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真夜中の衝撃

 聞き込み調査から戻ってきたローワン達がジンバー商会特別班の雑用係室に顔を出した。

「ジムまだいたのか?自分の荷物は移したのか?」

ジムはバートの代わりに慣れない書類整理に追われこの時間まで仕事に追われていた、文字の読み書きは商人の見習い少年時代に叩き込まれていたが、長い空白期間があったのだ。

「あっ、まだでした」

「なら今のうちにこっちに移しておけ」

ローワンの後ろには街の洗濯女のような格好のラミラと、染め物屋風のドミトリーの姿も見える。


「明日からはお前にも聞き込みに出てもらう、ドミトリーかラミラと組んでもらう事になる、奴らを直に目で見ているのはお前だけだからな、仕事は体で覚えてもらう」

「わかりましたっす」

「俺たちは本館で会議があるしばらくは戻らん」

彼らは慌ただしく去っていく。


ジムは支給されたばかりの仮身分証を持って、倉庫人夫に割り当てられていた宿舎に向かう、そこに僅かばかりの彼の私物が置いてある。


「さて、皆にどう説明しますかねえ?まあ命令で詳しく言えないと言って置けばいいっすね」

独り言を呟きながら、ジンバー商会の西側の大倉庫に向う。

オーバンに合うと色々煩いなと思いながら宿舎に向っていると、そういう時に限ってオーバンが向こうからやって来た。


「オーバンさん、こんばんわっす」


ジムは適当に笑顔で応じてそのまま通り過ぎようとした。

オーバンの横を通り過ぎた瞬間、オーバンの動きを察知した、いつものような緩慢な気の抜けた様な蹴りが飛んでくる。

食らっても大した事は無いが、ジムはあえて回避する事にした、回避すると激昂(ゲキコウ)して殴りかかってくるのは承知の上だ。

オーバンの蹴りは見事に空振り姿勢が崩れる、ジムはそれを利用し左手でオーバンの体を軽く押し更にバランスを崩させた。


何か硬いものがぶつかる重い音が誰もいない廊下に響く、オーバンは柱に頭をぶつけてそのまま昏倒してしまった。

ジムはやりすぎたかな?といった顔をしたが、オーバンを軽々と肩に担ぐとそのまま宿舎に向って平然と歩き始めた。




倉庫人夫の宿舎には個室は無い、数人の人夫が集団で一つの大部屋で寝泊まりしている。

「ジムか!?どこに行っていたんだ?」

短い間だがそれなりに親しくなった倉庫の人夫達がジムを心配してくれている。


「すみません、上からの命令でいろいろ仕事をしてたんです」

だがジムが担いでいる人物にその場にいた者達の興味が移っていた。


「なあ、その肩の上にいるのはオーバンじゃあねえのか?」

「いったいどうしたんだ?」


「廊下でいきなり蹴られて、それを避けたら勝手にすっころんで柱に頭をぶつけて気をうしなっちゃいましてね」

「ああ、なるほどな奴らしい」

ジムは部屋の隅の麦わらの山の上にオーバンを降ろした、この藁を緩衝材として荷物の隙間に詰めるのに利用している、その麦わらが彼らのベッド替わりだった。



「みんな、俺配属が変わる事になったっす、詳しいことは言えないっす・・・」

「俺のところに話は来ている、何も言わなくてもいい、幸運をいのるぜ」

ジムの上司の班長がそう言ってくれた、ここにいる者はすでにジムが特別班に配置換えになった事を理解していた。

その視線は羨望と同情が入り混じった複雑な想いが乗っていた。


ジムは最後に軽く挨拶を終えると僅かばかりの私物をまとめて新しい宿舎に向かう、すでにオーバンの事は彼の頭の中からすっかり消え去っていた。




倉庫人夫の宿舎から特別班の区画に向うと、僅かに中が騒がしい、それは彼の直感と言っても良い。

閉鎖されている仕切り門の前に足早に進むと守衛に仮身分証明書を見せる。


「守衛さん何かありましたか?」

「俺は知らない」

守衛は首を振りながらも門を開けてくれた。



敷地の中に入ると見慣れない男達が数人集まり騒いでいる、怒声が飛び交い彼らは慌てて荷馬車を仕立てようとしている様だ。

ジムは彼らが殺気立っている様にも見えたのでそっと雑用係室に向かう。


その建物の奥から伸びる短い渡り廊下の先に小さな宿舎があった、ジムには狭い一人部屋があてがわれていた、ベッドを二つ置いたら何も置けないほどそこは狭い。

その部屋に私物を置く、狭いとは言え個室は落ち着くものだ、それだけでも配属替えは嬉しかった。

ふとこのままここで働くのも悪くないとそんな思いに捕らわれる。


それを断ち切る様に、馬車が出ていく騒音がジムの部屋にまで響いて来た。


(慌ててますね)


ジムは何か急ぐようなせわしなさを蹄の音から感じとっていた。


そろそろ休み明日に備えようかと思った頃、突然部屋の扉が叩かれた。

「ジム起きている?緊急会議よ雑用係室に集合して!!」

それはラミラの声だった、そして急ぐように彼女の足音が遠ざかっていく。

先程の騒ぎと関係があるのか?いそいで準備をすませそんな予感とともに雑用係室に向かった。





そこにはローワン、ドミトリー、ラミラ、バートがすでに集合していた。

「それを持ってきてそこに座れ」

ローワンは部屋の隅の三脚丸椅子を指し示した。


「バートは聞いていると思うが、特別班の実力部隊が壊滅した」

ドミトリーが信じられない事を聞いたとばかりに目を剥いた、ラミラも驚愕し言葉が出ない。


「オービスのところが殺られたって言うの?」

ラミラの声は僅かに上ずりかすれていた。

「クランも殺られた」

ローワンの言葉にジム以外の者は絶句した。

ジムは何か異常事態が起きている事は解ったが、オービスもクランも聞いたことの無い名だった。


「オービスとクラン含めて7人死亡、1人行方不明だ、経緯も犯人も今の処は不明だ」

その場に居たものはその事態の深刻さをかみ締めていた。

ジンバー商会はしょせんは一商人に過ぎなかった、大領主や国家の様な人材に厚みがある訳ではない、再建するだけで数年かかるだろう。


「なんてこった」

ドミトリーが思わず呟いた。


「クランって中位の死霊術師だったわよね?」

ラミラがローワンに尋ねる。

「あの男は新市街の魔術ギルドから借り受けていた男だ」

「セザーレ=バシュレ記念魔術研究所じゃないんだね?」

「仕事の性質上そちらの方が都合が良かったのさ、こっちも簡単には補充が効かないな」


「さて、本題に入ろうか、我々は例の4人を洗う仕事を継続するが、場合によってはオービス隊を壊滅させた連中の捜査に回る」

ドミトリーが発言を求めた。

「その調査には我々は噛まないのか?」

「特別班の調査部が行なう、必要に応じてこちらにも支援要求が来るだろう、我々は所帯が小さいあまり期待はされていないさ」


今まで黙っていたバートが発言を求めた。

「例の4人とオービス隊を壊滅させた奴らが同じ可能性はあるのか?」

「それも想定しているが、これから調査が進めば明らかになる事だ」

「いずれにしろ実力部隊の支援が期待できなくなった、より慎重な行動が求められる」











魔術学院の前を東西に貫く学園前通り、その旧市街の西の城壁近くに、三階建ての大きな建物があった、建物は焼き固めた赤い石材で建築されていた、いかにも学問を修める場所に相応しい重厚さと優美さを兼ね備えた趣だった。

その鋳鉄製のゲートに金属製の看板が溶接されている。

『コステロ商会・セザール=バシュレ記念魔術研究所』

と銘がうたれていた。



その所長室の机でバルタザールはゲーラから帰って来た調査員からの報告書に目を通していた。

リネイン=ハイネ街道でエッベの盗賊団を壊滅させた集団の調査の為、ゲーラ、リネインに調査員を送り込んだが、彼らがやっと帰ってきたのだ、明日には残りもすべて戻ってくるだろう。


執務机の上には肖像画が4枚額縁に納められたまま置いてあった。

キールが先程この絵を『風の精霊』の店主エミルに見せてきた、店主の異常なまでの怯えぶりからキールがエミルに不審を抱いたと言う。


レポートには現地の噂話なども詳しく報告されていた、巨大な黒い筋肉質の怪力女、童話の妖精の様な半裸の美しい美少女戦士、そんな他愛のない噂ばなしと共に、かなり具体的な状況報告も集まっていた。


あの四人はラーぜからテレーゼ巡見使団と共にリネインに入った事、そこで一日を過ごしてゲーラに向かいその途中で盗賊団を壊滅させている。

その経緯はジンバー商会からの報告書と大きくは違わない。


(ラーゼから来たという事は、アラティアかエルニアから来たのか?そうだ聖霊拳の上達者の情報を要求していたな)


側の秘書官に声をかけた。

「一昨日聖霊教会のレンツ殿に、聖霊拳の上達者の情報を求めたがどうなっている」

「はい、実はキール殿が確認しております」

「勝手な事を!!キールを呼べ」

秘書官は隣接した執事室にあわてて向った。


すぐにキールがやってくる。


「おうっ、もうしわけありません所長!!聖霊拳を嗜む者としてどうしても目をとおしたく・・」

わざとらしく反省した態度だが、まったく反省してなど居ない事はバルタザールには良く解っていた。

キールはリストが書かれた羊皮紙を執務机の上に置いた。


「聖霊拳を嗜む者はテレーゼ周辺で数千人はいますが、上達者と呼べる者は数える程もいませんねえ、いわんや聖霊教会に所属していないとなりますとね」

バルタザールはリストの一箇所を指さした。

「アマンダ=エステーべ、エルニア豪族エステーべ家の長女で妙齢(ミョウレイ)のご婦人か」

「ええ、やはり目にとまりましたか?彼女が一番近いです」


「人間攻城兵器、赤毛の悪魔、酷い言われようだな赤毛は染めれば済むか」

「エルニアの密偵と疑っておられるのですか?」

「可能性はすべて検討すべきだ」

うっそりとキールは頭を下げた。



そこに別の秘書官がバルターザールの執務屋に慌てて飛び込んできた。

「所長コステロ商会本館から急報です」

それを手に取るとそれは本館の支配人クレメンテ=バルディーニからの緊急メッセージだった。










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