秘密の雑用係
まずメンバーの自己紹介からそれは始まった、洗濯女のラミラ、書記官のバート、染め物屋のドミトリーと続く簡単な自己紹介の後で、ジムは例の四人に関する人相や特徴など知る限り聞かれた、メンバー達はそれを各自でメモを取っている。
絵心のあるメンバーの一人が石版に石灰で人相描の下書きを描き始める、ジムの記憶を元に描き出していくのだ。
ジムはあの中の魔術師の男を遠くからしか見ていない、コッキーに関しては意識の無い寝ている状態の彼女の姿しか知らなかった。
記憶をたぐるとラーゼで大道芸をやった時に商人風の男と黒い長髪の娘を近くで見ていた、だがそれ以外は遠目にしか見ていないのだ。
実際にバートも男の魔術師が描きにくいとこぼしながら下書きをまとめていた、それでも見る間に絵の修正が進んでいく。
(テオさんか姉さんならもっと詳しいんですがね)
男が人数分の下書きを石版の上に描き上げたが、その人相画はなかなか見事な出来栄えだ。
「バートさん絵がうまいっすね」
ジムが本心から感心するとローワンがすかざす応じた。
「いろいろ絵を書く必要がある事もあるのさ、こいつは文章と絵が専門だ、他にもいろいろやってもらっているがな」
「バートさんこれからもよろしくっす」
ジムの自由過ぎる挨拶に困惑しながらバートは曖昧に答える。
「まあ、よろしくな」
バートは外見の個性が乏しい男で一度見てもすぐに忘れてしまいそうだった、薄い栗色の髪を短く刈り上げ薄い灰色の目をした男だ、年齢はだいたい20代半ばほどだろう。
「あとはそれぞれ板紙に三枚ずつ描いてもらう、直ぐにとりかかってくれバート」
「わかった、おれは事務局にいるからな、今日の夕方までにはすべて終わらせよう」
バートは椅子から立ち上がると石版を何枚も抱えて扉に向かった。
染め物屋のドミトリーがジムを無遠慮に眺めながら感心したように言葉をこぼした。
彼はごつい体形の大柄な人好きのしそうな40代前半の中年男にしか見えない、こうして話していても普通の街の職人と会話をしている様に感じられた、その彼の手や爪は染料や薬品の色で汚れていた。
「兄ちゃんは15歳だそうだな?デカイな」
「いやぁ、馬鹿みたいに育っちまってはずかしいっすよ」
「かなり力もありそうだな?」
「馬鹿力なら自信があります」
「まあ、坊やちゃんと勤めを果たすんだな」
「わかりましたっす」
ドミトリーはこいつ大丈夫なのか?と言いたげな顔をしてローワンに目線を移した。
ローワンはその場にいる全員を見渡した。
「俺達のやることは簡単だ、商人の若旦那風の男がいるという事は最底辺の宿には泊まらんはずだ、まず最初は旧市街の真ん中以上の宿から当たる、すでに去った客の中にいるかも調べてもらう、この階層の宿は数が少ないからすぐに調べ尽くせる」
結局のところ根こそぎ洗う流れとなり、ジムはうんざりとした気分になっていた。
「すでにハイネにいない場合はどうするっすか?」
そこでドミトリーは不機嫌にジムに話し始めた、ジムが話に割り込んだ事に少し怒っているのだ。
「最後まで聞け、奴らがハイネにいないとして、それがわかればいいんだ、それを上に報告するのが俺達の仕事だ」
ローアンが目配せでドミトリーを制して話を続けた。
「お前達には商家の使用人の格好をして奴らについて聞きまわってもらう、細かな方針はラミラに任せている、彼女は役者の経験があるのさ、会議が終わったらさっそく動いてもらうぞ」
「奴らを見つけたらどうするんです?」
「俺達は調査するだけだよ、荒っぽい仕事は本職にまかせる」
「ところであの殺人犯のちびっ娘は警備隊が探しているんですよね?」
ジムはふとジンバー商会で彼らの捜査をした場合、警備隊がどう反応するのか疑問に思ったのだ。
「お前はまだ聞いてはいないか、二日で捜査は終わっている、警備隊はあの娘はすでにハイネの外に逃げたと判断したらしい、商人の男が剣を盗まれた被害者らしいが詳しいことはまだわからん」
「仲間われっすかね?」
「詳しいことはわかっていない」
「二日でやめるって警備隊もいそがいしんですね」
「まあな、凶悪犯罪は毎週の様に起きている、半分は解決ぜずに終わっているのさ」
こうしてローアンは他人事の様に語っているが、ジムはその内の幾つかはあんたらが関わっているのでは?と思った。
何かを察したのか洗濯女の格好のラミラが身を乗り出してくる。
「坊や、言っておくけどおかしな事は考え無い事ね、ここには荒っぽい人達もいるのよ?」
「わかっていますよ・・・」
彼女が身を乗り出した事でラミラの瞳の色は緑がかった蒼だとわかる、そして白い頭巾の隙間から覗く髪は赤みがかかった金髪で、ついでに少し良い匂いがした。
「ところでここにはまだ人はいるんですか?」
「ここの部署はこれだけよ?雑用係だし」
「きびしいっすね」
ラミラが白い歯をむき出しにして不敵に笑った、そんな彼女は妙に子供っぽく見えた。
「あんたらか、今日は二人でおでかけかい?」
ハイネの野菊亭の受付にいた主人が階段を下ってきたルディとベルの二人に気が付いた。
「おう、行ってくる」
「おはよーおじさん」
二人は適当に挨拶を交わして宿から出たところ、ちょうど買い出しに出ていたのか野菜で一杯の大きな籠を抱えたセシリアが帰って来たところだった。
「あら、ルディさんとベルさんね、二人でデートかなっ?えへっ」
「で、デートだって!?そんな事ないから!!」
ベルは顔の前で手の平を左右にヒラヒラとさせている、僅かに彼女の頬が赤くなっていた。
「セシリア殿かお仕事ごくろうさまだな」
なかなか素晴らしい回避力を発揮してルディは笑顔で応じる。
「発注漏れでこれが足りなかったのよ・・・」
「ベル行こうか、行ってくるぞセシリアどの」
「またねー、ああ!!アゼルさんは?」
二人は足を止めてセシリアを見た、ベルの顔にまたかよと書いてある様だ。
「アゼルは今日は宿にいるぞ」
「ええっ!?体が悪いのかしら、お見舞いしないとねっ?」
なぜかセシリアは妙な念を押すような口調だ、ベルは彼女がアゼルの部屋まで押しかけそうな勢いなので慌てた。
「セシリア!?アゼルは調べ物があるだけだよっ?」
「セシリア殿その通りだ」
「アゼルさん病気でなくてよかったですね・・・」
セシリアは言葉では喜んでいたがとても残念そうな表情をしている。
「そろそろ行かねば、セシリア殿また後でな」
「ルディさんベルさん気をつけてねー」
セシリアは籠を抱えて宿に入っていった、二人はセシリアに手を振り別れたが、ルディがいつもと逆に商店街を北に向ったのでベルは驚き慌てて後を付いて行く。
ルディはしばらく歩くとベルを振り返った。
「やれやれ、今日は北から行こうか大司教府の建物を見ておきたい、魔導師の塔の近くを見てから学園通りに行こうか」
「わかった」
ベルはルディがセシリアを苦手にしていると思い始めていた、それは昨日セリアと一緒に帰って来てからだと思う。
「どうしたベル?」
「ううん、なんでもない」
二人は商店街を北に進む、聖霊教会の南側は貴族や大商人の私邸が集まる高級住宅街となっていた、二人が北に進むにつれ邸宅の造りが立派になり街路も清潔に変化していく。
「ここは豪邸が多いね」
「ああ、コステロの私邸もここにあるのかもしれんぞ?」
通行人もどことなく小綺麗な格好をしていた大邸宅に務める使用人だろう。
治安の関係からか邸宅の主を明らかにする事を避けているのか、一見しただけでは誰の邸宅かわからない。
「あいつの気配が無い」
あいつとはルディ達を見張っていたピッポの仲間の男の事だ。
「そうか、俺にもまだわからん」
「だいぶ精霊力の使い方に慣れてきた?」
「練習しているところだ」
二人は声を潜めて話しながら聖霊教会の東門に向って北に進んでいった。
やがて聖霊教会前の大通りに出る、教会を取り囲む石造の柵と大礼拝殿の威容が目に飛び込んで来た。
「ベル、聖霊教会の東側にも門があるそうだ、そちらも見て置きたい」
「そこから入ると大司教府の東側になるね」
二人は大通りを東に向かって進む、聖霊教会の東側にも北に向かう路があるらしい。
通行人が時々二人を振り返った、美丈夫の商家の若旦那にひと目を引く美しい使用人、それが親しげに歩いているのだから、いろいろ想像力を刺激させられるのだろう。
十字路に出ると北に向かう路沿いに石造りの柵が立ち並び、路の東側は高級住宅の区画になっていた。
「ベルこの先に城門がある、外側がどうなっているかだけ見ておこう」
「うん」
ハイネの外側を取り囲む外壁に小さな塔と一体化した城門があった、だが規模はハイネの東西南の大城門と比べて二周り程小さい。
広大なハイネの精霊教会の敷地は南北の長さが200メートル程ある、その真ん中に東門があった、造りは大礼拝殿前のアーチ型の門を小さくした造りだった。
門の正面に大司教府の入り口が見えた、近くに衛兵の詰め所があり警備も厳重だ。
「近づきたく無いな」
ルディが無意識なのかそう呟いた。
二人はそのまま門を通り過ぎて北の城門に到着する、西を見ると広大な聖霊教会をはさんで正面にハイネ城の内壁と四つの大尖塔の一つ『魔導師の塔』が聳えたっていた、ハイネ城は北側の外壁と一体化している。
二人はしばらくその威容に見惚れていたが、気を取り直し城門をくぐった、そこで二人は唖然として足を止めてしまった。
ハイネ市の北側は大きな池になっていたのだ、その中を石作りの橋が対岸まで伸びていた。
橋の城壁側は木製で有事には落とす事ができるようになっている、橋の長さは50メートルほどで幅は6メートル程、馬車がぎりぎりすれ違う事ができる程度の幅だ、橋の上から西を見るとハイネ城を挟んだ向こう側にも橋がかけられていた。
「これは水堀だ、しかし北側にしか無いのか?」
ルディが思わず呟いた、彼の言う通りハイネ市の東西と南側にはこの様な水堀はない。
ベルが池の対岸を眺める、池の向う側には小さな丘が幾つも連なり、そこに大邸宅がいくつも立ち並んでいた、どれも高い塀で守られ小さな城の様だった。
「街の外からあの塔に近づくのは面倒だな」
ベルがルディの声がした方を見ると彼はハイネ城を観察していたようだ。
「そうだね」
魔導師の塔は城の北東の角に位置していた、そのすぐ下まで水が迫っている。
ベルは少し離れた水面に高価な材質の白いハンカチーフらしき物が浮いている事に気がついた。
遠くに水鳥の親子が列をつくって泳いでいた。
(絵みたいだ)
ベルは池の小さな波立つ水面をしばらく眺めていた。
「ベル、池の魚でも見ているのか?眠そうだな」
「眠くなんてないから・・・なぜそう思った?」
「普段はどこに行きたいとか、お前は自分の意見を言うだろ?今日は俺に任せきりだからな」
「今日は考えるのが面倒、ルディにまかせたよ」
彼がいきなりベルの頭の上に手の平を置いて軽く叩いた。
「何をするの!?」
「お前も少しはここを使え」
通行人が胡乱な目で二人を見ながら橋を渡って行く、二人は思わず顔を見合わせた。
「さて一度城内に戻って塔を見に行こうか?」
「うん」
二人は市街に戻り西に向かう、目の前にハイネ城の内壁と魔導師の塔が迫ってくる。