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修道女ファンニ

 「サビーナいる?」

さわがしい声と物音と共に南の聖霊教会の礼拝堂にベルが飛び込んできた、そこに居合わせたのは修道女のファンニただひとりだけ、ベルは再び黒い小間使いのドレスを身に纏っている。

ファンニは慌て驚き立ち上がった。


「まあベルさん、サビーナから聞きました、アゼルさんに私がお礼を言っていたと伝えてくださいな」

「うん、ところで二人と話があるんだけどいい?」

ベルは礼拝堂の中をさっと見渡した、それを見たファンニは何かを察した。

「サビーナは奥で休んでいるわ、こちらに来てください」

ベルは礼拝堂の脇にある控室に導かれる。


「お客様よ開けるわ」

ファンニは扉を開ける、ベルはまだその部屋に入った事がなかった、好奇心から部屋の中を素早く観察した。


座って休んでいたサビーナが立ち上がりベルを迎える。

「誰かが来たと思ったけどベルさんだったのね」


控室は狭い小部屋で四角いテーブルと椅子そして小さな本棚が置いてあるだけだ、本棚には聖霊教に関係した本が数冊おさめられベルの気晴らしになりそうな本はない、彼女達の趣味が判明するかと本の背表紙を読み取ってベルはがっかりしていた。


「うん、二人に重要な話がある」

「とりあえず二人とも座りましょう」

ファンニがしっかりと扉を閉めると、三人はそれぞれ席についた。


「子供達のいる場所がわかった」

座ったベルはいきなり本題から入る。


「まあ!!あの子達無事なのね?」

「今のところは、でも子供達を助けたとしても、ここに戻すのは無理だよ」


納得したようにうなずいたサビーナが応じた。

「そうね子供達がここに戻ってきたら、私達が関わっていると自白するようなものですもの、でも子供達を奪い返す目処(メド)が経ったのですね?」

ベルはこんな事もあろうかと決めておいた理由を述べる。

「アゼルは上位魔術師でとても強いんだ、子供達を奪い返す計画も決まっている、かならず成功させるから」

「まあ!!アゼル様は上位魔術師なのね」

サビーナの瞳には尊敬の色が浮かんでいた、ベルはそれを面白そうに見てとった。

この言葉でサビーナはベル達を信用する事にしたようだ。


魔術師の素質がある者は500人に1人と言われる、その中で中位魔術師以上になれる者が20人に1人、上位魔術師に成れるのはその中の更に20人に1人と言われていた。

アゼルが聖霊教会に所属していたら重要な地位や役割を与えられただろう、サビーナにはその価値が良くわかっている。


「でも心配ですわ、ベルさん達を疑うわけじゃないのですが」

ファンニはまだ懐疑的なようだ。

「ファンニ大丈夫よ、私はアゼルさんの術を見せていただきました、あんな凄い術を見たのは初めてなのよ」

彼女の言葉の響きから尊敬以上の成分を嗅ぎ取ったベルは内心ニヤついていた。


「アゼルはエリカの街で一番強い魔術師だったんだ大丈夫」


ここで信用してもらわないと困るので念を押す。

「かならず子供達を奪い返す、だから子供達を隠す場所を確保しておいてほしいんだ、子供達が奪われたら奴らは一度はここを疑うはず、最悪の場合に二人にもそこに隠れてもらう事になるかも」

「「まあ!!」」

「でもそれを避ける事もできるよ?」


サビーナはその意味をすぐに理解した。

「泣き寝入りしてあの子達を見捨てればそれを避ける事ができると言うのね?」

ベルは無言で頷いた。


ベルは彼女達に話すつもりはなかったが、ルディ達との話し合いから子供を助けたとしても問題の解決にはならないと結論を出していた。

少なくとも敵対する犯罪組織を叩き潰すところまで行く事になってしまうだろうと。

ルディ達はジンバー商会がテレーゼの死の呪いに何らかの形で関わっているだろうと既に当たりをつけている、そろそろこちらから攻勢に出る時と決断していた。


「もうこれ以上泣き寝入りも見過ごす事もできませんの」

そのサビーナの言葉からは怒りと悲しみと無念が感じられる。


「ここで何も起きなかったら、ここが餌場(エサバ)にされますわ」

そのファンニの言葉にベルとサビーナはギヨッとして思わずファンニを見てしまった、その餌が子供達を指しているのだから。

孤児院から子供達を奪って何のリスクも無ければ何度でも拐いに来るだろう。


「あの、どんな場所が良いのかしら?」

ファンニも覚悟を決めた様だ。

「ベルさんならどんな場所が良いかわかる?」


少し考えたベルはその考えを二人に説明した。

「木を隠すには森と言うでしょ、子供達を隠すなら新市街の空き家を借りる、街にはたくさん子供がいるからね、そのかわり周りの住民が味方じゃないと危険、あとは街の外の農家の納屋とか森の炭焼小屋などに隠す方法がある」


「ねえファンニ?貴女はセナ村の生まれだったわね?時々帰っているわよね」

「ええそうだけど?」

「なにか聖霊教会で借りられる家とか無いかしら?」


「セナ村ってどこにあるの?」

ベルはその話に強い興味を持った。


「ここから南に1時間ほどの処にある小さな村よ、ファンニはそこの生まれなのよ、司祭様や私達も時々巡回しているのよ」

「ここの司祭様って見た事なかった」

サビーナとファンニはお互い顔を見合わせ、少し苦笑を浮かべながらサビーナが説明する。

「ここの聖霊教会には司祭様がいないの、だから私達が代行しているのよ、どうしても司祭様が必要な時にはハイネの聖霊教会から週番の司祭様が派遣されて来るの、もう少ししたらここも司祭様が決まると思うけどね」

「どこも人手不足で大変なんだね」

二人は無言で肯定した。



「この時間なら日が暮れる前に余裕でセナ村までいけますわ、新市街の人よりお互い見知っているセナ村の方が安心できるもの」

ファンニは決意したようだった。

「ファンニ、誰かと一緒に村に行ってね」

「僕が行く、直接子供達をそこに運び込みたいんだ、できるだけここに足がつかないようにしたい」

「なるほど確かにそうですわ、でもベルさん大丈夫なのかしら?」

「作戦時間には間に合わせる」

「違うのよ、その私の護衛は危険じゃなくて?」

「僕は若旦那様の護衛役なんだ、この剣は飾りじゃないよ?」


「やっぱり戦えるのですね、その剣と身のこなしが凄いからそんな気もしてたのよ」

サビーナが笑った、そして彼女は何かに気付いた様に顔色が変わる。


「あのベルさん・・・作戦時間に間に合わせるって・・まさか今晩なのかしら?」

「そう」

「「まあっ!?」」

「ベルさん、ではいそぎましょう!!私が向こうに言って準備しますわ、サビーナ後の事お願いね」

「わかったまかせて」


いそいで準備を終えたファンニとベルは急き立てられる様に聖霊教会を後にした、陽もかなり傾きあと一時間もすれば西の空が赤く染まり始めるだろう。


「気をつけてねー」


その声で二人が後ろを振り返ると教会の裏庭でサビーナが手をふって見送ってくれていた。





二人はハイネの南にあるセナ村に向って進む、道は畑と林が交互に続く中を縫うように伸びていた。

「ファンニ、セナ村ってどんな処なの?」

寡黙になってひたすら急いでいた二人だが先頭を進むベルが沈黙を破った。


「ええっ?私が生まれた村ですわ」

「人はたくさん住んでいるの?」

「そうですね20家族ぐらいだと思います」

20家族とするとおおよそ100人を越えるくらいだろうか。

「それで安全なの?」


「ハイネの周りは警備隊が厳しく監視しているから割合安全なの、盗賊団を退治しているのよ、もっと遠くの村は柵を作ったり見張り櫓を建てているそうだわ」

「ファンニの家もそこにあるの?」


「ええそうよ、両親と妹と弟がいるわ妹は今年結婚したのよ、うふふ」

「お、おめでとう」

「ねえベルさんは幾つなのかしら?」


「ええ?僕はたぶん16」

「たぶん?えと、私の妹と同じ歳だわ」

「ファンニの方がお姉さんだったんだ」

「ええ、妹の方が先に結婚しちゃったから、うるさくて」

二人の歩みはいつのまにか遅くなっていた。


「ええっ!?ファンニも結婚するの?」

ファンニははにかんだ笑みを浮かべてベルを見た。

「驚いた?文字の読み書きや計算の仕方とか聖霊教の教えを学ぶ為に修道女になったのよ、数年教会にお使えして見習い修道女のまま引退する人も多いの」

「じゃあサビーナもそうなの?」

「サビーナは正式な修道女よ、私と違ってとてもしっかりしているわ」

「そうだったんだ」


「ねえベルさんはどうなの?」

隣を歩くのは大人しい控えめな性格の修道女のファンニではなく、若い美しい村娘のファンニだった。

黒い長髪の二人はどこか姉妹じみて見えた。


「え、えっ!?」

「まあ顔が赤くなっているわよ?あの若旦那様かしら?少しお見かけしたけど立派で優しそうな殿方でしたわね」

「そ、そんなんじゃない!!」

「ベルさんを見たときから普通の使用人じゃないと思いましたの、玉の輿応援していますわ」

ベルはファンニの素顔を見た様な気がしていた。


「そうだわ、つい気が緩んでしまったわ、これから大変だと言うのに」

ファンニは突然表情を引き締め歩みを早めた、ベルは元気がでてきた彼女を見て少し安心した。


「そこを曲がると見えるわ」

しばらくするといきなり視界が開きセナの村の全容が見える、とても小さな村で農家が数えられる程しかなかった。



村の者はファンニを良く知っており話は早かった。

ベルを不審げに見る者も多かったが、後援者の見届人と言う説明で納得したようだ。

事前の打ち合わせ通りに、ハイネの新市街で子供の誘拐が頻発しているため、孤児や親の監視が行き届かない子供をしばらく教会で預かると言う理由を述べる。

そして村の中心から外れた無人の古い農家をしばらくの間借りる事ができた。


その農家を案内してくれた壮年の男が帰って行った後、二人で家の中を見分する、

大きな居間に小部屋が三部屋、側に家畜小屋と納屋が並んでいた、埃がうっすらと積もっていた。

かなりの間使われて居ないようだが掃除をすれば使えそうだ。


「私はしばらく村にとどまるわ」

「ぼくはサビーナに報告してから帰る、早ければ夜半にはここに子供達を連れてくる」


「行くのね・・・子供達と皆さまの無事をお祈りしますわ」

「まかせて!!」


ベルは夕暮れ迫る森の中に駆け出していった、村から離れるとそこから加速した、たちまち騎馬の伝令を凌ぐ速度に達し田園地帯を風の様に駆け抜けていく。








セザール=バシュレ記念魔術研究所の所長室に、魔術師のローブを纏った若い男が大きな布に包まれた荷物を運んできた。

「所長、これがジンバー商会から届けられました」

ふと手を休めて顔を上げそれを見とがめたバルタザールが口を開いた。


「なんだそれは?」

「メッセージが添えられています」


男は小さな伝言板を荷物に添えて差し出した、高価な紙や羊皮紙を使う必要が無い場合にはこのような板を使う事が多かった、これは表面を掃除すれば何度も使い回す事もできる。


バルタザールはその板を開きメッセージを一読する。


「キールを呼んでくれ」

部屋に待機していた若い秘書官に呼びかける、彼は隣接する秘書官室に足早に向かう。




「所長、なにかごようですかな?」

バルタザールは肖像画を吟味していたが執事長のキールに向って顔を上げる。


「お前は例の奴らの一人を見ている可能性が高かったな?」

キールの顔が厳しく変わった、そしてバルタザールが指し示した肖像画を覗き見る。


「そう、このお嬢さんには見覚えがありますねぇ」

キールはその不機嫌そうな顔つきの硬質な美少女の肖像画に見入り、やがてその額縁を手に取った。


「ならばお前が戦った娘と、ジンバー商会のバカ息子を叩きのめした娘は同一人物と確定してよかろう」

「私が知っているのはこのお嬢さんだけですが、他の三人を見ている男がいますねぇ」

「たしかエミルだったな」


「そうです、ジンバー商会は奴らを知っている人間を初めから確保していました、何があったのでしょうかねぇ」

「奴らのほうがこの種の仕事では専門だからな、ハイネにおける目と耳の役割を果たしている」

「所長、これをエミルに見せてもよろしいですか?」

「確認をとってきてくれ、お前が行った方がよかろう奴は信用できない」


キールは不敵に笑うとさっそく額縁を布で包んでそれを抱えた。

「では、すこし散歩でもしてきますよ」

キールはそのまま所長室から出ていく。


バルタザールは窓の外に目をやった、ハイネの空に黄昏がせまりつつあった。


「リネインやゲーラに送った調査員が明日から戻り始める、明日の午後にはコステロ様もお戻りになる」


バルタザールは何かを確かめるかのように呟いた。






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