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新しい住処

 東の空に明るい青色が広がって行く、夜空の雲は消え去り晴天の一日を感じさせる。

そしてハイネの野菊亭のルディ達の部屋の窓が静かに開かれた、部屋の中に朝の爽やかな冷気が流れ込んできた。


「ベル忘れ物は無いな?」

ルディが部屋の奥から窓際のベルに声をかけてきた。

ベルは自分の背嚢の他にグリンプフィエルの尾を包んだ麻袋と道具の入った袋を背中にくくりつけ、服装は下町の小娘の様な姿をしている。


「なんだよ!?子供のハイキングじゃないんだぞ?」

憮然とルディに寄って行こうとする。


「セシリアさんは朝が早いので、早く出発した方が良いですよ」

アゼルが喧嘩を始めそうなベルに釘を指した。

この時間はまだ商店街は眠ったままだ、だが日が登る前にハイネの野菊亭は営業を始める、城の開門と共に旅立つ客に食事を供する為に。


「わかっているよ!!コッキー僕に付いてきて、城門はまだ空いていないから壁を乗り越える」

「大丈夫なのですか?」

「力を少し開放すればいける、じゃあ飛び降りるよ」

「わかりました・・・なのです!!」

ベルが最初に二階の窓から商店街の石畳に飛び降りた、コッキーもそのまま続いて道に飛び降りる。

ベルはその様子を見て安心したのか、中央通りに向かって歩き始めた、だが直ぐに振り返って窓から顔を出しているルディに手を振る、コッキーも釣られて手を振った。


二人は大通りを横切るとそのままハイネの南東区に進んだ、ここはハイネの庶民の居住区となっている、庶民の街と言っても新市街と比べると生活の質は高い。


ベルはこの先の南の城壁を越えるつもりだった、だがそのベルの表情が突然変わる。

「コッキーそこの角を右に曲がるよ、ずっと前からセシリアが来る」

「宿屋の店員さんですね?」

「そうだよ、セシリアがここに住んでいるなんて知らなかった」

ベル達は十字路を右に素早く曲がった、セシリアは剣を担いだコッキーを目撃した一人だ、彼女とコッキーを合わせるのはまずい。

一区画だけ西に向かい再び左折して城壁を目指す、ベルは城壁から少し離れた場所で止まり城壁の上を左右に観察する。


「一気に登って向こう側に飛び降りる」

「わ、わかりましたのです!!」

ベルは助走し壁に取り付くと僅かな出っ張りやへこみを利用して駆け上った、そして城壁の上に昇ると姿勢を低くして仕草でコッキーをまねく。


「とりゃ!!」


コッキーが気合を入れて壁を登り始めた、不器用なのかもともと運動オンチなのかわからないが、なかなか巧く登れない。

コッキーの精霊力が高まり、力まかせに壁を登り始める、精霊力の無駄遣いをベルは嫌ったが、初めてだからしょうがないと諦める。

それでもコッキーはなんとか這い登る事ができた。


「そろそろ巡回が来る、飛び降りて走るよ新市街を一気に抜ける」

「わかりました、ベルさん」


二人は高さ8メートルに達するハイネの城壁から飛び降りた。

コッキーは両足を踏ん張り、足を曲げて勢いをころして着地する、それは美少女に似つかわしくない、なんともはしたない姿だった。

コッキーが飛び降りるのを見守っていたベルの視界にワンピースの下のコッキーの下着が丸見えになった、育ちが良いベルはそれからふいと目を背けた、じきに力に慣れると思ったのか何も言わない。


二人は南に向かって全速で走り始めた、治安の悪い新市街はさっさと通り過ぎるに越した事はない、そして尾行がいたとしても振り切る事ができる。

人間離れした速度で二人は新市街を走り抜けて郊外に出たところで走るのを止めた。

そしてベルが精霊力を解き放った、薄く伸ばした網の様に力を広げて周囲の生命力を探った。

コッキーにはそれが見えていた、まるで巨大な薄い光の蜘蛛の巣の様に見えたのだ、コッキーは目を大きく見開いた。


しばらく二人は無言で歩いていたがコッキーが前を行くベルに話しかけた。

「ベルさん聖霊教会には行かないのですか?」

「しばらくはあそこには行けない、見張られているかも」

「そうなのですね」

「コッキー、セナ村まではゆっくり歩くよ、ファンニ達がまだ寝ているからね」

二人はそのまま林の中の細い道に消えていく、いよいよ東の空は明るくなり日の出も近い。



ほとんど人家の無い郊外に出ると二人から緊張が抜けていった。

コッキーは背嚢からトランペットを取り出し行進曲を演奏し始めた、演奏が始まると二人に力が満ち溢れ疲れが消えていく。

ベルが驚いた様子で後ろを振り返ると、コッキーがトランペットを吹きながら得意そうな顔をして見返して来た。

次第に二人の歩速がどんどん早まっていく。


その南西に向う小道は地元の住人しか使わない、道はやがてハイネと南の大都市リエージュを結ぶ街道と合流し、そのまま街道を横切ってセナ村に向う細い道に入っていく。


演奏を止めたコッキーが前を進むベルに再び話しかけて来た。

「ルディさんも私達と同じ幽界帰りだったんですね」

「あれ、コッキーには話して無かったっけ?一緒に旅をするのはハイネまででその後別れると思ってたんだ、でも幽界に行って帰って来て、どうしようかと考え始めた矢先にコッキーが居なくなったから」

「あの時なぜかベルさん達に追いついて一緒に旅をしなきゃと慌てていたんですよ、今考えると不思議ですがピッポさんが何かしたのでしょうか?」

「僕には良くわからない、アゼルもよくわからないらしい」


やがて聖霊教会とセナ村を結ぶ道に合流する、そろそろセナ村が見えてくる頃合いだった。

「サビーナとファンニ達には、前からコッキーを探していると話していたんだ、僕の友達と紹介するからね」

「は、はいわかりました」


「そこを曲がると村が見えてくるよ」

しばらくすると視界が開けセナ村の全貌が見えて来た、とても小さな村で農家が数えられる程しかない。


「可愛い村なのです」

「そうか!!小さな物は皆んなそう言えばいいのか」

ベルは少しずれた観点でコッキーの表現の上手さに感心する事しきりだった。

「コッキーも可愛いって言われるでしょ?」

コッキーは急に不機嫌になりベルから顔を背けた、ベルはしまったと言った顔をしたが前に向き直りこっそり舌を出していた。

二人はしばらく黙ったまま歩き続ける。


村に入ると家々から炊事の煙が立ち上っている、農民達の朝は早い。

「最初に僕達が借りた農家に行くよ」

「聖霊教会の子供達がいるのですね」

「うん、コッキーにはしばらくそこに居て欲しい、そして子供達を守って欲しいんだ」

「はい、ルディさんからも頼まれましたよ、戦いたくないけど悪いおじさんを投げ飛ばせる気がしますです」

「おじさん?でも不死身じゃないから気をつけてね」

「そうなんですね・・・」

「そう」


ベルが村の外れにある古い大きな農家を指さした。

「コッキーあの家だよ」


それは古い二階建ての大きな農家で屋敷と言っても良い程の大きさだった、側に家畜小屋と納屋が並んでいる。

「大きな家なのです」

「じゃあ行くよ」

二人はその屋敷を目指して足を早める。



屋敷に入ると中はとても静かだった、昨晩子供達を運び込んだ居間に子供の姿は無かった、他の部屋を調べても誰も居なかった。

二人は次に二階に昇った、二階はあまり天井が高くない、その一番奥の部屋に子供達が寝ていた、麦わらを積み上げた上に頑丈な布を敷き簡易ベッドにしていた、その上に子供達がまちまちな格好で眠っている。

昨晩は下の居間に四人を運び込んだ、あのあとで全員目が醒めてここに移動したのだろう。

彼らを起こさないように静かに下の階に降りる。


「私はリネインの孤児院で一番のお姉さんだったのですよ、子供達の面倒はまかせてください」

「助かる、そうだこれからコッキーをファンニに合わせるからついてきて、ファンニから子供達に紹介してもらおう」

「それが一番よさそうですね、お願いしますベルさん」

二人は村の中心に向かう、すでに日が登り朝の早い村民達が農作業にでてきた処だった。







「まあベルさんが探していた友達の方なのね?」

コッキーを見ながらファンニは愛想を崩した。

「はい、私はコッキー=フローテンです、リネインの聖霊教会でお世話になっておりました、しばらくお世話になります修道女様」

「まあ可愛いお嬢さんですね、本当に助かるわ私一人でどうしようかと思っていたのよ」

ベルはさり気なく横目でコッキーを観察した、だがコッキーは素直に喜んでいるようだ。

「ファンニ、僕達もあの屋敷でしばらく過ごしたいんだ」

「まあ、もしかして身を隠すのね?」

ベルは無言で肯定した。


「ねえ、僕達を子供達に紹介してほしいんだ、ネイトしか僕を知らないからね」

「そうですわね、じゃあ今から行きましょう」

「有難うファンニ」

「そうだあの子達に朝食を持って行かないと、もう用意はしてあるから運ぶだけなの、二人とも手伝ってね」

ベルとコッキーはそれにうなずいた。











ハイネの野菊亭のルディ達が借りた部屋では旅立ちの準備が進められていた、アゼルが背嚢にハイネで買い足した書籍をまず詰め込んでいく、そして解体した精霊通信盤を収納していく。


「アゼルよまた本が増えたな」

「いろいろ調べなければならない事が増えましたからね」

「荷造りが終わったら、食堂で最後の食事を摂ろう」

「だいぶここに馴染みましたが、我々の肖像画が出回るようではここにいるのも危険すぎますね」

エリザはまだベッドの下で寝ていた、アゼルはそれに目をやり微笑んだ。



「結局、昨晩も精霊通信は来なかったのだな・・・」

「ありません、何が起きているのでしょうか?」

「ここで悩んだところで不毛だ、エルニアからの噂話に聞き耳でも立てるしかあるまい」


「さて、これで終わりです殿下」

「ではここでの最後の朝食を楽しむとするか」

ルディは防護魔術の効いた扉を開けて出ていく、アゼルの肩にエリザが飛び乗って来た、どうやら彼女も目を醒ました様だ。

アゼルもルディの後に続いて部屋を出ていく、扉が閉まると同時に精霊力の波紋が結界を伝わり広がって行く、美しい光景だがこれを見る事ができるのは限られた者達だけなのだ。








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