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アゼルの庵

 急峻(キュウシュン)な斜面を昇りきった二人の目の前に壮大な景色が広がった。


三方を切り立った断崖に囲まれた広大な平地の真ん中に巨大な岩山が聳え立っていた、サメの牙の様な鋭角的な岩山の頂きまで500メートル以上あるだろう。


「あれが『エドナの鼻』だよ」

「雄大な風景だな、アゼルの庵はすぐ見つかると聞いたがまだ見えないようだが」

「もっと近くにいけばわかるさ」


しばらく進むと渓流(ケイリュウ)に行き当たる。

「あっ、この川の水は飲まないで」

「毒の水か?たしかに虫も川魚もいないようだが」

川を緑色に彩る藻や川草などがまったく見当たらないのだ、川石なども薄い黄色から赤みを帯びていた、その対岸の林の向こう側から白い湯気が立ち昇っていた。

「ベル、あれはなんだ?」

「あれは温泉だよ、ここの川の水が飲めないのは、温泉が沢山あるからなんだ」

ルディには温泉の知識があったが実物を見るのは初めてだった。

「後学の為に温泉を見ておきたい、少し寄り道してもいいだろ?」

「この先にいくらでもあるよ?」

「そうなのか?わかった」



さらに進むにつれ『エドナの鼻』は仰ぎ見る程に成りその巨大さを改めて実感させられた。

「ルディ、見てあそこに小屋が見える!!」

「あれがアゼルの庵だろうな」

岩山の近くの高台に小屋が設けられていた、それがアゼルの庵なのだろうか?


二人がその小屋に向かって歩き始めた時、ベルが近くの林の一点を見つめ足を止めた。

「どうした?」

「あそこに白い小さな猿がいる」

「ここには猿がいるのか?珍しいな」

「エドナ山塊には猿がけっこういるんだ、でも白い猿は珍しい、ちなみに不味い」

「お前食べたのか?」

「どうしても食べる物が無くて、微妙に人に似ているし、二度と食わないと誓った・・・」

「・・・そうか」

風が硫黄臭い匂いを運んでくる。


そして視力が異常に鋭いベルが最初に気がついた。

「ルディ!!あそこにロバがいるぞ」

「んっ?」

「あっ!!誰かいる!!」

「おお!?あれはアゼルだな、間違いない」



庭で作業をしていたその男の前に二人がたどり付いた時、その男は驚きと呆れた顔を浮かべていた。

その男はアゼル=メイシーで元魔導庁の魔術師だったが精霊宣託の後に総務庁に左遷させられた、その後ルディガーとベルサーレの神隠し事件の後に城から退去してここに移り住んでいた。


アゼルは痩せすぎなほど細くそのくせルディガーに劣らないほど長身だった、顔は男性として非常な美形なのだが、なぜか人の印象に残らない男として有名だった。

丸い黒縁メガネをかけ、学者か魔術師か教師が似合いそうだが、なぜかすべて似合わず、敢えて何が相応しいかと言えば、ベルが素晴らしい解答を見出した事があった、それは『ちょっとお洒落な商館の会計士』だった。

仲間の魔術師が外部に放射される(オド)が極度に薄いのではと分析した事があるのだ。



「久しぶりですねルディガー殿下」

「他人行儀な態度はよせアゼル」

「わかりました、ところで御婦人同伴ですか?」

「お久しぶりアゼル!!」

「貴方はクエスタのベルサーレ嬢ではないですか?ずいぶんと背も伸びたようですね」

この時ベルが『しまった』と言った感じの顔をしたがルディは気が付かなかった。


アゼル=メイシーはこのクエスタの宗家の娘が苦手だった、気さくで気取らない性格は良いとして、魔術師は恐れられ敬意を払われるべき存在だが、この娘にはその敬意がまったくない、アゼルは自分自身への敬意など求めなかったが、精霊術に対する畏敬の念の無さは容認できないのだ。


「貴方達がここに来ると言うことは何か大事が起きたという事ですね、ここではなんですから、中で話しましょう」

それでも二人の態度から緊急に対応しなければならない問題は無いと判断した。


二人を小屋の中に案内する、二人が側を通った時にアゼルが顔を(シカ)め鼻を押さえたのをベルは目ざとく見つけた、そのベルの視線に気がついたアゼルは少し慌てた。

「貴方達はまるで火事場から出てきた様な匂いがしますよ、昨夜の轟音と関係ありそうですね」


(ほかにもいろいろ不快な成分がありますが・・・)


「とりあえず荷物をそこにおろして、これに座ってください」

二人は三本足の丸椅子を進められる。


「俺たちは召喚精霊と戦ったのだ」

「まさかグリンプフィエルの猟犬と戦ったと!?」

アゼルの顔は良く生き延びられたものだと語っている。

「それがアイツの名前だったのか」

「お二人とも良く生き残れたものです」


「なぜグリンプフィエルの猟犬だと解ったのだ?」

「グスタフの切り札がグリンプフィエルの猟犬なのですよ、他に強力な追跡型の精霊はいないはずです」


アゼルはしばらく考え込んでいたが。

「まずはお二人の怪我の治療を、その後に温泉で汚れを流して着替えていただきます、その後ゆっくり話を伺いましょうか」

「ルディの平服がボロボロで血の跡が残っていますね、貴方から見せてください」

「わかった」

アゼルは平気な顔をしてルディの裸の上半身を観察して居るベルに内心呆れていた。

「私が縫った傷がずいぶんと早く綺麗になっていますわ」

ルディは何かの聞き違いだろうかと訝しみ、澄まし顔のベルの表情から感情を読み取ろうとした。


ベルが指さした背中の刀傷は軽いものだったが、まるで二週間程経ったかのような状態だ。

「この傷は何時負いましたか?」

「えっ?ああ、一昨日の夕方だ」

「回復が速いですね有り得ないぐらいに」



「では鞭の様な打ち身と肩と脇腹の傷は?」

「それはグリンプフィエルの猟犬とやらと昨晩戦った時にできた傷だ」

「こちらは精霊術で治療します」

アゼルが手をかざした時、ベルとルディは微かだが不思議な力を感じる。

「これはあの化物と戦った時と同じですわ」

断じて聞き違いではないとルディは確信した。


「んっ?そうだな、確かに同じだが」

「やはりお二人共力を感じられるわけですか」


アゼルはベルを胡散臭(ウサンクサ)げに眺めながら。

二年間で人は大きく変わるのかもしれません、良い変化ならこのままそっとしておきましょう、そう心の中で寛大に評した。


しばらくルディの背中に手をかざしていたが静かに手を引いた。

「これで終わりです」

「見た感じ変わりませんわね?」

アゼルはベルの無知さに怒りながらも冷静に教え正すように説明する。


「自然治癒力を高めているのです、直ぐ傷が塞がるわけではありません、全治一ヶ月の怪我が数日で治ると言ったところでしょうか」

「それでも非常に大きな事だ」


「貴女は怪我はありませんか?」

「大きな怪我は有りませんわ、それにお嫁に行く前に人に肌なんて見せられませんもの」


今さらそれを言うのか?などと言うルディの心の突っ込みは誰にも聞こえなかった、ベルの顔を穴が空くほど見ると極僅かに頬が震えていた、それを見逃すルディではない。


「ルディ、大公妃殿下が何かやらかしましたか?」

「実行したのはギスランだが、俺の謀反をでっち上げて逮捕謀殺を謀った、なんとか逃げることに成功したがな」

「そちらのベルサーレ嬢が協力したと言うわけですね」

「いや、偶然バーレムの森で行き合ったのだ、奇跡としか言いようがない」

「はい殿下をお助けできた偶然を神に感謝いたしております・・・もうだめ」

ベルはクスクス笑いを押し殺している。

「駄目だなお前には全然似合わない」


アゼルは苦虫を噛んだような顔でベルを睨んだ。

「やはり貴女は変わっていませんでしたか、それでも頑張ったと褒めてさしあげます、昔も言いましたが、貴方が令嬢らしく振る舞えるのはせいぜい3分が限界でしたね」

「ベル、あの話し方は気持ち悪すぎるぞ?」

「こんな非常事態に馬鹿な真似ができるようなら貴方は何も心配はいらないですね」

「ごめんなさい」


「それはさて置き、彼らはグリンプフィエルの猟犬を使わなければならない状況に追い詰められ、精霊召喚した挙げ句に、猟犬が自爆したわけですね?」

「追い詰められたアイツが自爆したのだ」

「おかげでルディが生死不明になったのは都合が良いですよ」

「僕たちが生きているのに?」

「召喚精霊は命令を実行するか倒されると幽界に帰ります、ですが自爆では成功したか失敗したか不明のままになります、知能の高い精霊ならば、自分の判断で内部の精霊力を封じた自爆用の魔石を爆発させる事ができます」

「あれは自分の意思だったのか」

ルディは最後に見た猟犬の赤い瞳を思いだした、そして異界の敵に僅かばかりの敬意を感じた。


「ところで先程から気になっていましたが、ベルの背嚢(ハイノウ)の鞭の様な物はなんでしょう?」

「なんとかの猟犬の尻尾だよ」

「グリンプフィエルの猟犬の尾ですか?それは非常に珍しい、優れた魔術道具の素材になりますね、我々は精霊変性物質と呼んでいます」

「精霊変性物質とはなんだ」

「貴方の剣と同じですよ」

ルディは思わず腰の剣の柄に手を伸ばす。


アゼルは小さな机の上の木製の杖を手にした、杖の頭には宝石の様な石が埋め込まれていた。

「魔術道具にはこの杖の様に、精霊の力を蓄えてそれを利用する物があります、この杖には水の精霊力が封じてあって、これを開放して利用します。魔術道具のほとんどは力を蓄えるタイプの物ですが、希少ですが精霊変性物質から作られた物があります、物質は精霊召喚の依代になる事で形状だけでなくその性質も大きく変化します、しかしこのような大きな精霊変性物質はまず手に入りません」


アゼルはベルが意外にも神妙に聞いているので不思議な何かを見るようにベルの顔を観察する。

「なに?」

ベルの美しい青い瞳に見つめられたアゼルはつい顔を背けてしまった。


「えー、ルディの剣も魔剣で(クク)られてしまっていますが、大昔に高位の精霊を剣そのものを依り代として召喚させ何かに利用したのでしょう、その剣に精霊力はありませんが、この世の物で無い物に作用する特性を持ちます、そして変性する前より運良く強靭になりました、普通の武器としても優秀なので戦士には使い勝手の良い魔術武具ですよ」

「もしや剣の精霊とかいるのだろうか?」

「幽界の精霊の中で物霊と分類される種族がいまして・・・」

アゼルは魔術師であるからかどうしても興味が精霊や魔術の話題にそれてしまう。


「おっと、これ以上は長くなるので、旅の垢を落としてからにしましょう、温泉は小屋を出て左側に少し進めば直ぐみつかります、私の導衣を貸しますので、しばらくそれで我慢してください」



「ベルから先に入ってくれ、お前も疲れただろ?ゆっくり寛いでこい」


「ありがとう御座います殿下」

ルディは不気味な物を見てしまったかのような顔でベルの後ろ姿を追った。



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