表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/650

ジンバー商会潜入

 書記官風の衣装を纏ったバートが雑用係室の扉をノックもせずに開けた、だが部屋の中には新入りのジムしかいない。

驚いたジムが仕事の手を休めて入り口を見る、バートは布に包まれた大きな包を抱えていた。


「お前しかいないのか?」

バートがジムに言葉をかける。

「ローワンさんも他の人も外に出てますよ」

「お前は何をしているんだ?」

ジムは書類の束を持ち上げて彼に見せた、書類を種類別に別けておけとローワンに言われていたのだ。

「それは助かった、今まで俺がそれをやっていたんだ」


「特別班とか聞いてましたが、こんな事をやっていたんすね」

「仕事の9割はどこも同じだぞ?残りの1割が特別なだけさ、残りも野菜の値段を一年間調べるとか、蹄鉄の値段を一年間調べるとか、謎の親父の素行をずっと追跡するとかな、訳のわからない仕事も多い」

「ところで、バートさん何か用があったんすか?」

「おっと、絵ができたんでローワンさんとお前に見せようと思ってな、とりあえず絵の確認はお前で十分だ」


バートがテーブルの上に包を置くとそれを開いた、その中から厚手の板が何枚も出てきたが、それは二枚の板を蝶番で留めて閉じたもので開くことができそうに見えた。

それをバートが次々に開いていく、中から木炭で描いた様な美事な肖像画が現れた。


「凄いっすね・・・」


ジムは思わず感嘆した、それはお世辞だけとは言えなかった、それはジムの証言から作り上げたあの四人の人相書きだった。

特に商人の男と黒髪の娘の絵は真に迫っていた、商人らしからぬ浅黒く精悍なそれでいてどこか気品のある若旦那、硬質な大人に成りかけた美しい娘が不機嫌にこちらを睨みつけていた。


その時天井が僅かに音を立てる、二人は一瞬注意を上に向けたが、その後何も音もしないし気配も無い。

「ネズミか?」

バートがつぶやいた。

「そうみたいっすね」


「とりあえずこれでいいか?」

「ええ凄いっすよこれ、でも魔術師の男と青い服のちびっこはあまり良く見てないんでこれ以上は何も言えないっす」

「そうかわかった、あとはこれを複製するだけだ、手間をかけたな」

バートは肖像画を回収し布でくるむと部屋から出ていった、彼の作業場に戻るのだろう。

ジムは背伸びをするとふたたび書類の分類の仕事に取り掛かった。



「どうしますかね?連絡をつけないと・・・そろそろ潮時じゃあないっすかね?その後どうすっかな」

ジムが小さく誰に問いかけるでもなくつぶやく。






雑用係室の天井裏に気配を完全に殺しながら(ハリ)からぶら下がる人影があった、その人影はふくらはぎで(ハリ)を挟みコウモリの様に天井から逆さまになっている。

その人影はジンバー商会に潜入中のベルだった、ベルの驚異的な力とバランス感覚がなければ不可能な曲芸だろう。


(危ない驚いた、でもなんであんな絵があるんだ?アイツラ何者だ?)


彼女は長い髪を頭に巻きつけ上から布できつく縛っていた、服も高級使用人のドレスではない、作業用のズボンを履いて煙突掃除の少年の様な姿をしていた。

その服も頭に巻いた布もホコリで汚れ、顔にも灰色の埃がこびりついている。


暗い天井裏には換気の為の小さな窓から僅かに光が入り込んでいるだけだ、だが彼女の目だけが異様な光を放っていた。


ベルはわずかな天井板の隙間から強化した視力で室内を観察していた、天井板を固定している柱はそれほど頑丈ではない、それに乗って移動するとどうしても音がする、ベルは二階の床を支える頑強な(ハリ)からその力と技で逆さまにぶら下がる事にしたのだ。


ベルは自分たちの人相に詳しい人名のリストを頭の中で作り上げる、だがジンバーとの関係がはっきりしない。


(エミルかな?あとはピッポ達だけどジンバーと関係があるのか?考えるのは後にして移動しよう)



周囲の生命力の反応を見る、これは一番安全だがあまり遠くまでは感知できない、ここに魔術師がいる事を考えると力を放つのは最小限にしたかった。

今のベルは意識的に気の放出すら封じ込めていた、一流の殺し屋や密偵でも不可能なレベルで気配を殺していた。

この方法で何度もバーレムの森で獲物に気づかれる事も無く接近する事ができた、これなら魔術師の探知すら躱せるかもしれない。


(ここは特別な区画だと思う、もうすこし真ん中に移動しようか)


ベルはゆっくりと体を折り曲げ体をもたげ腕で(ハリ)挟み込む、そして尺取り虫の様な動きで音も立てず滑らかに移動していった。

その時二階の床が軋んだ、二階を誰かが移動しているのだ、人の気が移動していくのを感じた。

音が遠ざかるとふたたびベルは動き出す、静かに隣の部屋の天井裏に移動する、その真下にも二人ほど気配が有った。

だがさらに前方の下の部屋に三人ほど気配を感じた、その中の一つが揺らめく陽炎の様に強い力を発散していた。


(あれは魔術師?アゼルは気を漏らしていなかった・・・アゼルが特別なのか、そう言えばゲーラのお爺さんも控えめだった)


そう思いながらもベルはその部屋に向って慎重に進んでいく、なにか罠の様な鳴り呼の様な物が無いとは限らないからだ。


アゼルは防護結界に何者かが触れた場合に術者に伝える事も可能だと言っていた、そしてベルは防護結界の存在を感知する事ができる。

感覚を研ぎ澄まし魔術師の居る部屋の真上に進んだ。


手頃な場所で(ハリ)を挟み込みふたたび逆さまになって天井を探った。


(ここには結界はない)


天井板の僅かな隙間を見出して最適な位置に動いた、そして更に五感を研ぎ澄ます、精霊力が僅かに高まり体内に循環しはじめた、それを体内に封じ込めた。

聴力が強化され遠くからの声が耳元で聞こえるような不思議な感覚に捕らわれていく。


『・・・ろでお前は怪我は大丈夫なのか?』

『ああ大した傷ではない、治療も受けた問題ない』


『ならば移送はいつ行うのだ?』

『今夜の夜に移動させる事になった』

『夜だと?』

『明日お帰りになられるのだ、今夜の内に移動させたいらしい』

『夜では城門を通れんぞ?』

『これがある北門の夜間特別通行許可章だ』

『なんだって!?話には聞いていたが本物を見たのは始めたぜ?』

『今回はずいぶんと慌てているな』

『そうだ、だが命令だ従うしか無い』


『私が移送を支援する事になった』

初めて三番目の男が口を開いた、姿がよく見えないが気の位置から魔術師の声と予想する。

『いつになく豪勢だな、何かあるのか?』

『何も聞いてはいない』


(怪我人?魔術師もいるし実行犯はこいつら?もし移動させるのが子供達なら移動中を襲った方がいい、ここに殴り込むより現実的だよね?)


だがまだ子供達の居場所を把握していない、せめて無事だけでも確認したかった。


『そろそろ時間だ解散だ、10時の時鐘の前にここに集まる様にな』

男たちが動き始めた魔術師の強い気も移動しはじめる。


ベルはあからさまに緊張を解き小さなため息をもらした。

改めて周囲を観察する、ここは建物の南の端らしく先はない、西に移動して換気口から外を確認する事にした。

小さな窓の光で少し明るくなっている場所に移動する。


建物の西側に小さな空き地が広がり、外につながる門とその側に箱の様な守衛詰所、正面には小さな建物が数軒立ち並んでいるどれも倉庫のようだ、そして倉庫の周囲で立ち働いている男たちの姿を認めた。


(あれが開かずの門だな、倉庫に子供達がいる?危険だけどやってみるか・・・)

ベルは精霊力を高めそれを網のように広げていく、力は控えめにあまり広げないように。


すると倉庫の一つに弱い小さな光の靄が四人分ベルの感覚に投影された、倉庫の中には他の反応は無い、そして四つの小さな光の靄はおそらく子供達だろうそれはまったく動かなかった。

ベルはそろそろ潮時だと判断した、周囲の男は何とかなるとして、子供達と接触するのは危険だ、子供達の態度が変わると相手に怪しまれる、そして子供達が動かない事から意識が無い可能性もあった。


ふと力業で見張り達を排除して倉庫を破り子供四人を同時に抱えて、門を破壊して脱出する作戦を思いついた、だが攻撃を受けた場合に子供四人の安全を絶対に守れるだろうか?

特に魔術師に攻撃された場合どうなるだろうか。


それに彼らが子供達をどこに運ぶのか知りたいと言う欲が出てきた。


一度戻ってルディ達と相談する事に決めた、場所がわかっているのだから三人で門を押し破り倉庫から子供達を強奪する事すら可能だろう、そしてこの方がまだ安全に子供達を確保できるだろう。


ここで騒ぎを起こす危険を避ける事にする。


ベルが帰ろう決めて向きを変えた時、天井裏の奥の一部が他と違っている事に気がついた、(ハリ)の影で見えなかったのだ。

そこまで再び逆さまに這い進む、凄まじい筋力と運動神経を発現しているが、そのベルの顔には疲労の色はまったく見えない。


それはどうやら整備用の扉で上の部屋に通じていた、ベルは1階の清掃道具部屋の天井からここに入り込んで来た、2階側にも整備用の扉があっても不思議ではなかった。

幸いにも上には人の気配がなかった、それを押し上げると蝶番(チョウツガイ)も無く蓋のように持ち上がってしまった。


「あれ!?」


あまりにもあっけなく扉が外れたので思わず声がでてしまった、幸いな事に上に荷物が置いて無かったようだ、穴から頭だけ出して暗い室内を偵察すると、部屋の中には木箱が幾つも積み上げられ大きな布がかぶせてあった。


その部屋の窓は総て閉め切られていた、その木製の鎧扉の板の隙間から日の光が部屋に差し込んでいた。

静かに部屋に侵入すると慎重に蓋を閉める、窓を開けてそこからジンバー商会の前の通りに飛び降りようかと思い窓に近寄って行った。

だが部屋の中に漂う微かな臭いが気になる、以前にこの臭いを嗅いだ様な気がしたからだ。


さっそく荷物を調べる、布をめくり一番上の箱から調べ始めた、箱は蓋が釘で打ち付けてあったが、それを剛力でゆっくりと蓋を引き剥がしていく、木の蓋は悲鳴を上げてベルの力の前に屈した。

その中には粘土か黒い蝋の塊の様な物がみっしりと詰め込まれている、先程の臭いが強く広がった、ベルにはその臭いにたしかに覚えがあったのだ。

ベルがコッキーが閉じ込められていた宿屋『黒い兄弟たち』で嗅いだ臭いにそれは似通っていた。


(ソムニの果実だっけ?アゼルに見せるか)


その粘度のような塊を一つ懐にしまいこみ、再び蓋を閉めてから釘の頭を指で押し込み固定した。


「さて引き上げるか」


ベルは小声で呟いた。


南側の窓に近寄り慎重に往来を確認した、これなら窓から余裕で街路に飛び降りられるだろう、後はタイミングだけだ。








ジンバー商会は東西と南側は街路に面していたが、北側は他の商館や倉庫の区画になっていた、その商館と倉庫の隙間の細い裏道にルディとアゼルが待機していた、ベルもここからジンバー商会に潜入したのだ。


「戻ったよ」

そのルディとアゼルの背後から呼びかける声がした。


二人は慌てて後ろを振り返る、二人は少し驚いた様だった。

彼女が頭に巻いた布を外すと埃が飛び散る、そして黒い髪がほどかれ背中に伸びる。

家屋の隙間から射し込む細い陽射しの中で埃が舞った。


「ベル戻ってきたか、どうだった?」

「子供達らしき反応があったよ、アゼルあれをお願い」

すかさずアゼルが魔術で周囲に防音壁を構築した、ベルはルディ達に偵察で得た情報を伝えて行く。




「子供達が今晩10時に移送される可能性があると言うわけだな」

「怪我人と魔術師と子供らしい気を四つ確認しただけだけどね」

「偵察としては上出来だぞ」


「そうだアゼルこれを見て」

アゼルは怪訝な顔をしたがベルが懐から取りだした物を見て目をみはった。


「これはソムニの樹液を固めたものです、ジンバーにあったのですね!?」

ベルはそれに頷いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ