

キールは執事室に戻ろうとしたが立ち止まりバルタザールの前に戻ってきた。


「エミル君はどういたします?彼は余計な事をいろいろ喋りすぎですね」

「釘を刺すに留める、中位の魔術師は貴重だからな、だが二度目は無いと彼に警告しておいてくれ」

「次は無いと?」

バルタザールは無言で頷いたそして口を開いた。


「キール、お前と互角に戦える者が現れたのだ、我々の立場を考えた行動をしてくれ」


キールはふたたび深く頭を下げると執事室に下がって行く、彼の表情はうかがい知れなかった。



そんな一幕が魔術研究所の所長室であった頃から少し前の事だ、魔術街の魔術道具屋『風の精霊』をテヘペロが訪れていた。

扉が開かれると扉に備え付けられていたガラスのベルが美しい音を奏でる。

この店をあまり評価していない彼女もこのベルだけは認めている、彼女はその音色に聞き耳を立てている様にも見えた。


カウンターにいた店主のエミルが来客に驚いた用に顔を上げた、彼女を見てその顔に喜色が走ったがそれはまた不安じみたおどおどした色に変わる。


「テヘペロその姿は?」


呼び捨てにされた事で不機嫌になりかけた彼女だったが、それを抑制すると妖艶にエミルに微笑みかける。


「ふふ、もともと修道女じゃないわよ、いろいろあって面倒だからこうしているのよね」

目の前の商家の婦人の様な姿はテヘペロにまったく似合っていなかった、テヘペロには生活の臭いが薄いのだ。


その面倒さに巻き込まれたとエミルは感じていた、だがそれは彼の責任が多々ある。


「今日はお願いがあるのよ、私をこっちの魔術ギルドに紹介してくださらないかしら?」

「評議会魔術ギルドに紹介状を書けと?」

「ええ、私これでも火の精霊術を上位まで使えるのよ?」

「君は上位魔術師だったのか?」


エミルは驚いた様な表情を顔を貼り付けていた、以前そんな話を聞いていたら忘れているはずはない。

ハイネにはテレーゼ中から魔術師が集まっているが、上位魔術師など両手の指で数えられるほどしかいないはずだ。


そしてテヘペロは悪い癖を出して無属性の上位魔術が使える事を隠していた、無意識レベルで手の内を曝け出す事ができない性だ。


「わ、わかった書こう、上位魔術師を紹介できれば私の評価も上がる」

テヘペロはあっさり了承したエミルの態度に不審を感じた。


「貴方今日は少し変ね、心配事でもあるの?」

エミルは慌てたように反応した。

「いやなんでも無い、今日はすぐに次の仕事が入っているんだすまない」


テヘペロとしてはそれで目的が達すれば問題ないのだが、だがエミルの態度が気になったのだ。

彼女は綱渡りの様な生き方をして生き残ってきた、僅かな疑念は晴らしたい。

この男があの危険な連中と接していた事、ジンバー商会やあの魔術研究所にまでコネがある事、その上で情報を不用心に他者に漏らしていた、エミルは不用心で欲望に弱かったそれは有り難かったが危険を伴う。

この男が自分に対してだけ誠実なのだろうか?このまま関わっていて危険は無いのだろうか?

テヘペロはそれを知ろうと決意する。


「私と貴方の仲よ、悩みがあるなら貴方に寄り添えると思うわ」


テヘペロはカウンター越しに身を乗り出す、彼女の吐息がエミルの頬を刺激する、そして甘い香りがエミルの鼻を心地よく刺激した、エミルの目線が宙をさまよいはじめる。





そしてどれほど時間が過ぎたであろうか『風の精霊』の裏口の扉が開かれた。

その扉をテヘペロがくぐり裏街に姿を表した。



数歩進んでから閉じられた裏口を振り返る。


「あの人長く生きられそうな感じがしないわ大丈夫かしら?もうここには近づかない方が賢明ね、この紹介状を使うのも悩むところだけど他に伝手もないし」


小さな声で呟いてから立ち去る、僅かにエミルを気づかいながらも彼との関わりを絶とうと決めた。


その魅力的な後ろ姿を見詰める鋭い視線があった、それは猛禽類の様な鋭い眼光の男、セザール=バシュレ記念魔術研究所の執事長のキールだった。







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