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豚肉料理屋の豚の店長

 静かに異界の力が去っていく、コッキーはその消えゆく余韻に浸っていた、あの力は不思議な興奮と自信を彼女に与えてくれた。

それが去った今そこには小さなコッキーだけが取り残されていた、寄る辺のない一人ぼっちに戻り孤独感に包まれる。


「行ってしまいましたね」


黄金のトランペットを静かに撫でると平べったい彼女の背嚢にしまう、ベッドに腰掛けた彼女から今朝の奇妙なふてぶてしさは消えていた。



ふと昨夜に見た夢を思い出す。


「おかあさん、あの夢はなんです?」


今は一緒にいるはずの母に尋ねるが応えはない。

燃え上がる巨大な城郭と炎の照り返しで赤く輝く湖面と沼、そして迫りくる凄惨な死者の群とその中で佇む母のうつむいた姿。


コッキーは母から家族の話を聞いた事が無かった、母がどこで生まれたのか母の両親の事も知らない、彼女から見て母方の祖父母の話を聞いた事がなかった、ただ母を育ててくれた男性がいた事だけ聞いた事がある。


「その人は不器用であまり生活力がなかったと聞きましたよ、お祖父さんなのですか?でもその話も街の人から聞いたのです」


父はリネインの仕立て職人の息子で父も仕立て職人だった、父の親戚や兄弟があの街には確かに居た、だがその多くはリネインの大火で死んでしまった。

だが母の親戚があの大火で死んだと言う話は聞いていない、母は別の土地からきたのだろうとなんとなく思っていた、そんな話はテレーゼなら珍しい事ではなかった。


コッキーは孤児院を出る時に渡される事になっている母の遺品を思い出す、一度だけそれを見せてもらった事がある、それは母が大切にしていたブローチで少し焼け焦げていたが奇跡的に残ったものだ。

生き残った街の人がかろうじて見つけてくれた、だが母の遺体は見せてもらえなかった。


遺品を見た時、幼かった自分が泣いて修道女達を困らせた、その時の辛い記憶が遠く遠く甦る。

今になってそのブローチをもう一度見たいと思う、今までも見ようと思えば見せてもらえたのに避けていた、焼け焦げがあの大火の炎を思い出させてしまうから。


特にすることが無くなったコッキーはベッドに寝転がった。









隠し宿から出たピッポは新市街の繁華街に向かっていた、隠し宿から繁華街は近くしばらく歩けば到着してしまう。

だがピッポはその時間で考えを整理する事にしていた、まずテオの報告から一度見失った例の三人がまだハイネにいる事がわかっている、だがいつまでも彼らがこの街にいる保証は無い、ピッポはジムにテオの手伝いをさせるべきか検討していた。


リネインでジンバー商会の運び屋をやっていたあの少女に術を仕掛けた時から状況が変わりすぎている。

ハイネの警備隊がコッキーの殺人事件の捜査を打ち切り、特にジンバー商会も動きが無い、そしてジムがあそこにいても得られる情報の質に限界があった、数少ない人手をそこに置く理由がわすか数日で薄れてしまったのだ。


「急がないといけませんな」


ピッポは一人言を呟きながら精霊王の息吹がある繁華街の一角に進んでいく。

材料の入手はテヘペロと『死靈のダンス』のおかげで順調に進んでいる、ふと今朝のコッキーの態度が気になった、そしてテヘペロの態度にも妙な違和感があった。


(妙ですな?何かを隠していますかな?)


大股を広げ椅子に座り朝食を貪るコッキーがなぜか獣じみていた。


仕事場に向かう人々で往来は混雑しその中を小柄なピッポは人混をかくぐりながら進む、仕事帰りなのか夜の女達が気だるげに往来する、近くを通り過ぎると饐えた酒の臭いと安物の香水の臭いが鼻をつく。

そのせいで朝のすがすがしい気分が台無しになった。


そして何時の間にか如何わしいインチキ魔術屋『精霊王の息吹』の前に到着していた。


「おはようございます、イヒヒ」

ピッポは扉を開けると店番をしている店主のカルロスに挨拶した、だが店主は台帳を調べているようで顔も上げない。


「ああ、あんたか」


無関心な感情のこもらない声で店主が応じた。

ピッポはこの男からあまり良く思われて居ないのはわかっていた、適当に愛想を振りまいて奥の階段に向った。


「マティアスが来ているよ」

カウンターを通り過ぎた時に店主がボソリと語った。


「なんと?」

だが店主は台帳を調べるのに余念が無い、そのまま地下に降りて行こうとすると階段を昇ってくる人影があった。


「ほうマティアスさんじゃないですか?」

「ああ、あんたか朝からご苦労さん」

「ここにはなんの用ですかな?」

「きのう面倒を見た女魔術師が心配だったから顔だけ出してきたんだ」

「あのリズさんですね?」

ピッポは意外に思った、この男が変人で干物のようなあの女魔術師に興味があるのかと、だがこの男とも長い付き合いではない、女の好みまではわからない。


「そうだ、俺はこれからあそこの地下に行く、また仕事が入った」

「わかりました、何かありましたらテオさんから伝えます」

「あいつも大変だな・・・」


そうぼやきながらマティアスは階段を昇って行く、入れ替わりにピッポが階段を下って行った。




店主のカルロスはマティアスを見て顔を上げた。

「あんた面倒見が良かったか?」

「なんの事だ?」

「リズの事だよ」

カルロスは少し思わせぶりに笑っている。


「昨日面倒みたからな、顔だけ見ておきたかっただけだ」

「ははは、あれに興味があるのか?あいつもう少し整えれば普通になるんだが、かなり酷いだろ?薬臭いし不潔だしな」

「そんなんじゃない、頭を痛めると後でころっと死ぬことがあるからだ」

それにカルロスももっともらしく頷いた。

「たしかに頭の傷は見えない方が危険だからな、ぶつけた相手の娘は石頭のアバズレでな、こんな処に来るのは変な女ばかりだ、そうだあのいい女は来ないのか?」

「テヘペロは火の精霊術が得意で荒事には強いが普段はあまりする事がないらしい」

「たしか火だったか」

マティアスがその石頭の娘に興味を持てば娘の正体に気づいたかもしれなかった、だが店主に関心が逸らされてその機会は失われた。


「じゃあな店主また来る」

マティアスは扉を抜け街に出ていった。






「わたくしピッポですぞ」

監視窓が開きピッポの姿を確認したギルドの用心棒が扉を開く、すでに見慣れた『死靈のダンス』の地下工房が目の前に広がった、魔術道具の灯りがオレンジ色に部屋の中を照らしている。

獣脂のロウソクやランプはその臭いが繊細な作業の邪魔になるためここでは使われて居ないのだ。


ピッポが室内を見渡すとギルドマスターは不在のようだ、彼には嫌われているようなので助かった、そしてリズなどの馴染みの顔はすでにそろっている。


まず手近なリズのテーブルに向かう、彼女は触媒の調合を始めていたようだ。

「リズさんおはようございます、頭の方は大丈夫ですかな?」


「なによ、その言い方だと別の意味に聞こえるって」

「お元気なようですな・・・」

リズはいつもより元気そうで気のせいか目の周りの隈も少し薄れていた、昨日睡眠をとったのが効いたのだろうかとピッポは思う。


「ゴミが売れたおかげで助かったよ、そうそう部屋の中を掃除したらまた沢山出てきたから買い取れる?」

「それは喜んで買い取らせていただきすぞ、イヒヒ」

リズは懐から革袋を差し出しだ、ピッポが中を確認すると袋一杯の使用済み触媒が詰め込まれていた。


「これだけあれば・・・感謝に耐えませんぞ」


「さて重さを測りまずぞ」

ピッポが自分のテーブルに戻り使用済み触媒の重さを計量した、ついて来たリズも重りを確認する。

「ではこれで買い取らせていただきます」

「うはぁ、たすかるわ~また少し生き延びられるよ」

リズは大喜びで小銭を受け取ると自分の席に戻っていった。

それを見た他の死靈術士達が使用済み触媒の買取を思い出したのか、彼らも集めてきた使用済み触媒を持ってピッポの処にやってくる。


彼らに代金を支払いながらピッポは想定よりずっと早く材料が揃いそうだと喜んでいた、だがここの収入に魅力も感じている、ぎりぎりまでここで働いていたい。


「さてどうしますか」


ピッポはつぶやいた。


「何がどうしたんだい?」

突然声をかけられてピッポは驚いた、考え事をしている間にオットー=バラークが側に近づいていたのだ。


「驚きましたぞ?オットーさんどうかしましたか?」

オットーは声を潜める。

「あの手紙は彼女に渡してくれたのか?」

「もちろんお渡ししましたとも」

その手紙とは彼がテヘペロに出した手紙の事だ、ピッポはすっかり忘れていた。

「返事はどうなんだ?」

「昨日の事ですぞ?早くて明日になりますな」

「はやくたのむよ」

「わかりましたぞ、さり気なく催促して見ますよ、イヒヒ」

そのピッポの笑いにオットーは不愉快そうに顔を顰めた。


「ほれましたか?」

「ああ、まあな、なあ彼女の宿を教えてはくれないのか?」

「彼女にも事情がありまして口止めされておりまして」

さすがにあの宿を教える訳にはいかない。


オットーはその場は引き下がった、だがその目にはどこか仄暗い物があったがピッポがそれに気が付くことは無かった。


さっそく仕事に取り掛かる、テーブルに置かれていた注文リストを確認しそこから必要な材料を見積もった、それを確保する為に薬品倉庫に向う。

薬品倉庫から戻ってきた時にはギルド長のベドジフが戻っていた、死霊術士を呼びつけ何やら打ち合わせを始めていた。


作業が始まりどのくらい時間がたった頃合いだろうか、リズが立ち上がり精霊の息吹の通用口に向かう、だが昼食には少し早い時間だった。


ギルド長のベドジフがそれを見咎めた。

「リズ、どこに行くんだ?」


「仕事の切がいいから、早めに食事をとるんだよ」

「お前が食事だと!?」

ベドジフはあきれたように軽く目を剥く。


「お金に余裕ができたからさ、食べないとしんじゃうし、じゃあ~」

リズは軽快に階段を昇っていった。


「はてさて、リズさん今日は元気がいいですな、キヒヒ」

ピッポは何かを感じたように嫌らしい笑いを浮かべた。





『精霊王の息吹』から街に出たリズはそのまま繁華街を南に向かう、彼女は昼食をとると出たはずだが、宿屋の酒場や外食屋の前を通り過ぎそのまま南に向っていく。

そんな彼女はどこか機嫌よさげに見えた。


リズはある店の前で立ち止まる『豚肉料理屋の豚の店長』の看板を見上げていた、豚を擬人化したコックが調理道具を両手に持った形の看板にそう書かれていた。


モノクルをすこし指で動かしてからまた看板を見た。


「おやあ、ブラックジョークな看板だねえ、なはは」

とくに声も落とさない大声の独り言に、店の前を掃除していた中年の婦人がその魔術師姿の不快な女を睨みつけていた。

リズはそのまま店の入り口をくぐり、そして店内を見渡すと何かを見つけたのか、あるテーブルに向って進んでいく。


そこにはマティアスがいた。


「来たわよ、私に話しって何かな?昼食をおごってくれるのは感謝」

リズはマティアスの対面の席に座る。

「まあな、あのギルドについて知りたいんだ、あとお前やせていたし軽すぎたし心配になってな」

「軽すぎって、もしかして私を運んでくれたんだ?カルロスだと思ってたよ」

少しリズは動揺している。


「研究に全部給料使ってしまうし、あまり食べてないから、ははは」

リズは目線をずらしあらぬ方を見た。


「まずは好きなものを注文しろ、おれは注文済みだ」

リズは給仕を呼びつけ定番の豚肉料理を注文した。

「お前が豚肉料理を好きそうだったんでここにした」

「昨日は感謝ね、正直食べられる物ならなんでも良かったんだ」

マティアスは思わず呆れた、目の前のリズは肌も荒れ不健康に痩せ髪の艶も悪い、それでもあの時に見たリズの生霊をどうしても思い出してしまうのだ。

「どうかしたの?」

「少しあきれただけだ」

リズは何かを言おうとしたが止めたようだ。

「とにかく教えられる事なら教えるからさ?」

リズは声を落としてマティアスに顔を寄せて来た、肌の色艶も悪く目の周りの隈が気になる、そして薬品の香りがマティアスの鼻を突いた。


マティアスは僅かに眉を顰め、死霊のダンスの構成員の数から墓荒らし以外の仕事について聞く、顔を寄せて密談する二人は異彩を放っていた。


しだいに店が混み始める昼休みの時間だ、既に食事を終わっていた二人は店を出る。

会計を済ましているマティアスをリズは外でまっていた。


「ごちそうさまね、ありがとね」

「おれはこれから仕事に行くがお前は戻るのか?」

「とうぜん」

「明日も同じ時間にここにこれるか?」

「えっ!?ええ、なぜ」

リズは驚いてマティアスを見つめてから顔を逸した。


「なんとなくお前と食いたくなっただけだ」

「そうなんだ、私も助かるし、あはは」


マティアスはリズの耳元にさっと口を寄せた。

「すまんが、店の者にお前が薬臭いので困ると言われてしまった、なんとかしておいてくれ」


リズの顔が青くなってから赤くなった。







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