ベルはお嬢様、ルディはお殿様
子供達は屋敷の二階で遊び始め、コッキーは厨房に入って昼食の準備を始めた、彼女は久しぶりに腕を披露できると張り切っている。
厨房の掃除を手伝っていたベルは最後にコッキーに追い出される様に居間に戻って来た。
「ベル、料理は手伝わないのか?」
「あまり信用されて無いみたい、それに僕がどこかのお嬢様のような扱いだった」
実際のところ彼女はエルニア公国の領主で300人以上の家臣がいる名家のお嬢様だ。
「お嬢様か・・」
「若旦那様お話があります、あの部屋で話しましょう、ベル貴女も来てください」
ルディとベルは思わず顔を見合わせたが、アゼルの後に続いて防護魔術を施した部屋に入った。
最後に入ったベルが後手で扉を占める。
そこは狭い部屋で古い棚や引き出しが置いてあったが、椅子もテーブルも無いので三人は立ったままだ。
黴臭い臭いが三人の鼻を突いた。
「込み入った話があるのだな?アゼルよ」
ルディがまず口を開いた。
「殿下、コッキーに我々の正体と目的をどこまで話すかです」
「ルディがエルニアの公子で謀反の疑いで逃げてきたなんてとても言えない」
ベルが顔の前で手の平を振った。
「それに異存はありません」
アゼルも同意した、それにルディも大きく頷く。
「何か考えはあるの?アゼル」
「三人で口裏を合わせましょう、たとえば大奥様にかかわる重要な精霊宣託の謎を解くためにテレーゼに来た、その手がかりを探している事にします、あと優秀な精霊宣託師を探している事にいたしましょうか」
話の方向性は正しいが重要な事はまだ教えられる状況では無いと言うことだ。
「大奥様って大公妃のことじゃないか!?」
「それは違うぞベル、ファルクラム商会の俺の母親と言う設定だ」
「ええそれで良いでしょうね、殿下が信用が置けると判断した時には総てをお話しになっても構わないと思います、あのトランペットが真の神の器ならば、彼女が我々の目的と無関係とも思えません」
「思い出したぞ、ゲーラに降臨された女神メンヤの言葉を」
ルディが思わずこぼした言葉から、ゲーラに降臨した女神の言葉をアゼルは思い出していた。
『もう一人はこれからお前たちの役に立つかもね』
「僕も異存なし」
ベルもこれに賛成する、これで方向性は定まった。
「コッキーから尋ねて来ないかぎり無理に教える必要はあるまい、まだ彼女が操られている疑いが残っているのだ、アゼルよなんとか解明できないか?」
「死霊術に関係があると推察していますが、まず死霊術を知る必要がありますね、しかし伝手が無いのです」
「死霊術師をさらってこようか?」
「何を言い出すんだ?ベル!!」
ルディは呆れた様にベルの顔を見つめた、だがアゼルにはその手があったかと言った考えが顔に出ていた。
「ねえ・・・コッキーは僕達の正体を疑っていると思う」
「ええ、我々はいろいろ怪しすぎますからね、幽界に行って帰ってきても動じない、人間離れした力を当然の様に使いますから」
「幽界に一緒に行かなかったらコッキーの目の前で力なんて使わないよ?」
「とりあえずコッキーを一人にしないようにしましょう」
三人は苦笑したが無言で頷いた。
「あまり長くいては不自然なので、そろそろもどりましょう、まだ決めなければならない事がありますがまた後で」
会議は僅か数分で幕を閉じた。
三人が居間にもどるとすぐに来客がやって来た、玄関から聞き慣れた声が呼びかける。
それはファンニの柔らかな声だった、ベルが慌てて玄関に向かい扉を開いた。
「こんにちはベルさん、子供達は外で遊んでいるの?」
ファンニは居間の奥を身を乗り出すように覗き込んだ。
「いや、まだ外に出すのは早い、屋根裏で遊んでいる」
ベルは指で上を指し示した。
天井が僅かに鳴って階段から子ども達の嬌声が遠く聞こえてきた。
「ここは大きなお家だから、みんなはしゃいでいるわね」
微笑みながら天井を見上げる、ベルはそんなファンニに中に入るように仕草で促した。
居間にはルディとアゼルがソファに座っていたが、ルディが立ち上がるとベルが座っていた一人がけのソファを布で軽く拭いてファンニに座る様に促した。
その時ベルは見てしまった、ソファの上に埃が積もっていてお尻の形に跡が残っていた事を。
クエスタの館にいた時は使用人がすべて知らない間に完璧に綺麗にしてくれていた、大きな屋敷に入った事で悪い癖がつい出てしまったのだ。
「ルディさん達にご相談がございまして来ましたの」
お尻と背中の埃を手で払っていたベルが、ルディの座る長ソファに腰掛けるのを待ってからファンニが用件を切り出した。
そのとき奥からコッキーが顔を出す。
「どなたかと思ったら修道女様ではありませんか!!お茶をお出しいたします」
ファンニが何か言いたそうだが、コッキーはさっさと奥に引っ込んでしまった。
「あの娘とてもなれていますのよね、リネインの孤児院育ちだと納得できましたわ」
「コッキーは修道女様を尊敬しているよ、でもあの子達は大きな姉ちゃんとか小さな姉ちゃんとか尊敬が足りないと思う」
ファンニは快活に笑った。
「私達に威厳が無いからかしら?まさか貴女達にもあだ名とか付けていませんか?あの子達って人にあだ名をつけるのよ」
ベルは微妙な表情になった。
「手遅れだよ」
ファンニはまた笑った。
「ところで相談とは何かな?ファンニどの」
「まあ、話がずれてしまいましたわ、私も明日には聖霊教会に戻らなければなりません、代わりにサビーナや孤児の世話をされているおばあさん達に順番にこの手伝いに来てもらう様にいたしますわ、それはサビーナと決めた事ですの」
「ほとぼりが冷めるまでみだりに動かない方が良い、尾行されここがばれるとまずい事になる、ファンニ殿も聖霊教会に戻ったらいつものように過ごしてもらいたい、いや子供達の手がかりを探すなどされた方が良いだろう」
ルディはもっともな助言をファンニに与えた、ベルもアゼルもそれに同意している。
「では父には炭や薪や食材を運び込む様に頼んでおきます、代金は聖霊教会で払いますので、ただ貧しいので足りないかもしれません、申し訳ありませんわ」
「我々四人の分はこちらで調達するので心配ご無用、ここの家賃も我らで負担する」
ファンニは立ち上がり深々と聖霊教会の修道女の礼をした、これは聖霊教会に貢献したり支援してくれた人に対する感謝を示す礼だった。
再び座ったファンニはもう一つの懸念を述べた。
「ルディさんいつまで子供達をここに置いて置かなければならないのでしょうか?」
「ところで聖霊教会にはまだ子供達がいるのかな?」
「はい女の娘が三人います・・・あの子達も狙われているのでしょうか?」
「だが下手に動かすのもまずいですね、時間を置いて子ども達を戻すのが良いでしょう、ここの警備隊は当てにはなりませんし」
アゼルが口を開いた、サビーナとファンニには上級魔術士のアゼルの活躍で子ども達を救出したと説明していた、アゼルの意見には重みが有る。
「落ち付くまでは子供達はここにいたほうが良いでしょう、敵には人さらいをする余裕がしばらくは無いかもしれませんが」
「ではそれまであの子達の面倒は・・・」
ルディがそれに答えた。
「コッキーとベルに頼もうと思う」
ファンニはまた申し訳のなさそうな顔をした。
「そこまでしていただけるとは」
また天井が鳴って子ども達の嬌声が遠く聞こえて来る。
そこにコッキーがお茶を用意して居間にやって来た。
「準備できましたよ、ルディさんこれ良いお茶ですよね」
「まあな、茶ぐらいは良いものにしたいからな」
コッキーは茶を四人分出すとふたたび料理の準備に戻って行く。
「まだ料理の途中なのです」
最後に言い忘れた事を思い出したのか出口の前で振り返った。
「お茶請けは無いので我慢してくださいね」
そして彼女の後ろ姿は廊下の奥に消えて行った。
これは客がいるときに言う言葉ではないだろうとルディは苦笑いを浮かべる。
ルディ達は休みを入れて茶を楽しんだコッキーの腕は確かなようだ。
「ファンニ殿、我々も聖霊教会を監視するつもりだ、しばらくはジンバー商会の者に監視されるか、探りを入れてくるかもしれない、サビーナ殿はしっかりされているが力に出てこられるとまずい」
「それもアゼル様の魔術のお力ですか?」
「アゼルは凄い魔術師なんだ心配しないで」
ベルがファンニを安心させる様に励ました、それに微妙な表情を浮かべるアゼル、足元のエリザが彼のローブの裾を引っ張った。
「それでも一日隙き無く監視するのは不可能、何かあったらここに緊急の連絡を入れる様にしてくれ、きっと力になろう」
ルディが最後に約束した。
「有難うございます、なんとお礼を言って良いものか、私は親戚が来ているので家に引き上げます、夜になったらささやかな物ですが差し入れを持ってまいりますわ」
「それはお気遣い助かる!!」
「ねえファンニあの子達を呼ぼうか?」
「いいのよ、このくらいの感じでいいのよ、また今夜きますわ」
「ではまた今夜」
ルディの言葉を切っ掛けにした様にファンニは立ち上がり玄関に向った、三人は玄関まで彼女を見送る。
一礼するとファンニは村の中心に向かって帰って行った。
三人はファンニを見送り扉を閉めて居間に戻る。
「ルディ、食事の後でハイネに行ってくる、ドレスを修繕に出したいんだ、聖霊教会の周辺の様子やジンバー商会の様子を見てくるよ、そしてあの丘の建物を偵察してくる」
「まて俺も行こう」
「いいけど買い物でもするの?」
「いやな、俺がここにいても薪割りぐらいしか役に立たない、いろいろ調べて置きたい事もあるのだ」
「アゼル、死霊術師をさらって来るのはどう?さっき良い考えと思ったでしょ?」
「そうでもしないと死霊術を知る事ができないと思ったのはたしかですよ、死霊術が野放しの国ですが本屋で簡単に調べられるものでは無いですからね、ですが無茶はしないでくださいよ?」
「弱そうな女魔術師を見た事があるんだ、アゼルに渡した触媒はその人が持っていた、調べて見ようかな」
「あの使用済み触媒ですか?ならば彼女は死霊術師ですね、そうだ触媒の分析も中断していました」
アゼルはしばらく考え込んでいた。
「私は午後は使用済み触媒の分析を進めます、ベル嬢がジンバーから盗み出してきたソニムの樹脂らしい塊も調べなくては」
そこにコッキーが居間に顔を出した。
「みなさんお昼ができましたよキッチンに来てください、ベルさん子ども達を呼んできてください、あれ?ファンニ様は」
二階に行こうとしたベルが立ち止まり答えた。
「ファンニはさっき帰ったよ、親戚の人が来ているんだって」
「ファンニ様の分も作ってしまいましたのです!!」
「はは、皆んなでわければ大丈夫だ」
ルディが呑気そうにコッキーを慰めた。
キッチンには長テーブルが置かれ丸椅子がいくつも用意されている。
テーブルの上には簡素な昼食が並べられていた、贅沢なものではないがありあわせの食材で工夫が凝らされていた。
黒パンと野菜のスープで出汁に塩漬け肉が使われている、塩分は保存の為だが貴重な塩分の補給源でもある、塩分を洗い流す事など金持ちのする事だ、そして木の皿には野菜が添えられていた。
ルディには商店街で買い込んだ食材が一部使われているのがわかった。
「これはなかなか見事な出来だ、ありがとう」
「褒めてもらえて嬉しいですよルディさん」
コッキーは率直に嬉しそうだ。
ルディ達が席につくと、二階から子ども達が騒ぎながら降りてくる。
「ゴメンなさい僕姉ちゃん力強すぎだよ!!」
「僕姉ちゃん筋肉ムキムキだろ?」
「だから筋肉ムキムキはやめて!!」
キッチンの扉が開かれた。
ベルは男の子二人を小脇に抱えていた、抵抗したのかベルにイタズラでも仕掛けたのだろう。
だが部屋の中にルディ達がいるのを見て子ども達は態度を改めた。
「みんな席につくが良い」
ルディは鷹揚な態度で子供達をうながす、子ども達が末席の椅子に行儀よく座っていく。
「黒いお兄さん殿様みたいだ」
シャルルが鋭く突っ込んだ。
ルディは朗らかに大笑いを始めた。
ベルは目を見張りそんなルディを見てから吹き出しそうになる、そしてコッキーは何かに気づいた様にルディを見詰めベルと見比べていた。