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神器の証

 それは南の聖霊教会が子供達の誘拐で大騒ぎになっていた頃まで時間をさかのぼる。

朝早く隠し宿のベッドの上でコッキーは衣擦(キヌズ)れの音に眠りを妨げられて目を醒した。


「貴女起きたのね?私はもう先に食べたわ」


テヘペロはすでに着替え始めていた、彼女は商家の婦人の様な服を着込んでいる、コッキーがテーブルに目を転じると簡素な朝食が用意されていた。


「さて浄化の魔術を使うから着替えをまとめて出して」


コッキーは上半身裸で大きなタオルを体に巻いているだけなのを思い出して慌てた、テヘペロに裸を見られたくなかったのだ。

大きなタオルを体にきつく巻き直し、下着を脱ぎ捨て青いワンピースと一緒に革袋に押し込みテヘペロに手渡す。


「よろしくなのです」

「貴女、まさか着替えとか無いの?」

コッキーが体にタオルを巻いているだけなのに驚いたのだ、それにコッキーは頷いた。


「すぐリネインに戻る予定だったのですよ」

テヘペロは呆れた様子だったが、自分の着替えが入った革袋と一緒に浄化の術をかけてやった。

それが終わると彼女はいつもよりベットの下の奥に押し込んでいた背嚢を引っぱり出し始める。


「ありがとなのです」

テヘペロの動きが一瞬止まった、だがコッキーからは彼女の顔は見えない。


「よいしょ」

小さな掛け声がコッキーに聞こえた。


「おばさんみたいなのです」

コッキーはテヘペロに聞こえないように小声で呟く。


「私は用があるから行くわね」

そう言い残し背嚢を背負い急用があるかの様に部屋から出て行ってしまった。




コッキーは革袋の中身をベッドの上に並べてチェックする。

綺麗になったがまだ僅かに汚れが残っていた、でもこれならしばらくは使えそうだった。


「そう言えば、ちゃんと洗濯した後に術をかけるのが良いってアゼルさんも言ってましたね」


タオルをベッドの上に投げ捨てるとさっそく清潔になった衣服を身に着ける。

まずは朝食を食べることにする、小さなテーブルの前の椅子に座ったが、乱暴に座ったので室内に乾いた大きな音が響いた。


「このメニューに飽きました、他に何か食べたいのです」


少し不貞腐れたようにパンを冷めかけたスープに漬けて柔らかくしながら口に運んでいく。


コッキーはふと部屋の扉が気になった、その直後に防護魔術の障壁が揺らぎ始めそして扉が開く。

ピッポが顔を出しに来たのだ。

「これから私も仕事です、せいぜい大人しくしてるのですよ、イヒヒ」

「おはようなのです」


ピッポはそのコッキーの態度に僅かに不審を感じた様だ、彼女が妙に落ち着き払った態度だったからだ。

「だいぶここに慣れたようですね、若いとは素晴らしい」


「何か用なのです?」

その言葉の響きから、用が無いなら出ていけ、そんな意味をピッポは感じ取った。

コッキーはお構いなしに食事を続けている、最後のパンの一切れを口に押し込みスープで流し込む。


「テヘペロさんが背嚢を背負って出ていかれたので、何があったのかと不思議に思いましてね」

「何も聞いていないのです、それがどうかしたのですか?」

彼はコッキーの態度に更に不審を深める、ピッポの表情はこいつ妙だな?とあからさまに語っていた。


「必要な物しか持たない主義の人でしてね、おっと時間を無駄にはできませんぞ」


ピッポは会話を打ち切って部屋から出ていく、最後にコッキーを見たような気がしたが、目の前で扉が閉じ防護魔術の障壁に波紋が広がり消えた。



「さてラッパの時間なのです・・・」


ピッポが去りさっそく背嚢をベッドの下から引きずり出し黄金のトランペットを取り出した、傷一つ無く曇りの無い完璧な黄金の輝きの照り返しがコッキーの顔を照らす。


貧しい孤児のコッキーにとって最高の綺羅びやか宝物だ、思わず笑みがこぼれ落ちた。

その笑みには極僅かに非人間的な成分が溶け込んでいた、高々とトランペットを祈るように掲げてから、ふとマウスピースの穴を覗き込んだ。



「さあ今から吹きますよ、来るのです!!」


なぜかコッキーは力が来ると確信していた、はるか無尽の彼方から力が渡ってくる予感がした、その期待と共にそれはやって来た、遠くから心臓の鼓動のような、地鳴りか雷鳴のような激しい轟音をリズミカルに刻みながら何かが迫ってくる。


それはハイネの丘の上で初めて力を感じたときと同質の力の流れだった、だがそれは遥かに凶暴だった。

やがてコッキーの意識が混濁し視界が暗転する。


それはコッキーの足に絡みつき腰骨の底まで這い上る、そこから背骨の周りを螺旋状に旋回しながら背中を登り詰め一気に脳天にまで到達した。

コッキーの全身を快感が貫き、はるか天上から地を見下ろすような、地のそこから天を見上げるような錯綜した感覚に襲われ意識が消えかける。

体のバランスを崩し床に転げ落ちそうになるが、そこをなんとか耐えた。


しばらくすると一時の混乱は収まったが、満ち溢れる力はそのまま体の中で渦を巻いていた。

すでに彼女の瞳の奥が黄金の光に満たされている、直感の命ずるままトランペットに息を吹き込んだ、再びコッキーの独演会が始った。






新市街の繁華街の北、ある通りを商家の若い婦人が北に向って足早に進んでいた。

路を通り過ぎる男たちが時々振り返るほど彼女は目立っていた、彼女は隠し宿から急いで出てきたテヘペロだった。


路の両側には金属製品を売る店が立ち並んでいる、武器や農具や家事道具の他に小道具類が売られていた。

鍛冶屋の工房が近くにあるのか槌音が響き渡る、あちこちから立ち上る煙と騒音、そして荷物を積んだ馬車とそれを牽く馬のいななきと蹄鉄の音が騒がしい。

すでに街は目覚め動き始めていた。


ハイネの製鉄所で生産された鉄の殆どは小売には回らず粗鉄のインゴットとしてハイネの外に輸出されていると言われてる、この街の鍛冶屋でハイネの需要を満たす分だけが鉄製品に加工されていた。

この街の西側は製鉄所の北にある鉄鉱石の集積場になっていた、鉄鉱石はハイネの北西20キロにあるマイン村で採掘されここまで運び込まれていた。


「そうだあの魔術炉も見ておこうかしら?石炭を製鉄に使える様に変性する巨大魔術道具だったわね」


その商家の婦人風のテヘペロが独り言をつぶやく。

偉大なる精霊魔女アマリアはその炉をはじめ大型の魔術道具の製作で威名を轟かせ今もその名声に陰りは無かった。


「邪魔だーどけ!!」

その時轟音を立てて馬車が向って来た、御者が通行人達に罵声を投げつけている。

乱暴な運転の馬車に憤慨しながらテヘペロは見かけによらずに軽々とよける。

「もう危ないわね、吹き飛ばしてやろうか?」

周囲の通行人も馬車に向って怒鳴り返している。


「ほんと騒がしいわね、もっと北にいくか」


ふと彼女は町並みの向こうに見える橋の様な建造物に気づいた。


「あんな処に橋かしら?まあすぐにわかるか」


そこからしばらく歩くとその橋の様な建造物が全容を現し始める。

橋の高さは6メートル程だろう、幅は予想より狭く1メートルに満たない、橋の東側はハイネの旧市街を囲む外壁まで伸びていた、反対側はずっと先の丘陵地帯に向って伸びその先にトンネルがある。


「あらこれ水道橋だわ、たいした物ね、でも今も使われているのかしら?」

テヘペロは率直に感嘆する、水道事業は計画から測量にはじまり建設まで、高度な技術と膨大な資金が要求されるのだから。


そのまま水道橋の下を潜り北に向かった、路はマインに向かう路と枝分かれしていたが、そのまま北に向う、路はそのままハイネの北にある丘陵地帯に向っていた、その丘陵地帯には富豪や貴族の別邸が立ち並んでいる。

テヘペロはここらへんで良いかと周囲を見渡した、そして彼女は思わず固まる。


右手の街路樹の隙間から湖の湖面が見えたからだ、思わず視界が開けるまで湖の縁に向かう、湖畔(コハン)に出ると石の橋が見える、その橋は北の丘陵地帯と旧市街の北の城門を結んでいる。


湖面はハイネの外壁の基礎に波を打ちつけていた、そこに魔術学園の学舎の屋根が緑の影を落としている、その向こうには巨大なハイネ城が聳え立ち湖に塔の影を落としていた。

そのはるか先にも橋が遠望できた、その橋の上を馬車が通過して行くところだ、そこに小さな人影があった。


しばらくその景色を眺めていたが、何気に湖の畔にそって歩き始める。


「静かねここらへんでいいかな、人もいないし」


湖畔(コハン)に背嚢を降ろし中を確かめた、あの周囲の音を記録できる魔術道具を取りだす、そこには昨日記録した音があるはずだ。


彼女が留守の間にコッキーが何をしているのかテヘペロは知りたかった、あの神器の疑いがあるトランペットは本当に何も無いのだろうか?

すでに強烈な精霊力の反応を魔術道具が検知していた、何が起きているか今それが明らかになる。


「記録できるのは一時間だけ、神様に祈ろうかしらね?」


テヘペロは魔術道具の再生を始める。


まずコッキーの独り言が聞こえてくる、だがまるで酔っているかのように様子がおかしい。


『ああ!?またラッパが呼んでますよ、体が熱くなってきました!!』


テヘペロの神器の力への期待が高まる、それと同時にコッキーの妖しい言動に不安を募らせた。


やがて演奏が始まる、その瞬間テヘペロは全身に衝撃を受けた、体内の精霊力がかき乱されたのだ、それは曲が変わる度に曲調が変化する度にテヘペロは翻弄された。

魔術道具の音は小さいがその影響は大きかった。


テヘペロはこの音が自分の精霊力の波長に同調している事を意識したが、その理由を考察する余裕は全く無かった。


体内の精霊力が高まるかと思えば沈滞し、体温が高まり体が熱くなり総てを脱ぎ捨てたい衝動にかられその次の瞬間体が凍えた、彼女の手から魔術道具がこぼれ落ちた。

その次には炎の奔流の様な淫欲が体の奥から吹き上がり、ついで強烈な眠気が襲ってきた。


彼女は最後の気力を振り絞り落ちた魔術道具に触れそれを停止させた。




あたりは朝の陽射しに照らされ小鳥のさえずりが聞こえる、いつのまにか彼女は湖畔(コハン)に背嚢を枕に倒れ伏していた。


魔術道具は波打ち際に転がっていた。






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