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血が指し示す道標

「アゼルさん、あんた達にお客さんだよ、修道女の御方だよ」


その瞬間アゼルは思わず立ち上がっていた、その彼の貌は蒼白に凍りついていた、だが直ぐに気を取り直す。


こんなところに彼女(エーリカ)が来るわけが無いと自分に言い聞かせた。


アゼルは息を大きく吸い込んで吐き出した。


「思ったよりも深刻ですね、ここまで狼狽(ロウバイ)するとは・・・」


アゼルは扉に近寄りそれを開け放つ、廊下には宿の主人とその後ろに若い修道女がひかえていた。

彼女は薄いブラウンの髪と同じ色合いの瞳の若い女性で慎ましい容姿の女性だった、彼女の顔は青白くこわばり口元はきつく結ばれている。


彼女はアゼルが知っている月の女神と讃えられたプラチナブランドのあの美少女ではなかった。

だがその女性には見覚えがある、アゼルは記憶を探りそして彼女の事を思い出した。


「たしか貴女は新市街の聖霊教会の修道女の方ですね?」

「はい、南の聖霊教会に勤めておりますサビーナ=オランドと申します」

「私はエルニアのエリカの魔術師アゼル=メーシーです、おぼえておいでですか?」

「申し訳ありません」

サビーナは本当に申し訳なさそうな顔をしている。

店の主人はそんな二人を見比べていたが。

「お二人は知り合いで間違いないようだな」


「御主人お手間をおかけしました」

サビーナは宿の主人に一礼した。

「俺は下にいるから何か用があったら呼んでくれ」

そう言い残すと宿の主人は階段を下に降りていった。


「サビーナさん、とりあえず中に入りませんか?」

アゼルはサビーナを促す、彼女は頷き部屋に入った、テーブルの上の得体のしれない燃えカスを見て驚いている様だが何も言わなかった。

アゼルはテーブルの上の物をベッドの上に移して場所を開けた。


アゼルが小さな三脚椅子に座るようにサビーナを促して自分も向かい側に座る、茶でも出そうと思ったが火急の用と思いまず用件から聞く事にしたのだ。


「サビーナさん何か起きましたね?」

「はい、孤児院で子供達が誘拐されたんです!!」

「孤児院の中で!?」

サビーナは頷いたが彼女の目は部屋の中を見渡している。


「あの、ところでベルさんは?」

「若旦那様とベルサーレ嬢は外出していまして昼には戻ります」

「わかりました、ではとにかくお話いたします」


サビーナは昨晩に起きた孤児の集団誘拐事件の経緯をアゼルに順序良く話し始めた、最後に彼女はルディガーが残したメモを頼りにここまで来た事を語った。

アゼルはルディガーが困ったらここに来いとメモを残していた事を思い出す、そしてこの事件に魔術師が関与していると確信した。


(困りましたね、しかし見捨てるわけにもいきませんね)


「わかりました、私がそちらに行ってみましょう、ですが犯人の手掛かりが見つかると保証はできません」

「それでもお願いします、何もせずに後悔するより、手を尽くしてから後悔しても遅く有りませんから」

彼女の顔は青白く強張っていたが、先程よりすこし血の気がよみがえっている、彼女の瞳には僅かな希望の光が灯っていた。


「わかりましたサビーナさんすぐに行きましょう、少し準備したいのでお時間を」

「はい!!ありがとうございます」


アゼルは自分の背嚢を背負いローブを纏う、背嚢には細々とした魔術道具と触媒各種が入っている、それが必要になると判断したからだ。

そして思い出した様に小さな石版を取りだした、そこに簡単なメッセージを書き残しテーブルの上に置いた。


「では行きましょうかサビーナさん、エリザベスおいで」

エリザはアゼルの肩の上の定位位置に収まった。

そして二人と一匹は部屋から出て行った、彼らの後ろで扉は閉じ防護結界に精霊力の波紋が広がった。






二人は新市街を聖霊教会にむかって急いでいた。

「アゼルさんご迷惑をおかけしますわ」

「いいえお気になさらないように」


もしルディがいたならば迷いなくこの問題に関わって行ったと思う、そしてあのベルも文句を言いながらも彼に着いて行くに違いない、アゼルはふと苦笑いを浮かべた。


ルディガー殿下を頼むと最後に託した母の願いを思い出したのだ、ルディガーは母が慕った叔母(アネ)が残した一人息子だった、アゼルとルディガーは従兄弟どうしで、その母と叔母はベルの父親のブラスと従姉妹の関係だった、そしてあのベルとは又従兄弟の関係になる。

アゼルはルディガーならばどう判断しただろうかと思った、彼ならば目の前の子供達を見捨てはしないだろうと確信していた、それが人の上に立つものとして相応しくないとしても。

アゼルが思いに耽っている間に、いつのまにか二人は新市街の小さな聖霊教会の前に立っていた。


「サビーナさん孤児院はどこですか?」

「教会の裏手です、とりあえず礼拝堂に入りましょう、こっちです」

サビーナはアゼルを案内し礼拝堂に入っていく、礼拝堂には一人の老婦人と黒髪の修道女がいるだけだった、二人は礼拝堂に入って来た来客を見て驚いているようだ。


「ファンニ、魔術師のアゼルさんに来ていただきました」

「まあ、たしか貴方は、覚えています!!」

ファンニは顔を上げた、彼女の目は赤く泣きはらしていた。


「私はアゼル=メイシーと申します、若旦那様と使用人のベルは外に出ていまして私だけで来ました、さっそくですが孤児院に案内していただきたい、時間は無駄にはできません」

老婦人がファンニに語りかけた。

「私がしばらくここで番をするから、ファンニ様いってらっしゃいな」

その老婦人がファンニを促した。


サビーナの案内で礼拝堂の裏手に向かう、それにアゼルが続き最後にファンニが続く、そこには平屋の小さな家があるだけだった、部屋の数もせいぜい2~3程度の慎ましい建物だった。

周囲には子供達が植えたのであろうか色とりどりの花が咲いていた。


「あそこがここの孤児院ですわ」

その時エリザがアゼルの肩から飛び降りて孤児院の裏の牧草地に向って走り去った。


「エリザベス!?まあいいでしょうしばらく遊ばせておきますか」

エリザはすぐに牧草地の牧草に姿が隠れてしまった。


「サビーナさん襲われた部屋を外側から見せていただけますか?」

「あ、はい、こちらです」

どうやら礼拝堂から見て反対側の孤児院の南側に案内された。


孤児院の窓に高価な板ガラスは使われていない、窓の鎧扉が破壊されていた。

「アゼルさん、外から壊されたみたいに部屋の中に扉の破片が散らばっていましたの」

サビーナが窓から部屋の中を指さした、そして両開きの鎧扉には真ん中を強引に破壊された跡がはっきりと残っていた。


「子供達も騒ぐでしょうし、これで誰も気が付かないとしたらやはり魔術がからんでいます」

アゼルはその破壊された窓の状況を確認した後で周辺の地面を探り始めた。


「アゼルさん何をされているのですか?」

「使用済みの触媒があるかもしれません、慎重な術士なら持ち帰ると思いますが」

そこにエリザが何かを持って戻って来くる。


「エリザベス・・・それは何ですか?」

エリザは何か木の板の破片の様な物を握っている、エリザはその破片をアゼルに手渡そうとしている。

「はて、わたしにプレゼントですか?・・・それは!!」


アゼルはその木片の尖った先が赤くなっているのに気がついた、それもかなりの量だ、その木片をエリザから受け取ると観察を始める。


「サビーナさんこの木片は窓の扉のものでしょうか?」

「はい、ペンキの色や木材の種類も同じ物ですわ」

その木片をサビーナも興味深げに覗き込んで来る。


「アゼルさんそれはまさか血でしょうか?」

「ええ血ですね」

そこにファンニの悲痛な叫びが上がる。

「まさか、あの子達の血でしょうか!?」


「いえ、窓を壊した時についた血なら犯人の血でしょう」

犯人の血である可能性は高いが子供達の血である可能性も否定はできない、だが今は彼女達を安心させる必要があった。


アゼルはサビーナとファンニに向き直った、彼の顔はいつになく厳しく緊張している。

「犯人のいる場所を知る事ができるかもしれません」

「アゼルさん、そんな事ができるのですか?」

「犯人や子供達が遠くに行っていなければですが」


アゼルは背嚢から細い綿棒を何本か取り出す、それにその血糊を染み込ませていく。

「エリザベスお手柄ですよ」

アゼルはエリザべスを撫でる。


「賢いおさるさんなのですね」

ファンニが感心したようにエリザを見つめている。


「めったに使わない術なので、触媒の配合からやらなければなりません、しばらく時間をいただきます」

アゼルは背嚢の中から小さな木の壺を何個も取りだし、小皿に触媒をまぜあわせ始めたその中に先程の血糊を染み込ませた綿棒の頭を入れていく。

それを数セット作り幾つかの小袋に入れていく。

サビーナとファンニは作業の邪魔をしない様に興味深げに静かに見ていた。


「さてそろそろ始めます、少し私から離れてください、まれに見える人がいます何を見ても驚かないでください」


アゼルは術式の詠唱を唱え始めた、そしてそれらの構築が終わった。

「さあその兆しを見せよ『人血を求めし水妖クロウラの爪』」

その巨大な牙か爪の様な物が目の前に現れた、だが幻覚の様に向う側が透けて見えている。

「これは何ですの?」

「ヒッ!?」

サビーナとファンニは驚き怯え数歩後ろに下がった。


「お二人には見えるのですね?」

アゼルは少し驚いていた、魔術師でなくても相性によっては見えるものが稀にいるのだ、この二人は魔術に対する感受性が高いようだ。


「これには実体はありません、ご心配なくこれは影にすぎません」

だがその爪はしだいに薄れ消えていく。


「アゼルさん怪物が消えますわ!?」

「この爪が指した方向にこの血の持ち主がいるはずです、幸いな事にまだ近くにいるようです」

その爪はハイネの旧市街の方角を指していた。

サビーナとファンニは驚き顔を見合わせてた。

「アゼルさん、あの子達は近くにいるのですか!?」

「かもしれませんが、いるのはこの血の持ち主です」

二人はあからさまに落胆したようだが、犯人の手掛かりは掴めたのだ。


「これが魔術ですのね、私も魔術師の方を知っていますが、こんな事ができるなんて知りませんでした」

ファンニの声には僅かながら感動の響きがあった。

この術は中位の水精霊の探知術でアゼル自信も上位魔術師だ、この術は使う機会も少なく使える者も少ない。


「あと5回この術を使う事ができます、これで少しずつ場所を絞り込んで行きます、言いにくい事ですが場所がわかったとしても場合によっては引くしかありません・・・」

「ええ、わかっていますわ、でも何も知らないままでは何もできませんのよ」

サビーナの目から宿に来た時に見せていた絶望の色が消え意思の光が灯り始めている。

アゼルは彼女を凡庸な女性を思っていたがそれに驚いていた。


「わかりました、では街に行きましょう、お二人も一緒に来ますか?」

サビーナはファンニに向き直った。

「私が行きます、でも誰かがここにいないと、貴女にここをまかせていいかしら?」

ファンニはしばらく悩んでいたが。

「私は・・・やっぱりここにいて子供達を守りますわ」

「ファンニお願いね」

二人は見つめ合い無言で頷く。





アゼルとサビーナが旧市街に向かう事になった。

「エリザベス行きますよ!!」

エリザが慌ててアゼルの肩に飛び乗る、ファンニと老婦人が教会から表通りに出てきて二人を見送る。


「お二人とも危ない事はしないでくださいね!!」

ファンニの声が二人の後を追いかけて来た。






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